今度こそ君に
「明日プロポーズしなかったら殺す。わかったな?」
元魔王の父に脅迫されて、本日好きな人である勇者に脅迫プロポーズをしなくてはならない魔王です。
元魔王に殺されなかったからなのか、調子に乗ってまた城に遊びに来ている勇者を、玉座に座ったまま見下した。
どうしよう。
君に意中の相手がいることは知っているけど、あたしと結婚しないとお父様が殺すって。どうする?
…なんて言えない。言えません。
そんなプロポーズ嫌!
前世の頃から好きでした。結婚しないとお父様に殺されます、だから結婚してください。
告白から始めても結局脅迫になる!
聞けばよかった!ユリーヌさんにプロポーズの台詞を考えてもらうべきでした!
「機嫌悪いの?せなっち。出直そうか…?」
「ううん!大丈夫!」
「そっか…」
ずっと黙って見下ろしていたら、景くんが不安そうにしたから慌てて首を振る。
ホッとしたように笑うと足元の階段に景くんは腰を下ろした。
あたしも玉座から腰を上げて隣に行こうとしたら、景くんが「どうしよっか」と今後について問う。
いや、君はあたしと結婚しないと未来がないよ。なんて言えない。
「……一つ、平和的に解決する方法が、あることはあるんだ…」
「おっ!流石はせなっち!頼りになる!」
やめて、罪悪感が沸くから、そんな笑顔で見ないで!
主に君が犠牲になる方法だから!結局君が生け贄になる方法だから!
無邪気すぎる景くんに罪悪感に蝕まれる胸を押さえる。
「まるでいつもあたしが頼りになる存在みたいな口振りやめて…」
「え?いつも頼りになったじゃん。頼れる学年委員みたいな!委員長みたいな存在だもん!課題忘れたら、よしせなっちに頼ろうってなるもん!」
「課題かよ…」
「口論したらいつもせなっちが仲裁したし、なんかせなっちってお姉さん的存在だったんだよね。クラスではさ」
学年委員なのか委員長なのかお姉さんなのか、どれなんだ。
でも自分がそんな風に見られていたなんて知らなかった。高校だって半年くらいしかいなかったしね。
そう言えばよく課題を見せてと頼まれたっけ。
駄目だと断ると土下座をしてたっけ、と笑ってしまう。
「だって化学のオッサン厳しいんだもん」
「確かに厳しすぎたよね」
「あ、二年になったらあのオッサン、他所の学校行ったよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。忘れ放題」
「忘れずにやりなよ、景くん」
あたしにとったら十六年前の学校生活を思い返す。
懐かしいな。笑いが堪えないクラスだった。
楽しくて楽しくて、あの学校を選んで良かったと思う。何より景くんと、出会えた。
「………せなっちが、いなくなって…教室…暗くなったよ…」
景くんの横顔が曇り、笑みが薄れる。
あたしがいなくなった教室。
「…みんな……泣いてさ…暫く……笑えなくて……」
笑みは歪み、景くんのダークブラウンの瞳が潤んだ。
「でもいつまでも泣いてられないって……皆少しずつ元に戻ったんだ…。まるで…まるで……せなっちが初めからいなかったみたいに…」
震えた景くんの声は、泣いている。
「せなっちだけ、せなっちだけいなくて……俺…そんな教室…嫌だった…!」
ついにポロッと雫が、赤い絨毯に落ちた。
泣いた姿は初めてで胸がギュッと締め付けられる。
玉座から降りて、景くんの隣に座った。ハンカチがない。
まぁいいやと無駄にひらひらしたプリーツスカートで、景くんの頬を濡らす涙を拭き取った。
「ほら、お姉さんみたい」
景くんは苦笑にも似た弱々しい笑みを浮かべる。鼻を啜ると景くんは涙を拭くあたしの手を握った。
「また会えて嬉しい…本当に嬉しい」
嘘偽りなく嬉しそうに笑いかける景くんに、頬が熱くなる。
そんなに悲しげに泣かなくても、そんなに嬉しそうに笑わなくても。
ちょっと大袈裟だよ、と思う。
でもあたしの死に泣いたことに、あたしとの再会に喜んだことが、嬉しくて仕方なかった。
「…あたしもまた会えて、すっごく嬉しい…」
会えないと思っていた。
もう二度と、巡り会えないと思っていた。
だけどこうして、景くん本人にまた会えた。
これは神様が与えてくれた最後のチャンスなのかな?
そう思ったら、怖じ気づいてはいられない。
死んだ時、一番に思い浮かべたのは彼だった。
せめて想いを告げたかったと。
これが最後のチャンスだ。
景くんの手を握りしめ、意を決して顔を上げる。
「あたしは魔物の絶対君主の魔王、君は人間達の最後の希望の勇者。人間も魔物も決着を待っている」
「うん」と景くんは相槌を打った。
高なる鼓動に急かされないように、深呼吸をする。
目を閉じれば浮かんでくる橙色を背にした君。
「…君とあたしが仲良くしていれば、それはもう魔物と人間の共存の証になると思うんだ」
「うん?」
すっかり落ち着いた景くんは、首を傾げて続きを待つ。これだけではあたしが言いたいことがわからないのは、景くんらしい。
「あたしと景くんが、結婚すればいいと思うんだ」
「ああそっか!そうゆうこと!いい案じゃん!人間側も俺が魔王であるせなっちと結婚したら、いい加減諦めるよな、きっと!」
「うん。結婚して共存の意志を告げれば、きっと丸く収まると思う」
「名案じゃん!」
無邪気に笑いかける景くん。
本当に理解しているかを疑いつつ、ちょっと待ってみる。
あたしが倒されれば、魔物は滅びる。
景くんが倒されれば、人間は支配される。
でも命運を左右するあたしと景くんが結ばれれば、お母様が望んだ平穏な共存がきっと叶う。
あたしと景くんの結婚は、共存の象徴となる。
「…あたしと結婚してくれる?」
「うん!…………うん?」
どきまぎとプロポーズをしたら、勢いよく景くんは頷いた。
だけど直ぐに笑顔のまま硬直。ぱちくりと目を瞬かせた。
今更理解したらしく、徐々に景くんの顔が赤く染まる。
その後ろにある窓は、夕暮れの空だった。
「け……けっ…けっこん……?」
へにゃりと景くんは声を裏返す。
あたしは静かに頷いた。
ブルルッと握った景くんの手が、震え上がる。
「え……え…?結婚?ん?ほ、本気?」
「本気だよ、景くん。…えっと、あたしじゃ不満かな?一応美人の分類にはいるけど…景くんにも好みはあるよね。あたしは魔物だし…」
「え?へ?いやいやっ!美人!せなっち超美人!寧ろ好みです!!」
予想以上の戸惑いに、やっぱり嫌だろうなと俯く。
慌てた景くんが、あたしの手をきゅっと握った。
「その白銀の髪、すんげぇキレイ!尖った耳とか全然気にしない!俺にもったいないほどキレイすぎる!!…けど、でも、いいの?」
ぶんぶん顔を横に振る景くんは、勢いを緩めて不安げに訊く。
「せなっちは、俺と結婚していいのか?……そんな手段で、結婚しても、いいの?」
あれ?あたしの気持ちを聞くんだ?
自分が生け贄同然に平和に収めようと結婚という手段を押し付けているのに、ふざけるなと罵倒もせずにあたしを気にする。
微塵もあたしは景くんに向ける好意が、表に出ていないのだろうか。
「俺とせなっちが結婚することで、この世界は平和になって幸せになるかもしれない。…でも、せなっちは幸せなの?せなっちは幸せになるべきだよ。せなっちが幸せにならなきゃ、駄目だ」
真っ直ぐに真剣に見つめてくる景くんが男らしくて、ドキリと心臓が跳ねた。
夕陽が差し込む窓。景くんはまた橙色を背にしていた。
その中に消えていかないように、あたしは強く手を握りしめる。
「あたしは幸せだよ、景くん。だってあたしは、前から君が好きなんだもん」
あたしは告げた。
「死んじゃった時、早く告白すれば良かったって悔いたから記憶に残ってたみたい」
苦笑する。
「だから今度こそ君に、好きだと言おうと決めてたんだ」
やっと告げることができた。
嬉しくて涙が落ちる。
「君の全部が好きです」
大好きです。
ずっとずっと、伝えたかった。
君が大好きです。
「え……ほんとっ?」
耳まで真っ赤にして確認してくる景くんの目から、また涙が落ちていった。
あたしは「ほんとほんと」と頷きながら、自分の涙を拭く。
「……うわ、ずりぃっ」
涙を落とさないようにしたかったのか、景くんは顔を上げたがそれでも涙が落ちた。
それが夕陽の橙色を反射させて一瞬だけ光って落ちる。
「ずりぃし、せなっち…プロポーズも告白も……俺からさせてよ、男がするもんだろ」
ぶつくさ言いながらも、あたしに拭った顔を戻す景くんは真顔を作ったが、すぐにそれは崩れて無邪気な笑みを溢す。
「俺もずっとずっと前から、好きでした。俺と結婚してください」
返された告白に目を見開く。
ただでさえ赤くなっているであろう顔が、また熱くなるのを感じた。
「え?ほんと?」
調子に乗ってない?
景くんがしたように、あたしも確認した。
答える代わりに、景くんは身を乗り出して、あたしの唇に自分の唇を重ねる。
ただ重ねて離れた景くんは、子どもみたいに無邪気に笑った。
「ほんとほんとっ!」
橙色を背にした彼は、とても眩しかった。
「今度こそ君に」
篠原せな視点版をここまで読んでくださり、ありがとうございます。
割愛割愛と短めにまとめましたので、色々不明な点があるでしょうが
篠原せな視点版はこれにて終わりです。
佐藤景視点版も、いつになるかわかりませんが、いつか載せたいと思います。
佐藤景視点版ではもうちょっと詳しく描きたいと思いますが、作者は未熟なので期待はしないでくださいね!←
ほのぼの?とラブコメな篠原せな視点版とは違い、
佐藤景視点版では、篠原せなが死んだ後の彼の心情を悲しく苦しく描き、サッカー部を辞めた理由や神様へのお願い事、お父様との話も明らかにしたいと思います。
いつになるかわかりませんがね!←
ありがとうございました!!




