別れと出会い
すごい勢いで地面が近づいてくる。
実際は俺が近づいているのだが。
覚悟を決めて俺は目を閉じた。
あの時、一瞬見えた感じでは光は助かったと思う。
俺の人生はこの為にあったのかもしれない。遺書もちゃんと書いてきたし、思い残すことももう無い。
いや、光だけが心残りだ。光はこの後飛び降りるのだろうか? 俺たちにとっては生きていく方が辛いだろう。それでも生きていて欲しい。
我ながら恥ずかしいことを考えてしまった。
光とは数十分しか話していないのにもう他人な感じがしない。向こうもそう思ってくれているといいが。
「気持ち悪いこと言わないでくれる、キモ!」とか言われそう・・・
ていうか地面に着くの遅くね!!
ゆっくりと目を開けると目の前には緑の地面が広がっていた。距離は30センチ程である。俺は浮いていた。そう認識した瞬間に地面と衝突した。
どさっ!
なんだ助かったのか?
体を起き上がらせ周りを見る。
森だった。木々が生い茂り優しい風が吹いている。
どこだここ? 全く身に覚えがない。
まさかこの状況、この感じ、やっぱりあれしかないよな!
異世界転移⁉︎
うわーーー! めっちゃ興奮してきた!!
ここから始まるのか、俺の新しい人生が!!!
前の世界では毎日追いかけまわされて、いじめられていたからな。異世界では穏やかな日々を過ごすぞ!
空に向かって1人でガッツポーズをしていると後ろの茂みからガサガサッと音がした。
これは、もしや、美少女が現れたりするパターンか?
ここから始まるのか、俺のハーレム生活!
俺はゆっくりと振り向いた。
熊だった。
可愛さのかけらもない熊だった。
その熊は異様なことに目が赤く、額と手に石がへばりついていた。
熊は俺の前で二本足で立ち、吠えた。
「ヴァオアーーーーー!!!」
俺の新しい人生、始動1分で終了です・・・
ってそんなことあるか!
異世界転移してすぐに死ぬなんて異世界転移の意味ねぇじゃねぇか!!
きっと、今の俺には何か特殊な能力が備わっているはず。
俺は正面に立っているのは危ないと思い、横に向かって転がった。
ズンッ!
案の定、熊は俺の元いた場所に両手を押し当てていた。
危ねぇ、間一髪だ。
それにしても異世界にきたんだ。魔法があってもおかしくない。試しにやってみる価値は十分ある。
俺は熊に向かって両手を突き出した。
「ファイヤーボール!!」
そう叫んだ瞬間、俺の両手から火の玉が出た。
本当に出た! 魔法だ!!
俺ってセンスあるかも!!!
しかし喜んでいる場合ではなかった。
俺が放った火の玉は熊には当たらず彼方の方角へ飛んでいってしまったのだ。流石に初めからうまくいくわけではなかった。
いや、でもいけるぞ!
今のでだいたい分かった。次は当てる!!
熊はファイヤーボールを見て一瞬怯んだようだった。
俺はその隙を見逃さずに、ファイヤーボールを打ちまくった。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール!! ファイヤーボール!!!」
4発目にして初めてファイヤーボールが熊の額に当たった。
どうだ! 俺の渾身の魔法は!!
煙が晴れ、熊の頭が見えた。
熊は全くダメージを受けていないようだった。
嘘だろ???
1番初めに出会うモンスターがこんなに強いことってあるのか!?
俺は一歩後ずさってしまった。
熊はこの俺の動きを見て、俺が臆したことを理解したのだろう。すごい勢いで俺に向かって突っ込んできた。
終わった。体は金縛りにあったように動かない。
もう、打つ手はない。
熊はすぐそこまで来ている。
え、俺の異世界生活これで終わり?
走馬灯さえ出てこないよ。
俺が死を覚悟したその瞬間、
ズパッ!!!
急に熊の頭が胴体から外れた。残った胴体は力なく崩れていき、俺の手前で止まった。首からは大量の血が流れ出ている。頭は俺の後方に吹っ飛んでいった。
俺は何が起こったのか全く理解できなかった。
全身に熊の血を浴びて、その場で呆然としていると、
「本当に現れた・・・」
そう言って、右の茂みから俺と同い年くらいの女性が出てきた。
その女性は赤に近いピンク色の髪を肩のところまで伸ばしており、魔法使いが着るような黒いローブを羽織っていた。モデルのような整った顔立ちは、驚きと困惑の表情をしていた。
「でも、魔法を使ってる?
とにかく、あなた早く魔力還元をしなさい!」
誰なんだこの人は? この人が熊をやったのか?
それよりも・・・
「魔力還元ってなんなんですか?」
「あなた魔力還元を知らないの?」
「はい・・・」
「わーーーっ! 本当だ!! 火が広がってる!!」
火? 俺は女性が見ている方向を見た。
うわっ! 火事だ!!
なんで火事なんか・・・
俺のファイヤーボールか!!!
「ヤバイ!! 急いで消さなくちゃ!!!」
女性はそういうと両手を火が燃え盛る方へと突き出した。女性の両手から水がどんどんと生まれていく。その水は火事の範囲の上空に薄い円盤のような状態で浮かんだ。
女性は少しずつ手を下げる。
すると円盤状の水も少しずつ下がっていった。
驚いたことに、その水が通った後は火が消えていた。
「すごい!」
俺は先程死にかけたことも忘れ、彼女の魔法に見惚れた。
円盤状の水が地面までいくと女性は両手を崩した。それと同時に円盤状を保っていた水は崩れた。
「はぁ、はぁ、疲れた」
女性の額からは汗が流れている。
「大丈夫ですか?」
俺が聞くと女性は怒ったように
「大丈夫じゃないわよ! もう少しで取り返しのつかないことになるところだったのよ!! 分かってる!?」
と捲し立ててきた。
「すいません」
「とにかく締罰隊に身柄を渡さないと」
締罰隊??
「これは裁判沙汰になるわね」
裁判沙汰???
どうやら異世界でも穏やかな日々を過ごせそうになさそうだ。
俺は「人生は甘くない」という言葉を一生涯、心に留めておこうと決めた。




