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第七十三話 トラブルメーカー


 学園が再開してからは、実に穏やかに何事もなく過ぎていった。


 対抗戦襲撃事件の当事者たちであるクエル、ケイン、ミレーヌが多くを語らぬ事で、生徒たちも次第に事件の事を話題に上げる事も無くなる。


 王都には、平穏な日常が戻っていた。


 クエルは、この平穏な学園生活を満喫する。


 ケインと共にいる事に幸せを感じていた。


 だが、平和の裏で、事態はゆっくりと進行していく。


 思いも寄らぬところで、何かが暗躍あんやくし、世界にくるいがしょうじ始める。


 人ならざる者の影は、クエルたちの直ぐ近くにまで迫っていた。



 ベネディクト王立学園。


「ケイン、近くに新しいカフェがオープンしたそうなのですが、一緒に行ってみませんか」


 いつもの、ごくありふれた放課後。


 アクセサリーをジャラジャラと鳴らし、クエルがケインをお茶に誘う。


「うん、行こうか」


「あはっ、嬉しい」


 ケインに寄り添い、他の者には見せない屈託のない心からの笑顔を向ける。


 わたしのケイン、わたしだけのケイン。


 腕を組み下校するクエルとケインは、もはや学園の日常と化していた。


 校舎から馬車が駐車してある校門へと歩いていると、門の出入り口が何やら騒がしい。


 見て観ると、クエルの執事であるセリカと、学園には不釣り合いな虎族の獣人フウが校門前で話し合っている。


 セリカとフウの二人を、下校する生徒たちが遠巻きに興味深く見ていた。


 生徒たちは、学園対抗戦に出場していた獣人に興味津きょうみしんしん々である。


 すると、クエルとケインに気が付いたフウが軽く手を上げた。


「よっ! 嬢ちゃんに坊や、元気してたか?」


 まるで友人に会いに来たかのような軽い感じで声をかける。


「フウ!? あなた、何しに来たのよ!?」


 クエルはフウを警戒した。


 この女が関わると、何かとトラブルに巻き込まれる。


「つれないねぇ嬢ちゃん、対抗戦以来だってのに」


「セリカ、どういう事?」


「はぁ、それが、シルフィード様に会いに来たとの事でして」


「ケインに?」


 クエルは青い目をすぅっと細めると、竜骨棍りゅうこつこんを一本取り出す。


 学園では剣のような武器の携帯を禁止しているが、竜骨棍は護身用の棒という事で許可されていた。


「何が目的? 事と次第によっては貴女でも容赦しない」


 竜骨棍の切っ先をフウに突き付ける。


 同時にセリカの全身から殺気が放たれた。


 周囲で見守っていた生徒たちが思わず息を呑む。


 だが当のフウは、動じる気配もない。


「まぁまぁ落ち着けって、一緒に戦った仲じゃねえの。 そんな物騒なモンを向けられたら話もできないぜ」


 フウはおどけた表情を浮かべながら、両手を目の前に上げて見せる。


 すると竜骨棍を握るクエルの拳に、ケインが手を添えた。


「クエル、まずは話を聞いてみよう」


「ケイン……わかりました」


 ケインにそう言われては仕方ないと、クエルはおとなしく竜骨棍を下ろす。


 それにならい、セリカも殺気を解く。


「フウさん、お久しぶりです。 あの時のお礼も言えず申し訳ありませんでした」


「気にしなくていいぜ、坊やを守るのが仕事だったからな」


 礼を言うケインに対し、フウはにっこりと微笑みながら手をひらひらとさせる。


「それで、ボクにお話というのは?」


「あぁ、それなんだがな……」


 そう言うとフウは辺りを見回す。


 下校時刻という事もあり、結構な数の生徒たちがクエルたちを見ていた。


「立ち話もなんだ、場所を変えて話そうか」


 フウの提案に、クエルとケインは顔を見合わせた。



「ここ、ケインと来ようと思っていたカフェじゃないですか」


 クエルとケイン、それとセリカがフウに連れられて来たのは、王立学園からほど近いカフェであった。


「ガキ連れて酒場って訳にもいかねぇだろ。 これでも気使ってんだぜ」


 かりにも貴族であるクエルとケインに気を使っているとは思えないフウが、店のドアを開ける。


 カランカランとドアベルの音を鳴らし、クエルたちは店の中へと入った。


 直ぐにウエイトレスが、クエルたちを店の奥へと案内する。


 クエルたちが通路を歩いていると、見慣れた赤髪の少女に気が付いた。


 赤髪の少女もクエルたちに気が付く。


「あら? クエルにケイン殿、それにセリカ殿にフウ殿まで?」


 ひとりテーブル席に座っていたのは、同級生のミレーヌ=ソレイユであった。


「偶然だな剣聖ちゃん。 対抗戦以来か」


「ミレーヌ? あなた何してるのよ?」


「何って、ここのパンケーキが絶品と聞いて食べに来たのよ」


 どうやらフウが呼んだわけでもなく、本当に偶然らしい。


「「 失礼します 」」


 振り返るとウエイトレスが二人がかりで大皿を運んでくる所であった。


「「 お待たせいたしました 」」


 ウエイトレスが大皿を、ミレーヌのテーブルの上に置く。


「「 ウルトラスーパーデラックスパンケーキスペシャルでございます 」」


 たっぷりのホイップクリームの上に、これでもかとフルーツを乗せた5、6人前はある巨大なパンケーキ。


「まぁステキ」


 巨大パンケーキを前に、ミレーヌはうっとりとした乙女の顔をすると感嘆の声をあげる。


「み、ミレーヌ、あなたそれ一人で食べるつもり?」


「もちろん、クエルも注文してみれば?」


「遠慮しておくわ」


「あらそう?」


 ナイフとフォークで巨大パンケーキを食べるミレーヌを尻目に、クエルたちは空いている隣のテーブル席に陣取った。


 メニューからおすすめのパンケーキセットをウエイトレスに注文すると、パンケーキを頬張るミレーヌを横目に見る。


「見てるだけで胸焼けしそう」


「食えるってのも、強くなる才能のひとつだぜ」


 うんざりしたように眉をひそめてミレーヌを見るクエルに、フウがフォローを入れる。


 しばらくすると、クエルたちのテーブルにパンケーキと紅茶が運ばれてきた。


 ミレーヌの食べている巨大パンケーキではなく、ごく一般的な普通の大きさである。


 クエルはナイフでパンケーキを切り分けると、フォークを刺す。


「ケイン、はい、あ~ん」


「あ、あ~ん」


 クエルがホイップクリームとフルーツの乗ったパンケーキを、隣に座るケインの口元に運ぶ。


「ケイン、美味しいですか?」


「うん、とっても美味しいよ」


「あはっ、ケイン可愛い。 あっ、口にクリームが」


 クエルはケインの唇に付いたクリームを指先で拭うと、ペロリと舐め取る。


「うふ、美味しい」


 クエルとケインのイチャイチャを見せつけられたフウは、おもわずあきれ返った。


「相変わらずだな、この二人は」


「良い事だ、シルフィード様のおかげで、クエルお嬢様の精神も安定しておられる」


「坊やの方も、魂を抜き盗られた後遺症も無さそうで安心したぜ」


 フウとセリカのやりとりに、クエルが顔を向ける。


「それで、わたしとケインの至福の時間を奪って、いったい何の用なのかしら?」


 細められたクエルの目が、テーブルを挟んだフウを睨みつける。


 愛らしい顔から邪悪さがにじみ出ていた。


「……これで精神安定してるのか? メチャクチャ情緒不安定じゃねえか」


「お前が悪い、さっさと要件を言わないと、クエルお嬢さまに本当に消されるぞ」


「はいはい、わかったよ」


 セリカの忠告に、フウは大袈裟に肩をすくめるとケインに向き直る。


「話ってのは、坊やにわたしと冒険者パーティーを組んでもらおうと思ってな」


 フウがケインを見据えたまま、真面目な顔で告げた。


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