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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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21.杭


 リャージファの墓は教会の側には無かった。

 来る時に通った街道に沿って流れる川を渡り、少し歩いた先にある谷間に墓地があり、その奥に墓があるという司祭の説明があった。

 ハイリアルはその案内に従い、街道を横切り橋を渡っている。


 河原にはターコイズブルーの羽を纏う鷺のような長い足をした水鳥が、嘴で川底を突っついている。



「……ズゼロスコエ伯爵様の御統治は非常に素晴らしいですね。天国に昇らなくても、伯爵様の御恩恵によって満ち足りて暮らしていけますね。」



 司祭は案内している間、ハイリアルに絶え間なく身振り手振りをしながら話しかけている。一方彼は眉間に皺を寄せ上唇を微かに開き、苛立ちを抑え黙っている。



「領都に人が多く集まり人口が増えているのも、御領地の富を増やし続ける伯爵様のご手腕ですね……。」



 司祭は彼の実父であるズゼロスコエ伯爵を、好感を得ようと賞賛している。



「領都の住人が増えましたら、その分だけ信徒も増えたという事です。そうなりますと、……今ある教会だけでは足りません。」



 司祭の右の口許が吊り上がる。彼に媚びる成果が期待出来るものと見做して。



「伯爵様に新たに教会を建てて頂く事と、そこにわた「リャージファの墓はどれだ。ぐだぐだたかる前にさっさと案内しろ。」



 彼は苛立ちを抑え切れず、司祭の声に被せる。


 司祭が暗に領都に新たな教会を建てその教会へ栄転させる口添えをして貰いたいという要望をしている事に、鬱陶しさや浅ましさを感じていたからであった。


 またリャージファについて色々思い起こし、それに浸る妨げになったという事もあった。


 単にいち早く、リャージファの墓に向かいたいという事もあるが。



「も、申し訳ありません。すぐ案内します。」



 司祭は彼が怒りを表に現した事に、顔を強張らせて驚き身が竦む。そして再び怒鳴られる事を怖れ、身体を小さくさせ狼狽しながら、せかせかと歩き始めた。


 司祭は何度も後ろを振り返ってその顔色を伺いつつ、怯えながら墓のある方に進む。その間彼も一切喋らずに黙ってその後ろを付いている。


 二人が地面を踏み締める足音と、風に揺らされる木々の木の葉の音だけが辺りに響く。



 墓地に入り墓石が並ぶ中を奥まで進むと、司祭が立ち止まった。そして顔を強張らせながら後ろにいるハイリアルに振り返った。



「ハイリアル様、時間がかかってしまい申し訳ありません。こちらの墓がリャージファ・フリザンテーレの墓です。」



 司祭が手で指し示す。その先には墓というより、白く塗っただけの木の杭が土盛りに刺さっていただけだった。




「―――これかッ。…………」



 これを見た時彼は唖然とした。

 長さが膝下程度の白い木の杭は塗られた塗料が所々剥げ、朽ちて色抜けした木面を晒している。

 墓地に並ぶ、形を整えられた石で出来た他の墓とは異なっていた。


 彼はここまでみすぼらしく寂しい物だと、全く想像もしていなかった。



「はい。リャージファが亡くなった後の遺族は、誰一人残っておりませんでした。そうした事から、わたし達当教会の者達の手で埋葬致しました。」



 司祭はおどおどしながらも、報償を内心期待しているように語尾を上げその反応を伺う。


 なお実際に行われたリャージファの埋葬は下男らこの村の住人が行い、司祭は一切関わっていなかった。



「……そうか……。」



 彼は俯き杭を見つめたまま、左目に着けたワインレッド色したレンズの魔道具を取り外し上着のポケットに入れた。



「……わたしはこの村でネレイステセシア様に仕えるただ一人の司祭ですので、ハイリアル様の御縁者の亡骸が野晒しで朽ち果てていく事はとても心苦しく思います。

 そこで御縁者の冥福を願い、わたしは心から真心を込めて、誠心誠意祈りを捧げ……。」



 司祭はここぞとばかりに首を横に傾けたり両手で胸を抑えるなど身振り手振りを繰り返しながら、自らの価値を示すように喋り始める。

 しかし彼は喋る司祭に顔を向ける事無く一切顧みなかった。



「……司祭よ。先に教会に戻っていてくれ……。」 



 その口調は沈み微かな力無き声であった。

 顔を下に俯きリャージファの墓を見つめたままだった。



「えっ、わたしも残り、ご祈祷を捧げますが?」



 司祭は彼の反応に途惑いうろたえる。



「……我を、独りにさせてくれ。」



 彼はそのまま、絞り出すようにように伝える。



「早く行け。」



 語尾が強くなり湧き上がる苛立ちが現れる。



「わ、解りました。お気持ちが障るような振る舞いを行い、申し訳ありません。教会でお待ちしておりますので、心満たされるまで弔って頂いて貰って結構です……。」



 司祭はたじろぎながら頭を下げると、不安を繕うような愛想笑いを浮かべながら機嫌を取る。そして何度も振り返りハイリアルの様子を伺いながら、元来た道を歩いて行った。


 司祭が地面を踏む音は段々と小さくなりやがて聞こえなくなった。



 ハイリアルはリャージファの墓の前で俯いたまま立ち尽くす。

 この墓地には彼以外誰一人いなかった。


 風が吹き木々が波音のようにざわめく。

 鳥が警戒する刺すような鋭い鳴き声が辺りに響く。



「…………リャージャよ。どうしてこんなに早く亡くなるのだ。会いたかったのに…………。


 …………こんな事になるなら、もっと早くに会いに行くべきであった……。」



 彼はリャ-ジャと愛称で呟く。



「……四十五歳になる前に亡くなったそうじゃないか。まだ若いではないか……。しかも火事で焼死したと聞いたが、……あんまりではないか…………。



「…………善く生きてきた者に、このような残酷な仕打ちをするとは、……神とは正しき者達に危害を与え苦しめる者なのか……。」



 悔しそうに下唇を噛む。



「……お前程に思いやりがあって、優しい者はあの家にはいなかった……。」



 その心の中に、世話をしてくれていた頃のリャージファが甦る。

 大らかで思いやりを感じられる微笑みを浮かべる姿と、隣に寄り添い包み込むような穏やかな声が。



『―――ハイリアル様、あなたは強く、かしこく、そして……優しい人です。


『誰が何と言おうと、わたくし、リャージファはずっとあなたの味方です。


『……辛く悲しい時には、いつでもわたしの許においでになってくださいね。ハイリアル様の大好きなクルミのクッキー焼いて待ってますよ……。』



 堪えるようにその眉間に力が入り皺が寄る。



「……リャージャ、お前は、我の実の母よりも……本当の母だった…………。」



 震えるハイリアルの両肩を風が通り過ぎていく。


 リャージファの墓の土盛りに飛ばされてきた枯葉が留まる。



「…………そ、育ててくれて……ありがとう…………。


 ……リャージャ、……あいしている……。」



 彼は鼻声を振り絞る。

 両目を瞑り左手で口許を抑える。

 両目許が滴る。


 自らの感情に陶然し咽ぶ。


 辺りは彼が咽ぶ声だけが拡がる。



 ハイリアルはしばらく咽び続けていたが、唐突に酔いが醒めたかのようにそれを止めた。



「…………我は母上とは違う。我はリャージャが苦難の末に亡くなったのが、とても悲しいのだ…………。」



 彼は自分自身に言い聞かす様に独り呟く。


 風が止み沈黙が拡がる。



「……こうなってしまうと解っていれば、リャージャが辞める事を引き止めていたな…………。」



 その口から、出来もしない仮定の話が後悔と共に漏れ出る。

 額に皺が刻み険しい顔をしている。



「……最後の最後に、再びお前に会いたかったのに…………。


 ……なぜ我より、先に逝くんだ…………。」



 彼は目を開き、目の前にリャージファがいるように見つめながら力無く嘆いた。

 その声に応える者は誰一人無く、静寂だけがその場に在った。


 彼は何も言わなかった。

 口を閉じリャージファの墓である杭を見つめていた。


 その杭はただ在った。

 時の流れだけに身を委ね、その声に応える事も無く、ただ残る。



 ハイリアルは未練を振り切るように振り返った。そして教会に向かって墓石が並ぶ中を歩き始めた。顔は俯き想いに沈み、足取りは重かった。


 墓の供え物を突っついていた鴉は、彼が間近に近付いた事に気付くと、それを止めて彼を見上げる。そして一鳴きして威嚇する。

 彼はそれに対して一切顧みずに歩き続ける。


 鴉は彼が間近に迫り近くの墓石の上に飛び移ると、通り過ぎていく彼を見据える。


 雲が陽にかかり墓地が陰に飲み込むように覆い始める。彼の姿も陰に飲み込まれていく。


 彼の口から呟きが漏れる。



「…………これで我自身を本当に愛し、思いやり、優しく抱きしめてくれる者は、この世には誰もいなくなってしまったな……。」



 その呟きは暗く沈み、墓地の静寂の中に力無く消えていった。


 ハイリアルは歩きながらハンカチを取り出し目許を拭う。そしてレンズの魔道具を取り出し右目に着けると、気持ちを切り替えるように顔を上げた。


 彼が立ち去り、辺りには誰もいないリャージファの墓に再び風が吹く。


 土盛りに留まっていた枯葉が風に吹かれ、弄ばれるように地面を転がっていった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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