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櫻、そのすべて  作者: 涼楓堂
壱幕「偶然でも必然で在っても其処に在るのは出会ってしまったという事実」
10/11

壱幕之九「木花(このはな)」

「どこまで往くのですか?陰陽頭おんみょうのかみ様」


 佐久夜さくや様にそう声を掛けられた陰陽頭おんみょうのかみ様は「もうすぐですよ」と振り返らずに答えた。

 陰陽寮おんみょうりょうでお礼を云いたいからと面会をお願いすると「話したい事があるので、場所を変えましょう」と向こうから提案された。

 こちらとしては願ってもない提案だったので了承したのだけれど、陰陽頭おんみょうのかみ様とお会いしてからの佐久夜さくや様の様子が何か変だ。先程の問い掛けも、その声には明らかに緊張感があり、それがただ人見知りだからというだけでない事は、多少なりとも戦う術を知っている私にはわかる。何というか――ずっと臨戦態勢なのだ。

 そんな私の考えを置いて行くかのように、陰陽頭おんみょうのかみ様はどんどんと進んで往き、とうとう都から出てしまった。そして、あまり人の来ないが、大きく開けた野原でようやくく止まった。少し距離を空けて、佐久夜さくや様も止まる。私はその横に並ぶように立とうとしたが、佐久夜さくや様がすっ、と左手を出して私に自分より後ろに下がるように促した。私はそれに従う。

 くるりと陰陽頭おんみょうのかみ様がこちらに振り替える。すでに五十に近い年齢のはずだが、それを思わせない軽快な動きだった。


「さて、何を、どこから話したものかな――まあ、君はもう気付いているのだろう? 神宮佐久夜かみのみやさくや


 なッ!?私はまだ陰陽頭おんみょうのかみ様に佐久夜さくや様を紹介していない。これは――まさか――

 私を見ずとも、気配で感じ取ったのか、佐久夜さくや様がこれまでにない真剣な声で説明してくれる。


「――菊姫様の予想通りですよ。この人が、今回の事件の黒幕です。というよりも――そもそも、この方は人ではありません。そうでしょう? 滋岳しげおかの"陰陽頭おんみょうのかみ"川人かわひと様、いえ、鬼眼五櫻きがんごおうが一体、玄眼角端げんがんのかくたん


 陰陽頭おんみょうのかみ様――いえ、玄眼角端げんがんのかくたんは「ほう」と云いながら、見事に蓄えられた口髭を右手で撫でていた。

 そして、感心しきりと云った表情で、問いかけてくる。


「何故、私が玄眼角端げんがんのかくたんだと思ったのかね? 今頃必死でこちらに向かってるであろう神園清澄かみのそのきよすみからは、何も聞いていないのだろう?」

「――単純ですよ。彼方あなたから漂うその気配は間違いなく鬼眼五櫻きがんごおうのそれです。そしては、私は他の四体の鬼眼五櫻きがんごおうを知っている。だから私の知らない彼方あなた玄眼角端げんがんのかくたん――となる」


 玄眼角端げんがんのかくたんの口元がにやりとゆがむ。それを見た瞬間、何とも云い知れない恐ろしさに、背筋が寒くなった。

 私は右の拳を強く握りしめ、お腹に力を入れる。飲まれては駄目だ。戦いはもう、始まっている。

 今度は、佐久夜さくや様が問いかける。


「次は私の質問に答えて貰いましょうか。鬼眼五櫻きがんごおうのような強大な気配なら、私や一葉かずはさん、清澄きよすみ様なら都のどこにいてもわかるはずです。おそらく、菊姫様やあの方も、ある程度近づけば気付くはずです。なのに、私は直接会うまで全く分からなかった。それどころか、都を出るまでは確信が持てない、違和感のようなものでしかなかった。一体、都に何をしたのです?」

「――ふふふ。それについては教える事は出来ないね。まあ、あと二日もあれば、君の許婿いいなずけ神園清澄かみのそのきよすみが解き明かしてしまうだろうから、彼から聞くといい。ただ、ここから生きて帰れれば――だけどね」


 そう云って、玄眼角端げんがんのかくたんはこれまで抑えていただろう、その圧倒的な力を開放する。

 その圧力が襲い掛かるのを予測して、私は中腰になって身構える。だけど、一向に何も私まで届かない。それどころか――


「――菊姫様。本当は逃げて貰わないといけないと思うんですが――絶対に私が貴女あなたを護ってみせます。だから――そこで、これから起こる戦いを観ていてくれませんか?」


 今度は振り返って私を見つめながら、はにかんだ笑顔で佐久夜さくや様が云う。ああ、そうか。彼女もきっと、逃げないと決めたんだ。自分が望む事の全てから。

 私の体は不思議な光に包まれていた。その光が玄眼角端げんがんのかくたんの圧力から、あの説明のできない恐怖から、既に私を護ってくれている。

 私は精一杯の笑顔を作って、大きく頷いた。それを見た佐久夜さくや様――いえ、佐久夜さくやは私の目を見たまま「有難う。菊姫」と小さく呟いた。

 そして――戦いが始まる。友人である私を護るために。"神宮かみのみや"の当主で在るために。自分が自分で在るために。


「第八代神宮かみのみや当主"佐久夜さくや"、参ります――」


 ********


「式神招来――青龍せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ玄武げんぶ――急急如律令」


 その言葉と同時に、玄眼角端げんがんのかくたんを中心に四体の獣が姿を現す。

 青き龍。朱きおおとり。白き虎。黒き蛇と亀。それらから、明確な殺意が向けられる。


「私が創造主たるあるじから頂いた力は戦闘には向いていなくてね。戦いは呪術で主に式神を遣う。と云ってもこの呪術は私が開発したものだが――さあ、六壬神課で使用する象徴体系を具現化した、四神の同時顕現だ。どう戦うのか。楽しませてもらおうか」


 玄眼角端げんがんのかくたんが何か云っているが、私はそれを聞いていない。確かに四体の獣からは凄まじい力を感じる――けど、ただそれだけだ。

 力が強いだけの敵など、今の私の前では何の意味も成さない。

 後ろにいる菊姫の気配を、もう一度確認する。私は彼女を護りたい。その為なら、どれほど嫌いな力であろうと、遣うまで――

 大きく両腕を広げる。右の掌は下に、左の掌は上に向ける。そしてその両の掌に、両親から貰った"力"を込める。


「――我が右手に宿れ、"櫻神気おうしんき"。我が左手に宿れ、"龍神気りょうしんき"。なんじらが契約者、"佐久夜さくや"の名の元に集い、交わり、顕現せよ!」


 私は広げた両腕を一気にたたみみ、胸の前で手を合わせる。右手の淡い桜色の光と、左手の淡い翠色の光がひとつになり、輝きを増す。

 そしてその光は私の体を全て包むと蒼へと色を変える。そして、前後左右に四本の蒼い光の柱となって収束していく。


「――木花流舞闘術このはなりゅうぶとうじゅつ水ノ刃衣(みずのはごろも)


 私はゆっくりとわざの名を呟く。【獲物はあれだ。滅せよ】この言霊で、四本の水刃は意思を持つ。

 玄眼角端げんがんのかくたんが勢いよく右腕を私に向ける。

 朱雀すざくが炎を吐き、青龍せいりゅうの爪と白虎びゃっこの牙がこちらに襲い掛かってくる。だが、炎も爪も牙も、そのどれもが私まで到達する事はない。

 私の周りの水刃はゆらりと一度揺れると、最適な形に変わっていく。敵を屠る。ただその為の形に。一瞬で、全ての水刃が私の傍から放たれる。

 青龍せいりゅう白虎びゃっこは、横に伸びて棒状になった水刃に貫かれて、串刺しになっている。

 朱雀すざくは鞭のようにしなった水刃に、自らが吐いた炎ごと、真正面から縦に切り裂かれ、真っ二つになって消えた。

 串刺しになっている二体も、ばたばたと藻掻いていたが、力尽きて消えていく。


「――何と。あの三体が一撃でやられるとは」


 そう呟いた玄眼角端げんがんのかくたんの間違いを、私は指摘する。


「三体ではなく四体ですよ」


 そう云うと、地面から突き出した水刃に貫かれて、玄武げんぶが何も出来ることなく消えていく。

 木花流舞闘術このはなりゅうぶとうじゅつ水ノ刃衣(みずのはごろも)。私の"敵と認識したもの"を、私が何もせずとも勝手に打ち滅ぼす水刃を生み出すわざ

 私はゆっくりと玄眼角端げんがんのかくたんへと近づく。最後に残った"敵"へと。


「――なるほど。これは凄まじい力だな。"三眷属"史上で最強と云われるのも頷ける。正攻法で勝てる者などいないだろう」

「最強などと思った事は一度もなかった。でもこれからは違う。この力で、私は私の大切なものを護る。だから、彼方あなたの思惑もここまです。諦めなさい」


 私はさらに近づいていく。水刃が蠢く。既に玄眼角端げんがんのかくたんを射程内に捉えている。これで、勝っ――


「――諦める? 何を? 私はまだ、負けていないのに」


 その言葉は、最後まで私の耳には届かなかった。別の――別の声がしたから。

 懐かしい、愛おしい、優しい声が。

 水刃が動きを止める。声が私に囁きかける。

 

 えっ? 何を云っているの? お母さん――

 

 何で? 何でそんな事を云うの? 何をそんなに怒っているの? お父さん――


 水刃が静かに消えていく。

 玄眼角端げんがんのかくたんが何か云っている――けど、何と云っているかわからない――


「何とか間に合った。玄眼左げんがんのさ五塵声ごじんしょう恐恐呻吟きょうきょうしんぎん。さあ、彷徨さまよえ」

滋岳"陰陽頭"川人こと玄眼角端vs佐久夜!

勝利を確信する佐久夜に、玄眼角端の五塵声が発動する――

佐久夜の危機に、菊姫は――


次回、壱幕之十「玄眼(げんがん)」

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