第1話:飢えた地
――光和六年(一八三年)、豫州潁川郡。
麦という名は、麦から来ている。
春に蒔いて夏に刈る、あの麦だ。生まれた年が豊作で、父がそう名づけたという。豊かであれ。そういう願いだったらしい。
願いは、外れた。麦が十五になるまで、腹の底まで満ちた覚えは、片手で足りる。
麦の家には、もう田がない。
祖父の代には、わずかに自分の田を持っていたと聞く。だが日照りが二年続いた年に種籾を借り、返せなかった。田は丘の上の荀家へ渡り、祖父は同じ田を、今度は小作として耕す者になった。父もそうだった。麦もそうなる。
荀家の田を耕し、穫れたものの大半を納め、残りで冬を越す。越せる年は、それでもましだった。
この三年は、ましな年が一度もなかった。
まず日照りが来た。井戸の底が見え、川は石ばかりになった。次にいなごの大群が来た。空が暗くなったと思ったら、それは雲ではなかった。羽の音が地を這うように近づき、青いものを残らず食って、半日で去った。あとには、茎の影だけが残った。麦は、何も残っていない畑のまんなかに立って、しばらく動けなかった。腹が立つより先に、足の力が抜けた。
そして、人が病んだ。
病は村の端から、順に家を訪ねた。はじめに熱が出る。次に痩せる。痩せて、目だけが大きくなって、ある朝、息をしていない。葬る力の残っている家は、まだよかった。隣の家では、子が三人いたのが、夏のあいだに一人になった。土を掘る男の手も、もう細かった。
その頃、東から来た男たちが、村を回りはじめた。
黄色い布を肩にかけ、人の集まる辻に立って、病を癒すと言った。罪を悔い、護符を焼いた灰を溶いた水を飲めば、治る、と。
隣の家の女が、すがった。
残った一人の子のために、地に額をつけ、声に出して自分の罪を悔いた。何の罪なのか、麦には分からなかった。女は碗の水を子に飲ませ、自分も飲んだ。飲み終えて、女は少しだけ笑った。麦は、その笑いのほうが、病より恐ろしい気がした。
麦も、一度だけ手を伸ばしかけた。
母が、寝ついていた。痩せて、目だけが大きくなりはじめていた。それでも母は、麦の破れた衣を膝に引き寄せ、繕おうと針を取った。指が震えて、針はすぐに落ちた。
辻で碗が回ってきたとき、麦はそれを母に持って帰ろうとした。灰の混じった、濁った水だった。これを飲ませ、自分が罪を悔いれば、治る。そう言われた。
麦には、悔いるべき罪が思い当たらなかった。腹が減ったこと。納める米を一掴み、口に入れたいと思ったこと。畑で動けなくなったとき、いっそ自分も病んでしまえと、半分だけ願ったこと。その程度だ。それでも、手は伸びた。藁のほかに、掴むものが何もなかった。
指が碗に触れる前に、道士が言った。
「天は、もう蒼くない」
男は、白い空を指した。その指の先に、変わったものは何もなかった。
「蒼い天は死んだ。次は黄色い天が立ち、世が改まる」(蒼天已死、黄天当立)
いつだ、と誰かが訊いた。
「来年。甲子の年に」
男は、それだけ言って、あとは答えなかった。
麦には、空の色が変わって見えはしなかった。ただ、白く、乾いていた。それでも、世が改まる、という言葉だけは、碗の水よりも喉に残った。
丘の上の荀家にだけ、灯があった。
塀の内に瓦の屋根が幾棟も重なり、夜になると、ぽつり、ぽつりと灯がともる。あの家からは学問の声が絶えず、都の役人さえ、門の前では馬を下りるという。飢えも疫病も、あの塀の内には届かぬように見えた。同じ天の下にあるとは、麦には思えなかった。改まるという世に、あの家も入っているのかどうか、見当もつかなかった。
母は、秋を越した。護符の水のおかげかどうかは、分からない。隣の女の、残った一人の子は、保たなかった。碗は、土間に転がったままになった。
道士たちは、村を出て、また東へ戻っていった。戻りながら、口々に、同じことを言っていた。
「甲子の年に」
その年が、すぐそこまで来ていた。




