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暴君と女神様  作者: maruisu
またまた王宮編
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第三十八話

 今朝の地震は、かなり大きかった。

 王様に許可をもらって城下へ向かうと、やはり下町一帯はひどい有様だった。

 石造りの建物は、一軒一軒建物が独立している家じゃない。道から道まで一直線の石の箱の中を仕切っているようなものだった。だから、一か所が崩れてしまうと連鎖して崩れてしまう。


 で、家が崩れてしまった下町の道には、けがをして泣いている子どもや、親とはぐれてしまった子。それに、家がなくなって途方に暮れている人々が、解決策もなく右往左往していた。


「大丈夫ですか?」

 恐る恐る姿を見せると、下町の人たちが駆け寄ってきた。

「トゥヤちゃん!」

 おまんじゅうをくれたおばちゃんが、私の姿を見つけて駆け寄ってきた。

「あんた、大丈夫だったのかい?」

 通いの炊き出し係のおばちゃんは、どうやらこの下町に住んでいたらしい。

「あんた、避難小屋の娘さんだろ!」

 見知らぬおじさんに声を掛けられ、頷いた。

 おじさんが何か言いかけた時「おねえちゃん!」 といつも遊んでいる子どもに声をかけられた。

 彼らも顔が真っ青で、ひどく疲れた表情をしている。大人の不安が伝線したんだろう。頭を一つ撫でてあげた。

 話しかけてきたおじさんは、横に倒れている猿人の女の人に視線を送った。

 どうやら崩れてきた石の下敷きになってしまったらしい。

 そんな人がいっぱいいた。


「あんた、助けに来てくれたんだろ!? 助けておくれ」

「おねえちゃん、みんなのおうちがないんだ……」

 人々が一斉に救いを求めてくるように私の方へやってきて現状を口にする。そして、何とかしてくれと頼まれる。実際口にしない人たちも、目がそんなふうに訴えていた。


「とりあえず、おうちが崩れた人は、王宮の向こう側の円柱道路のわきに避難小屋を作ってあります。そちらに避難してください。けが人は、あとで応援を頼んで移動させます。なるべく広い場所に横にしてください」

 出来ることからやっていかなければいけない。もう少ししたら、学問所から先生が来てくれるだろう。そしたら怪我人の介抱もできる。

「子どもたちは、親がいる子はお父さん、お母さんと一緒に。いない子は、後で一緒に行こうね。少し、待っててね」

 声をかけると子どもたちは頷いた。


「皆さん、列になって移動してください。一人だと、何かあった時に危ないので。広い小屋なので、皆さんを収容できます。焦らないでください」

 落ち着けるように、声を出す。

 ざわついていた人々が、次第にこちらに意識を寄せる。

 比較的怪我もなく、状態の軽い人たちが移動を始めた。

 こちらの処置が終わったらすぐに避難小屋に向かうことを約束し、みんなと別れた。

 小さい子たちが何人か残ったので、あとで避難小屋に行こうと約束すると、あたりを回って手伝ってくれた。


 日が昇るのと同時に、二人の先生が学徒さんをたくさん連れてやってきた。

「博士! 先生!」

 手を上げると、カフド博士がこちらに気が付き、駆けてきてくれた。

「よかった。けが人が多くて……」

 簡単な応急処置を施しただけの人たちが布を敷いただけの場所に寝ている。

「遅くなってすまなかった。大丈夫か?」

 安心させるようにカフド博士が言われ、頷いた。

 先生たちは周囲を見て、けが人の多さに一瞬絶句したが、すぐに学徒たちに支持をして、端からけが人を見ていった。手の空いている学徒さんたちは、板に処置の終わった人を順番に乗せて、避難小屋まで運んで行った。

 野戦病院て、こんな感じなのかも……と思うぐらいの忙しさだった。


「とりあえず、怪我人以外を避難小屋へ誘導してもらっていて助かったよ。ここでひしめいていたんじゃ、危ないからね」

 額の汗をぬぐいながら、ファン先生がこちらへ向かってきた。

「あらかたの処置は終わった。どうしても動かせない人たちもいるからね。その人たちのために、崩れた石をどかして、更地にしようと思う」

 先生に言われて、頷いた。石をどける手伝いをする。


「先生、私怖いです」

 ぽつりと呟く。

「この頃、地震が多いからな」

 先生もぽつりと呟く。石を動かすために棒を下に挟み、牛が運ぶ荷板に器用に乗せていた。


 この地震は、本当に火山が噴火するなら予兆じゃないのだろうか。

 この国に本当に大きな厄災が来るのなら、こんなもんじゃすまないはずだ。

 しかもスーパーホットプルームが噴き出すほどの噴火なら、この街はあっという間に飲み込まれてしまう。それを、こんな地震の一つ一つを対処するだけでいいんだろうか。


「みんな、避難させなくていいんですか?」

「避難? 避難小屋に? 今しているだろう?」

 私の言いたいことが伝わらなくて、言い換える。

「今回だけじゃなくて、噴火が起きたら、この街は飲まれてしまうでしょ。誰も助からない……。

 だったら、早くどこか遠くへ逃がしたほうがいいんじゃないんですか?」

 まっすぐにファン先生を見る。ファン先生は石を動かしながら頷く。


「即位の大祭の時に、神子が神託を行う。その時までには手筈が整っているはずだ」

 ファン先生が手を止めていた。

「手筈……?」

「そうだ。脱出の方法はある。あとは、覚悟一つだ」

 ファン先生に言われた。神殿は厄災が来ることを知っている。あと一年。それで何ができるんだろう。これよりも大きな厄災を考えた時、初めて身が震えた。


 石をどけていると、足音がいくつも通り過ぎていった。どどどどと規則正しい足音と、牛車か馬車が通るときの車輪の音が聞こえた。初めは、それが一つだった。

 だけど、一つ、二つ、三つと、どんどん足音の響く感覚は短くなっていった。

「何? どうしたの?」

 ファン先生と顔を見合わせる。他にも崩れたところがあるのだろうか。

「先生、もしかして……」

「ここ以外にも、崩れたか?」

 私たちは再び顔を見合わせた。大通りに出てみると、きれいに列を作った制服を着ている兵士たちが土煙を上げている。音の正体は、この人たちだったんだ。

 それにしても……。

 今まで、こんなに兵士たちが走っていくのを見たことがない。

 もしかしたら、王様が地震の被害を最小に食い止めるために兵士を派遣しているかな。


 王様、いいところあるじゃーん!


 そんなふうに楽観的に考えていた。


 あらかたの作業が終わり、先生たちと一息入れていた。飲み物がほしいなと思っていると、ラッカの入ったかごが置いてあった。

「どうしたんですか? これ」

 近くにいたファン先生に聞くと、露店の女性が被害の合った下町の作業をしている人たちへの差し入れにかごいっぱいのラッカをくれたらしい。みずみずしいラッカは水分が多いので嬉しい。

「一個もらってもいいですか?」

 ファン先生が笑ってどうぞ、と言った。

 ファン先生の手にもラッカが握られている。

「こりゃ、水か麦酒でも準備しておかないとダメだな。避難所への買い出しを後でするか」

 ファン先生が言う。この国はあんまり気温が高くない。だけど、体を動かすとやっぱり汗はかく。

 ラッカにかじりつくと、果肉に含まれている水分で少しのどが潤った。

「おいしい」

 この時期は熟していて、甘みが強い。

「何だ、ラッカ好きなのか?」

 ファン先生に尋ねられて、頷く。


 甘酸っぱい、ラッカ。

 これを食べると、王様と二人で城下へ行ったことを思い出す。


「そういえば、君に初めて会った時もラッカを持っていたっけ?」

 ファン先生が思い出して面白そうに笑いだした。

 そうだ。買いすぎたラッカをどうしようか悩んでいた時だ。

「ああ、あれ、初めて城下に降りた時なんですよ。王様のおみやげにラッカ買ったらたくさんもらっちゃって、どうすればいいのか悩んだんです。一シェンが銀の小粒のことだって知らなかったから、銀貨一枚出したら、おつり返せないからってあんなにもらったんです」

 

 あの時のことを思い出すと、ちょっと恥ずかしい。

 あれは黒歴史です……。


「そうだ。貨幣の価値もわからん娘だったな。どこの世間知らずかと思ったが、まさかウラヌス・カーリのご寵姫だとは……」

 あきれたように大げさにため息をつくファン先生に、あははと頭を掻いた。


「ああ、そうだ。ラッカと言えば」

 ファン先生が思い出したように声を上げた。

「以前、サイス殿と城下であった時にな、ラッカの入った袋を持っていたんだよ。あのサイス殿が大事そうに抱えているから、何かと尋ねたら、なんとラッカだというんだ」

 サイスさんは軍人だけあって、普段はちょっと表情が硬い。もちろん話してたりすると全然普通なんだけど。

「大の男がラッカ入りの紙袋なんて抱えているから、どうしたのか尋ねたら、ウラヌス・ラーがラッカが大好物だとおっしゃる。お使いを頼まれたなんて言っておってな。

 何でも、幼い時の思い出だそうだ。それで今でも時々懐かしくなるそうだよ。あのウラヌス・ラーが城を抜け出して城下を散策していたらしいから、人は思いもよらぬものだな」

 ファン先生が笑い声をあげる。確かにあの美しくて儚そうなウラヌス・ラーが城下へ降りるなんて想像できない。


 ラッカ……?

 ふと視線を留める。なんか、そんな話この間聞いた気がする。


 ……王様が、幼い時の思い出だって言ってなかったっけ?


 幼馴染と一緒に、城下を探索したって……。


 あっと声をついあげてしまった。ファン先生が「なんだ?」と問い返してきたけれど、首を横に振ってなんでもないと言った。


 ……ウラヌス・ラーも言ってたじゃない。「ウラヌス・カーリははっきりとしたこどもだった」って。二人は幼馴染で……。


 はっとした。

 ラッカを見つめ、思い出話をしていた王様の、あの眼差し……。

 王様の失ったものって……。


 もしかして――。


 頭の中に浮かんだ確信めいた疑問を一生懸命脇によけようとした。



 そして事は、これだけでは済まなかった。

 避難所への買い出しが終わり、帰途につくころにはすでに夜だった。

 護衛の人がいるから平気だと思いつつも、姿を現してくれよーと思う。だって、城下と言えども夜は明かりもなくてほんっとに真っ暗なんだもん。

 うう、人恋しいのです……。

 でも、夜の五つの刻の門限はちゃんと守ってるけどね。


 てくてくといつも通りに歩いていると、なんだかいつもと違う空気を感じた。

 ……なんだろう、これ。


 背中をぞわりと撫でていく生暖かい風のような、嫌な感じ。

 ……だって普段は王宮の周りにはランプが灯されていて、衛兵が門の前を守っている。交代の時間になると、門の前で交代が行われるけれど、それは決して騒がしくはない。

 なのに、今日は……。

 

 赤々と燃えた松明を持った兵士たちが慌ただしく行き来している。

 やけに王宮の周りが騒がしく、兵士の怒号が聞こえたりする。

 何、これ?


 そういえば、昼間も城下を兵士たちが慌ただしく走っていった。

 あれも、なんだったんだろう。

 大きな地震だったから、そのせいかと思ったけど、なんだか違う。


 それに、門が兵士で塞がれている。普段だったら兵士たちはあんなふうに門の前で武器を持って立ち尽くしていたりしない。

 

 どうしたの……?


 思わず、脇によけた。

 見つかったら、なんかよくない気がする……。


 何がどうと説明できる感じではなかった。野生の勘と言ってもいいと思う。

 とっさに脇によけて、建物の塀の陰に隠れた。


 このまま後宮の門へ向かうか……。

 そう思って足音を立てないように一歩踏み出そうとした時、背後から口を塞がれた。


 な、なになに!?

 ぐっと口元を押さえられ、驚いて心臓が一つ大きく打った。


「トゥヤ様……」

 背後からかけられた声は、聞き覚えのある声だった。

「王宮へは、お入りになれません……」

 静かに語りかけられる。返事をしたくても、口をふさがれているからもごもごするのが精いっぱいだった。


「……このまま、城下へ戻られよ」

 

 ……城下へ?

 目だけ後ろを向こうとしたけれど、後ろから男の右腕が私の正面から肩を掴み、左手でしっかり口元を押さえているから、身じろぎ一つ出来なかった。


 なんで?

 首を小さく傾げると、男は悟ったようで話し始めた。


「王宮で、変事がありました。

 ここは、お戻りください……」


 変事!!

 驚いて目を見開く。男は私の驚いた気配を感じたように、小さく頷いた。


「陛下の行方も知れません。

 あなた様の身の安全をお守りするのが一番です」


 陛下の行方が知れない!?

 は?

 何を言ってるの……?

 王宮で、王の行方が知れないって、どういう事よ!!


 状況が把握できなくて、頭をぶんぶんと横に振った。

 

 すると、男は拘束していた腕を離した。

 

 自由になった私はとりあえず息を大きく吸った。


「……陛下の行方が知れないってどういうこと?!」

 男の腕を掴んだ。見上げた顔は、いつも護衛をしてくれる見知った顔だった。

 市民の姿に身をやつして、普段は何気ない振舞いで護衛が付いているとは悟られないようにしてくれている兵士たちだ。

「ご説明いたします。しかし、今はこの場を……」

 男は私の腕を引いた。

 松明を持った竜人の兵が一人、前を通り過ぎていった。

 男が私の体を隠すように、道路の脇に置いてある荷の横に体を押し付けた。

 兵士がいなくなると、男はすぐに離れる。

「とりあえず、安全な場所まで戻ります。お話は、そこで」

 路地の裏に入った私から腕を離して、男は恭しく礼を取った。


 



 


 

 




   


 



 

 

 

 

 


 

 




 



 



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