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櫻、そのすべて  作者: 涼楓堂
壱幕「偶然でも必然で在っても其処に在るのは出会ってしまったという事実」
9/11

壱幕之八「八房(やつふさ)」

「兎に角、すぐに"陰陽寮おんみょうりょう"に向かいましょう!」


 そう云って、清澄きよすみ殿は立ち上がる。私も立ち上がり、既に修練場を出ようとしている一葉かずは殿を追いかけた。

 染井邸を出て、我我われわれは全力で走り、暫く(しばらく)すると殆ど人通りのない道に差し掛かる。出来るだけ早く"陰陽寮おんみょうりょう"に辿り着くために、人通りの多い大路を避けて、最短距離になる道を選んでいるからだ。

 だが――それは突然――いや、さも当然のように、私達の前に現れた。

 目の前の景色がいびつに揺れると、その中に一人の男が浮かび上がる。そして、徐々にその輪郭がはっきりしていく。

 その男が発する強大な圧力に押されて、私は足を止めてしまった。清澄きよすみ殿も一葉かずは殿も同じく止まる。だが、その理由は私とは違うようだった。目の前に居るのが何者か、わかっているのだろう。

 清澄きよすみ殿が悔しさをにじませながら云う。


「やはり、全部仕組まれていたのですね。完全に後手に回ってしまった――」


 その男は、口元だけで笑った。目には白い布を巻いており、表情の全てはわからない。ただ、あれでは何も見えないのではないか――

 腰には太刀を佩いている。気配から只者ではないのが伝わってくるが――横目で一葉かずは殿を見ると、これまでに見せた事がない程の緊張感溢れる表情をしている。

 男が静かに口を開いた。


「お初にお目にかかる。私は鬼眼五櫻きがんごおうが一人、珀眼索冥はくがんのさくめい。申し訳ないが、ここから先に進むのはご遠慮願おうか」


 何故か、布に隠されているはずの目をこちらに向けられているような気がした。その瞬間に。強大な圧力が私の体を駆け抜けてゆく。まるで、強烈な向かい風を受けているような錯覚に陥る。私は深呼吸をして、腹に力を入れなおし、その場にうずくまりそうになるのを何とか耐えた。

 これが、鬼眼五櫻きがんごおう――


清澄きよすみ様、ここは私が何とかしますので、隙をみて先に往ってください」


 一葉かずは殿がそう提案する。私もそれに賛同した。玄眼角端げんがんのかくたんに勝てるのは、清澄きよすみ殿だけなのだ。


「――わかりました。ですが、決して無理はしないでください」

「はい。まあ、相手が鬼眼五櫻きがんごおうであれば、条件が整いますので、全力で戦えますから」


 一葉かずは殿はそう云って笑ってみせる。だが、その声は固いままだ。いつもの余裕は感じられない。


「――そろそろ、相談は終わりかな。まあ、私の目的が時間稼ぎだという事は、聡明な神園清澄かみのそのきよすみ殿ならば気付いていると思うが、どうするね? このままここで立ち話でもするかね。私はそれでも一向に構わんよ。だが――」


 珀眼索冥はくがんのさくめい清澄きよすみ殿をゆび差すと、飄飄ひょうひょうと「その間に、君の大事な人がどうなっても知らんがね」と云ってのける。

 完全に挑発だ。清澄きよすみ殿に戦わせて、少しでもここに引き留めておきたいのだろう。

 横目で今度は清澄きよすみ殿を見る。表情は冷静を装っているが、額に青筋が立っている。腸が煮えくり返っているのだろう。だが、それは珀眼索冥はくがんのさくめいにではなく、このような事態を招いてしまった自分の不甲斐無さに。短い付き合いだが、それくらいの事はわかる。


「相談も無駄話も終わりです。珀眼索冥はくがんのさくめい彼方あなたの相手は私です」


 そう云いながら、一葉かずは殿が前へ出る。纏う雰囲気がいつもとは明らかに違う。


「では、神宮八房かみのみややつふさ一片ひとひら・"朧月おぼろづきの"一葉かずは、参ります!」


 次の瞬間。私は一葉かずは殿の姿を見失っていた。気が付けば、一葉かずは殿と珀眼索冥はくがんのさくめいの戦いは始まっている。圧倒的な速度で行われるその攻防を、私は目で追いかけるのがやっとだった。

 現状は互角。いや、一葉かずは殿が優勢と云っていい。なぜなら、珀眼索冥はくがんのさくめいにまだ太刀を抜かせていないのだ。

 珀眼索冥はくがんのさくめいにとって、一葉かずは殿の速さは想定の範囲外だったのだろう。初手から絶え間なく続く攻撃で、太刀を抜かせてはいない。

 雪崩のように押し寄せる拳打と蹴りを捌き切り、太刀を抜く為か距離を取ろうとする珀眼索冥はくがんのさくめいに、一葉かずは殿が隙を与えず距離を詰めて攻撃を浴びせる。この繰り返しだった。

 だが、二人の間合いは短くなく、広範囲に渡って戦闘が繰り広げられるため、戦いの間を縫って先へ進む事は難しい。

 一体どうするのか。私は清澄きよすみ殿を見る。すると、既に両手で印を結び、術の発動準備に入っていた。これは――


「――それでは、私は先に往かせてもらいます。貴方あなたも、決して無理はしないでください」


 私は頷いて応える。


「約束ですよ。また、相談にも乗ってもらいたいので――」


 清澄きよすみ殿の体が淡い青色の光に包まれる。


「二人とも、絶対に死なないでください」


 その言葉と共に、清澄きよすみ殿は消えた。そして一葉かずは殿と珀眼索冥はくがんのさくめいが戦っている遥か先に、その姿が現れた。

 そして、こちらを一切振り返らず、走り去って往った。


 ********


 良し。清澄きよすみ様は先へ進んだ。だけど――

 私は云いようのない違和感を覚えて、さくめいから距離を置くと、攻撃を止めた。


「おや? もう終わりかね。漸く体が温まってきたところだったのだが――」


 そう云ってさくめいは右肩に左手を当てて、右腕をぐるぐると大きく回した。

 私の傍に「大丈夫ですか」と、彼が走り寄ってくる。だが、その言葉に答える余裕が私にはない。


「――彼方あなた清澄きよすみ様を本気で足止めする気などなかったのでは? 今も本気で戦っていませんよね」


 さくめいは私の問い掛けに、口元に笑いを浮かべてから答える。


「――ふむ。ご名答だ。中中なかなか君も頭が切れるじゃないか。やはりいいね。非常にいい! 私は最初から、君に興味があったのだよ。八房やつふさ一片ひとひら


 私は無意識の内に身震いしていた。背中に寒い何かがはしる。

 隣から「先程の動きでまだ本気ではないのか?」と声がする。私はそちらを向く事無く、さくめいへ問いかけるように呟く。


「先程の攻防で、確実に目が見えていない事がわかったわ。でも、変な事を云うけど、彼方あなた、普通に目が見えているよりも良く視えているでしょう。まるで、私の動きを予知しているかのように感じるときすらあった」


 私の呟きに応えるように、さくめいがゆっくりと太刀を引き抜いた。私達はすぐに身構える。だが、さくめいは太刀を目の前の地面に突き刺すと、柄の上に両手を置いて、真っすぐに私を見て語り始めた。


「ふむ。冥土の土産に教えてやろうかね。そもそも何故、我我われわれ鬼眼五櫻きがんごおうと呼ばれているのか。それは、創造主たるあるじが、鬼眼の力で我我を生み出したからだ。そしてその際に、我我われわれの左右の眼それぞれに、創造主の一部を宿して頂けたのだ。私に宿された力。そのひとつが"珀眼左はくがんのさ"・"五塵香ごじんこう"。この力のお陰で、私の嗅覚は特別製でね。強力な嗅覚を目の代わりとしている。もちろん、鼻が良くなっただけで世界が見えるわけではない。色色いろいろと工夫をしてわざとして昇華している。一応、私はこのわざを"燦然世界さんぜんせかい"と呼んでいるよ。先程、君が感じたように、全てとは云わないが、行動予知のような事も出来る」


 さくめいは、饒舌に喋り続ける。ずいぶんと気分が良さそうだ。これならば多くの情報を引き出せるかもしれない。ここで倒せずとも、情報だけでも彼に託し"神宮かみのみや"に伝える事が出来れば、きっと、師匠達が何とかしてくれる。


「――で、私に興味があるってのはどういう事? あまり、嬉しくはないんだけど」

「そうだな。別に君でなくとも良いのだが――"神宮かみみや"の中で、禁忌とされる"捌戒はちかい"のわざを習得する事をゆるされた、選ばれた八人の戦士。そう、私が興味があるのは"八房やつふさ"なのだよ。なぜなら、私は"八房やつふさ"を潰すために生み出され、その為の力を頂いたのだ」


 そう云いながら、さくめいは語気を強めた。はっきりと示された殺意に、足がすくむ。


「そしてその力こそ――"珀眼右はくがんのゆう"・"八憶やつふさのきおく"」


 その言葉と共に、さくめいは右手で柄を握ると、太刀を一気に地面の深くまで埋め込んだ。何をしてい――

 私の意識が、さくめいの言葉と、手元にある太刀に向けられた時、自分の足元で無数の刃が光った。まるで、地面から生えるように伸びてきた刃が、私に突き刺さる直前で、粉粉こなごなになる。もうひとつ、まるで三日月のように私の前で閃いた刃によって。


「――無双流むそうりゅう旋ノ太刀(せんのたち)


 粉粉こなごなになった刃を見ながら、彼は静かに云う。これが、独自に編み出したという剣術――

 私と組手をしていた時とは比べ物にならない動きだ。太刀を持てば、生死がかかれば、これほどまでに動きが変わるのか。この人は、まるで――


一葉かずは殿! 次が来るぞッ!」


 私の思考を遮るように彼が云う。そうだ。今はさくめいを倒さなければ。それが、八房やつふさ一片ひとひらである私の役目だ。

 地面から生える刃を躱し、時には破壊しながら、彼がさくめいとの距離を詰めて往く。先程まで、私達の動きを目で追うのがやっとだったとは思えない。だが、今はこれほど心強い事はない。

 あの刃は、さくめいの云う"珀眼右はくがんのゆう"の力ではないだろう。これついては、ほぼ、予測が出来ている。確かめるには――

 私は小さく息を吐いて呼吸を整えると、体勢は低く重く、右手を少し前に出し、左手は腰の辺りに置く神宮独特の構えを。そして、機会を待つ。

 彼の渾身の突きをさくめいが紙一重でかわす。思わぬ反撃に、さくめいの太刀が地面から抜けるがそこには柄しかない。だが、さくめいは柄しかない太刀を、何故か鞘へ戻そうとする。今しかない。


神宮流護神術かみみやりゅうごしんじゅつ捌戒之一はちかいのいち蹴惨裏剛しゅうさんりごう


 静かに重く、これから行う動きを確認するように、私はわざの名を呟いてから、全力で地面を蹴った。

 私は彼を追い抜くと、体勢が整っていないさくめいの顔面へ、右足で渾身の蹴りを放つ――が、これを奴に後ろへ仰け反ってかわされる。そこへ、蹴り抜いたはずの右足を戻し、仰け反った状態のさくめいの顔面を、今度は踏み抜こうとする――最初の上段蹴りは囮。本命はこちら(踏み抜き)。普通ならこれで決まる――が、これも、さくめいは体を自分の左手側に移動してかわす。結果、私の右足の更に右側にさくめいの顔面がある状態になる。そこへ、今度は踏み抜いた勢いを利用して体を右側へ捻り、左足で蹴りを繰り出す。本命すら囮にした三連撃。これが、神宮流護神術かみみやりゅうごしんじゅつ捌戒之一はちかいのいち蹴惨裏剛しゅうさんりごう。だが――


「――"初見殺し"と云われるこの蹴りを、全部、完璧にかわす、か。やっぱり、"珀眼右はくがんのゆう"・"八憶やつふさのきおく"と云うのは、その言葉の意味、そのままなのね」


 私から距離をとって、低い体勢からゆっくりと体を起こしながら、さくめいはまた、口元だけで笑う。

 彼が私に追いつき、横に並ぶ。振り向きはしない。でも、気配から困惑している事が感じられる。


「良いものを見せて貰った、それではこちらもお返ししなければな」


 そう云うと、さくめいは低く前傾姿勢をる。そして、だらんと垂らした右腕が微かに動いた、ような気がした。そして、次に私の目の前に広がった光景は、いつの間にか私の前に居た彼の太刀が粉粉に砕けて、彼が崩れ落ちる姿だった。


「――"無拍子むびょうし"。私の唯一無二の剣術だ。しかし――全力でなかったとはいえ、二人とも斬るつもりが、防がれてしまうとは。中中なかなかやるねぇ。君にも、少し興味がわいてきたよ」


 さくめいは何とか立ち上がった彼にそう告げる。彼は胸から血を流しながら「こっちもだよ。一体、その太刀はどうなってるんだ?」と強がってみせた。

 だが、確かにそうだ。先程、さくめいの太刀は刃が無くなったはず。一体、何で斬ったのか。

 彼の質問に応えるように「何だ。これが気になるか?」と云いながら、さくめいが太刀を鞘からゆっくりと抜くと、そこに先程無くなったはずの刃が付いていた。


「なッ!?――どういう事だ」


 その時、動揺する私達を無視するかのように、美しい声が響いた。


「――索冥さくめい、目的は達成したそうよ。帰りましょう」


 姿はない。だが、圧倒的な気配を感じる。これは――


「何だ、聳孤しょうこ。邪魔するなよ。せっかくいいとこだったのに」

「――ならば続けますか?私の力なしでここから帰るのは、中中なかなか骨が折れますよ?」


 さくめい渋渋しぶしぶと云ったていで「仕方ないな」と太刀を鞘に納める。すると、みるみる姿が消えていく。そして、声だけが響く。


「近いうちに、また会う事になるだろう。その時は、最後まで存分に戦おうぞ」


 その声は、何もない道の上に空しく響き、声が消えたと同時に、私の耳には彼が倒れる音が飛び込んできた。

辛くも珀眼索冥を退けた一葉と男。

その一方で、陰陽頭つまりは玄眼角端に会いに行った菊姫と佐久夜は?

そして、清澄は間に合ったのか?


次回、壱幕之九「木花(このはな)」

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