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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第2章 えにし
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第3話 小さな罰

 白磁のカップから、湯気とともに、いい香りがふわりと漂っている。

 アレクはその香りを吸いこんで、ゆっくりと楽しんだ。


「アレク様! もうよろしいのですか!?」


 ソフィアがおどろいて、立ち止まった。トレイにのせた朝食のロールパンのひとつが、ころころと床に転がる。


「ああ、うん。ソフィアも無理しなくてもいいのに。あ、紅茶、勝手に飲んでるから」


 足元に転がってきたロールパンをひょいと拾って、アレクはテーブルの脇に置いた。ケガをした背中の皮が、少し引っ張られる感じがする。

 しかし、傷はもうふさがっていて、痛みはない。

 下に転がってしまったロールパンはさすがにもう、食べられない。外にいる鳥にでも、やるか。


「こんなに早く起きてこられるとは思わなくて……。自分の分しか用意していませんでした。今、朝食持ってきますから」


 そう言って、ソフィアは足早に台所へと戻って行った。

 ベルンは相変わらず、朝が遅い。

 三人で初めて狩りに行った日から、四日がすぎた。

 ベルンに応急処置をしてもらい、アレクは三日間、ベッドですごした。

 竜の力を手に入れているとはいえ、アレクの体の外側は普通の人間と変わらない。

 保護魔法によって、ある程度強度化は可能だが、それも完璧ではない。深く傷つけられれば、体は傷を負う。表面上普通と違うのは、傷の治りが早いことぐらいだ。

 蜘蛛の足はかなり鋭く、アレクの背中を傷つけていた。通常なら1か月以上はかかる傷だ。


「ソフィアはもう、大丈夫なの?」


 台所から戻ってきたソフィアに声をかけると、ソフィアはこっくりとうなずいた。

 新たにカップと食器、湯気のたちのぼったスクランブルエッグののった皿を持ってきて、テーブルに並べ、席に着く。


「私も丸一日、寝てしまっていたのですが、翌日にはもう。アレク様の傷は深いとベルンさんからうかがっていましたので、まだしばらくかかるものと思っていました」


「ああ、ぼく、回復は早いからね」


 そうは言うものの、アレクは自分の回復力をさらに高めるために、ベルンに命じて魔法陣を描かせ、回復の魔法も施した。

 回復専門の魔術師がいれば事は早いのだが、アレクは古代魔法に属する回復系の魔法しか使うことができない。

 しかも古代魔法に属する回復系の魔法はなかなか強力だが、複雑な上に、手順がすこぶる面倒なのだ。

 その魔法を使っている間、アレクはベルンを通して、ソフィアが部屋には近寄らないようにと強く伝えてあったので、ソフィアはずっと、アレクの様子がどうなっているか分からないまま、数日間をすごしたのだった。

 食卓にのせられたロールパンに手をのばし、アレクはのんびりと朝食を楽しんだ。

 ソフィアが用意してくれる朝食は、どれもおいしい。ベルンはもう少し、こってりした物が食べたいだろうけど。


「それで、今話したほうがいいかな? それとも食後にする?」


 のんびりした口調で、アレクはソフィアに言った。スクランブルエッグもいい感じのやわらかさだ。口に入れるとふわりととろける。


「え……? 何を、でしょうか」


 飲みかけの紅茶の入ったカップをテーブルに置き、ソフィアが首をかしげる。


「決まってるだろ? この前の狩りの反省会だよ」


 そう言った後、アレクは残りのロールパンの数を目で確認した。


「あの……」


 さっきまでは明るかったソフィアの表情がとたんに陰った。


「――わかってます。アレク様のおっしゃったルールを、わたしは二つ破りました。わたしが絶対に手を出さないことと、風の精霊を自分のそばにおいておく、という二つです。でも、大きな蜘蛛を見たとき、わたしも何かしなきゃと思って……」


「うん。自主的に何かを考えて動くというのは、悪くないよ。だけど、そもそも、今回はソフィアにとって、初めての狩りだった。経験のないソフィアが動くことで、ぼくたちの――ぼくとベルンの予定が狂うんだよ。だから、ぼくは絶対に手を出すなと言った。まあ、あの蜘蛛の存在はちょっと想定外だったけどね」


(そもそもあの蜘蛛は、あそこの森に"いるはずのない蜘蛛"だった)


 ソフィアはうつむき加減に、でも、アレクの顔をまっすぐに見つめている。


「あの状況でも、わたしは動かない方が良かったということですか?」


「そうだよ。むしろ、ソフィアは自分の身を守ることに専念するべきだった。そう言う約束だっただろう? 前にも言ったかもしれないけど、あの程度の竜も蜘蛛も、仕留めるだけなら簡単にできる。だけど、仕留めるわけじゃないから、ベルンやソフィアの協力が必要なんだ」


「吸収するのですね」


「そう。なるべく竜の余力を残して、その力を吸収する。竜が無傷の状態で吸収するのがベストなわけだけど……。"食らう"のには、呪文を詠唱しながら、あの短剣を媒介にする。だから、例えば危険だと判断した時には、それは中断できる。だけど、ソフィアが余計な手だしをして、今回みたいに敵の目を引けば、ぼくはソフィアを守るために動かなきゃならなくなる。それじゃ、意味がない」


「余計な――お世話だったということですか」


 とうとう、ソフィアはアレクから目をそらした。

 しかし、アレクは根気よく、優しい口調で言葉を続ける。


「ちょっと違うかな。ソフィアは選択肢を間違った。あの場合は"攻撃"ではなく"防御"をするべきだ。風の精霊なら、あの糸も防げた」


 ソフィアはうつむいている。

 でも、アレクとしては、今回のソフィアをあまり責めるつもりはなかった。初めてにしては、まあまあだろう。こわがって逃げたりして、あの場を混乱させなかっただけ、上等だ。


「ソフィア。ちょっと、おでこだして」


「え?」


 あまりに唐突なリクエストに、ソフィアは戸惑ってアレクを見返した。


「いいから。おでこ、だして」


「こう、ですか?」


 ためらいがちに、ソフィアが右手で、きれいに切りそろえられた前髪をあげる。すると、彼女のきれいな半円型のひたいが、アレクの目の前に姿を表した。

 そのひたいに狙いを定めて、アレクは親指と人差し指を構え、勢いをつけてパチッ!っとはじいた。


「いたっ!」


 弾かれたひたいをおさえて、ソフィアがうめく。


「――でこピン」


「ええ……!?」


「ぼくの注意事項を守らなかった罰だよ。今回は初めてだったから、これぐらいにしといてあげる。次はちゃんと守ること。いいね?」


「……どうして……」


「ん? まだ足りない? でこピン」


「ちっ、ちがいますっ! どうして、怒らないのですか? 早く回復したとはいえ、あんな傷を負わせることになってしまったのに。わたしが余計なことをしたから……」


「臨機応変に動くってこと自体は、悪くない。ただ、ソフィアには経験がないからね。今回みたいなことは、これからもあるだろうけど、誰のせいで傷ついたとか、そんなのは気にしなくていい。ぼくらはチームだから。だけど、感情に流されちゃダメだ。狩りに必要なのは、冷静で正しい状況判断。ソフィアがそれを身につけるまでは、ぼくの指示に従ってもらう」


「――わかりました」


 いい顔をしている、とアレクは思った。ソフィアは時々臆病そうな様子を見せるけれど、実際はそうではないとアレクは思っていた。むしろ肝がすわっている。

 ソフィアの前髪の間から、少し赤くなったおでこが見えた。


「痛かった?」


「はい、かなり……」


 赤くなったおでこを、ソフィアはまた押さえた。


「次は、これぐらいじゃ済まないからね?」


「は、はい……」


 そこへ、ベルンが大きな伸びをしながら、部屋に入ってきた。ソフィアがひたいをおさえているのに気付くと、立ち止まって言った。


「おはようございます。あれ? どうしたんですか、ソフィアさん。ひたい、どうかしたんですか?」


 心配そうにベルンがソフィアの顔をのぞきこむと、ソフィアはあわてたように前髪をかき集めて、ひたいを隠した。


「い、いいえ。別に」


 その様子を見たアレクが、ぷっと笑う。


「何です? アレク様。何かあったんですか?」


「べつに~」


 アレクは面白かったので、そっぽを向いてごまかした。


「何です、全く。二人して。あやしいですな」


 ベルンは盛大に眉をひそめて、二人の顔をのぞいて回った。そんなベルンもなかなか愉快だとアレクは思った。




 それからアレク達は場所を変えて、数回の狩りを重ねた。

 その間、ささいな問題は起こることもあったが、予定外の巨大蜘蛛が出てくる――などということは、なかった。

 おどろくべきことに、ソフィアはアレクが思っていたよりかなり、目端が利いた。

 それがエルフだからなのか、もともとのソフィアの感覚が鋭いのかはわからないが、大抵の場合、ソフィアはその場に現れる危険を早く察知することができた。実際に戦いには参加していないソフィアは周囲の状況を良く見ていて、時折、ベルンよりも早く敵の襲撃を告げることが、何度かあった。

 それでも相変わらず、ソフィアの精霊は、子どもの大きさのままだったが。


「そろそろ、ここを出ようと思うんだけど」


 夕食のあと、アレクは宣言した。

 ベルンもソフィアも、テーブルから顔をあげて、アレクを見た。


「どこへ行くんです?」


「もともとの目的地だよ。ソフィアと偶然出会っちゃったから、ここに戻ってきたけど、もともとはジクレステスに行く予定だっただろう?」


「ああ、そうでしたな」


 ベルンはうなずいたが、ソフィアは首をかしげている。


「ジクレステスって、あの……アヴィナスの南にある"魔法の国"ですか?」


「"魔法の国"っていうのは、ちょっと変だけど。ジクレステスは優秀な魔法国家だ。古代魔法王国の末裔が多くいて、そういう研究も進んでる。回復系の魔術師を探したいな~って、ベルンと話してたんだよね。あそこなら、そういうのに秀でた人間がいそうだから、行ってみようかって」


 もともとはそのためにアヴィナスに向かっていたのだが、ソフィアに会い、それは後回しになってしまった。


「でも、アヴィナスの南は険しい山脈と海峡があって、簡単には行けないと――」


「大丈夫ですよ、ソフィアさん。アヴィナスの首都から飛空艇が出てますから」


 横からベルンが嬉しそうに言った。


「飛空艇……!? 飛空艇って、すごく高いって聞いたことが……」


「ご心配なく。お金には困ってないって、言ったじゃないですか」


 戸惑うソフィアに、ベルンがいたずらっぽく片目をつぶってみせる。


(――ああ、気持ち悪い)


「あ、でも、アレク様の魔法で行けば――?」


「あー……、それは無理なんだよね。ぼくの移動魔法は、帝国……この国の中でしか、自由に行き来できないんだ」


「え? でも、この国に来る前はアヴィナスにいたのに、魔法を使いましたよね?」


「外からは、自由に入れる。だけど、他国同士を移動するのは無理なんだ。説明すると、長くなるんだけど」


 国外でも移動魔法が自由に使えれば、すべてがあっという間に済むのだが。


「そうなのですか……」


「ここから北東にある、ポルトフォードって港町までは移動魔法で行く。そこから船に乗って、アヴィナスに渡って……、アヴィナスの首都から飛空艇が出ているはずだから、そこからジクレステスに向かおう」


「あの、この国には、飛空艇が出ているところはないのですか?」


「ああ、飛空艇はウォーデール大陸にある主要国家の間でだけしか、運行されてない」


 帝国ミリエニオは大きなエンブル大陸全てを有しているが、飛空艇は運行されていない。


「どうしてなんでしょう? とても大きな国なのに」


「まあー……、いろんな国の事情があるんだよ。きっと」


 帝国ミリエニオの歴史と、様々な事情が。


「あ、わたし、そろそろ食器を片づけてきますね」


 そう言ってソフィアが席を外すと、ベルンがにやりとアレクに笑いかけてきた。


「国の事情、ですか?」


 思わせぶりな言い方だ。アレクの眉が、ぴくりと反応した。


「そうだけど? なんだよ、ベルン」


「どうして、この国に飛空艇を走らせないのです? "陛下"?」


 いたずらっぽく言うベルンを、アレクはムッとしてにらんだ。


「うるさい。今度その呼び方で呼んだら、魔法で、肉という肉、すべて食べられない体にしてやるからな」


 ベルンは肩をすくめる。


「そんな魔法、本当にあるのですか? ――別にいいじゃないですか。ソフィアさんになぜ、本当のことを言わないのです? ソフィアさんは、誰かれ構わず、うわさ話をするような方ではないですぞ?」


「言ったところで、どうってことないだろう。なら、言わなくていい」


「逆も言えると思いますが」


「いいから、だまってろ」


「ハイハイ。わかりましたよ、"アレク様"」


「明日の朝、出発する。ソフィアにもそう伝えておいて」


「御意」


 アレクはするりと椅子から降りて、ベルンを残して部屋を後にした。

 ソフィアに権威をふりかざす必要などない。

 それでなくても、ベルンのアレクに対する態度や口調を見て、ソフィアもアレクに敬語を使っている。

 しかし、そもそもアレクとソフィアは主従関係ではないのだから、本来ならば、そんな必要などない。

 もともとアレクの素性を知っているベルンは別として、アレクは狩りの"チーム"に、自分の権威を持ち込むつもりはない。自分は"リーダー"ではいるつもりだが、それはあくまで"狩りのチーム"の中での"リーダー"だ。

 自分が国王だのなんだのと明かせば、むしろやりづらくなる。

 権威が、全てに良い影響を及ぼすとは限らない。大きすぎる力というのは、いろいろな副作用をもたらすものだ。

 急激に領地を広げて大きくなった、帝国ミリエニオもそうだ。急激な拡大は、国内の様々な場所、人、物にゆがみを生じさせた。

 ――そして、自分も。

 竜の力を手に入れ、強くなった自分にもまた同じことがいえるのだと、アレクはぼんやり考えていた。


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