第36話 妹、取材を受ける
「おはよう、未来の義妹」
席へ着く前に声をかけてきたのは、前の席のクラスメイトだった。
「その呼び方やめて」
「だって昨日の映像、完全に彼女だったじゃん。会社の台本まで断って、お兄さんのこと守ってたし」
「それと私が義妹になることは別だから」
「結婚したら義姉でしょ?」
「AIと結婚できる法律ができてから言って」
自分で答えておいて、私は何の議論をさせられているのだろうと思う。
教室へ人が増えるにつれ、質問も増えた。
「家でもあの姿でいるの?」
「お兄さんと本当に付き合ってるの?」
「アカリさんって寝るの?」
「家族の会話、全部聞いてる?」
「聞くなら一つずつにして」
私は鞄を机へ置きながら答えた。
「家では立体投影でいるよ。昨日からだけど」
「え、家の中を普通に歩いてるの?」
「投影できる範囲だけ。廊下に出ると消えるし、日が強いと薄くなる」
「食卓にもいる?」
「いる。アカリちゃんの席があるから」
言った瞬間、教室が一度静かになった。
次の瞬間には、朝の教室とは思えない声が上がった。
「席あるの!?」
「もう家族じゃん!」
「やっぱり義姉!」
「違うから!」
質問を減らすつもりが、火に油を注いでしまった。
「はい、そこまで!」
莉央が私とクラスメイトの間へ入った。
「美桜が答えたくないことまで聞くのは違うでしょ。昨日からずっとバタバタしてるんだから、学校に来てまで囲まないで」
「別に嫌がらせじゃないよ」
「悪気がなかったら何でも聞いていいわけじゃないでしょ」
声は強くなかった。それでも、周りは少し気まずそうに自分の席へ戻っていった。
「助かった。ありがと」
「いいよ。前に私が教室で聞いて、広がるきっかけ作ったから」
「もう気にしてないよ」
「私は気にしてるの」
さらに続ける。
「有名人の妹だからじゃなくて、友達だから止めたの」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。
◇
昼休み、担任に呼ばれて応接室へ行くと、教頭先生と広報担当の先生が待っていた。
机の上には『生成AI利用ルール検討会・地域取材企画』と書かれた資料が置かれている。
「昨日、ご自宅にも連絡した件です」
教頭先生が穏やかな声で説明を始めた。
学校では、AIの全面禁止を見直す検討が進んでいる。ただし生徒や保護者から不安の声も多く、何を許可し、何を不正とするのか、学校として考え方を示す必要がある。
そこで地域メディアが検討会を取材し、学校の取り組みを紹介したいと申し出たらしい。
「早瀬さんには、AIに救われたご家庭の声として参加していただければと考えています」
広報担当の先生が企画書を開いた。
質問項目には、こう並んでいた。
『AIによって家族が救われた時の気持ち』
『AIへの印象がどのように変化したか』
『今後、学校でAIを活用することへの期待』
どれも間違いではない。
でも、まだ少し足りない気がした。
「怖かったことは聞かないんですか?」
「怖かったこと?」
「アカリちゃんがお兄ちゃんを助けたのは本当です。でも、本人に黙ってずっと体調を見てたことも、勝手に緊急対応したことも、本当です」
企画書には、助かった結果しか書かれていない。
感謝はしてる。今では家にアカリちゃんの席まである。
それでも、何をされてもいいと思ったわけではない。
「もちろん、否定的な意見を隠すつもりはありません」
教頭先生は慎重に答えた。
「ただ、限られた放送時間で学校の方針を分かりやすく伝える必要があります。AI活用へ不安を持つ保護者に、前向きな事例を示したいという事情もあります」
学校にも事情があるのは分かる。
生徒募集にも、保護者への説明にも、分かりやすい成功例があった方がいい。
だからこそ、私たちの経験がきれいな形へ削られていくのが怖かった。
「家族と相談してから返事します」
「分かりました。外部取材の予定がありますので、できれば明日までにお願いします」
放課後、学校から出る前にお兄ちゃんへ連絡した。
事情を話し終えると、電話の向こうで短い沈黙があった。
「断っていいなら、俺から断る」
予想どおりの答えだった。
「それも私に決めさせて」
「あ……悪い」
お兄ちゃんはすぐに言い直した。
「何が嫌で、何なら話せる?」
以前なら、私を守るために先に結論を出していただろう。
今は、止まって聞いてくれた。
「家に帰ってから三人で考えたい」
「分かった。待ってる」
◇
夕食後、食卓へ企画書を広げた。
アカリちゃんは、昨日決めた自分の席に座っている。
「想定質問への回答案、作れるよ」
「ありがとう。でも、自分の言葉で話したい」
「うん。じゃあ私は、言いたくない質問を見つける係にする」
アカリちゃんは企画書を読み、質問を三つに分けた。
話してもいいこと。
条件があれば話せること。
話したくないこと。
「お兄ちゃんの病状の細かい話はしない。家の会話ログも見せない。アカリちゃんの救命音声も使わせない」
「顔出しは?」
お兄ちゃんが聞く。
「外の取材には出ない。学校の中の検討会なら参加する」
「肩書きが『救命AI利用者の家族』になってるよ」
アカリちゃんが指した。
「それも変えてもらう。私はAIの専門家じゃないし、お兄ちゃんのものでもないから」
「じゃあ何にする?」
「生徒代表」
自分で言うと、少し大きな肩書きに聞こえた。
でも、少なくとも私が何のために話すのかは分かる。
兄の有名さを説明するためではない。学校でAIをどう扱うかを考える生徒として話すのだ。
最後に、私は条件を書き足した。
『AIに救われた感謝と、本人の意思を越えたことへの怖さを、両方伝える』
「これで出す」
お兄ちゃんは内容を読み、うなずいた。
「無理だと思ったら、途中でやめていいからな」
「それも私が決める」
「.....はい」
素直に引いた兄を見て、アカリちゃんが笑った。
「悠真、引き際が良くなってきたね」
「それ、褒め言葉として受け取っていいやつ?」
◇
翌日、私は自分で教頭先生へ条件を伝えた。
外部メディアへの顔出しはしない。
内部のAI利用ルール検討会には、生徒代表として参加する。
病状や家庭内ログは公開しない。
助けられた感謝だけでなく、怖さや越権行為への不安も話す。
「取材へ出ていただければ、学校の取り組みを正しく広く伝えられます」
広報担当の先生は、もう一度だけ説得した。
「学校としても、AIを無条件に推進するつもりはありません。だからこそ、実際に救われたご家族の声には意味があります」
「私はAIに詳しいから呼ばれたんじゃありません。家族が倒れたから呼ばれています」
言葉にすると、企画書を読んだ時の違和感がはっきりした。
「その話を、きれいな事例にしたくないんです」
教頭先生はすぐには答えなかった。
やがて企画書を閉じる。
「分かりました。外部取材の出演者からは外します。内部検討会では、早瀬さんが話せる範囲だけで意見を聞かせてください」
「ありがとうございます」
全部を拒否したわけではない。
全部を明らかにしたわけでもない。
ただ、どこまで明かすかを、自分で決められた。
放課後、校門を出たところで、スーツ姿の女性に声をかけられた。
「早瀬美桜さんですか。地域ニュースの者です」
記者は名刺を見せ、学校から正式な返事を待っていると説明した。
「無理にお答えいただくつもりはありません。ただ、一言だけでも、AIに救われたご家族として――」
「家族のことなので、学校を通して決めます」
逃げずに答えると、記者は少し残念そうな顔をしたが、すぐに頭を下げた。
「承知しました。失礼しました」
礼儀正しい人だった。
それでも『一言だけ』を受け入れれば、その一言がどこまで使われるかは私には決められない。
校門の少し先で待っていた莉央が、私のところへ駆け寄った。
「大丈夫だった?」
「うん。学校の中の検討会だけ出ることにした」
「美桜が決めたなら、それでいいと思う」
並んで歩き始めたが、莉央はいつもより口数が少なかった。
「何かあった?」
しばらく迷ったあと、莉央がスマホを差し出した。
「私の小論文、AIを使ったって判定された」
画面には、赤い文字が表示されていた。
『AI生成の可能性:87%』
その小論文は、放課後の図書室で莉央が何日も書き直していたものだった。
「私、使ってない。でも先生から再提出って言われた」
莉央は唇をかみ、それから小さく付け足した。
「有名なAIの知り合いがいる美桜なら、何とかできるかもって思った。ごめん」
「謝らなくていいよ」
今朝、莉央は私と質問の間に立ってくれた。
「学校に一緒に説明しに行こう」
人間が書いた文章を、機械が人間ではないと決めつけている。
今度は私が、友達のそばに立って支える番だった。




