最底辺、切り捨てられる
「おい、ちょっと。ちょっと、そこのお前」
「え? 俺ですか?」
「他に誰がいるんだよ、このうすのろ。えーっと、名前なんだっけ」
「ハジメです」
「そうか、ハジメ。お前、今日がサイゴだ。もう来なくていいわ」
「は?」
「わかったらさっさと消え失せろ。目障りだ」
ダンジョン15階層。
薄暗い通路。上の岩場からぽとぽとと水滴が落ちる。
そこで俺は突然クビを宣告された。
俺のお尻を蹴飛ばして消えろと言うのは、
Cランク探索者パーティ、「天の啓示」のリーダー、ロンだ。
全身をピカピカの銀の鎧で包み、その下には魔法で常に適温が保たれる高級な魔導防寒具を着用し、いかにもエリートという風貌と態度だ。
対して俺はボロボロの量産型防寒着——といえば聞こえはいいが、一番安いヤツをバーゲンセールで手に入れたので、防寒着といえるのは胸元ではがれかけているワッペンの生地が少々厚めというくらい。後は生産工場で余った端切れをくっつけた女性用のシュミーズのようなもの。泥で汚れているので白くはないが。
「で、でも、まだダンジョンの攻略中ですよね?」
「だからだよ。てめえみたいなFランクがウロウロしてると邪魔だ。配信の画面映えも悪いしな」
ロンの後ろには、パーティの仲間たちがカメラ付きのドローンを飛ばし、生配信をしながら俺を嘲笑っている。画面の向こうの視聴者たちのコメントが、各ドローンについたモニターに流れる。
『げっ、Fランクのゴミ、まだいたの?』
『早く追い出せよww』
『そもそもなんであんなFランク参加させたの?』
俺は桐野ハジメ。確かに才能ゼロ、スキルなし。世間がダンジョン配信に沸く中、何とかFランク(最低ランク)探索者として荷物持ち、その他雑用係で日銭を稼いでいる。自分の配信チャンネルも一応持ってはいるが、登録者数はわずか11人。完全に底辺だ。
「ま、待ってください。いきなりそう言われても――」
そこにロンの相棒、ヤスがやってきた。
「あのさ、ゴミならゴミらしく黙ってろ。喋るゴミなんて集積場で見たことないぞ。うっ……臭え。お前の防寒着?っていうの、それ? めっちゃ臭えんだよ。やる気が萎えちまう」
「だから役に立たないわけだよ。配信の同接が6万人超えそうなのに、画面にその汚ねえボロを着たお前が映ると視聴者が冷めるだろ?」
「つ、次の休憩時間にこれ、きれいに洗います! 臭くないように清潔にしますから! まだここに来て3日です。もう一度チャンスをください! お願いします!」
「バーカ、3日もありゃあ十分だよ。ボロでもボロなりに衣服は洗濯してくるんだったな」
「もういいよ、ヤス。時間の無駄だ。これ、今回の報酬な。じゃあな、ゴミ」
ロンは数枚の硬貨を床に投げつけると、俺が背負っていた荷物を奪い取り、フーフーと息を吐いてパンパンと叩き、自分の肩に引っ掛けてヤスと笑いながら他のメンバーのいる向こうへ行ってしまった。
配信のドローンが、俺を憐れむように一瞬だけ俺を映した後、エリートたちを追って消えていった。
「はは……まじかよ」
一人残された15階層。
本来、Fランクの俺が単独で生きて戻れる場所じゃない。
どうしよう⁉
今の感じだと、追いかけて泣きついたところでセカンドチャンスをくれそうもない。
となると、とにかく這ってでも地上に戻るしかない。
暗くてジメジメしたこの15階層、一人になると急に寒くなってきた。
息を吸うだけで肺の奥が凍りつきそうに痛い。使い捨て手袋の隙間から冷気がしみこみ、すでに指先の感覚は消えかけていた。
確か、気温はマイナス20度くらいまで下がると言う話だった。何とか歩いて光を見つけて脱出しなければならない。
床に投げつけられた小銭を拾おうとしたが、指が動かない。
仕方なく、小石を蹴る要領で蹴りながら歩きだした。
しばらく歩いた。
考えたところでどうしようもないので、何も考えないようにして、一歩ずつ前に進んだ。
光……光……光はどこだ?
さっき思った、這ってでもというのは撤回した。だって、地面は凍るように冷たい。動け、俺!
その時、通路の奥から心臓を叩くような音がした。
ドン。ドン。ドン。
グワワワワワ。
暗闇から現れたのは、真っ赤な目が光る巨獣。体調3メートルは優に超えている。全身が鋼鉄のような毛並みに覆われ、手には俺の胴体くらいはありそうな巨大な石斧を握っている。口から吐き出す息は紫色に濁り、生臭い血の匂いがここまで漂ってくる。
この階層のボスだ。通称『迷宮の番人』、サカサタウロスだ!
「嘘だろ……なんでボスがこんなところに……⁉」
武器はない。丸腰でくるのが荷物持ち兼雑用係の条件だった。
退路もない。絶体絶命。
「ウオオオオ。ウオ?」
サカサタウロスがこちらを見て、目が合う。
ああ、俺の人生もここまでか。
思えばずっとツイてなかった。
ガキの頃に親に捨てられるわ、学校ではいじめられるわ、よくて無視されるわ、かといって勉強やスポーツとかできたこともない。もちろん、女子も俺を臭い空気のように、無視しつつ、『何、この辺な匂い?』『くさーい』『早く行こう』って言われるのが関の山だった。
ボスにやられる心の準備をしていた時だった。
その瞬間、俺の脳内に今まで聞いたことのない無機質な電子音が響き渡った。
何だこれ? フラッシュバックとか? いや、怖くて発狂したのか?
【——見事、条件を達成しました。隠しユニークスキル『神速パリィ』が覚醒します】
無機質なアナウンスが脳内に響く。同時に、俺の目の前に半透明のステータス画面がポップアップした。
【ユニークスキル:神速パリィ(ランク:規格外)】
・パッシブ効果:あらゆる物理攻撃・魔法攻撃の軌道とタイミングが完全に視覚化される。
・アクティブ効果:タイミングを合わせて受け流し(パリィ)を行った際には、対象の攻撃力を100%カットし、衝撃波として相手に反射する。また、発動時の自身の速度は100倍になる。
「……は? 規格外……? 反射……? 何だそれ?」
呆然とする俺の目の前で、サカサタウロスが巨大な石斧を容赦なく振り下ろそうとした。
逃げられない。ああ、神様!
死を覚悟したその瞬間。俺の右手が……勝手に動き出した。




