24. 王妃の視線
「アウレリア妃よ。ヴェルネ離宮での暮らしはどうだ。不自由はしておらぬか」
陛下のその言葉で、周囲の席の人たちの視線が私に集まる。
私は静かに微笑み答えた。
「お気遣いいただきありがとうございます、陛下。おかげさまで、何不自由なく過ごしております」
「そうか。長らく使われていなかった離宮だ。傷みもひどかろうと、案じていたのだ」
「私が移り住んだ時には、すでにだいぶ修繕されていましたので、それほどでは。今ではもう見違えるほど立派に整っております。しばらく暮らすうちに、離宮がすっかり気に入りました。すぐそばのヴェルネ湖も美しいですし、素敵なところですわ」
そう答えると、国王陛下の隣にいる王妃殿下がわずかに口もとを歪めたのが視界に入った。どこか小馬鹿にしたような笑みだった。
ローレンス殿下が、興味深そうに私に尋ねる。
「ヴェルネ離宮というと、このセレナ王宮から我がエルシア王国へ向かう途中にある、あの湖畔の離宮かい?」
「さようでございます、ローレンス殿下」
そう答えると、ローレンス殿下は漆黒の目を軽く見開く。
「あなたがあそこで暮らしているとは、知らなかったよ」
するとジョセフ様が、慌てたように口を開いた。
「ヴェルネ離宮は、かつて王家の避暑地として使われていた、由緒ある離宮です。湖畔の景観も素晴らしい。アウレリアにも気に入ってもらえると思いましてね。正妃と側妃が同じ宮で過ごすとなれば、ほら、互いに何かと気を遣うのではないかと考えまして。はは」
「……ほう」
ローレンス殿下は、何か言いたげな表情でジョセフ様を見ていた。けれどすぐ私の方へ向き直り、笑みを浮かべる。
「それにしても、こうしてまた会えて嬉しいよ、アウレリア妃殿下。もう三年ほどお会いしていなかったか」 「はい。そのくらいになりますわね」
「最後に会ったのは、君がシャロン侯爵夫妻とともに我が国を訪れた時だったな」
「ええ。ローレンス殿下から、王宮の庭園をご案内いただきました」
「覚えていたか。そう、新しく整えた自慢の薔薇園を君が気に入ってくれて、嬉しかったな」
懐かしく思いながら、少し離れた席にいる父へと目を向ける。こちらの話が耳に入っていたらしく、父は私と目が合うと、嬉しそうに目を細めた。私も小さく笑みを返す。
そのままローレンス殿下の方へと視線を戻した時に、ふと、最奥の王妃殿下の表情が目に入った。
王妃殿下は、じっと父を見ていた。
先ほどまで浮かべていた社交用の微笑みは消え失せ、その美しい顔からは、感情が抜け落ちたかのようだ。
真紅の瞳が、凍てつくほどに冷めきっていた。
(……王妃殿下)
ほんの一瞬、背筋に冷たいものが走る。
王妃殿下の恨みは、いまでもやはり消えていない。父のことを憎んでいるのだ。そう確信する目つきだった。
その時、ローレンス殿下の奥に座っているハーグレイブ公爵が、懐かしげな笑みを浮かべた。
「アウレリア妃殿下は、昔から実に勤勉でいらっしゃいましたな。エルシア王国へお越しになった折には、我が国の文化や歴史に大層興味をお持ちで、熱心に学んでおられました」
「……その節は、公爵閣下にもセーラ夫人にも大変お世話になりました。歴史ある建造物や工房へお連れいただいたり、エルシアの伝統料理や風習について教えていただいたり……。お二人のおかげで、書物を読むだけでは知ることのできないエルシア王国のことを、たくさん学ばせていただきましたわ」
王妃殿下から意識を逸らし、そうお礼を伝えると、ハーグレイブ公爵やローレンス殿下、それにそばに着座している他の使節の方々まで満足げに目を細めた。
「妻はアウレリア妃殿下からお手紙をいただくたび、大層喜んでおりますよ」
「まあ。嬉しゅうございますわ。セーラ夫人とのお手紙のやり取りは、私にとっても大きな楽しみの一つですから」
すると、ローレンス殿下がまた口を開く。
「父からも、『アウレリア妃殿下に会えたならばよろしく伝えてくれ』と申しつけられたよ」
「国王陛下が、でございますか?」
「ああ。次にエルシアに来る機会があれば、王宮へも顔を見せてほしいとも仰っていた」
「まあ、光栄ですわ。ぜひよろしくお伝えくださいませ」
主賓であるハーグレイブ公爵とローレンス殿下は終始上機嫌で、話はとても弾んでいた。その様子に、国王陛下も満足そうに頷いている。
上座には笑みが絶えず、歓迎の晩餐会に相応しい和やかな空気が流れていた。
ところが、その時だった。
「──そうですわ、ローレンス殿下、ハーグレイブ公爵閣下」
会話する私たちを黙って見ていた王妃殿下が、話の流れを断ち切るように突然声を上げた。




