14. 椎名泉、成敗する
「なんだァ!?ひったくり!?」
「角の石屋のおばーちゃんの声だ!」
そう言ってショウが指さした方には、倒れた老婆の姿と走り去る犯人と思しき影。
「俺、追いかけてくる! ザンさん、アカシアさん、おばーちゃんをよろしく!」
「あっちょっショウ!?」
危ないぞ、と止める間もなくショウは走り去ってしまう。アカシアさんは慌てて老婆のもとに駆けつけて抱き起こしている。
「おばーちゃんっ大丈夫ですか――っ!?」
「え、えぇ……ありがとうね、アカシアちゃん。鞄は取られちゃったけど、私は大丈夫よ……」
どうやらひったくられた拍子にバランスを崩しただけで、彼女に大事はないらしい。
……が。
ショウ……あいつ1人で大丈夫なのか? 魔法苦手って言ってたし、危ないんじゃないだろうか。
「……ザンさん、俺、ショウを追いかけてくる」
「お? おぉ、気ィつけろよ!」
やばい盗賊団とかならまだしも、ひったくり程度なら俺だって戦力になるだろ。大して戦えるわけじゃないが、人数は多いほうがいいはずだ。
そう思いながら、俺は駆け出した。
「えっと……確か、こっちに走って行ったよな」
とりあえず2人が駆け込んでいった路地に入るが、狭い上に障害物が多く、薄暗い。犯人は追跡されにくいこの道を逃走経路として選んだのだろう。
しかし、2人共足が速いのか、もう影も見えなかった。舗装されていない路地だったのが幸いし、足跡が残っていたのでその跡を追うことにしたのだが……
「………マジか」
途中の路地に、真新しい戦闘の跡が残っていた。石の壁や地面が濡れており、一部が抉られたような状態になっている。犯人が水魔法使いなのかもしれない。
……いや、石の壁が抉れるって。
ひったくりだったらなんとかなると思ったが、とんでもない。
舐めプでした。こんなのブチ込まれたら普通に死ぬぞ。
「……戻ったほうがいいかもしれないな。俺が行っても足手まといになる未来しか見えん」
それに戦闘の跡のせいで、足跡はこの先はぐちゃぐちゃになっており、どこに行ったかは分からない。素直に諦めて警察を呼んだほうがいいだろう。
俺は踵を返そうとしたが、そこで角から誰かが走ってくる気配。
「……ん?」
ショウかと思ってそちらを振り向くと、黒いマントを羽織った青年が現れた。シルエットは先程ショウが追いかけていった人影に似ている。
「あ、お前さっきの」
ひったくり犯か、と言葉を続けようとしたところ、男は問答無用で右手を俺に向かって突き出した。
「チッまた追手か!【水よ】!」
「え」
突き出された右手に水がうずまき、やがて球体に収束したそれが、俺に向かってまっすぐ飛んでくる。バランスボールよりひと回り小さいくらいの大きさだ。当たったらタダでは済まないだろう。
「うわっ……て、【転移】!」
急展開に驚く暇もなく、俺はストラップを持っていた左手を咄嗟に振り抜いた。水の玉とトラックが事故った瞬間、水の玉はふっと消える――転移成功だ。
「……ハァッ………?」
男は目の前で起こった超常現象に、呆然とした表情になっている。
……まぁ、それはそうだろう。
風によって水が飛散したわけでもなく、炎で蒸発したわけでもなさそうな現象。文字通り魔法が消えたのだ。男は何が起こっているのかよくわかっていない様子である。
対して俺は、魔法も転移できたことに安堵の息を漏らした。『魔法も転移できるのか』は、以前より検証したかった項目のひとつなのだが、これは自分一人で試せなかったため諦めていたのだ。
「相殺……チッ……炎魔法使いか? いやそれにしては……」
男はブツブツとつぶやきながら、俺と距離を取る。得体のしれない魔法を使われたことに警戒しているのだろう。
「……フン、なら………【霧よ】」
「えっ」
男が突き出した手から、ブシュンと霧が発生する。それはたちまち視界を覆うほどに広まった。
……まずい、視界不良で逃げられるならまだ良いが、霧に紛れて反撃されたら普通に死ぬ。
俺は急いで左腕を振りかぶる。
「て……【転移】!」
イチかバチかで霧にトラックを埋めると、その瞬間辺りの霧がざっと晴れる。『この辺の霧全部』とざっくりとしたイメージで転移させたが、どうやらうまく行ったらしい。
「ハ……!? なんだ………なんなんだテメェはッ!? 一体何しやがったッ!?」
「なんでもいいだろ。それよりショウは……俺の前にお前を追ってた男がいただろ、あいつはどうした?」
そう問い詰めながら、男の次の一手を注視する。俺の転移能力は一撃必殺だが、俺にとっては向こうの攻撃も一撃必殺だ。気は抜けない。
「ク……、クソがぁっ!!」
しかし男は得体のしれない力を振るう俺と戦う気はないらしい。男はそう吐き捨てて、背を向けて走り出す。
――とはいえ、逃がすわけには行かない。
「待て逃げるな!【転移】!」
「う、うわぁっ!」
俺はとっさにしゃがんで地面にトラックをぶつけ、『辺りの地表の20cm程』を転移させる。ぼこんと地表が下がり、男は突然の浮遊感にバランスを崩して倒れ込んだ。
“降りきったと思った階段がまだ一段残っていた”ような感触だろう。地味に嫌な攻撃である。
その拍子に男は足をひねったらしく、起き上がりづらそうにしている。
「我ながらなんでもありだな。しかし、ここからどうするか…………」
また魔法が飛んでくるかもしれない以上、迂闊には近づけない。それに近接格闘術の心得がない俺に制圧は難しいだろう。
「まぁ、こいつを転移させれば話は早いんだろうが……」
それをやればこの男は異空間で飢えて死んでしまう。流石にそれはやりたくない。そもそも俺は人を殺すのが嫌でこの異世界に逃げてきたのだ。
さてどうしたものかと頭をひねっていたところ、道の角から息を切らしたショウが現れた。
「――シーナ!?なんでここに……」
「ショウ!よかった、無事だったか!」
あの状況では、ショウが単に犯人に撒かれたのか、やられてしまったのか判断ができなかったのだ。目立った傷を負っていないことに、俺はとりあえず安堵した。
「う、うん、大丈夫だけど……え、何これどういう状況なの?」
「話は後だ。悪いけど、取り押さえるのを――」
手伝ってくれ、と言いながら男に近づこうとした瞬間、男は右手を俺に向かって突き出した。
「クソが、【水……」
その距離なんと20cm。距離が近すぎてトラックをぶつける動作を行うだけの余裕がない――転移が、間に合わない。
そこまで迫った死の予感に、心臓がひゅんと跳ねる。
……が。
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