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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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2.仕来り


 レイリーリャは心の中にもやっとしたものが残しながらも、火をおこし食材を出して昼食を作った。


 彼女が調理や洗濯など、ハイリアルの身辺の世話をする事になっている。

 彼は父である伯爵が所有する別荘で療養する事になり、彼女は上司であるメイド長の直前の指示で、それに付き添う事になっているからであった。


 彼女が作り上げたスープは素材が不足している事もあって、ハイリアルが味に不満を持たないか不安を感じている。


 それは彼女の伯爵邸での本来の業務は廊下や床掃除、料理の際の材料出し等の準備が中心で、調理は業務として行った事は無かったからであった。

 しかも、仕え始めてから一年も経っていなかった。


 業務としての研修も無いどころか、具体的な説明の無い大雑把な内容しか伝えられておらず、按配(あんばい)がつかめなかった。



 レイリーリャは料理したスープを杓子ですくい碗によそう。

 地面の上にシートを敷いて、ハイリアルとブローデンは既にその上に座って待っている。


 それぞれの前にスープが入った碗と持参したパンを置いた。その手はこわごわしい。

 碗から湯気が立ち昇り、スープの中から煮えた芋が覗く。


 彼女は用意した二人分のスプーンを掴んだまま固まる。スプーンをどう置けば良いのか解らず唖然となってしまった。


 スプーンをスープの入った椀の前に置くのが適切なのか、それとも碗の右横に置くのが適切なのか見当がつかなかった。


 目上の主人であり貴族の一員であるハイリアルに置くスプーンの位置は、どこに置くのがマナーに則っているのか解らなかった。


 食堂での給仕も業務として行った事の無い彼女には、これを教えてくれる者は無く、知る事が出来なかったからであった。



……どっちだっけ?どっちだっけ?…………



 レイリーリャはハイリアルの前に出した椀の横で、匙を持ちながら動揺し悩んでいる。どっちに置くべきか決断が付かず、首をひねり気持ち上を見上げ、身体が固まり動きが止まっている。



…………孤児院にいた時はシスターのスプーンどう置いたっけ?…………適当か。真ん前に、右、左、どれも置いたような気がするなぁ……。…………小さい子供相手なら、お椀の中に入れて出した事もあったような気がする……。



 彼女はスプーンを片手に握ったまま何も語らず、独り苦悩する。



―――早くしないと、ハイリアル様に叱られちゃう……。



「……オマエ、何フリーズしてるんだ?ションベンでも我慢してるのか。」



 ブローデンが固まる彼女を見上げながら嘲笑する。



「―――ち、違います。オシッ……用足しではありません。


 スプーンをどこに置くのがしきたり通りなのか、全く解りませんでしたので……。」



 レイリーリャはそう見做された事に恥ずかしく感じた瞬間に、スプーンを持ったまま手を左右に振ってしまった。そして喋りながら、メイドとしてそういう事を知らないのは失格だと思い、気分が落ち込み声が小さくなる。


 この言い訳を聞いたブローデンとハイリアルは何も言葉が出なかった。二人にとって全くの想定外で驚いてしまったのだった。


 二人にとってこれは瑣事で、どうでもいい事に過ぎなかった。


 しかし平民のメイドであるレイリーリャにとっては、業務上の重要な事で、評価に関わる事であった。


 極端な事ではあるが、条件によっては、貴族であり上司であるハイリアルから罰せられ、その場で斬り殺され処断される怖れのある、命に関わりかねない重大業務でもあった。



 スプーンの置き方に対する認識の差には、彼等三人の間には断崖絶壁の峡谷のように隔たるものがあり、それを三人とも気付いていなかった。



「…………オマエ、そんな事でフリーズしてたのか。拭く物貸してやろうか考えていたのに。」



 沈黙を破るようにブローデンは言う。

 わざとらしく両手の平を両脇に拡げ、右口許に嘲笑を浮かべ溜息をつくる。



「団内ではそんなモン、特に決められていない。食事当番のヤツで、フォークを投げつけやがるバカもいたゾ。」



 当時の出来事を思い出したのか、くくくと薄ら笑いをする。



「我の匙の置き方などどうでもいい。戦場では一刻も早く食事を調理し食べる事が重要だからな。外での移動中だ。仕来りなど無用だ。」



 ハイリアルは彼女の顔を眺めると、淡々と説明する。


 レイリーリャは彼の説明を聞きながら、態度を含めて責める様子を全く感じられず緊迫感が脱け落ちる。



「…………畏まりました。」



 彼女は彼の正面にスプーンを置くとその脇に控える。


 ハイリアルがこれで全てかと確認をすると、スプーンを取ってスープを掬い口に流し込んだ。



 ハイリアルとブローデンが食べ終えると、レイリーリャは自らの食事を速やかに済ませた。そして食器や鍋を洗うなどといった後片付けをしていた。その間彼女の心の中に、馬での移動中にブローデンが彼女を一切気にかけずに放って置いた事が引っ掛かっていた。


 川で洗った食器を持ち運んでいる時に、ブローデンが敷物の上に座りくつろいでるのが目に入った。

 のうのうと休んでいる様子が彼女の心を逆撫でし、少し腹立たしく感じる。



「……ブローデンさまぁ、ずっと気になっていたのですが、移動中どうして落ちないよう………注意してくれなかったのですか?わたし、馬乗るの初めてなのに……。」



 レイリーリャは横に付いていて欲しかったと口にして責める事はためらいを感じ出来なかった。さすがにそこまで求める事はいけないように感じた。


 ブローデンは頭を上げると、鼻っ柱に皺を寄せ右口許が微かに開いて歪むうんざりした顔をする。



「…………オマエ、クドいな……。そんなんじゃ、誰も嫁に貰わんぞ。」



その顔を見据えながら詰る。



「…………余計なお世話です。」



 彼女は思わず、自分の怒りを見せつけるように両頬を膨らませてしまう。



「……それは魔物や族が出たら直ぐに倒せるよう、監視する方が大事だからな。それが騎士の仕事だから当たり前の事だ。」



 彼はすげなく返す。冷然に見下すような顔をしている。


 彼女はこう返された途端、彼を責めたい気持ちが抜け落ちてしまった。道理として受け入れてしまった。



「…………そうですね。失礼しました。」



 彼女は謝る。淡々とした口調であった。そして、彼の元から去ろうと歩き出した。



…………確かに魔物達を監視する方が大事だけどね……。



 レイリーリャはブローデンからこう返されるだろうと何となく想像はしていた。無意識のうちに、彼から思いやりのある遣り取りをして貰う事は期待出来ないと見なしていた。


 しかしそれでも心の奥底には、何かうねっているものが抜け落ちずに残っている。


 落ちた谷底にそのまま放っておかれ、置き去りにされてしまったような、寂しさとやり切れなさを感じていた。



 レイリーリャ達三人を暖かく穏やかな春の日差しが照らす。留めていた馬達も両目を瞑り草むらの上に横たわりくつろいでいる。


 そこに留まっている間ハイリアルは、二人のやりとりに全く気にする事無く、ずっと思い詰めたように何も喋らずに黙っていた。




 昼食が終わり一行は再び歩み始める。


 森に入りしばらく進むと、レイリーリャは尻を鞍から上げる。

 ズゼルーマーが足を踏み揺れる度に、「ヤダ」「怖い」などと小声を上げ怯えながら、この姿勢を保とうとする。

 しかしそのまま続けられず尻を鞍の上に降ろしてしまう。その上に拡がるスカートを片手で抑え、軽く尻を上げその下に挟み込む。

 そして少し経つとまた鞍から尻を上げ、これを繰り返す。



「お尻が痛い……。」



 長時間慣れない馬に乗り続け、鞍と接する臀部の肉が痛み出したのであった。


 痛くならないよう鞍から尻だけ上げ、前につんのめって落ちないように馬の首の後ろを両手で抱えたまま跨がる。



「休憩まだぁ。……降りたーい……。」



 レイリーリャは小声でつぶやく。自らの主人であるハイリアルの耳に入らないよう、用心する自制力はまだ残っている。

 今の状態を変える事が出来ず、悲しく感じる自分自身に対して自嘲したかった。


 ふと前を見ると前にいたブローデンとハイリアルの二人が乗る馬が立ち止まっていた。


 木々の根元に茂る薮が、道と森を区別するかのように生えている。

 それが風が止んでいるにもかかわらず揺れ動いている。


 草を踏みつける足音と、襲おうとたぎるような唸り声も、彼女の耳にまで届く。



「何か藪に潜んでおりますな。」



 ブローデンは馬から下りると、鞘から剣を抜き藪に正面向いて構える。



「この唸り声なら、ウルフ系の魔物では無くゴブリン辺りか。」



 ハイリアルは乗馬したまま右手で握っている薙刀を振った。


 薙刀の刃に被せていた革フードが外れ地面に落ちた。

 刃の根元に取り付けられた桔梗色と濃紺がマーブル模様になった丸い魔石が現れる。



「あの潜んでいるヤツらを潰すから、出てきた残りを斬れ。……引き裂く嵐(ティアストーム)。」


 

 ハイリアルは薙刀を片手で上にかざすと、何者かが潜んでいる藪の真上の空気が揺らいだ。


 揺らいだ空気が渦を巻き竜巻となって藪を襲う。砕かれた草や葉、砂埃が渦とともに空に舞い上がる。木片や木の幹、潜んでいた者達の身体だったと思われる青緑の肉片や墨のような血も、藪の奥から上空に飛び散り、路面に叩きつけられ鈍い音を立てた。



「…………王都にある伯爵邸別館の壁を、ブチ抜いただけあるなぁ。……」



 ブローデンはハイリアルが放った魔法を眺めながら、小声で威力を賞賛した。

 その声色は薄笑いを含んでおり、誰にも聞こえなかった。


 薮の中から草をかき分ける音がする。

 藪の中から潜んでいた青緑色のゴブリンが三匹、ハイリアルが放った魔術の威力に戦慄し引きつった顔をしてブローデンの前に飛び出した。


 ブローデンは作業を片づけるように気負わず淡々とした表情で、正面に現れたゴブリンの死角に回り首筋から斬り落とす。

 そして返す刀でその後ろにいたゴブリンの喉元を斬り裂き、もう一匹の胸にも剣を突き刺す。


 胸に突き刺さる刃をゴブリンが力を振り絞ってつかむが、力尽き腕が下に垂れ落ちる。


 ブローデンが刺さった身体から剣を抜くと、ゴブリンは膝から崩れ落ち後ろに倒れた。その死骸から黒く濁った血液が道に拡がっていく。



「隠れているヤツはいないようですなぁ。」



 藪の中に潜り込んで調べているブローデンはその中から伝える。



「後の処理をしておきます。」



 藪の中から魔法で切り裂かれたゴブリンの死骸を道に引きずり出すと、一カ所に纏め火魔法を放ち焼き始める。

 死骸の焦げる臭いが辺りに拡がっていく。


 この間レイリーリャは馬に跨がったまま動かず、只眺めるだけであった。

 身を守ろうと思い動く前に、戦いは想像よりも遙かに呆気なく終わってしまい呆然としてしまったからであった。


 二人が後処理をし始めた事が目に入り、ようやく戦いが終わった事に気付く。



「……ハイリアル様とブローデン様は、こんなにも強いんですね。」



 意識が戻ったかのようにレイリーリャはハイリアルに言う。



「この程度、騎士なら出来て当然だ。」



 落ちたフードを薙刀の刃を刺して入れながら、彼女の方を向かず当たり前のように淡々と返した。

 そしてゴブリンの亡骸が炭になったのを確認すると、水魔法を唱えて作った水球を上から落とした。

 ゴブリンの大腿骨に赤く燻っていたおき火が音を立てると、水煙が立ち昇り茶色い土の路面上に大腿骨が白い灰と化していた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


わたくしも嬉しいです。



街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。



『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。



そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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