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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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23.勧め


「司祭サマがハイリアル様の身体を治してくれるようだし、これで大丈夫だよね。」



 レイリーリャは呟く。満足感と安心感が混じったような想いに満たされている。


 そして再び椅子に座ると、テーブルの上に置かれた素焼きの碗を見つめる。



「今度は火傷なんてしないから。」



 問題を乗り越えたように少し上機嫌で片側の口許に笑みを浮かべながら、碗を取って口を付けた。

 碗の中に茶はほとんど残っていなかった。


 彼女はそれを飲み干すとテーブルの上に置いた。

 口の中に拡がる独特の渋味も味わい深く感じる。


 ヌ=カスマダ老人は空になった碗にポットで茶を注ぐ。



「嬢ちゃん、ちょっと聞くがぁ、司祭サマに嬢ちゃんのご主人様のちぃょう(治療)をお願いしたのう。……そぇはご主人様かぁ(から)の頼みがあったのかのう?」



 老下男の声の調子は何か思い詰め沈んだように低かった。

 茶を注ぎ終わりポットの注ぎ口を上げる。

 顔を上げ彼女の顔を見つめる。その眉間は上がって皺を寄せ不安を語っていたが、語り終えて閉じた口には力が籠もり、何らかの決心が在る事を語っていた。



「いえ、ありません。身体が治るのは良い事ですので頼みました。」



 彼女は従者として主人の為になる正しく良い事をしたと自認し、内心誇らしく感じている。両耳が張りピンと立っている。



「そうか……。嬢ちゃんの独断だったかぁ……。司祭サマに聞く前に、嬢ちゃんに尋ねぃ(尋ねる)の忘ぇてしもうたのは、ワシの失敗じゃのぅ……。すまんのう……。」



 ヌ=カスマダ老人の話す声が沈む。話し終えると困窮し下唇を噛む。



「……何か問題があるのでしょうか?」



 彼女は何故老下男が悩むのか解らなかった。自分のした事に問題があるとは思えなかった。


 彼女の主張する態度を見て老下男は、皺寄せた眉間を上げ困窮さと無念さが混じったような表情をしている。



「いやのう、余計なお世話で、聞いてもぁえん(貰えん)かもしぇないじゃぉうが(しれないじゃろうが)あぁかじめ(予め)ご主人様のご意思を尋ねて、許可をもぁってかぁ(貰ってから)頼まないと不味い事になぅかもしぇんかぁ(なるかもしれんから)、次かぁ気をつけないといかんのう……。」



 老下男の言葉は力無かった。

 彼女の態度は断固としてその言葉を受け入れないようだと捉えていたからであった。



「病気で苦しむのはハイリアル様だけではなく、誰にとっても嫌な事ですよね。


「……そうなると、身体が良くなり苦しみがなくなる事は、ハイリアル様にとっても良い事ですよね。」



 彼女は老下男を否定するように凝視する。



「わたしには、悪い事をしたなんて、思えません。」



 彼女の行為に対してハイリアルも肯定するのは当然だと思い込んでいたので、老下男がそれを否定する事を理解出来なかった。



「……確かにかぁだ(身体)良くなぅ(良くなる)事は良い事じゃが、そうは言ってものう……。



「…………嬢ちゃん、ワシみたいな爺の言う事だかぁ、話半分に聞いてくぇいよ。

 ご主人が戻ってきたぁ、すぐにこう伝えた方がええのう。『私の独だ「こんちゃー、ブコン屋ですけど、配達の品届けに来ました。」



 ヌ=カスマダ老人が伝える言葉は突然遮られた。

 礼拝堂の入口の扉が開かれ声を掛けられたのだ。

 それは腰に前掛けをかけた川獺(カワウソ)族獣人の青年の呼び声だった。

 彼の足下には野菜や肉、飲み物の入った瓶など食材の入った木箱が置かれている。

 彼はブコン屋という食料品店の商人で、ここに配達で訪れたのだった。



「あっ、ブコン屋さんかぁ……。少々お待ちくださぇ。


「嬢ちゃん、話の途中で済まぬのう……。」



 ヌ=カスマダ老人はブコン屋の青年の声に応え立ち上がると、レイリーリャに顔を向け残念だか悲しいような表情をして謝った。


 彼女はその顔を見る。

 怒りこそは感じなかったが、自分の考えを貫いたからとはいえ、ここまで悲しませてしまった事に対して申し訳ないような気持ちがした。

 それでも自分の考えに間違いがあったと思えないのは変わらないが。


 ヌ=カスマダ老人はブコン屋の青年が待つ玄関前まで行くと、商品の入った木箱の中を覗いた。



「今日、持ってきた注文の品はこぇで、代金は3大銅貨1角銅貨5まぅ銅貨(丸銅貨)だけど良いかいなー。」



 ブコン屋の青年がヌ=カスマダ老人に注文の品が書かれた配達伝票を渡す。

 ヌ=カスマダ老人は注文伝票と木箱の中の商品を頭を動かし覗き込んで見比べる。眉間の皺が深くなる。



「商品はええが、代金はこぇか……。思ったよりはかかったのぅ。」



「ええ。木タメェィゴゥが不作で値上げしてましてねー、スイマセンねー。」



 川ウソ獣人は愛想笑いを浮かべ、全然心の籠もっていないような平坦なトーンで謝る。



「……お金取って来ぅかぁ、少し待っててのぅ。」



 ヌ=カスマダ老人は屈んで商品の入った木箱を両手で抱える。そして「どっこいしょお」とかけ声を上げると同時に持ち上げた。

 木箱一杯に入った葉物野菜や瓶が、フルーデルで背が低いヌ=カスマダ老人の胸を隠す。



もぁう(貰う)までは夜中過ぎでもここで待ってますかぁ、安心してくだせーよ。」



 川ウソ獣人は軽口を叩くと両口許を拡げ笑う。


 ヌ=カスマダ老人の抱える箱は、自分が抱えられているのではないかと見間違えそうになる程大きかった。そんな大きな箱を抱えた老下僕がゆっくり歩くのがレイリーリャの目の前に入った。


 彼女にはヌ=カスマダ老人が歩きにくそうしていると思え、「手伝いましょうか」と尋ねる。


 老下僕は嬉しげな微笑みを浮かべた顔をレイリーリャに向けると「心配無用じゃよ」と遠慮する。そして司祭がいる寺務室の反対側にある控室の中に入っていった。



「ん、おねーちゃん、何か買ってくかい?デサジスァォーン(デサジスラローン)山名物、しょっぱくない岩塩なんてどうだい?サービスすぅよ。」



 彼女の存在に気付いたブコン屋青年が顔を向け軽く声をかける。



「……それ、ただの岩じゃないんですか?」



 レイリーリャは眉間に少し皺を寄せ右口許を開き怪訝な顔をする。



「ただの岩なワケねぇよ。おねーちゃん。安心してよー。ちゃんと砕いて粉にしてぅから、すぐに肉や魚にかけていょうぃ(料理)出来ぅし、しょっぱくないかぁ余計な塩味はつかないよー。」



 川ウソ獣人は彼女の疑いを気にかける事なく平然と宣伝する。



「……それじゃあ、ただの砂じゃないですか……。」



 彼女はブコン屋青年の宣伝の内容に白け批判する。



「ただの砂なぁ(なら)名物になぁない(ならない)って、おねーちゃん。

 この粉かけたいょうぃさぇた(料理された)ものを食べぅと、独特の噛み応えがあってたまぁない(たまらない)って声よく聞くよー。」



 川ウソ獣人はレイリーリャの批判に全く気にする事なく、両口角を上げていけしゃあしゃあとPRする。



「…………やっぱり、それ、ただの砂ですね。…………」



 彼女は呆れ果てる。

 そこへヌ=カスマダ老人が財布を持って戻って来た。



「待たせたのう。代金じゃ。」



 ヌ=カスマダ老人は財布から取り出した金を取り出しブコン屋青年に渡した。

 ブコン屋青年は手渡された代金を俯き数え確認する。



「……三…一……五……ちょうど、確かに代金もぁい(貰い)ました。毎度あぃ~。」



 ブコン屋青年は顔を上げ老下僕に礼を言う。



「あっそうそう、おねーちゃん。」



 川ウソ青年がレイリーリャに顔を向ける。



「さっき言った岩塩は塩だかぁ、撒いて厄ばぁい(厄払い)にも使えぅ(つかえる)よー。どー?買うのおすすめよー?」



「いりませんよ。もう。」



 レイリーリャはブコン屋青年にしつこく感じうんざりする。



「とっとと帰って下さい。司祭サマに厄払いして貰いますよッ。」



「あんちゃん、嬢ちゃんにきぁわぇて(嫌われて)しまったのう。」



 ヌ=カスマダ老人はブコン屋青年を揶揄うように笑い出す。



「あーあ、残念だなぁ。『粉の天然水』もお勧めなんだけどなぁ。じゃー、帰ぃますわー。」



 川ウソ獣人はレイリーリャの方を向きバイバイと呑み友達のように軽く手を振ると、礼拝堂の出入り口から出て行った。


 彼女はこの青年から、仕事として来ているという感覚を微塵も感じられなかった。


 礼拝堂から帰って行く足音が続いた後、何か這って進む足音と共に車輪が道の上を転がる音がする。大蜥蜴か何かが引く荷馬車の音かもしれない。


 その音は段々離れ小さくなっていき、やがて音は消えてしまった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価やリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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