16. 再会
私の部屋は、離宮の二階に用意されていた。目の前の湖を一望できる眺めが素敵だ。
念入りに掃除がされていて、床も綺麗に磨き上げられている。天蓋付きの寝台には真新しい寝具が用意され、ソファーや化粧台、衣装棚、文机など、生活に必要な家具も一通り揃えられた広い部屋だった。
奥には衣装室と湯浴みのための部屋、隣にはミアたち侍女が控えるための部屋まで設けられている。
「……うん。思っていたより、ずっと立派なお部屋だわ」
「もとは側妃様方がお暮らしになっていた離宮ですから。造りそのものは相当に贅沢でございますね」
「そうね」
ヴェルネ離宮にはすでに家令をはじめ、衛兵、侍女やメイド、料理人、庭師など、必要な人員が揃っていた。
私が日々の生活に不自由することはなさそうだけれど、彼らの表情は一様に強張っていた。
無理もない。禍々しい呼び名をつけられ、百年もの間誰からも忌み嫌われてきた場所なのだ。ここで寝起きし毎日を過ごさなければならないことが、皆不安なのだろう。
古くなっている回廊がぎしりと鳴っただけで、侍女が小さな悲鳴を上げる。そうなると別の侍女たちも肩を跳ねさせ、おそるおそる辺りを見回す。
「大丈夫よ。床が軋んだだけなんだから」
私が苦笑すると、彼女たちは首をすくめた。
「も、申し訳ございません、アウレリア様……」
青ざめた顔で頭を下げる侍女たちを見て、私は思った。
(住みやすい場所に整えるだけじゃなくて、皆が安心して働ける場所にすることも必要ね)
そんなことを考えながら、ヴェルネ離宮での最初の夜を過ごした。
そして、その翌朝のこと。
朝食を終え私室に戻った私は、文机に向かいヴェルネ離宮の見取り図を眺めていた。
するとしばらくして、家令が部屋を訪れた。
「アウレリア妃殿下。フルニエ公爵令息がお見えでございます」
「……フルニエ公爵令息が? ここに?」
顔を上げ、思わずそう問い返す。
レナート様が、なぜわざわざこの離宮に来られたのだろう。
家令は目を伏せ首肯した。
「はい。王命により、本日付でアウレリア妃殿下の専属護衛騎士として着任されたそうです。ご挨拶申し上げたいとのことで、応接室にてお待ちでございます」
「え……? す、すぐに行きます」
(専属護衛騎士? 私の……? なぜ?)
頭の中にたくさんの疑問が浮かんだけれど、ひとまず私は腰を上げ、階下へと向かった。
応接室に足を踏み入れると、レナート様は窓辺に立っていた。
濃紺の騎士服に身を包み、胸元には王国騎士団の一員であることを示す銀の徽章。腰には細身の長剣を佩いている。相変わらず、惚れ惚れするような立ち姿だ。
私が入ってきたことに気付くと、彼はこちらへ向き直り、かすかな笑みを浮かべ歩いてくる。
私の正面に立った彼は、胸元に片手を添えて恭しく一礼した。
「ご無沙汰しております、アウレリア妃殿下」
「……ええ。お久しぶりね」
彼に椅子を勧め、私はテーブルを挟んだ向かいに腰かける。メイドが二人分の紅茶を淹れ、出してくれた。
「このたびは、ご結婚おめでとうございます」
なぜだか少し強張った表情でそう口にする彼に礼を言い、問いかける。
「ありがとう。……家令から、あなたが私の専属護衛騎士に配属されたと聞いたわ。本当なの?」
側妃とはいえ王家の一員となった以上、彼への接し方もそれなりのものに変えなくてはならない。
慣れない言葉遣いで問う私に、レナート様は美しい笑みを見せる。
「ええ、その通りです。アウレリア妃殿下がヴェルネ離宮へ居を移されることになり、それに伴って新たに護衛騎士を配置することになったと聞きました。それで、志願させていただいたのです。国王陛下より正式に任を賜っております」
「そんな……」
レナート様が王国騎士団の中でも指折りの実力者だという話は、何度も耳にしていた。
剣の腕はもちろんのこと、その判断力や統率力でも高く評価されているという。
頭の回転も速く、作戦の立案などにも秀でていることから、若くして近衛騎士隊の一隊を任されるまでになったという噂も聞いていた。それなのに。
「一体、なぜ? フルニエ公爵令息は、王国騎士団の中でも特に将来を嘱望されているのでしょう? このまま功績を重ねていけば、いずれは要職に就くこともできたはず。それなのに、なぜわざわざ自ら? 側妃に過ぎない私のために、こんな王宮から離れた宮へ来るだなんて……」
するとレナート様は、ほんの束の間、痛みを堪えるような顔をした。そして少し掠れた声を漏らす。
「……それはもちろん、あなた様をおそばでお守りしたいからです」




