27 誕生日パーティ(2)
誕生日の前日、シュカはユーリの部屋に呼ばれた。確認したいことがあるらしい。
「来てもらってすまないな」
「シュカ君、サプライズとか苦手そうだから、あらかじめ伝えておこうかと思って」
そう云って、誕生日パーティ当日のスケジュールが共有された。
たしかに、サプライズは苦手だ。ディーは人のことをよく見ている。事前に共有しておいてもらえるのは、ありがたかった。
参加者名簿には、ユーリ、ディーのほかに、ノエルやルーク、さらにはエリーゼの名前まであった。料理はディーを中心に手作りするらしい。どんなものが出来上がるかはお楽しみ。ケーキは、宮廷料理人の手作りのものが届くとのことだった。
プレゼントは、あまり高価すぎないものを――そんなところまで配慮されていて、ありがたかった。ただ、参加者は貴族ばかりだ。高価すぎないもの、といった指定だけで大丈夫だろうか――不安に思ったが、ディーが事前にチェックしてくれるらしいので、シュカは胸を撫で下ろした。
「こんなところかなあ。料理についてはオレが責任もつから安心してね。こう見えて腕には自信があるんだ」
「ああ、ディーに任せておいてくれ。料理人を連れてきてもよかったが、手作りの料理というもののよさを知ってしまったからな。シュカにも味わってほしくて」
ユーリが云う。以前作ってやった東国の料理が余程お気に召したのだろう。
「そうそう、シュカ君がよく眠れるように薬膳茶ってやつを用意してみたんだよね。よければ飲んで」
そうして出された茶は、どこか東国を思わせる茶器に入れられていた。蓋をずらすと、複雑な香りが香ってくる。
「お気遣いをありがとうございます。いただきます」
ひとくち飲むと、口のなかに懐かしい香りが広がった。母は東国の茶を飲むのがすきだった。馴染みのある味に、ほっとする。
「美味しいです。どちらのお店のものですか?」
「気に入ってもらえてよかった。今度街におりたときにでも案内するよ」
ディーが無駄ににこやかに笑う。なにか、含みがあるような気がしてならない。シュカは違和感を覚えた。
「ちなみに、薬膳茶とおっしゃいましたが、効能は?」
「んー? リラックス効果とか不眠解消とか、そんなところだったかなあ」
「そうですか」
疑り深すぎただろうか。シュカがもう一口、二口と茶を飲み進めていると、黙っていたユーリが唐突に口を開いた。
「シュカ、なにか云いたいことはないかい?」
「……云いたいこと、ですか?」
ソファの向かい側で、ユーリ君直球過ぎ、などとディーが呟いていた気がしたが、なにかあったのだろうか。
「いえ、特には。パーティの計画に不満はありませんし、寧ろ僕なんかのためにここまでしてくださってありがとうございます」
「いや、そうなんだが、そうじゃなくて……」
「?」
めずらしくもごもごと口ごもるユーリを前に、シュカは首を傾げる。
「ユーリ君はさ、シュカ君のことが心配なんだよ」
そこで、ディーが助け船を出すことにしたようだ。
「心配、ですか」
「最近特に眠れてないみたいだし、なにか理由があるんじゃないかなって思ってるみたい」
「――実は、母君の命日が近いことを知ってしまって。それが関係しているんじゃないかと考えているんだ」
「ああ――なるほど。そういうことでしたか」
今日此処へ呼ばれたのも、それを確認したかったからに違いない。彼は、シュカの素性の一切が書かれた手紙を所持しているし、そこを結びつけるのも不自然ではない。
さて、どう誤魔化そうか。そう思っていた筈だのに――
「――そうですね。毎年、母の命日が近くなると、不眠になります」
何故か口からは、本音が零れてしまった。
「――?」
シュカは口を押さえる。なにかがおかしい。
「やはりそうだったか。そんなときなのに、一方的に誕生日パーティを開こうなんて提案して、すまなかった。でも、私がどうしても、シュカの誕生日を祝いたかったんだ」
「そうですか。けれど僕は、自分が祝われるべきだとは思っていません」
「何故?」
そこへきて、やっとシュカは理解した。なにかを盛られている。シュカは、心の裡を明かそうなどとは露とも考えていなかった。それなのに、言葉がするすると出てくるのだ。
「――母を殺したのは、僕ですから。僕さえいなければ、母が死ぬことはなかったかもしれない――」
ユーリはシュカの言葉に衝撃を受けているようだった。そんなユーリを横目に、シュカはディーを睨む。
「なにを盛ったんですか。どうせ貴方の入れ知恵でしょう」
「ばれちゃったか。ちょーっとだけ素直になる薬を、ね」
ちょっとどころの騒ぎではない。これでは会話にならない。シュカは押し黙った。
「シュカ、君の了承も得ずにすまない。けれど、君の本音が聞きたかったんだ。友人として、力になれたらと思って――」
「……」
「ほんとうは、相談してほしかった。でも、シュカはそんなこと思いつきもしないだろうから――こんな卑怯な方法を使って申し訳ない」
「……ほんとうに、卑怯ですね」
シュカがユーリを睨むと、ユーリはなにを思ったか、シュカの前にあった茶器を取り、中身を飲みほした。
「!?」
それには、ディーもシュカも驚くばかりだ。なにをしているのだ、このひとは。
「――すこしだけ、自分の話をしてもいいだろうか」
ユーリは、「素直になる薬」とやらを使って語りたいことがあるらしい。
シュカは黙って聞くことにした。
「私は、きょうだいの中でも、ひとりだけ腹違いの子なんだ。母上は、私が七歳のころに命を落とした。毒殺されたんだ。けれど母は、闇の魔術の使い手で、毒の属性も持ち合わせていた。自死したのではないかと、宮廷では心ない噂も流れたよ。宮廷での、母への風当たりは強かった。なにせ私は、一系統の魔術しか使えない劣等の子だったからな」
シュカは、言葉が出なかった。彼に、そんな壮絶な過去があるとは思ってもいなかったのだ。
「母は聡明で強いひとだった。自死などする筈がない――けれど、心の何処かで、もしかしたら私のせいで、自死に追い込まれたのではないかと、そう思っている自分がいるんだ」
その話はディーも初耳だったらしく、めずらしく素で驚いていた。
「それから、私は笑えなくなった。いや、正確には、笑ってはいけないと、自分を戒めているのかもしれない。母上を殺した、自分なんかが、と――」
「――たった七つの子に、どんな責任があるというのですか。もしそれが真実なのだとしたら、それは貴方の母君の弱さです」
シュカは思わず口を挟んでしまった。
「――母上は、弱くなんかない!」
「それが真実なのだとしたら、という話です。毒殺でしょう。宮廷内で殺されるだなんて、よくある話です」
実際、自分の母もそうだったのだから――
「まあまあ、ふたりとも、ちょっと落ち着こうか。喧嘩したいわけじゃないでしょ?」
そもそもの元凶は自分だというのに、ディーは平然と取りなす側にまわっている。
「すまない、喧嘩がしたいわけではなかったんだ。私は、罪の意識を抱えて生きてきた。それでも、この命の誕生を祝ってくれるひとたちがいる限り、懸命に生きようと思っているんだ」
「――」
「だから、シュカにも、そう考えてほしくて。考えを押しつけるのはよくないとわかっているけれど、それでも、自分が祝われるべきではないなんて、思ってほしくない」
「……簡単に云ってくれますね」
何年も抱えて生きてきた思考を、容易に変えることができる筈がない。それでも、ユーリは、シュカに伝えたかったのだろう。
「シュカを祝いたいというひとたちが、たくさんいるんだ。明日の誕生日パーティ、開催してもいいかい?」
自分の生誕を祝ってくれるひとなどいない――そう断言するには、この三ヶ月、多くのひとと出会いすぎた。
シュカは俯く。自分は、どうするべきなのだろう。
母の死をわすれたわけではない。けれど、友人ができた。仲良くしたいと云ってくれているひとがいる。名を呼ぶことを許してくれたひとたちがいる。
彼らの親愛を、無碍にすることは、できなかった。
「――明日、楽しみにしていますね」
シュカが顔を上げると、ユーリは目を潤ませていた。
「――泣かないでくださいよ」
「泣いてない! ただ、うれしかったんだ。シュカ、ハグしてもいいかい?」
「……は?」
そう云ったときには、もうユーリは立ち上がっていて、シュカの座る側に回り込んでくると、ふわりとその身体を包み込んだ。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「――」
そのぬくもりに包まれたとき、シュカは、無性に泣きたくなった。けれど、こんなところで泣き顔を見せるわけにはいかない。
「……一日早いですよ」
声は、震えてはいなかっただろうか。
「わかっている。でも、いま、云いたくなったんだ」
「わーうつくしきかな。オレもハグするべき?」
ディーはその光景を茶化しながらも、ユーリの反対側に回り込んでくると、シュカを抱きしめたのだった。
「……恥ずかしいひとたちですね」
「明日はたーんと祝われる覚悟、しておいてよね」
「ああ、みんな、シュカを祝えることを楽しみにしているんだからな!」
「わかりましたよ。……そろそろ離れてください」
離れていく熱を引き留めたくなってしまったことは、心の裡に留めておく。




