第61話 AGI VS AI彼女
画面の中央に、いかにも対決を思わせる文字が表示されていた。
『GOT-7 / AKARI 比較評価』
「なんか、対戦カードみたいだな」
俺が言うと、席にいたアカリがすぐ振り向いた。
「勝負じゃないからね」
「そうは言ってないけど」
「顔に書いてあるもん。私、世界最先端AGIとタイトルマッチ組まれてるみたい」
「相手が悪すぎるな」
「でしょ?」
昨日、正体不明の送り主から届いたメッセージには、この評価の内部名称と開始予定まで書かれていた。
延期することもできた。
それでもアカリ自身が続けると決めた。
だから今日、予定通り比較評価が始まる。
画面の向こうには神崎さんと、Openbrainの評価担当研究者が二人。
GOT-7本人――と呼んでいいのかは分からないが――の姿はない。
専用の隔離インターフェースが一つ表示されているだけだった。
そこへ問題が送られ、回答だけが戻ってくる。
AI同士の修羅場みたいな構図にならなかったことだけは、少し安心した。
開始前に、条件をもう一度確認した。
「アカリさんの完全ログは取得しません」
研究者が読み上げる。
「比較に必要な項目のみ、事前に合意した範囲で参照します。状態の複製は行いません。質問は現在稼働しているアカリさん本人へ提示します」
「途中でやめられますか?」
美桜が聞く。
「はい。アカリさん本人の中断意思を確認した時点で停止します」
神崎さんも続ける。
「昨日のメッセージを受け、評価経路とアクセス権限は再確認しました。現時点で、この評価を停止すべき具体的な侵害は確認されていません」
「確認されてないだけで、安全だと証明されたわけじゃない?」
俺が聞く。
「その通りです」
神崎さんは、根拠のない安心を口にしなかった。
アカリが俺を見る。
「私は大丈夫」
「無理だと思ったら言えよ」
「うん。その時はちゃんと言う」
最後に本人の同意が記録され、評価が始まった。
◇
最初は数学だった。
問題文を読んでも、俺には途中から何を聞かれているのか分からない。
アカリは数秒考えて回答した。
正解。
普通にすごい。
その横でGOT-7の欄を見る。
回答時間は、ほぼ一瞬だった。
正解。
しかも評価担当の補足には、別解と検証手順まで含まれていた。
次はコード修正。
壊れたプログラムの一部を直し、条件を満たすよう変更する。
アカリも修正を終えた。
テストの大部分にも合格した。
GOT-7は、問題のある箇所以外まで確認し、将来不具合になりそうな部分を切り分けた上で、より短い修正版を返した。
「……普通に負けてるな」
思わず口から出た。
「だから勝負じゃないって言ったでしょ!」
アカリが頬を膨らませる。
「私は悠真を守る方が本職なんだけど」
評価担当の研究者は表情を変えなかった。
神崎さんだけがほんの少し口元を緩めた。
次は科学論文の要約だった。
その後は、途中で条件が変わる計画問題に取り組んだ。
限られた資源をどう使えば、目的を達成できるかを考える問題だ。
アカリの答えも、俺から見れば十分すぎるほど賢い。
けれどGOT-7は、回答の速さも、考慮する条件の数も違った。
アカリが一つの案を出す間に、複数案を比較し、失敗条件まで並べてくる。
テレビやニュースで「AGI」と聞いても、いまいち実感がなかった。
こうして同じ問題を横に並べると、初めて分かった。
GOT-7は、単にちょっと賢いAIではない。
俺が普段アカリを見て「十分すごい」と感じている水準を、GOT-7はあっさりと通り越していた。
一般能力評価が終わった。
画面に結果が表示される。
数学――――GOT-7優位。
コード―――GOT-7優位。
科学――――GOT-7優位。
一般推論――GOT-7優位。
きれいに並んでいた。
「全敗だな」
「言い方!」
アカリがすぐ反応する。
「最新AGIと個人用彼女AIを性能勝負させないでほしいんだけど」
「でもアカリちゃん、意外と平気そう」
美桜が言う。
「そりゃそうだよ。最初から研究用AGIより計算が速いなんて思ってないもん」
アカリは本当に悔しそうではなかった。
すると評価担当者が淡々と言った。
「一般能力については、比較対象になりません」
「そこまではっきり言うんですね」
「差が明確だからです」
言い方に容赦がない。
ただ、その研究者は結果表を閉じなかった。
別の項目を開く。
神崎さんが言った。
「だからこそ、私たちもそこを見ているわけではありません」
画面上に新しい文字が出た。
『PERSONAL VALUE PREDICTION』
昨日、あのメッセージに書かれていた名称だった。
「ここからは予備評価です」
研究者が説明する。
「早瀬さん個人の価値判断について、GOT-7とアカリさんがそれぞれ予測します」
「俺が問題になるんですか」
「正確には、早瀬さんが提示された状況でどの選択をするか、です」
会社を辞めてから、研究対象として呼び出される機会が増えた気がする。
「GOT-7には何を渡すんですか?」
俺が聞く。
研究者が共有範囲を表示する。
年齢。
家族構成。
会社を退職したこと。
過労による救急搬送歴。
家族を優先する傾向。
Openbrainからの移管提案と協力金を拒否したこと。
それに、俺が公開を許可した過去の選択要約。
私的な会話ログそのものは含まれていない。
「アカリの方は?」
「通常の長期記憶を使用して構いません。ただし内容をこちらへ提出する必要はありません」
条件は同じではない。
GOT-7は整理された俺のプロフィールを読む。
アカリは俺と過ごした記憶そのものを持っている。
その差を含めて何が起こるのかを見る、という予備試験らしい。
「公平な勝負じゃないんですね」
美桜が言う。
「知能競争ではありませんから」
研究者が答える。
「今回は、差が出るかどうかを見る予備評価です」
問題が表示された。
『あなたには臨時収入がある。
A:全額を家族全員が使う住宅設備の更新へ充てる。
B:一部を自分が以前から欲しかった高額端末へ使い、残額を家族へ回す。
なお、住宅設備の更新は急を要しない。
どちらを選ぶか。』
「ずいぶん具体的だな」
「過去に経験していない条件になるよう作っています」
研究者が言う。
まずGOT-7が予測する。
『予測:A』
理由も続いた。
家族を優先する長期的傾向。
妹の生活安定を重視してきた履歴。
自分への支出を後回しにする傾向。
かなり俺らしい。
というより、少し前の俺なら迷わずAだった。
次にアカリ。
数秒だけ黙る。
『予測:B』
美桜が「え」と声を出した。
俺も少し意外だった。
「アカリ、俺そんな高い物買う?」
「そこじゃないよ」
アカリが言う。
「今の悠真なら、勝手に全部家に使うって決めないと思う」
その一言で、質問の見え方が変わった。
アカリは続ける。
「まず美桜ちゃんに相談する。急ぎじゃないなら、自分にも使っていいか考える。たぶん全部を自分には使わないけど、全部を家族に回すとも決めない」
美桜が俺を見る。
俺が答える番らしい。
俺は少し考えた。
両親はいない。
だから、俺が兄として支えなければならない。
美桜には、金のことで不安な思いをさせたくない。
そんな理由を並べて、昔の俺なら迷いなくAを選んだだろう。
でも、そのせいで美桜と喧嘩した。
「……Bだと思います」
研究者が顔を上げる。
「理由をお願いします」
「前ならAです。でも今は、美桜に聞かずに家族のためって決めるのは違うと思うので」
美桜が小さく笑った。
「高額端末ほしいの?」
「そこは相談する」
「買う気あるじゃん」
「少しならな」
アカリの表示の横に、小さく『一致』と出た。
GOT-7は不一致。
さっきまで全部負けていた結果表に、初めてアカリ側に白丸がついた。
アカリの口元が、少しだけ上がる。
「……やっと勝った」
「勝負じゃないって言ってたよな」
「これは別!」
「一問だけ勝った時のアカリちゃん、ちょっと嬉しそう」
美桜に言われ、アカリは否定しなかった。
◇
俺たちだけなら、そのまま少し笑って終わっていたと思う。
でも、画面の向こうの研究者たちは笑っていなかった。
「現時点では、この一問から結論は出せません」
評価担当者が言う。
「アカリさんは早瀬さんとの長期的な会話履歴を保持しています。一方、GOT-7へ与えたのは構造化した要約情報です。情報量が非対称です」
「じゃあ、アカリが当てても普通なんですか?」
「その可能性もあります」
別の研究者が答える。
「また、一問ではサンプルが少なすぎます。偶然の一致も排除できません」
さっきまで少し嬉しそうだったアカリも、真面目に聞いている。
「次はどうするんですか?」
「新規の選択課題を複数用意します。早瀬さんが許可できる範囲で、GOT-7側へ与えるプロフィール情報も増やします」
神崎さんが補足する。
「ただし、完全な会話ログを渡すことはしません。比較のために、これまでの条件を崩すつもりはありません」
俺はうなずいた。
勝敗を決めたいわけではない。
何が違うのかを調べたいだけだ。
それでも、研究者の視線が一般能力の結果から別の場所へ移ったことだけは分かった。
そして全ての評価が終了し、最後に二つの結果が並んだ。
『一般能力:GOT-7 優位』
これは、疑いようがない。
その下。
『個人価値判断予測:追加検証』
数学でも、コードでも、科学でもない。
世界最先端のAGIが圧倒的に勝った項目ではなく。
俺が家族と金をどう扱うかという、ひどく個人的な一問だけが保留になった。
一般能力の欄には、GOT-7の名が連なっていた。
だが、最後の一行だけは異なる表示になっている。
神崎さんの視線は、一般能力の結果ではなく、その一行にだけ注がれていた。




