13. 衝撃の通達
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
ヴェルネ離宮──。通称、“呪いの離宮”。
王都から馬車で丸一日ほどの距離にある、ヴェルネ湖のほとりに建つ王家の離宮だ。
かつては数ある離宮の中でも、その美しさで名高い場所だったという。
しかし、三代前の王の御代、そこで暮らしていた側妃たちや多くの使用人が、疫病によって相次いで命を落としたことを境に、不吉な噂が絶えなくなった。
ヴェルネ離宮に近付けば側妃たちの亡霊に呪われ、同じ病で命を落とすとか、不運なことが起こるとか……。
いつの間にか、かの地には“呪いの離宮”という禍々しい呼び名が定着した。
以来およそ百年もの間、そこへ近付く者は誰一人いないという。
「……なぜ、私をヴェルネ離宮へ?」
問い返すと、ジョセフ様はわずかに眉を寄せ、息をついた。
「ダーナは正妃として輿入れし、今後王太子宮に居住する。正妃と側妃が同じ宮で暮らせば、何かと軋轢も生じるだろう」
「だからと言って、なぜ王宮から馬車で丸一日もかかる場所へ行かねばならないのですか? もっと近い離宮が、いくつかございますよね」
そう言い返すと、ジョセフ様は間髪を容れずに答える。
「ヴェルネ離宮は、かつて王の側妃たちが暮らしていた由緒ある離宮だ。側妃であるお前の住まいとして、何の問題がある?」
「ですから……」
「アウレリア様」
なぜわざわざヴェルネ離宮である必要があるのか。そう追及しようとしたところで、それまで黙っていたダーナ妃がジョセフ様からそっと離れ、座ったまま背筋を伸ばし私に向き合った。
「どうか、そんなにお気を悪くなさらないでください。私、アウレリア様を追い出したいだなんて、決して思っておりませんの」
そう言うと、彼女は美しい緑色の目を悲しげに伏せる。
「ただ、私とアウレリア様が同じ王太子宮で暮らすとなると、きっと周囲の者たちも気を遣ってしまいますでしょう? それに、私とあなた様も……」
ダーナ妃は困ったように言葉を濁し、ジョセフ様へと視線を向けた。
ジョセフ様はそんなダーナ妃を愛おしげに見つめ、彼女のピンクブロンドの髪をそっと撫でる。
「ダーナは優しいからな。お前に不快な思いをさせるのではないかと、ずっと心配していたんだ。な? ダーナ」
「はい、ジョセフ様……」
その言葉にダーナ妃は小さく頷き、両手を胸の前で組む。
「長年僕の正妃となるつもりでいたお前の目の前で、ダーナが正妃として暮らすことになるんだぞ。お前とて、平気ではいられないだろう。学園にいた頃のように、お前がまたダーナを虐めるのではないかと、僕もずっと心配していなくてはならない」
思いがけない言葉に、私は目を瞬いた。
どうやらジョセフ様は、私がダーナ妃に嫉妬して、何かしら問題を起こすとでも考えているらしい。
私が学園でダーナ妃を虐めていたという作り話も、すっかり信じきっているようだ。
ダーナ妃はそれを否定することもなく、潤んだ目でジョセフ様を見つめる。愛妃に頼られていることが嬉しいのか、ジョセフ様は得意満面で続けた。
「その点、ヴェルネ離宮ならば十分な距離がある。お前も余計なことを考えず、心穏やかに暮らせるだろう」
「……国王陛下は、このことをご存じなのですか?」
虐めの件はいくら否定したところで無駄だと悟った私は、うっとりした顔でダーナ妃を見つめ返しているジョセフ様にそう問いかけた。
彼はこちらを見て、いともあっさりと頷く。
「ああ。この件については父上にも話を通してある。父上は最後まで難色を示されていたが、母上が懸命に説得を続けてくれてな。最終的には了承された」
その代わり、長年使われていなかった離宮である以上必要な改修を施すこと。十分な数の使用人を置くこと。そして、側妃として不自由のない生活を送れるだけの予算を私に割り当てること。
それらを国王陛下が条件として提示されたのだという。
そこまで聞いて、私は小さく息を吐いた。
「ですが、私は公務にも携わることになりますよね。ヴェルネ離宮は、王都から馬車で丸一日もかかります。そのような場所に居を移しては、公務にも差し支えるのではありませんか?」
「その点は別に問題ない。必要な時には、お前に王宮へ出向いて来てもらえばいいだけだ」
「……その都度、ヴェルネ離宮から?」
「そうだ。毎日というわけではないのだから、支障はないだろう。わざわざお前が出向く必要のない仕事なら、使者に書類を届けさせれば済む話だ。急ぎのものは早馬を使えばいい」
あまりにも簡単に言われ、私は思わずジョセフ様を見つめた。彼はさも当然のことを話しているかのように続ける。
「お前は長年にわたり、正妃となるための教育を受けてきた。王太子妃として必要な知識が身についている。お前に任せた方がいい仕事は、これからどんどん頼むつもりだ」
「……」
邪魔な側妃なので、王太子宮には置かない。けれど、公務は任せる。
それも必要とあらば、王宮から馬車で丸一日かかるヴェルネ離宮から呼びつけて。
そんなことを簡単に話すジョセフ様に、怒りと不快感が湧く。
「ダーナはこれから学ばなければならないことも多い。お前はすでに一通りのことができるのだから、しばらくはしっかりと、ダーナを支えてやってくれ」
悪びれた様子もなくそう言うジョセフ様の隣で、ダーナ妃が眉尻を下げる。
「ごめんなさい、アウレリア様。私、まだ分からないことばかりで……。アウレリア様に助けていただけたら、とても心強いですわ」
「……」
無言で彼女を見つめていると、ジョセフ様はまるで私から守るように彼女を抱き寄せる。
「もちろん、いつまでも頼るつもりはない。だがダーナが正妃として十分に務めを果たせるようになるまでは、お前にも力を貸してもらいたい。そのための側妃なのだから」
ダーナ妃のために、私を同じ王太子宮に住まわせるつもりはない。
正妃という地位も、もちろん彼女のもの。
けれど、正妃として行わなければならない公務は私にやらせる。
そのために必要ならば、私はその都度ヴェルネ離宮から王宮まで出向けと。二人はそう言っているのだ。
随分と都合のいい話だ。




