11. 椎名泉とショウ(後編)
※以前掲載した話、国名を思いっきりミスったので修正しました。(2箇所)
大変失礼いたしました。物語の進行には関係ありません。
俺が一体どこからやってきたのか――
この質問はいつか聞かれるだろうと思っていたから、答えは既に考えてある。
もちろん素直に『異世界からやってきました!』とは言わない。少なくとも地球にいた頃の感覚で言えば、そんなことを言おうものならそっと距離を置かれること請け合いだ。
というわけで、俺が出した最適解は、コレ。
「……それが、よく覚えてないんだ。」
「えっ!?」
割とベタな、そしてお手軽な誤魔化し方――記憶喪失だ。
記憶喪失だと言い切ってしまえば深く詮索されることもないだろうし、万が一常識知らずの妙なことを口走っても記憶が混濁していると言い訳が立つだろう。滅茶苦茶嘘っぽいが、この際仕方ない。
「気づいた時にはあの森にいたんだ。どこか遠くから来たような気はするんが……」
「え、えっ!? 記憶喪失!? なんにも覚えてないの!?」
「何もってことはないが、ほとんど覚えてないな」
「そ、そうだったんだ……!? 大変だったんだね! こ、こういうときってどうしたらいいんだろうね? 医者にかかったらいいのかな?」
……ここまで素直で親切な人間を騙しているという罪悪感が、なんかもう、凄い。
気まずい思いを抱えつつ、俺は首を振った。
「いや、医者だとかそんな大ごとにしなくていい。時間が経ったら思い出すかもしれないし……今はショウさんのおかげで生活に問題はないしな」
「そ、そう?なら少し様子を見ようか。その手の診療をしてくれる医者はこの町にはいないし……。少し遠くの街に出ないといけないから」
「あ、あぁ、そうしてくれ」
「でも医者にかかりたいなら言ってね。俺も付き合うから!」
そう言ってショウはやわらかく笑う。
……いや、居たたまれない。話を逸らそう。
折角の機会なので、俺もずっと抱いていた疑問をぶつけることにした。
「……そ、そういえば俺もショウさんに聞きたかったんだが……」
「ん、なーに?」
「ショウさんはどうして、俺を助けてくれたんだ?」
「……へ?」
「それにすごい親切にしてくれるだろ。見ず知らずの俺になんでそこまで良くしてくれるのか、ずっと気になってて……」
……これは俺がショウに拾われた日からずっと気になっていたことである。
ここはいわば中世ファンタジー風の世界だ。人々の生活はそれほど余裕があるわけではないし、街の外では盗賊やら人攫いやら危ない人間がよく出るらしい。
そんな中、森の中で倒れていた不審者である俺ををどうして助けようと思ったのか。しかも衣食住までほとんど無償同然で提供されている状況だ。
俺にとっては謎でしかないのだが、当の本人はきょとんとした顔で小首を傾げている。
「どうしてって……倒れてたから?」
「い、いや、まぁ……倒れてただろうけどさ。もしかしたら悪い奴だったかもしれないだろ? 俺、変な格好してるし、人種も違うし。なんで助けようと思ってくれたのかなって……。」
あまりにもあっさりと答えるショウに、逆に自分の感覚がおかしいのかと思ってしどろもどろになってしまう。
ショウは目を閉じてうーんと唸ったあと、答えた。
「まぁ、そこは“リスミスタ”の精神だよね」
「リスミ、スタ……?」
「困ってるひとは助けましょうねーって意味。」
「ふうん……」
……『困っている人は助けましょう』……か。俺もある程度その精神は持ち合わせてると思うが、それでも見ず知らずの人間にここまではしてやらないだろう。森で人が倒れているのを見つけたら、とりあえず警察や救急車を呼んで、それで終了といったところだろうか。
「……この世界の人間は皆そういう考え方なのか?」
そういえば人が好いのはショウだけじゃない、ザンさんやアカシアさんだってそうだ。この世界は皆そんなもんなのだろうかと思って尋ねれば、ショウはうーん、と唸りながら答えた。
「そうだね、リスミスタはエミュファ教で一番大事にされてる教えだから」
「エミュファ教?」
「えっと……みんな信じてる神様――エミュファ様の教えのこと、かな」
“皆信じてる神様の教え”――つまり国教ってことか。その最たる教義なら、確かに大事にするものなのかもしれない。
しかし、ショウはその表情を曇らせながら続ける。
「……でも、みんながみんなそうだとは思わないでね。ザンさんやアカシアさんみたいないい子もめずらしいと思ってたほうがいい」
「まぁ……そうだよな」
みんな国教の教えを尊重してるなら、この世界に盗賊やら人攫いやらは存在しないだろう。ショウやあの親子が極端にいい人だったということか。
「この辺の治安は良いほうだけどね。王都の方に近づくと、よくない人間がたくさんいるんだ。盗賊団とか違法な奴隷商とか、最近増えてるって聞くよ」
「そうなのか……」
「だから、よく知らないひとに簡単に気を許しちゃだめだからね?悪いひともいっぱいいるんだから!」
「……ショウさんが言ってもあまり説得力が無いな……」
「へ?」
「俺が悪い奴だったらどうするんだよ」
「うっ……、そ、そだね……」
見事ブーメランをくらったショウは、バツが悪そうに目をそらす。しかしすぐに気を取り直したのか、自信たっぷりな様子で宣言する。
「ま、まぁ、もし悪い人だったらぶっ飛ばすだけだから!ね!」
「え、ショウさん戦えるのか? 鍛えてそうには見えないが……」
「う……ま、まぁ……、で、でも戦い方は肉弾戦以外にもいろいろあるだろ!」
「あー……魔法とか?」
「そ、そうそう!」
……そういえばショウが魔法使ってる所、見たことないな。
水は町の共用の井戸に汲みに行ってるから、水魔法は使えないだろ。火は火打ち石みたいなのを使って起こしてるから、炎魔法も使えないはず。洗濯物も自然乾燥だから、風魔法使いでもない……。
「……ショウさんは何の魔法が使えるんだ?」
「ふふ、当ててみて!炎、水、風、土、氷、雷!さーて俺はどれでしょう?」
「んー……、土か氷か雷……だよな?」
「えへへ、聞いて驚け〜!俺はなんと!雷がつかえちゃいまーすっ!」
そう言ってショウは得意げな顔でドンと胸を叩く。
「おぉ……雷か……!」
「いいでしょ、雷使えるのは珍しいんだよ――!それにかっこいいでしょ!」
「あぁ、カッコいい。めちゃくちゃカッコいい。」
俺は素直に感心してパチパチと手を叩く。
雷魔法、俺も大好きだ。なんか強そうでカッコいい。魔法が使えない俺からすれば、憧れ中の憧れである。普段自己主張の少ないショウが自慢げに語るところから察するに、この世界でも相当人気があるんだろう。
しかしショウはすぐに自慢げな表情を解いて、しょぼんとした表情になる。
「……まぁ、あんまり魔法は得意じゃないんだけどね……」
「……駄目じゃねぇか」
お前、さっきぶっ飛ばすとか言ってなかったか?と突っ込みたいところだ。
……だが、口を開く前にショウから爆弾を落とされ、それは叶わなかった。
「そういえばシーナさんは何の魔法を使うの?」
「えっ……」
……『何の魔法を使うのか』――ということは魔法が使えるのは前提ってことだよな。この世界では皆、使えて当然の力なんだろう。
俺も魔法みたいな力――転移能力は使えるが、さっきショウが挙げた属性の中に“空間”は無かった。この世界で未だ空間魔法のような現象を見ていないことも併せて考えると、そういった魔法は存在しない可能性が高い。とすると、やはり転移能力のことは伏せたほうがいいだろう。
「……シーナさん?どうしたの?」
「あぁ、えーと……」
……素直に、魔法は使えませんと白状してしまって大丈夫なんだろうか。
『魔法が一般化した世界で魔力なしで生まれた主人公が迫害される』――というのはド定番だが、この世界はどうなんだろうか。ショウは多分そんなことしないだろうが、他の人はわからない。
かといって『使える』と嘘を言ってしまえば、見せてくれと言われた時に辛い。……と、すると、魔法を使えないことを誤魔化す良い言い訳を考えるべきか。
あまり沈黙を長引かせるわけにも行かず、意を決して俺は口を開いた。
「実は……記憶が無くなってから、うまく魔法が使えないんだ。魔法の使い方を忘れたのかもしれない」
記憶喪失――まったく便利な言葉である。これで誤魔化せるだろうか……と、ショウの方を見れば、驚愕の表情を浮かべていた。
「……えっ!?魔法、使えないの!?」
「あ、あぁ……」
「まったく!?ちっとも!?」
「お、おう……」
「え、えぇー……」
ショウはひとしきり驚きの声を上げたあと、脱力したように椅子の背にもたれ掛かった。
……滅茶苦茶驚いてるな。やっぱり魔法が使えないっていうのはまずいんだろうか。俺はフォローしようと慌てて口を開く。
「や、やっぱりおかしいよな? 魔法が使えないのって……」
「いや、極極々稀に、頭を大怪我したとか記憶喪失になったとかで、一時的に魔法が使えなくるケースはあったらしいけど……」
「そ、そうなのか!」
……よかった、前例はあるんだな。
あまり的外れなことを言ったわけでは無かったようで、俺はひとまず安心する。
「でも驚いちゃった。俺、なんとなーく人の魔力量が分かるんだけどさ、シーナさん、すっごいいっぱい魔力持ってるんじゃない? 記憶無くす前、絶対凄腕の大魔道士だったと思うよ!」
「そ……そうなのか……な?」
そういえばゼリウスが、地球人は魔力が多いって言ってたな。地球じゃ何かに付けて平均以下だった人間でも、魔力量に関してはこの世界の平均を超えているようだ。
「こんなに魔力があるのに使えないなんてもったいないなぁ〜〜っ!シーナさん、絶対記憶、取り戻そうねっ!」
「あ、あぁ……」
ショウは俺の手をぎゅっと握って、興奮したように上下にブンブンと振った。
若干……いや、かなりの心苦しさはあるものの、とりあえず彼の質問は乗り越えられたようだ。
……しかし嘘をついている後ろめたさはもちろん、彼の言うような大魔道士にでもなれていたら、もっとショウの生活の役に立てていたかもしれないな、と輪をかけて申し訳ない気持ちになる。
「……悪いな、ショウさん。俺、魔法は使えないし、家事も畑仕事も得意じゃないし……、せっかく良くしてくれてるのに、あんまり役に立てなくて申し訳ない」
ぽろりと口からこぼれ落ちたのは、ここ2ヶ月間ずっと感じていた引け目だ。
現状、俺は衣食住のすべてをショウに支えてもらっている。もちろん、働いて金を家に入れたいとは早々に申し出ていたが、この町の右も左も言葉もわからない状態で働きに出るのは危険、と判断したショウに止められていた。
命を助けてもらうばかりでなく、生活も支えてもらっている恩を中々返せないことを、俺はずっと気にしていた、わけだが。
ショウ自身は首を傾げながらあっけらかんと言い放つ。
「え? なに、そんなこと気にしてるの?」
「いや、そんなことって……」
「気にしないでいいよ。俺のことは兄弟か友だちだと思って、遠慮しないで頼ってくれていいんからね!」
「兄弟か、友達……」
「そうそう!」
「はは………、わかった、ありがとな、ショウさん」
あっけらかんと言い放つショウに、思わず笑いが溢れる。地球では親しい友人も親身になってくれる家族も居なかったからか、なんだか不思議な居心地がする。
「あっそうだ、呼び方もさん付けしなくていいよ。呼び捨てでいいから!」
「そうか?あ、でもショウさん年上じゃ……」
「兄弟や友だちに年の差だなんて関係ないでしょー」
そう言ってショウは朗らかに笑いながら、自身の右手を差し出した。
「改めまして、よろしくね、シーナ!」
まるで異世界転移初日の夜の再現だ。
ただあの日よりずっと、俺はこの男のことを知っていて、信頼も尊敬もしていて、これからもずっと良い関係を築いていけたらと願っている。
「……分かった、ショウ。もうちょっとの間、世話をかけると思うけど……よろしく頼む」
……さしあたっては、可及的速やかに脱ニートして、可及的速やかに今まで受けた恩を返していきたい。
そう思いながら、俺は差し出された手を握り返した。
◆
――椎名が改めてショウとの友情を確認した、その夜。
ショウは自室の窓辺でひとり、煙草をふかしていた。椎名が非喫煙者であることを察していた彼は、気を遣って部屋が分かれる深夜のみ、煙草を吸っている。
薄い紫煙が夜の闇に溶けていく。
昼間の朗らかな雰囲気はなりを潜め、ショウは無表情で窓の外を見つめていた。
「……尋常じゃない魔力量に、聞いたこともない言語を使う人間……か」
彼が考えているのは、2ヶ月前に森で拾った男、椎名のことだ。
「黒髪黒目だけど……ミュゼル出身ではないだろうね。ミュゼル語にイタダキマスなんて食前の言葉は無かったはず……」
ショウは目を細めながら、ぽつりと呟く。ふー、と吐き出された息は煙をまとい空に流れていく。
「それに、記憶喪失の嘘――」
ショウは昼間の出来事を思い返す。
記憶喪失だと告白する、椎名の態度。普段から表情筋が動きにくく、声のトーンも変わらない椎名だ、彼の吐く嘘を嘘と見抜くのは、普通の人間では難しい。しかし、ショウは椎名の告白が嘘であることを、半ば確信していた。
「……一体何者なのかな?」
その答えはどこからも返ってこない。しんとした部屋の中、ショウはかすかに笑う。
「……まぁ別になんでもいいけどね。いい子みたいだし、俺をどうにかしに来たってわけでもなさそうだし……、」
彼が椎名の嘘を追求しなかったのは、嘘を嘘と決めつけるだけの証拠がないのと、その嘘に害意がなさそうだと判断したからだ。自分に害がないのに本人が隠したがっている何かを無理に掘り返す必要はない――彼はそう判断した。
ショウはすっかり短くなった煙草を、ぎゅっとそばの灰皿に押し付ける。そして紫煙の残る空を見つめ、表情の死んだ顔でぽつりとつぶやく。
「……"リスミスタ"、か……」
――それはまるで、夜の海のような呟きだった。
「いつかお前が俺の全部を知ったら……、」
静かで、重くて……どこまでも深く沈むような。
「お前がそれを言うのかよって、怒るかな」
その声は誰にも聞こえずに、夜の闇に溶けていった。
お読みくださりありがとうございます。
◆
急にシリアスになりましたが、ちゃんとハピエンです。
みんなみんな幸せになりますのでご安心ください。




