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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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32.職務


 己立者ギルドの中年職員はレイリーリャの腕を掴んだまま詰った。

 その様子を見聞きした周りにいる己立者達が足を止め二人を見る。



「オマエはギルドの建物内で暴れる事を禁止されているのを、当然知っているよなぁ。」



 レイリーリャは中年職員の責める言葉と態度に恐く感じ、尻尾は力無く垂れる。だが内心恐さを感じながらも堪え、言葉を絞り出す。



「……初めて、己立者ギルドに来ましたので、ルールとして禁止されている事は知りませんでしたが、……暴れてはいけないのは、言われなくても解ります。」



 掴まれたその腕に傷みが伝わり、その腕と身体が強張っていく。



「ならば、なぜ主人が争いに巻き込まれてしまう前に止めぬ。

 無能な役立たずではないか。」



 中年職員は軽蔑するように非難する。

 彼女はこれを聞き、右の口許を歪ませて見下している中年職員の顔を見据える。



……わたしは執事や側近とかじゃなく、ただのメイドなんだけど……。



 微かな怒りの炎が腹の底に灯るが、無意識のうちに受け入れてしまった中年職員の言葉が心の底に澱となって沈む。



……それに、わたしが止めようと思う前に、ハイリアル様は投げ倒したりとか色々されたし……。



 身体を後ろに捻り掴まれた腕を下に払う。

 中年職員が掴んでいた手が離れ下に垂れる。


 玄関前で後ろに振り返り立ち止まって二人を見ていたハイリアルが、眉間に皺を寄せ険しい表情をしながら彼女の側に近づく。



「職員よ……。実行した本人である我ではなく、なぜ我が従者を貶す。」



 彼は中年職員を凝視する。その言葉の調子は剣のように鋭く刺す。


 中年職員はその非難の声を聞いてその方に顔を向けた。その声の主がハイリアルだと解ると一瞬眉間と額に皺を寄せ怯むが、両口許を歪ませ愛想笑いを浮かべる。



「……貴方の下僕がやるべき事を行っておりませんでしたので、己立者ギルドの職員としての立場から注意致しました。」



 中年職員の口調はレイリーリャを詰った時とは違っていた。その言葉は丁寧ではあるが、従者である彼女を見下すようであった。

 彼女はその言葉を聞きながら、素肌の上にスライムがぬめりながら全身を纏わり(まとわり)付いているようで、生ぬるく気持ち悪く感じる。



「……己立者ギルドの職員という立場としてならば、なおさら従者ではなく、実際に行動をした我に注意すべきでは無いか。」



 ハイリアルの声の調子は低く据えられ、昂りそうになる感情を抑えるようだった。



「……御自身の身なりや振る舞いから想像致しまして~、……御自身は貴族に連なる方だと判断致しましたので、御尊名を汚さぬように従者の方に注意を致しました。」



 彼を見る中年職員の声は乱高下して揺れている。

 何か負い目を持っていて、無理に理由付けをしているようであった。


 一般的に貴族は名誉を尊重し体裁を重んじる為に、それを中傷や非難などといった行為によって汚される事を非常に嫌うのである。

 そのやり方と内容次第では、処断されてもおかしくないのである。


 ハイリアルは中年職員のこの言葉を聞いた瞬間、忌々しそうに舌打ちした。口許から噛み締めた歯を見せ苛立ちが顔に現れる。



「…………我は貴族だとは一言も言っていない……。……そもそも、尊名や見栄がどうこうする以前に、行動したのは我ではないか。そうなると我は己立者で、我の行動なのだから、責任はこの従者ではなく、我にあるのではないか。」



 ハイリアルの目が中年職員を刺す。

 その言葉に力が入る。


 

「……注意どころか当事者ではない、我が従者を、我が要求していないにもかかわらず、執事紛いの業務を行っていない等という理由で無能な役立たずなどと貶して……。……それこそ己は無礼ではないか。」



 握る薙刀の先端が傾き中年職員に向かう。薙刀の刃はカバーに覆われ隠されているが、その状態のまま中年職員の眉間を突き刺すように構えている。



「この従者は単なるメイドに他ならず、執事なんかではない。」



 中年職員の視線は彼の視線から逃げるように下に下がる。その口は何か言い訳するかのように動いたが、そこから漏れる言葉は無かった。



―――そうよねぇ。ハイリアルさまはメイドのわたしにそこまで求めていないとおっしゃってくれたよね……。……それなのに、何でわたしがそこまで文句言われなきゃいけないんだろう……。



 レイリーリャは責める彼と中年職員を見つめる。

 中年職員に対する怒りと、庇ってくれる彼に対する嬉しさを感じる。だがその一方、彼女自身は自覚していないが、心の奥底には力が抜け落ちていくような感覚があった。

 尻尾が左右に何かを押しのけるかのように動く。



―――もしあの時あのヤバそうな人達にハイリアルさまが怒らなかったら、暴力振るわれたかもしれないよね。あの感じだと……。



 このホールにいる己立者達は立ち止まり三人を観続けている。三人から離れた所にいる己立者の獣族男性が、中年職員を指さし嘲笑を浮かべながら同じパーティの己立者に何か同意を求めている。


 ハイリアルは中年職員を責め続ける。



「……それ以前に、己はあの四人の男達が因縁を付けるのを、なぜ注意して止めない?」



 握った薙刀の先端を中年職員の顔に向けて構え続ける。



「…………我が行った一連の流れを見ていたのだろう。なぜ、こう揉める前に止めなかった?……あの様子では、あ奴らは我だけではなく、日常的に他の己立者達にも絡んで危害を与えているのではないか。」



 その口調は変化する。怒りよりも軽蔑するような軽さが混じる。

 中年職員は彼の態度を見て、腹立たしそうに唇を噛み締める。握り締めた右手で自らの太ももを、怒りをぶつけるように抑えつける。



「……わたし達己立者ギルド職員は普段の業務で忙しく、そこまで手を回し切れない事もあります……。」



 中年職員は苦しそうに言い訳を絞り出す。



「我が従者を詰る余裕があるなら、あいつら四人を注意する余裕もあるのではないか。」



 彼は中年職員を責めるように凝視し、その口調が強くなる。


 二人の間に重い空気が拡がる。

 中年職員は下から彼を眉間に皺を寄せて睨み、返したくとも言葉を出せずに歪んだ口許が震えている。



…………そうだよね。職員だったら、ギルドの為になる事をしないのはダメだよね。



 レイリーリャは内心彼の言葉に同意し自ら思う。



…………もしかして、あの職員もあのヤバい人達の事が怖くて注意出来なかったの?



 彼女もハイリアルを睨み続ける中年職員を凝視する。

 その姿は追い詰められ威嚇しているが、全身から怯えている雰囲気が滲み出ているように感じられ、先程よりも小さくちっぽけに見える。

 中年職員に対する憎悪が心の中から熱を帯びて湧き始める。



―――わたしみたいに、まともに戦えない相手だからバカにしたのね……。ただの「弱い者いじめして悦んでるヘタレ……。」



 中年職員に対する非難がその口から漏れてしまう。

 その途端ハイリアルと中年職員は彼女に顔を向ける。

 中年職員の顔は目を剝いて彼女に対する怒りを露わにし、彼は同意するように口許に薄笑いを浮かべる。


 彼女は二人の表情を見て思わず途惑い動揺する。しかし怯んでしまわぬよう堪え、自らの気持ちを奮い立たせ、顔を上げ中年職員の顔を見つめる。



「…………問題のある、己立者の人たちを怖がったり、……弱みを持つ人たちをいびるようにゃセコい事をしたりしにゃいで、……前もって問題が起こらないよう、より良い空気を作るように努力するのが、…………ギルド職員のあるべき姿じゃにゃいですか。」



 レイリーリャは中年職員に対して思いついたまま言ってしまった。猫族固有の訛りが言葉の端々に出てしまった事を注意する余裕は無かった。

 己立者ギルド運営について詳しい事は解らなかったので、伯爵邸内で働いていた時に思った要望と似ている所があった。


 この彼女の主張がハイリアルには予想外だったようで、思わず彼女の顔を眺めると少し口許に笑みを浮かべた。その一方中年職員は怒りで目を見開き、その顔は赤黒くたぎる。

 レイリーリャはその表情が目に入り、どう反応するのか怖くなる。



「―――職員でないクセに偉そうな事をヌカすなぁ!ションベンとケダモノ臭い小娘がぁ。」



 中年職員は彼女を睨み声を荒げる。

 彼女は恐怖を感じ身体が固まり凍り付いてしまう。

 ハイリアルは中年職員を遮るようにその前に進み出ると中年男性を見据える。



「……道理を言われて1つずつ論理的に反論せずに、怒って逆上するとは……。自分には指摘された通りの欠陥があると、認めたようなものだな。」



 こう言い終わると口許に薄笑いを浮かべる。



「ン、……そんな事は……。」



 中年職員はハイリアルの言葉に言い返そうとするが、途中で言葉を出せず困窮する。



「何を動揺している。疚しい所が無ければ毅然としていられるはずだが。」



 ハイリアルは畳みかける。

 中年職員は口許を歪め苛立ちを隠さぬまま何も言い返せなかった。

 彼は黙ったまま中年職員を見据える。


 三人の周りを囲っている己立者達も、反応するのを待ち構えるように眺めている。


 レイリーリャはハイリアルの後ろ姿越しに中年職員を見つめる。

 その姿は頭を抑えつけられた子供のようで、反論したくても出来ないように見えた。


 彼は中年職員が全く反論出来ないようだと確認すると、うんざりしたように深い溜息を吐いた。息を吐き終え一泊間を取ると、纏めるように再び喋り始めた。


 

「……先程の出来事についての話に戻すが、我はあヤツら四人に我の胸ぐらを掴まれた上に通る事を妨げられ、危害を加えられそうになった。それ故に、我らの身を守る為に退けただけだ。」



 ハイリアルは中年職員を凝視する。

 二人の間に沈黙が走る。

 争う二人の周りにいた者達は、この場で立ち止まったまま何も言わず眺め続けている。

 辺りに沈黙が拡がっていく。



 ギルド受付窓口でハイリアルの対応をした受付嬢が、一つの対応が終わり顔を上げ三人が争う方に目を向けた。顔赤くしたまま何も返せずに黙っている中年職員の顔が目に入ると、忌々しそうに眉間に皴が寄り右口許が歪む。



「……なーにやってんだ。あのレッサーオーク……。」



 小声で呆れる声が口許から漏れる。

 そして気持ちと表情を整え平静さを装うと、順番を待って並ぶ己立者達のいる方に顔を向け呼びかけた。



 ハイリアルとレイリーリャ、並びにその周りで見ていた者達は中年職員が何らかの応答するのを待っていた。

 だがその口から返す言葉は出なかった。



「……言うべき言葉がないのなら、立ち去ろう。」



 ハイリアルは中年男性職員を軽蔑するような冷ややかな目をすると、建物の玄関のある方に振り返り去っていく。レイリーリャはすれ違いざま、中年男性職員の顔を凝視する。中年職員は彼の背中を凝視したまま唇を噛み、無言で屈辱を堪えているような顔をしていた。



―――いい歳した大人なのに最低な人だね。



 彼女は中年職員に対する怒りに囚われ非難したい気持ちを抱いたままで、謝罪を求める事も思いつかないでいる。そうする為に立ち止まる事は無く、置いて行かれないよう彼の背中を追って行く。

 


「……覚えとけよ……。」



 中年職員は出て行く二人を睨み続けながら小声で呟く。

 しかし二人の背中にそれは届かない。

 いや、

 ―――届かせない。



「……他人を詰らずにいると、自分に対する劣等感を感じて辛くなってしまうのか?……」



 歩きながら呟くハイリアルの声も、その後ろを付いてくるレイリーリャだけではなく、誰にも届かなかった。



 彼はギルドの玄関の扉の前まで来ると一旦そこで立ち止まった。それから後ろから付いてきた彼女から先に扉から出させると、ギルドのホール内を改めて見回してから自らも扉から出る。



 掲示板の前に一人の青年が立てた大盾の上に両腕で寄りかかるようにして、その様子を眺めている。その青年は子供のように背が低いが、鼻の下に無精髭を生やしずんぐりと厳つかった。


 ハイリアル達が玄関より出て立ち去るのを目に入れると、見世物が終わったとばかりに大盾の上に寄りかかっていた両腕を伸ばし振り返った。

 そして、はぁ(はら)減ったと独り呟くと、大盾を片手で掴み食堂に向かって歩き始めた。 


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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