俺が王子だと? そんなデタラメ誰が信じるもんか!
ギルド本部長が我が家の玄関で泡を吹いて倒れ、
救急車で運ばれていった15分後。
俺とサツキちゃんは、予定通り『肉じゃがの残り汁うどん』をすすっていた。
「・・・・・・ねぇハジメくん。本当に150億、寄付しちゃったの?」
「うん。だって怖いじゃん。あんな大金、絶対に後から『手数料で5兆円払え』とか言われる国際詐欺だよ。サツキちゃんも変なメールには気をつけなよ?」
「う、うん・・・ハジメくんがそう言うなら、そうなのかも・・・?」
サツキちゃんは完全に考えるのを放棄した目で、うどんを噛み締めている。
可愛い。可愛すぎる。
しかしその頃、ネットの巨大掲示板『探索者2ちゃんねる』では、一つのスレッドがサーバーを落としかねない勢いで加速していた。
【悲報】Cランクパーティ『天の啓示』、ガチで終了のお知らせwwwwww
1.名無しの探索者
ソースはギルド公式アナウンス。
ハジメをクビにした『天の啓示』のメンバー全員、探索者ライセンスの永久剥奪と、過去のギルド規約違反(荷物持ちへの不当搾取)で逮捕状が出た模様wwwwww
2.名無しの探索者
ざまぁぁぁぁぁwwwwwwwwww
3.名無しの探索者
そりゃそうだろwww
世界1位のリンが惚れ込み、アメリカの大富豪が150億出す神を「衣服が臭い」って理由でサンドバッグにしてたんだぞ?
国からしたら「国家最高戦力をイジメて海外に亡命させようとしたA級戦犯」扱いだよ。
4.名無しの探索者
ロン(リーダー)の今朝の配信アーカイブ見たけど、警察が踏み込んできた瞬間「ハジメは俺のダチだ! あいつが俺を許すと言えば減刑になるはずだ!」って泣き叫んたぜ
5.名無しの探索者
オーマイガー! こっちもクレイジーか?
6.ダチ(※毎日殴る蹴るの暴行、時給700円)
ハジメさん、今日のニュースで「そんな怪しい金(150億)はいらないんで被災地支援に全額寄付」って秒で、ジーザス! 次元が違いすぎる。
うどんをすすりながらなんとなくスマホでそのスレッドを眺めていると、サツキちゃんが心配そうに覗き込んできた。
「ハジメくん、ロンたちが逮捕されたって・・・・・・。大丈夫?」
「え? ああ、ニュース見たよ」
俺はズズッと麦茶を飲んで、心底ホッとした表情で呟いた。
「良かったぁ・・・・・・。警察が動いたってことは、やっぱりあの150億の話は、ロンたちが仕掛けた大掛かりな詐欺グループの犯行だったんだね! 騙されなくて本当に良かったよ」
「・・・・・・え?」
サツキちゃんの手から、お箸がポロリと床に落ちた。
「いや、だってそうじゃん? あいつらが逮捕されたってことは、あの『ギルド本部長』も変装した詐欺の仲間だったんだよ。危うくSSSランクとかいう偽物のカードに騙されるところだった。日本の警察は優秀だなぁ!」
伊達に赤点ばかりとっていたわけではない。点と点がつながって線になったぞ。
その頃、取り調べ室で「ハジメに謝らせてくれ! あいつは無欲の聖人なんだ!俺たちを嵌めるために150億を捨てたんだ!!」と狂ったように供述していたロンは、刑事から「往年のダチをそこまで侮辱するか」と冷たい目を向けられていた。
ハジメの「陰謀察知センサー(重度のトラウマ)」は、今日も世界を深い勘違いの渦に巻き込んでいくのだった。
長年連れ添った老夫婦のようにサツキちゃんとクオリティタイムを満喫していたその時――
俺のアパートの前の狭い生活道路が、あり得ない爆音とサイレンの音で埋め尽くされた。
窓から外を覗いたサツキちゃんが、うどんの器を持ったまま完全に硬直している。
「ハ、ハジメくん・・・外、とんでもないことになってる・・・!」
狭い下町の路地に無理やり入ってきたのは、防弾仕様の巨大な黒塗りリムジンと、前後を固める30台以上のパトカーの車列。
近所の住民たちが何事かとスマホを向けている。
バァン!
リムジンのドアが開き、あの金髪の大富豪ドニー・ポーカー氏が、数十人のSPを従えてボロアパートの階段をドカドカと踏み荒らしながら登ってきた。
「ハロー、ハロー!! ハジメ! 直接会いに来たぞ! 電話を切るロックスターなお前をスカウトするため、専用機で羽田に乗り込んできたのだ!!」
玄関を開けるなり、ドニー氏は眩しい歯を見せて握手を求めてきた。
もちろん、彼の背後には世界配信用のドローンがギラギラと光を放っている。
名無しの探索者:
ええええええええ!? ドニー本人がアパートに凸ったぞwwww
暇人A:
下町のボロアパートにアメリカトップ大富豪の車列は絵面が狂いすぎてるwww
裏情報通: リン様も負けじとヘリで上空に向かってるらしいぞ! 大怪獣決戦かよ!
「ドニーさん・・・手が痛いです」
「は? なにをか弱いふりしているんだ、パワーの塊のくせに! フワッハッハ!」
「いえ・・・それは誤解です・・・」
「5階? ここは6階だろうが。フワッハッハ!」
アメリカでも親父ギャグってあるんだな。
「だから、俺はただのFランクですし、マジでこの騒ぎ、何が何だか俺が一番わからないんです」
「ハジメよ、ハジメ。いいか、よく聞け。真のリーダーも、真の勝者もみな、そういうものなんだ。何が何だかわからない。それは基本中の基本だ。わからなくて大いに結構。実際の仕事っていうものはぜんぶ下っ端にやらせるんだから俺たちは何もわからなくていいのだよ。フワッハッハ! さ、先ずはウオーターフロントのタワマンを贈呈するとしよう」
「そんな怪しいタワマンの契約は――」
俺が断ろうとしたその時、アパートの階段の下から、今度はトランペットのファンファーレのような美しい音が響き渡った。
今度は何?
「おどきなさい、成金のアメリカ人。我が主の道をあけよ」
現れたのは、純白のオーダーメイドのタキシードに身を包んだ、いかにも高貴な老紳士。背後には、中世の騎士のような甲冑を着たSSSランクの近衛探索者たちが控えている。
ドニー氏が眉をひそめた。
「・・・・・・英国の王室探索ギルド!? その特使か!?」
老紳士はドニー氏のSPたちを鋭い眼光で押しのけると、俺の前に進み出た。そして、信じられないことに、シミだらけの我が家の畳の上で片膝をついた。
「――お坊ちゃま! よくぞご無事で・・・・・・!」
「へ?」
「ようやく・・・・・・ようやく見つかりましたぞ・・・・・・!」
老紳士は涙を流しながら俺の手を両手で包み込む。
「私は王室直属の執事、セバスチャンにございます。貴方様は15年前にダンジョン・テロによって行方不明となられた、英国王室の正統なる第一王子・・・アルベール殿下、そのお方に間違いございません!」
その瞬間、全世界の配信チャット欄が完全に爆発した。
暇人B:
は?????? 王子????????
探索ビギナー:
Fランク荷物持ち(衣服が臭い)が、イギリスの第一王子だったの!?wwww
スペイン美女:
やっぱりこっちの人間だったのね! 早くおいで!
リン(公式):
・・・・・・王子? だったら私が王妃になれば問題ないわね
ドニー・ポーカー(公式):
オーマイゴッド! 国際問題だ!! フェイクだ!! 何かの陰謀に違いない!!
サツキちゃんが後ろで顎が外れそうなほど唖然としている。
「・・・・・・ハジメくん、王子様だったの!?」
「ま、まさか」
だが、俺の「陰謀察知センサー」は、この瞬間、過去最大の超弩級アラートを鳴らし散らかしていた。
(待てよ。・・・・・・ああ、なるほど。ロンたちが逮捕されたから、今度は『アメリカの大富豪』と『イギリスの王室』を騙る、さらに大規模な国際詐欺組織が俺の全財産(数百円)を狙ってきたわけだな! 俺を騙せると思うなよ!)
伊達に赤点ばかりとってきたわけではない。こんな子供騙しの設定、誰が信じるか。
幼児の頃に誘拐された王子? ストーリーが安直すぎるだろ。
「すみません」
俺はセバスチャンの手をそっと振り払い、至極冷静に言い放った。
「俺、純日本人の桐野ハジメですし、英語も喋れません。俺のどこが外人だって言うんです? どう見たって超醤油顔でしょ? あと、うちの家系は代々ただの一般庶民なので、その『王室の遺産相続の保証金』みたいな詐欺には引っかかりません。お引き取りください」
「お、お坊ちゃま――!? トラウマで記憶が改変されておいでだ!!」
セバスチャンが絶望の咆哮を上げる。
ドニー氏は「まさか王室の権威すらフるとは、どこまで孤高の男なんだ!」と大興奮で、大げさに両手を広げながらカメラにアピールしている。
世界中が「ハジメの底知れない大物っぷり」に恐怖しているようだが、俺はそのすべてが大いなる勘違いだとしっかり理解していた。もうガキの頃みたいに騙されねえからな。
「サツキちゃん、詐欺師たちが居座ってて怖いから、早く鍵閉めてうどん食べちゃおう」と、ドアをバタンと閉めた。




