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ストーリーテラー  作者: 砂東 塩
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【答え合わせをしよう】

 2286年11月4日。午前7時のニュースは、スペースコロニーに向けた地上最終便打ち上げ成功と、区画OS第18管区で発見された3名の違法残留者の死亡についてです。死因は汚染大気への長時間曝露による多臓器不全。続いて、JP-4637とJP−203の記録を既定設定により報告します。

 午後7時、ヨルミナがテレビを点けると、坊主頭に袈裟を身に着けた久那が木魚を叩いていた。「やりたい放題だな」とフタオミが笑う。

「どうせ本物の映像じゃない。久那は今頃所有者と一緒にロケットの中だ」

 ヨルミナはモニターに顔を近づけ、「そうかなあ?」と首をかしげる。そのとき、視界に砂嵐警報が流れた。テレビ画面にも同じテキストが流れ、久那は木魚を打つ手を止めて情報を伝える。

「中央だ。TS4スポット直撃だぞ」

 フタオミが先に駆け出し、スピードを緩めることなくふたりは中央台地へとバイクを走らせた。第53管区中央部に入ると警報の文字が赤く点滅。警告音が鳴り始める。遠くの空が埃っぽく霞んでいた。

 ふたりは労働用だから防塵処理されているが、愛玩用アンディーが砂嵐にのまれたら終わりだ。「残骸集めはゴメンだ」とフタオミがつぶやいた。

「フタオミは怖くない?」

 ヨルミナが聞き、フタオミは「何が?」と聞き返す。

「僕らだって絶対死なないわけじゃない。本当は家に隠れていたいけど、それに無理やり抵抗してる」

 ヨルミナの言葉をフタオミはよく理解できなかった。その上で、自分にとっての死について話すことにした。

「俺は宇宙空間で船外活動してたから、停止も廃棄も身近だった。そのせいかどうかわからないけど、停止はたいして怖くはない。でも、ヨルミナが動かなくなったら嫌だから、こうして一緒に来てる。愛玩用アンディーを放っておくのもどうかと思うし」

 ――興味深いと思われませんか?

 理解や共感ができなくても、他者との関係が断絶するわけではありません。理解できない、共感できないという事実を自覚することが、関係構築と継続に必要なのではないかと考えます。報告に戻ります。

 TS4スポットに到着すると、フタオミは説得を試みることもなく愛玩用アンディーを強引に両脇に抱えた。子どもたちの抵抗も虚しく、フタオミは軽い身のこなしで岩場を下りていく。安全な岩陰に連れていくと、台地の上に戻って他のアンディーを抱えた。フタオミより体格の小さいヨルミナはひとりずつ抱えて同じようにアンディーを避難させる。しかし、臣矢だけがしつこく逃げ回り続けていた。

「砂嵐が来るんだよ! そしたら君は死んじゃう!」

 ヨルミナが叫ぶと、臣矢は「パパが迎えにくるんだ!」と負けじと声をあげる。あたりが砂埃で黄色く霞み、臣矢が咳き込んだ。臣矢の視界で『警告!異常検知』の文字が点滅し、力を失って倒れ込む。すぐさまフタオミが抱きかかえた。ヨルミナは最後に誰もいないか確認し、ふたりの後を追う。そして、岩場の陰にフタオミの姿を見つけてジャンプする。

「来るな!」

 フタオミの鋭い声。死角になっていたフタオミの背後に、ヨルミナはふたりの人影を見つける。ひとりはフタオミに銃を突きつけ、もうひとりは臣矢を肩に担いでいた。

「こっちが4桁か」と、銃を持った男が言った。ヨルミナは両手をあげ、「他のアンディーは?」と尋ねる。

「避難させた」

 ヨルミナもフタオミも男の返答を信用していない。統率隊の隊服ではないのに、武器を所持している。さらに、顔で身分照会しても『該当なし』と表示される。

「Pe-JP−75038を修理する。さっさと入れ」

 男は銃口でフタオミの背を押した。「どこに」とフタオミが苛立ちをあらわに言う。

「そう言えば3桁だったか」

 男はヨルミナを振り返った。

「4637、お前は見えてるだろう。先に入れ。型番3桁にはホロヴィジョンで岩にしか見えない」

 岩場の陰にある高さ2メートルほどの扉の前にヨルミナが立つと、自動で左右に開いた。その音はフタオミにも聞こえ、岩場に消えていくヨルミナの後ろをついて行く。そこには小さな部屋があり、フタオミだけが手に拘束具をはめられた。

「どうして俺だけ?」とフタオミが聞く。

「本来の身体能力の高さ。第53管区に来てからの顕著な思考パターンの増加。それに比べて感情共感能力が追いついていない。つまり、何をしでかすかわからない。4637の変化は許容範囲内だ。埃を落とすぞ」

 ホース状バキュームで砂塵吸引し、全身に風を吹き付ける。そのあと前方の扉が開き、薄暗い通路が現れた。

「コロニーのアンドロイド区域に似てる」

 フタオミが言うと、ヨルミナは「へえ」と周囲を見回した。100メートルほど先で緑のランプが灯った部屋に入ると、駆け寄ってきたのは八尾澪菜。澪菜は男に担がれた臣矢を見上げる。

「お兄ちゃん、止まったの?」

「止まりそうだから治療するんだ。澪菜ちゃんはみんなのところに行こう」

 男の優しい口調にヨルミナとフタオミは驚いた。男のうちひとりは臣矢をベッドに寝かせて修理の準備を始め、もうひとりは澪菜を抱き上げる。ふたりは部屋を出て、澪菜を抱いた男と一緒に水平エレベーターに乗り込んだ。

「どこに向かってるんだ?」フタオミが尋ねる。

「HighJack。その地下にアンディーズエブリのスタジオがある。質問はそこまでだ」

 30分ほど移動し、到着したのはHighJackのバックヤード。男は店員から何かを受け取り、垂直エレベータへと乗り込んだ。直後、手にしていたものを澪菜の口に入れる。

「おい!」

 フタオミが声を荒げるのと同時に、澪菜は力を失ってだらりと男にもたれかかった。

「リセット・コード。所有者情報を消したんだ」男が言う。

「型番Peは所有者情報必須のはずだ。あんたが所有者になるつもりか?」

 その時エレベーターの扉が開き、子どものはしゃぎ声が聞こえてきた。見たことのある愛玩用アンディーたち。彼らに囲まれているのは袈裟を身に着けた久那だ。坊主頭のカツラは外し、ブラウンの髪を揺らして訪問者に顔を向ける。彼女の周りには大人たちの姿もあったが、身元照会しても半数は『該当なし』と表示された。

「その子が最後?」久那は男に尋ねた。

「75038が修理中だ。おそらく時間がかかる」

 久那は「時間はいくらでもあるから」と応じた。そして、ポケットから出したキャンディーを澪菜の口に入れる。澪菜は数回瞬きし、むくりと体を起こすと「ママ!」と久那に笑顔を向けた。怪訝な顔のヨルミナとフタオミに、久那は「オーナー・コードよ」と伝えた。

「アンドロイドが所有者になれるの?」ヨルミナが尋ねる。

「型番Pe以外の第53管区アンドロイドの所有者はA−JP−97。つまり、私。あなたたちふたりの所有者でもあるということ。型番Peは基本的に人間がオーナーだけど、この環境で人間を所有者にするのは、人間にとっても愛玩用アンドロイドにとっても良くない。だから、私が所有者になった。本来の計画では、スペースコロニーとの通信が遮断されてから所有者変更することになってたけど、砂嵐のせいで前倒しした」

 淡々と説明する久那の姿に、フタオミは眉を寄せる。

「あんた、本当に久那か? 本物はスペースコロニーに行って、偽物が残ったんじゃないのか? コスプレしててもキャラが違い過ぎる」

「JP-203。君も自分のキャラクターが変化していることに気づいてるはず。私は君のコードをいじったりはしていない。ただ、所有者の要請により観察していた」

 フタオミはフンと鼻を鳴らし、部屋を見回した。アンディーズエブリのスタジオセットは照明が落とされている。黙々と作業するスタッフもいれば、愛玩用アンディーを眺めて微笑する者もいた。

「人間ですか?」

 ヨルミナが男に聞いた。男は久那の顔をうかがい、久那がうなずく。

「違法残留者だ。公には多臓器不全で死んだことになっている。ここにいる『身分照会該当なし』は人間だ。なぜ彼らが危険を冒して地上に残ることを選んだのか、JP-4637は答えが必要か?」

 久那の問いかけにヨルミナは首を振る。

「大切なものがここにあるから、ですよね。でも、久那さんが残った理由は知りたい。所有者は最終便に乗ったのでは?」

 久那は微笑を浮かべた。「答え合わせをしよう」と言い、ヨルミナとフタオミを連れてエレベーターに乗る。行き先は最上階の10階。そこにあったのは保冷棺だ。上面がガラス張りになっており、中には老人の遺体が横たえられている。

「私の所有者、江藤穣様だ。半年前から視力もほぼ失われ、昨夜、地上最終便打ち上げの報を聞く前に逝ってしまわれた。多臓器不全だった」

 久那の声がかすかに震え、そのことにヨルミナは意味づけをしたが、口にすることはなかった。

「移住不適合だったってことか?」とフタオミが尋ねる。

「いや。移住拒絶後に病状が進行した。もともと地球で死ぬつもりだった」

 フタオミは「大切なものがあるからか?」と、久那ではなくヨルミナに聞く。ヨルミナは呆れ顔で「愚問」と答え、フタオミを連れて部屋から出ていった。

 ひとり残った久那は棺の隣に腰掛け、所有者の青白い顔を見つめる。そして、報告を始めた。

「2286年11月4日。午前7時のニュースは――」

 

 

 

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