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第一章 02 オッサン・アサルト・エスケープ


 《Α・ο 1240》

 《〈南部辺境〉荒廃街道》

 《主観:不明》




 ツァルコー中尉の呟きを聞きとめた軍曹が、思わず驚きの声を上げる。しかし、その反応も仕方が無い事ではあった。



 ──擬人型汎用戦闘機『Multi-purpose-combat-machine:Demi-human-type』略称〈MD〉。もしくは、その鎧を着た人間にも見える見た目から、通称〈ナイト〉。


 通常の車両では有り得ない不整地踏破性を持ち、強力な火器、装甲を備え、簡易重機とでも言うべき機能を兼ね備えた戦闘機械。


 専用の〈反応炉(リアクター)〉を機体に内蔵し、僅かな〈純水〉を主燃料とする。軽量強靭な装甲、物によっては短距離の戦闘時最高速度は時速100kmを超える。


 欠点と言えば、単体で長距離を移動するのに向いていない事やまだまだ生産性が低い点だが、少なくとも移動は専用の輸送車両や移動支援ユニットさえあれば克服できるし、生産性は今後向上していく事だろう。 


 そもそも一機の性能が、パイロットが熟練であると仮定した場合、量産機であっても現行戦争の主役たる〈戦車〉一個大隊と渡り合う事も可能となる。徐々にではあるが、この世界の戦争の花形になりつつある、強力な〈兵器〉なのだ。


 とは言え〈中央〉の〈帝室近衛大隊〉や、国境に示威として常駐されている〈新機甲師団〉ならばまだしも、この〈南部辺境〉では〈辺境司令部〉位にしか存在しないはずの代物なのだから。軍曹の驚きは、当然と言えた。


 当然、もし敵対された場合。こんな少数の輸送小隊など、あっという間に殲滅されてもおかしくは無い。



 しかし、そんな〈兵器〉が接近してくると言うのに、ツァルコー中尉は軍曹の慌てようとは逆に、落ち着いて命令を下した。



「ヤレヤレ──全車、分散隊形のまま一旦停止。ああ、エンジンは切るな、いつでも動けるようにしておけ。〈α2(アルファツー)〉は周辺警戒、もしこちらに何かあったらそちらで指揮を取って離脱しろ」


 通常であれば有り得ない指示に、思わず軍曹が聞き返す。


「し、小隊長? て、停止するんですかッ!?」


 驚愕と疑問を含んだ声に、ツァルコー中尉は苦笑しつつ答える。


「ああ……いや。この車両だけは〈アイツ〉に寄せろ。そうそう、さっき言っていた『無損失(ダメージゼロ)』の理由、早くも分かるぞ」

「……『無損失(ダメージゼロ)』の理由?」



 良かったな、等と言いながら前を見ているツァルコー中尉に、まだ納得の行っていない様子ではあったが、軍曹は落ち着き払った上官の指示に従い車両を前に進めた。


 すぐに、〈電子双眼鏡〉を使わなくとも肉眼で確認出来る相対距離に近付くと、ツァルコー中尉は車両を停止させる。


 前方の〈MD(ナイト)〉もある程度の距離を開けて停止した。



 近付くと、その『ヒト』に似た、だがやはり違う〈異様〉が細部まで観察できる。


 おおよその高さが約6m、幅がおよそ4m。広い肩と厚い胴体を持ち、太い腕を持つ。脚は他の部位に比べるとやや細身に見えるが、実際にはもっとも強靭な素材が使われている。おおむね『人間』と同じ構造だが、唯一通常『人間』であれば〈膝〉に当たる部分が逆を向いており、鳥の足の様に逆間接の形になっていた。



「これは〈Pタイプ〉、か?……帝国の〈エスクワイア〉に近いみたいだが……所々違う……」



 観察しながら軍曹がぼそぼそと呟くのと、ツァルコー中尉が反応した。



「ほう、詳しいな。俺は調べるまでほとんど知らなかったぞ? 何せ〈辺境〉では、滅多に見れる物じゃ無いからな」


「あ、いえッ! ……実は結構好きでして……って、そんな事より! 大丈夫、なんですかコイツ?」



 軍曹の疑問に、ツァルコー中尉は苦笑しつつ答える。



「ああ、こいつは知り合い(・・・・)でな。おい、いつもの『指向性通信』を頼む」



 通信手に声をかけると、マイクを受け取りおもむろに喋りだすガート中尉。



『久しぶりだな『盗賊団』。儲かってるか?』


『誰が『盗賊団』だ! おっさんの方こそ、また〈単独輸送任務〉か? 人望があるってのは羨ましいね。オレにも分けて欲しいくらいだ』



 通信機のスピーカーから聞こえてきたのは、まだ年若い男の声。 声だけで細かい判別は出来ないが、まだ成人前か、していたとしても、そう間もないのではないかと思わせる声だった。



『おっさんと呼ぶな。後、皮肉はやめてくれ……まぁ良い。で、今回はどんな〈情報〉だ? さっさと本題に入ろう』


『せっかちだなぁ。 気が早い男はモテないらしいぜ』


『生憎と、あんまり立ち話が出来る状況でもないのでな。こっちはお前さんも知っての通り、仕事中だ。付け加えるなら、カミさん以外にモテんでも構わんよ』



 いかにも親しげに話す双方の様子に、軍曹が戸惑う。



「し、小隊長? これは一体……?」


「ん? ああ、少し待て……『何なら、こっちが先の方が良いか?』」



 軍曹の声に反応するものの、待たせて謎の人物との会話を続けるガート中尉。通信機の向こうも、ようやく話す気になったようだ。



『悪い悪い、こっちが先で頼む。今回は『襲撃予報』だ。このままここを直進すると、ホンモノ(・・・・)の『盗賊団』が網を張ってる。〈MD(ナイト)〉こそ無いが、何の損害も無しで通り抜けられる陣容じゃあ無い。何せ、悪名高い〈ホワイトスケルトン〉の連中だ。そういう訳だから、少しばかり道は悪いが左前方の岩山を迂回するコースをお勧めするぜ』



 謎の人物は〈襲撃予報〉と冗談めかしつつも、事細かに危険を説明する。加えて、回避する為の方策まで提示するサービス振りだ。


 ツァルコー中尉は、手持ちの作戦地図と現在位置を照らし合わせて、そのルートに無理が無い事を確認すると再度マイクのスイッチを入れた。



「……よし、ルート上は問題ないな……『毎度毎度、感謝する。で、見返りは何がご希望だ? 流石に『機密』は無理だが、それなりの『情報』で応えよう』」



 そこまで返答すると一度マイクを切り、後ろの通信手に指示を出す。



「聞こえたな? 岩山を迂回するコースに変更する。元々の作戦計画で、C案だったコースに近いルートだ……急いで全車に通達しろ」


「りょ、了解」



 指示を受けて、通信手がレーザー通信で他の車両に伝達する。その様子を横目に見ながら、軍曹はガートに話しかけた。



「なるほど……『無損失(ダメージゼロ)』は、こういう理由だったんですね」



 それを受けて、ツァルコー中尉が苦笑する。



「まぁ、な。普通はこんな真似(・・・・・)は出来ないんだが。 『アイツ』とは、以前に縁があってな。持ちつ持たれつ、ってやつだ……で、どうする? 『上』に報告するか?」



 真顔になって問いかけるツァルコー中尉に、軍曹は苦笑して首を横に振った。



「自分が生き残れるんなら、よっぽど道義にもとらない限り問題ありませんよ。それが私のポリシーです」


「そうか……助かる」



 お互い苦笑いしつつ会話を終わらせると、ツァルコー中尉はマイクに呼び掛ける。



『で、どんな『情報』がお望みだ?』


『……あー、それなんだが、実は──ん? ……待った』



 突然、怪訝そうな声と共に、前方の〈ナイト〉が頭部のメインカメラを左右に向ける。



『何だ、どうし……おい、まさか』



 疑問を持ったツァルコー中尉が、事情を聞きかけて、途中で気付いた。



『反応が接近……マズッた! おっさん!』



 どこか怖気を誘う、笛の音の様な、甲高い風斬り音──



「全車発進! 変更したコースを全速で突っ走れ! 〈α2〉先行して進路の確保!」



 音を耳にした瞬間、ツァルコー中尉は通信手を押しのけ、小隊無線に切り替えると叫んだ。それとほぼ同時に──



 ────!!




 ──体を震わせる、衝撃。


 音は、僅かに遅れて聞こえた。



 ツァルコー中尉から見て〈ナイト〉の奥20m程の位置で、爆音と共に高く土が舞い上がった。



『砲撃! チッ、気付かれたか!』



 指向性通信から聞こえるのは、僅かに焦った声。どうやら『彼』にとっても、この事態は予想外の事らしい。


 ツァルコー中尉は軍曹に発進の準備をさせると、マイクに呼びかける。



『スマンが俺たちは離脱するぞ!』



 ドアの防塵ガラスから、左後方を小隊の〈ATV〉が通過するのを確認する。が、動き出そうとした瞬間、通信機から声がかかった。



『あ、ちょっと待て!』


『何だッ!? 情報ならまた──』



 通信機の声と共に、視界の中の〈MD(ナイト)〉が向きを変えると僅かに前傾し、両腕を前に突き出した。



 パシュッ、と軽い空気が抜ける様な音が連続して聞こえ、〈ナイト〉の背中と腕周りから、真っ白な煙を噴出す物体がいくつも飛び出した。


 するとあっという間に、小隊の進行方向以外の前方広範囲が〈煙〉に覆われた。



『良し、行ってくれ!』


『──スマン助かるッ! この〈借り〉は必ず返す!』



 律儀なガート中尉の言葉に、通信機の向こうで軽く笑って『彼』は答えた。



『ま、その内な! ちゃんと返すまで死ぬなよ、オッサン!』



 そのまま、〈煙〉に紛れて〈ナイト〉も離脱して行ってしまった。


 顛末を見届けると同時に、軍曹がアクセルを踏み込む。〈LCV〉は急加速すると、先行した車両を追いかけ始める。


 その中で、軍曹は胸の内に湧き上がる疑問を抑える事が出来なかった。



「……小隊長、『彼』は一体……何者なんです?」


「ああ、『アイツ』は……この辺りを縄張りにしている『賞金稼ぎ』兼『傭兵』グループの一つのメンバー、だそうだ……もっとも、アイツの自己申告だからな。どこまで信用出来るかは察し、と言う所だが」


「『賞金稼ぎ』ですか? しかし、何でそんな奴が我々を助けてくれるんです?」



 この疑問に、当のツァルコー中尉も首をひねる。



「さっきも少し言ったが、前にちょっとした〈縁〉があってな……まぁ、おそらくは『情報源』として利用していると言った所だろう。アイツが言うには、『オッサンが気に入ったから』等とほざいていたが」



 首をすくめながら、手をひらひらさせて嘆息するツァルコー中尉に、重ねて軍曹は問い掛けた。



「はぁ……では、『彼』の名前は?」



 その質問を聞いたツァルコー中尉は、おもむろに腕を組み、防塵ガラス越しに前方を見据えながら言う。


「……実は俺も、アイツ個人の名前は知らん。分かっているのはアイツが名乗った所属だけだが──〈(サーペント)(ブレイズ)〉、だそうだ」



 ツァルコー中尉の言葉を聞いた軍曹は、思わず息を呑む。



「……それはまた」


「大きく出たもんだろ?」


「ええ……まさか──10年前の『大戦の英雄』を名乗るとは」



 少しだけ口角を上げた中尉の言葉に、軍曹も信じられないと言った様子で言葉を続けた。



「ま、実際には何の関係も無いんだろうが」


「でしょうね……しかし、〈南部辺境〉で〈MD〉……いや、まさかな」



 何かを考え始めた軍曹から目線を切ると、ツァルコー中尉は後方の通信手へ声を掛ける。



「よし、話はここまでだ! 引き続き警戒を厳に、前進しろッ! 目標変わらず──【森】基地だッ!」


「了解ッ! 警戒厳、進路【森】基地ッ!」



 通信手の軽快な復唱と共に、輸送小隊は速度を上げて荒野を突き進んでいった。



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