1つめ
「ログ・ホライズンを越えたいんです」
その言葉を口にした僕は、自分でも何を言ってるんだと思った。自分がそうなのだから、相手はもっと意味がわからないだろう。
そうして僕は無事に退職した。いや無事では無いかもしれないが、退職することには成功した。
ログ・ホライズンはページビューが300万を越える、モンスター級のオンライン小説だ。作者は『自動筆記マクロ』らしい。マクロは簡単なプログラムのようなものであるが、本当に自動で動くマクロだということは無いだろうし、どこかに作者がいると思う。しかし、その作者の存在は謎に包まれ、それがまた大量のファンの心を離さない理由の一つでもある。
僕がログ・ホライズンに出会ったのは4月の事だ。寒いと暑いの極端な日が続き、久しぶりに温かな春を感じた。ログ・ホライズンのキャラクター達が予期せず、『エルダー・テイル』の世界に巻き込まれてしまったように、僕も思いがけずにログ・ホライズンの世界に巻き込まれてしまった。
ログ・ホライズンは、オンラインゲーム『エルダー・テイル』の世界に、プレイヤー達が召喚されてしまうという、異世界召喚ものの小説である。
僕は、最初の1ページ目を読みはじめた瞬間、強制的にログ・ホライズンの世界に引きずりこまれた。それはあまりに唐突な感覚で、『ハマった』という感じすらわかなかった。ログ・ホライズンの主人公、『シロエ』がエルダー・テイルに召喚されたような感覚というのも似たようなものだったのではないかと思う。
そう、僕はあの瞬間、間違いなく『ログ・ホライズン』の世界に召喚されたのだ。
ログ・ホライズンの部隊とナルオンラインゲームの『エルダーテイル』は、『MMORPG』と分類される。MMORPGとは、『多人数のプレイヤーが同時に同じ世界に参加しプレイするRPG』ののことで、代表的なオンラインゲームの一つだ。『ウルティマオンライン』や『ファイナルファンタジーIX』など多種多様なタイトルが世界中でプレイされ、その熱中度が社会問題になることもある。
ログ・ホライズンの世界に魅了された僕は、いくつものオンラインゲームを漁った。巨大掲示板『2ちゃんねる』や、SNS『mixi』、検索サイト『Google』を活用して情報を集め、あまり行った事の無い秋葉原のいくつもの店を歩き、尋ね、エルダー・テイルを、エルダー・テイルに近いゲームを探した。4月の半分を費やした捜索活動は、遂に打ち切りとなった。
僕はどうしても諦められなかった。エルダー・テイルをプレイしたかったし、欲をいえば僕もエルダー・テイルに召喚されたかった。でも、そんなことは現実には訪れなかった。
そのうち、僕の頭の中は一つの答えがうっすらと浮かんでくる。
「作ればいいっ!」
無ければつくればいいのだ。そんな単純な事に気づくのに2週間もかかっていた。ゲームのシナリオや設定などは、既に小説として公開されている。僕は悩んだ末に一筋の光明を見つけ、パソコンの液晶画面を見つめる顔が思い切りにやけているのを感じた。しかし、その一瞬後、現実に強く打ちのめされる事になる。
(……作り方がわからない)
恐らく、プログラムを組めばいいのだろう。だが習得までに何年かかるのだろうか。自分にあまりセンスがあるとも思えない。しかも、エルダー・テイルの目玉である『高精細なグラフィック』というのがある。3Dのポリゴンなど、どうやって作られるのかもわからないし、絵も棒人間を書くのがいっぱいいっぱいだ。
ログ・ホライズンに出会い、2週間が経過している。目標は、目指す前に消えようとしていた。