12. 物語、動き出す
――さて、ショウがひとりタバコをふかしていたのと同じ頃。
椎名たちが住む極東の町ラカイから遠く離れた北の町――ニルダではひと悶着起きていた。
「おーい、ディアッカ、ニコラ、いるか!?」
バアン、と派手な音を立てて開かれる引き戸。ここは町の運送屋の一角だ。夜も更け、店仕舞いしていたところに駆け込んできたのは、この町の長。
「ち、町長?」
「こんな時間にどうしたの?」
呼ばれた従業員の2人は、突如転がり込んできた町長の姿を見て驚きの声を上げる。
「お前たち、“キョウ”って男を覚えてるか?10年前、この町に住んでたと思うんだが……確か仲良かったよな?」
「あー……キョウさんな!」
「うちの近所に住んでたからね、覚えてるわよ!」
町長はほっとした表情を見せたあと、すぐに真剣な表情に変わり、兄妹の肩をがっしりと掴む。
「……今、彼のことを詳しく聞きたいという方が来られてるんだ」
「キョウのことを…?」
「今、この部屋の外でお待ちいただいてる。お名前はウルムス・ダヴィディアナ様――中央警務隊に所属されている方だ」
「えっ……!?」
町長の言葉を聞いた2人は、目を見開いて固まる。
「ちょ、ちょっと待って、中央警務隊って……」
「確か、王族の警護とか、重犯罪人の取締とかやってるっていう部隊だったよな!? 警務局の中でトップに近え組織じゃねぇか!」
「な、なんでそんな人間がキョウさんを探してるの?」
2人は混乱した表情で、矢継ぎ早に疑問を口にする。
それもそのはず、中央警務隊はいわば国家公務員の超エリート集団だ。所属しているのはほとんどが貴族の子女で、本来であればこんな北の町に来ることはないし、平民である彼らと会うこともないはずである。
「と、とにかく失礼のないようにな!――ダヴィディアナ様、どうぞお入りください!」
町長がドアの外に声をかけ、現れたのは、40代手前くらいの一人の男。艷やかな金髪に、仕立ての良い紺色のコート、純金製の装飾品をまとっており、いかにも貴族といった風体である。
「……中央警務隊所属、ウルムス・ダヴィディアナです」
男はそう言いながら、所属組織の紋章が刻まれた手帳を突き出した。2人は、緊張した面持ちで男と相対する。
「あなた方が親しくしていたという、キョウという男について話が聞きたい。」
「え、えーと……確かに親しくはあったんですけど……」
「詳しくは覚えてませんよ……?なんせ10年前ですし、アイツ、そんなに長い間この町にいませんでしたし……」
2人は恐る恐るといった様子で伝える。警察のトップ組織にいる上、あきらかに貴族であるウルムスには下手に間違ったことは言えないのだ。
「覚えている範囲で結構です。まず外見から教えて下さい。」
ウルムスは無表情のまま、懐から手帳とペンを取り出した。
ディアッカとニコラの2人は、うーん、と唸りながら当時のことを回想する。
「外見……たしか緑目で茶髪でしたね。長さはセミロングくらいで、いつも後ろで纏めてたかな……。それと、琥珀のイヤーフックをつけてましたね」
「体格は細身でちょっとやつれた感じでした。歳は20代前半くらいだったかな……?」
「ということは、今は30代くらい……ですね」
「ええ、たぶん。あぁ、あと…外見じゃないですけど、煙草! 煙草をたまに吸ってましたね」
「……なるほど。では性格は?どのような男でしたか」
ウルムスはスラスラとペンを走らせながら尋ねる。
「そうですね……かなり、人のいい奴でしたよ。困ってる人がいたら、率先して助けてくれるような奴です」
「この町にはそんなに長い間いませんでしたけど、住民とはすぐ馴染んでましたね。みんなからの信頼も厚かったです」
「なるほど……」
「……あぁ、でも、ちょっと……陰がある感じは、しましたね」
「陰……?」
ディアッカの口から滑り出た不穏な言葉に、ウルムスの筆記の手が止まる。一方でニコラの方は、不思議そうに首を傾げていた。
「あら、そんな素振り、あったかしら?」
「俺の部屋がちょうどキョウさんの部屋の向かいだったんだよ。夜、窓辺で煙草してるとこ、たまに見かけたんだが……、すげえ疲れた顔してたっていうか、無表情だったっていうか……」
「へー……、知らなかった……!」
「初めて見たときはちょっとゾッとしたよ。みんなの前じゃいっつもニコニコしてたからなぁ」
ウルムスは2人の会話を聞きながら、「……これは当たりを引いたかもな」と神妙な面持ちで小さく呟いた。
「――ちなみに、以前はどこに住んでいたかはご存知ですか?」
「さぁ……ある日ふらっと現れましたからねぇ」
「元々各地を転々としてるって言ってましたよ」
「では、彼がどこへ向かったかは?」
「うーん……わからないですね」
「あぁ、でも、東の街道から町を出ていくところは見ましたよ。町を出ていくところを見かけて声かけたんで、それは覚えてます」
「あー、そういえばそうね。あの道は中央地方に繋がってます。どこの街へ行ったかまではわかりませんけど……東へ向かったのは間違いないですね」
「東……ですか」
「すみません……ざっくりしていて」
「いえ、充分です。ご協力ありがとうございました。」
ウルムスは軽く礼を言って立ち上がる。
「こちらは協力金です。もし他に情報を思い出しましたら、最寄りの警務局までお越しください」
ニコラは差し出された布袋を受け取ったが、意外過ぎるほどの重みに驚く。思わず袋を取り落としそうになりながらも、首を上下に振って答えた。
「は、はい……」
「わ、わかりました!」
そう言って、彼らは事業所を後にするウルムスを見送った。
後に残された彼ら3人は、どっと疲れが出たのか側のソファに沈み込む。
「あぁーっ……緊張したわ……!」
「ウチの領主さんにすら会ったことないのに、貴族様に直接会うなんてな……しかも中央警務隊って……」
「ちょ、ちょっとディアッカ!この謝礼金……金貨がひぃ、ふぅ、みぃ……ご、50万リタス入ってるわよ!?」
「マジかよ……!」
ディアッカとニコラは金貨を片手に顔を見合わせる。
あんな簡単な情報を喋っただけで、2ヶ月半の給与相当の協力金。そもそも警察のトップ組織の人間が訪ねてきたのだ、どう考えてもただ事ではない。
「ねぇ町長、いったいどういうことなの!?」
「キョウさん、なんで警務隊なんかに探されてんだよ……!」
「……すまんが、それは言えない。ダヴィディアナ様からも口外を固く禁じられているんだ」
町長は神妙な面持ちで視線をそらす。これ以上問いただしたところで、彼からは何も教えてもらえないだろう。警務隊の業務内容を考えても、平民から手が届かない問題が起こっているのは間違いない。ディアッカとニコラは諦めるしかないことを悟った。
その後、町長は2人に見送られて事業所を後にした。
「すまんな、二人とも……」
夜も更け、誰もいなくなった路地を進みながら、町長は一人呟いた。
「……まさか、言えんだろう……、キョウの正体が――――かもしれない、なんて……」
お読みくださりありがとうございます。
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今回で人間のメインキャラ+準レギュラーが出そろいました。
それと、彼の正体と出自はぜひご考察くださいませ。
彼の正体がわかるまであと100話くらいでしょうか。
そのとき、もう一度最初から読み返したいと思ってもらえるような作品を生みたいと思って書いています。




