20.拒絶
2026.5.13. タイトルを(上げて早々に)変更しました。
「……この峠竹のヤニを取ぅ時はぁ、地面かぁぶたつ目のぶしの上を傷つけぅんだ。……」
黒小人の老下男は峠竹からヤニを採る作業を、レイリーリャに訛りながら説明している。両手を使って身振りをしながら、長く白い毛をした眉と髭の下から嬉しそうな笑みを浮かべている。
普段自分達が飲んでいる茶についてレイリーリャが関心を持っているとみなし、嬉しさを感じているようであった。
彼女は笑みを繕い老下男の話を聞いている。舌と口の中にまとわり続ける峠竹のヤニの渋さに堪えつつ、辛さが顔に表れないようにしながらも。
「……ヤニ採ぅのに難しいのはなぁ、嬢ちゃん、峠竹を切ぅぶかさでなぁ、すぅっと浅く切ってもヤニは染み出てこんしぃ、ざくっとぶかくまで切ってしまうと、中の空洞までつぁぬいてなぁ……。」
老下男は左手で竹を握り右手で横に竹を切る身振りをする。
この峠竹脂茶について、レイリーリャは余り気に入っていなかった。それどころか、この苦味と渋味の混じった独特の味が嫌で、もう飲みたくないと思っていた。
それにも拘わらず、これについてあれこれ尋ねそれに関する話をしていたのは、村の若い主婦に聞いた焼けた家について話す事を避けていたからであった。
もしそれがハイリアルの乳母リャージファの住居だったもので、彼女について悪い話を聞いてしまった場合には、彼が怒りなり悲しみなり激情に駆られ、どういう態度でどういう振る舞いを彼女に対して行うのか、嫌な展開を想像し恐ろしかった。
それについて彼女は色々想像してしまいびくついている。
すると司祭が左側の部屋より現れた。分厚い日誌を両手で持ち、その間に指を挟んで栞代わりにしている。
ハイリアルは逸る気持ちを隠し切れず、司祭が彼の前まで歩み寄る前に椅子から立ち上がった。
レイリーリャは主人ハイリアルが立ち上がるのを見て、彼がどんな振る舞いをするのか不安を感じながら腰を上げた。
「ハイリアル様、お待たせ致しました。リャージファ・フリザンテーレについて解りました。」
司祭は勿体振ったように厳かな態度を装う。しかし隠し切れなかった歪んだ喜びが口許から漏れる。
「感謝する。……それでは、リャージファはどうなったんだ?」
ハイリアルは平静を装う。
しかしその微かに口調が昂り、眉間が皺寄った眉が下がり、最悪の予想通りであって欲しくないという願いが滲む。
「……もしがぁして、お貴族さみゃあ達ぁ探すてたの、やぁじば・ぶぃざんてぇの事だったんかぁ。」
老下男は椅子に座ったまま、独り言を述べるようにフルーデル訛りの特有の発音でリャージファの名前を呟く。そして再び両眉を下げ、悲しみに襲われたような表情をしながら、彼の横顔を見上げる。
「……可哀想な子だったのぅ……。」
老下男が下男は俯き左胸に右手を当てると、その掌を差し出し祈りを捧げた。
司祭は手に持った日誌の指で挟んだ所を開き目を落とした。
「リャージファ・フリザンテーレは、今から五年前の育月(七月)二十三日に、自宅からの出火による火事に巻き込まれ、ネレイステセシア様の許へ召されました。」
司祭は書かれた文面を読み始めた。その途端ハイリアルは、両目を見開き動きが止まった。
「……旦那と息子さ、ぶたぃとも、はやぃ病で突然亡くなってしもうてがっくぃしてたのに、火事で炎に包まぇてしまい、治すのが間に合わなくてのう……。」
老下男が下男は当時を思い出し、目を潤ませ悲痛な顔しながら独り言のように呟く。
レイリーリャはそれが耳に入ると、そうなんですかと落胆したように語尾が沈む相槌を打った。同情しないといけないように感じる。
ハイリアルは湧き上がる激情を堪えるように、眉間の皺が深く刻み口を閉ざす。
「……なおリャージファの夫は更に二年前、今より七年前の累月(二月)四日、息子はその前の年の雪月(十一月)十九日に、その時流行りました伝染病によって亡くなりました。」
「そうなのか……。」
ハイリアルは力無く一言だけ応えた。
レイリーリャはその背中を眺めている。彼が衝動的に振る舞う事を怖れていた事など忘れたかのように緊張感が緩んでいる。
尻尾が大きく左右に揺れる。
…………ハイリアルさまは、何か思ったより落ち着いてるよね……。
彼の後ろに立っていた彼女には正面からの表情や態度が見えなかった。
そして目が涙で潤んでいる老下男が下男を横目で見た。
………………ハイリアルさまは、育ててくれた乳母が亡くなったのに全然悲しそうじゃないよね。泣いてないような感じだし……冷たい人なのかな?…………。
彼女は彼の振る舞いが冷淡そうに見え、その人間性に対して疑い始める。彼に対する冷ややかな軽蔑感が心の奥底から浮かび上がり漂い始める。
「当寺院の墓地にリャージファ・フリザンテーレ一家の墓がございますので、わたくしが案内致しましょうか。」
司祭は彼に勧める。沈静なように顔を装うが、その口調は自らを売り込みたいのか微かに昂る。
「宜しく頼む。」
彼は切実そうに司祭の顔を見つめ即答する。
「畏まりました。それではあちらになりますので、私の後を付いてきて下さい。」
司祭は口許に微かな笑みを浮かべながら、二人が最初に入ってきたこの礼拝堂の出入り口に向けて片手を挙げた。
老下男が下男もそれを見て付いて行こうと椅子から立ち上がる。
「ヌ=カスマダ、お前は付いてこないでいい。」
司祭は老下男が下男の名前を呼んで命令する。ハイリアルに呼びかける時とは違い、鋭く刺すような声だった。そして出入り口に向かって歩き始めた。
レイリーリャは彼が司祭の後を歩いて行くのを見ると、付いて行かなきゃと自分の業務を思い出す。そしてその後ろに追いつこうとせかせかと歩み始めた。
彼はそれに気付き後ろを振り返った。
「お前はここで待っていろ。」
彼はその顔を凝視する。
「えっ?」
彼女はその魔物の頭を狙って射貫くような目に戸惑う。
「付いてこないでいい……。」
彼はそう言いながら振り返り司祭の後を追う。それは命令するのではなく、頼むような声だった。
「はい、わかりました……。」
彼女は彼が何故そう指示するのか解らないままその場で立ち止まった。
「嬢ちゃん、ご主人が戻って来ぅまで、座って待ってなせぃ。」
ヌ=カスマダ老人はそう彼女に言いながら、沸かせた湯をポットに入れ素焼きの碗に茶を注ぐ。
―――ハイリアルさまは、何かわたしが付いてくるの嫌なようだね。
彼女は微かな寂しさに浸っている。
…………邪魔だという事かな?
…………付いて行っても、何か迷惑になるような事をするつもりはないんだけどなぁ……。
その尻尾が大きく左右に振られる。
自尊心を傷つけられ存在価値を認められない悲しみを、苛立ちで覆い隠すように。
………………なんだかなぁ…………。
彼女は視線を椅子に向ける事無く腰を下ろす。
その視界には、拡げた右手を空に掲げているネレイステセシア像が入っていた。
そのまま茶の入った素焼きの碗に右手を伸ばす。その指は碗に触れず、熱した茶の中に突っ込まれる。
「―――あっづぃッ!!」
絶叫し、浸かった手を引き上げた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
わたくしも嬉しいです。
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