1:作家のたまごさんを育てようと思います
「叔母様。わたしは天才かもしれません」
ミーナは真顔で、叔母のマルガレータに告げた。
昼下がりの仕事部屋。机で小説の原稿をまとめていた叔母が、呆れたような顔をして振り返る。
「いきなり何を言ってるの、ミーナ?」
「だって、すごく良いことを思いついたんですよ! わたしのアイデアを聞いたら、叔母様も感動すること間違いなしです!」
ここは、王都で人気の女性向け恋愛小説を取り扱っている『ラビットフェアリー社』。女性向け恋愛小説を愛する叔母が設立した出版社だ。従業員は、ミーナも入れて十人にも満たない。
そんな小さな出版社であるラビットフェアリー社では、毎年春と秋にコンテストを開催し、受賞した作品を書籍にしている。
ミーナはコンテストの審査員を任されているのだけれど、日に日に大きくなる悩みがあった。
「最近、応募作品の質が落ちてきていますよね。このままでは、いつか『受賞作品は該当なし』という日が来てしまいます。大ピンチです」
「そうね……確かに、最近は文章力やストーリー構成力が未熟な応募作品が増えてきたわね」
「そこで、です! わたしはその状況を打破するためのすばらしいアイデアを思いついたんですよ!」
ミーナはふんっと鼻息を荒くして、叔母の前で胸をはった。
「わたしが、作家のたまごさんを育てようと思います!」
「……ミーナが?」
「はい! 人気作家になれるよう、しっかり育成するんです!」
自信満々のミーナを見て、叔母は大きなため息をついた。
「ミーナ。貴女は今、何歳だったかしら?」
「え? 二十一歳ですけど」
「ここで働き始めてから、何年経った?」
「うーん、十六歳の頃からだから……五年ほど経ちます」
「まだまだ経験が足りないわ。あのね、作家のたまごさんたちはすごく繊細なの。今の貴女では『育てる』なんて難しいと思うわよ」
叔母はそう言うと、仕事机に向かって原稿をまとめる作業へと戻ってしまった。
ミーナはじっと叔母の横顔を見つめる。
つやのある赤髪をすっきりと後頭部で束ね、しゃんと背筋を伸ばしたその姿は、はっきりと「もうこの話は終わり」と告げていた。
四十歳とは思えないほど若くて美人な叔母。けれど、仕事モードのときは、驚くほどの貫禄が出るから不思議だ。
(むむむ……! 叔母様と比べたら、そりゃあ経験は足りないけど!)
ミーナは膨れっ面になりながら、叔母に訴える。
「やってみなくちゃ、わからないです!」
「貴女、一年前も同じようなことを言ってたわよ。あのときは『面白い作品が少なすぎるので、自分で書こうと思います!』だったかしら?」
「うっ!」
「わたくしが『長編作品を完結まで書きあげるのは難しいと思うわよ』って忠告したのに、『やってみなくちゃ、わからないです!』と啖呵を切ったのよね」
思い出して、ミーナは苦い顔になってしまう。
そのときミーナは、根性で十万字程度の作品を完結まで書ききった。けれど、まあ、自分の才能のなさに絶望しただけだった。
「ミーナが十万字の作品を書ききったときは、わたくしも感心したのよ? でも、そのあと全く小説を書かなくなったでしょう。『叔母様の言うとおりにしていればよかった!』って、大泣きして」
「な、泣いてません!」
「いいえ、泣いてたわ。わたくしはね、もうミーナにあんな風に泣いてほしくないの」
叔母が仕事の手を止めて立ち上がり、ミーナの頭を優しく撫でてくる。
優しくて温かな手つきに、叔母にとってミーナはまだまだ子どもなのだと思い知らされた。
「それにね、作家のたまごさんたちにも選ぶ権利があるわ。『ミーナに』育てられたいと考えてくれる人がいると思う?」
「で、でも!」
「とにかく、ダメ。ほら、秋コンテストの応募作品もどんどん送られてきてるんだから、審査に集中して!」
秋コンテストは、毎年十月二十日から三ヶ月間開催されている。今は十一月上旬で、コンテスト開始からそんなに日が経ってはいないのだけれど、既にもう五十作品くらいの応募作品が届いていた。
叔母が応募作品の入った封筒をミーナに差し出してくる。
けれど、ミーナはふるふると首を振って拒否した。
ミーナは応募作品をたくさん読んできたからこそ知っている。
才能やセンスがあるにもかかわらず、ひっそりと消えていく作家のたまごたちが、悲しくなるくらい多いということを。
小説の書き方をアドバイスしたり、執筆をサポートしたりすれば、そういった作家のたまごたちを立派な作家へと成長させられるはず。
立派な作家が増えれば、きっと質の高い作品も増えていく。
ミーナは確かにまだまだ未熟だけど、それでもできることはあると思う。
なのに、叔母はわかってくれない。
「叔母様のわからずや! いじわる!」
「ちょっとミーナ。貴女、一応伯爵令嬢でしょう。そんな言い方は……って待ちなさい!」
叔母の引き止める声を無視して、ミーナは半泣きで駆け出した。
今いる仕事部屋から逃げようと、ドアに突進する。ドアノブをひねり、勢いよく廊下へ飛び出すために足を踏み出して――。
「きゃあ!?」
ミーナは何かにぶつかって、しりもちをついた。
全く予想していなかった事態に、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
ドアの向こうに何か荷物でも置いてあったのだろうか。
涙目で顔を上げると、そこには見覚えのない細身の青年が立っていた。
外にピンピンと跳ねている、クセのある茶色の髪。
丸い眼鏡の向こうには、髪と同じような色の茶色い瞳が見える。
年齢はミーナと同じくらいで、二十代くらいだろうか。
青年の顔立ちはびっくりするくらい整っている。身にまとっているのは飾り気のないシャツとトラウザーズなのだけれど、顔が良いからなのか、やけに上品な感じがした。
どうやら、この美青年に、ミーナはぶつかってしまったらしい。
一瞬、見惚れそうになるけれど、すぐに我に返って頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「その程度の軽い謝罪ですむと思っているのか、君は」
「え?」
思わずちらりと見上げてみたら、美青年はものすごく不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしていた。




