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一話

「体験ってなんですか!」

目が覚めた時、気絶する前に口にしようとした言葉が口から出た。


辺りを見回す。


十字に広がる畦道。田んぼには赤いトラクター。お手本のような田舎だ。じいちゃんちがこんな感じだったな。


「おーい、お前、何してるんや?」


畦道の先からお爺さんが呼びかけ、近づいてくる。


「あんま見ん顔やな。祭りに来たんか?そろそろ暗なるから早よ帰りや。」


「今日祭りがあるんですか?」


「あっちの方の神社で今日祭りあるやん。その為に来たんとちゃうんか?」


“祭りの方に行きなさい”

突然脳内で声が響いた。明らかにさっきの神の声だ。


「いえ。お祭りの場所が分からなくて苦労していたんです。ありがとうございます。」


お爺さんの指した方向に歩き出す。


“それでいいのです”


「いや、何口調変えてるんですか。」


“いや〜!折角なら天の声っぽくありたいでしょ?”


「思ってたより俗物なんですね。」


“うるさいやい!まぁこれで体験の意味が分かったでしょ?”


「分かりましたよ。シナリオを進めればいいんでしょう?」


“さっすがー!生前ゲームばっかやってただけに理解が早いね!じゃあしばらくは通信切るから、寂しくなったら言うんだよ〜!”


やっと静かになった。夕方、田舎に一人というシチュエーションは悔しいが確かに少し寂しい。


そう思っている内に神社に辿り着いた。田舎にある割には立派な鳥居があり、境内の砂利道も長く続いている。まだ時間が早いのか、あまり人はいない。


境内を一歩ずつ進む。りんご飴、唐揚げ、卵煎餅なんてものもある。かなり充実したラインナップだ。


本殿に辿り着いた。門がデカい。手前に手を洗うところがある。なんて言うんだっけ?ちょうずや?などと考えていると、何かを見つけた。


「子供…?」


顔を隠すようにして子供がしゃがんでいる。


「どうしたの?」


子供がパッと顔を上げる。親とはぐれたのだろうか?少し不安そうな顔つきだ。


「あんな。りんご飴、欲しかったん。」


「りんご飴?ならそこで買えるけど。」


「ママがおらんから買っちゃダメなん。」


「お母さんはどこにいるか分かる?」


「おかあさんはうちにおる。」


一人で来てしまったのか。本来なら警察でも呼びたいところだが…どうするべきか。


“家まで送り届けるのです…さすればシナリオは進みましょう…”


また声が聞こえてきた。こうして指標を出してくれるのは地味に助かる。


「じゃありんご飴買ってあげるから、おうちまで行こうか。」


子供の顔がパァッと明るくなり、トテトテと小さな歩幅で近づいてくる。おそらくこの子はこのシナリオ上での鍵となる存在だ。好かれておくに越したことは無いだろう。


少し打算はありながらも、ポケットに入っていた身に覚えのない財布で神に感謝しながらりんご飴を買う。


「そういえば、名前を聞いてなかったね。」


「ゆいやで!」


「良い名前だね。じゃあゆいちゃん、どうぞ。」


りんご飴を渡す。ゆいちゃんはそれを満面の笑みで受け取って、袋にしまった。


「あんがとな!これでママも喜ぶわ!」


なんて良い子なんだ!母親に渡す為にりんご飴を欲しがっていたとは。この子に何か起こるシナリオでなければ良いのだが。


「それじゃあ家まで送るよ。道を教えてもらえる?」


「ちょっと待ってな。ママに渡さなあかんねん!」


「え?あっ、ちょっと!」


止める暇もなくゆいちゃんは本殿の方に駆け出して行ってしまった。


絶対これなんか起こるやつ!と思いながら追いかける。砂利道は走りにくく、生前にダート専門のスプリンターでなかったことが悔やまれる。


しかし、流石に歩幅が違う。なんとか本殿に辿り着く直前で捕まえることができた。


どうしてこっちに来たのか、問いただす。


「ママにりんご飴渡す為やけど。」

ゆいちゃんはきょとんとした顔で答えた。


「お母さんはお家に居るんじゃなかったの?」


「お母さんはうちにおるで?」


そこでようやく理解した。

これ、『お母さん』と『ママ』が別だ。


「ゆい、こっちにおいで。」


本殿の方から声がした。寒気がするほど淡白で、それでいて頭に残る声、気持ち悪い。


「あ!ママ!」

ゆいちゃんが『ママ』の方に行こうとする。咄嗟にゆいちゃんを掴み上げて止める。「どうしたん?」と、不思議そうな目でゆいちゃんがこちらを見るが、仕方がない。


「ゆい、こっちにおいで。」

さっきと一言一句、音程すら変えず声がする。よく見ると、細長い手のようなものが本殿の裏からはみ出していた。


「ゆい、こっちにおいで。」

また、同じ声がする。

「ゆい、こっちにおいで。」

「ゆい、こっちにおいで。」

「ゆい、こっちにおいで。」

「ゆい、こっちにおいで。」


淡白に、ゆっくりと同じ声を出しながら、手が2本、3本と増えていく。流石におかしいと思ったのか、ゆいちゃんも不安げに顔を曇らせている。


「ゆいちゃん、ちょっと目瞑ってて。」

肩車の体制になり、ゆいちゃんを乗せる。おそらく、そろそろ“来る”。後退りしながら、ゆいちゃんの足を強く掴んだ。


「ゆい、こっちにおいで。」

何度目かとも分からないその声が響いた時、声の主が正体を現した。


闇が白い布に覆われている。そう錯覚するほどその本体は黒く、何もない。それなのに、人の、繊細で、柔らかで、綺麗な手が、無数に宙を掻いている。


咄嗟に後ろを振り向き、逃げ出す。今なら祭りを運営している人たちが居るはずだ。


本殿へと繋がる門を抜ける。幸いアレは追ってきてはいないようで、本殿の裏で蠢いている。


「ゆいちゃん、帰ろうか。」


「うん…」


肩車のまま鳥居まで歩く。祭りに騒ぐ子供たちの声が、吊られた提灯の灯りが、先ほどまでの状況を嘘のように思わせる。ここはもう既に、ただの祭りの会場だ。


気づけば、鳥居の先に女性が立っていた。


「ゆいちゃん!一人でどこに行ってたの!」

おそらくこの子の母親だろう。ゆいちゃんを肩から降ろす。


「本当にありがとうございます!この子ったら一人で行動することが多くて!」


祭囃子が聞こえる。そろそろ本格的に人が来るのだろう。鳥居の向こうに集団が見える。


「いえいえ、こうして無事なんだし、迎えにきてくれて良かったですよ。」


そう言ってゆいちゃんを母親の方に差し出そうとすると、足に抱きついてきた。


「あらもうこの子ったら本当に懐いちゃって!」


「ははは。ゆいちゃん、今日はもう帰りな。」

ゆいちゃんの肩を触り、母親の方に押そうとした…


何故だろうか?少し震えている。


「お兄ちゃん、この人、誰?」


祭囃子が止んだ。さっきまで聞こえていた子供の騒ぎ声も、屋台からの調理音すらない。何の音も、聞こえない。


ベタン


鳥居の方から音がした。母親ではない女性がまるで鳥居と境内の間に壁でもあるかのように張り付いている。


バン!バン!バン!バン!


女性が空間を叩く音が木霊する。顔が溶けるようにして崩れぐちゃぐちゃになっていくのに、真っ赤に充血した目だけがこちらを見ている。


「お兄ちゃん!こっち!」


呆然としている中、ゆいちゃんが本殿へと駆け出す。


急いで追いかける。灯りがついた屋台には真っ赤に充血した目の塊が、こちらをじっと見ていた。


「ママ!りんご飴、持ってきたで!」

門を駆け抜け、ゆいちゃんが『ママ』と呼んだ化け物にりんご飴を渡す…


そこで意識が途切れた。

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