欲望うずまくサーシャのベッド
シアンは、サーシャへの想いとバイシャリの言葉から必死に逃れようとしていたが、体がそれを許さなかった。
彼を思い留まらせていた理由が、全部自分の手中に収まってしまっていたからだ。サーシャが眠る部屋、彼女の気持ち、なぜか自分を後押しする歌姫の存在。本当ならば早々に店を出て、自分がいるべき場所に戻らなくてはいけないのだが、どうにも体が出口に向かない。
(今夜が最初で最期のチャンスよ…。)
バイシャリの言葉が頭をぐるぐる回っている。本当ならば1ヶ月後が彼にとっての実行の日だった。だが、噂に違わぬサーシャの美しさと女神として清廉さ、そして一人の女としての色艶さはその少年の予想を遥かに超えてしまっていた。しかも、彼女はいま自分に思いの他、気にかけている…少なくとも彼にはそう感じられた。
(すべてを投げ捨ててでも…彼女が欲しい…)
バイシャリの予想した通り、シアンは女を知らない。
彼女は、何度も自分に体を寄せてきた…
手を握っても嫌がられなかった…
そして…さっきは唇が触れそうな距離まで彼女は近づいてきた…
全てが自分への好意と感じられた。
店はいよいよ深夜になり、客もほとんどいない。
シアンが何気に店を見渡すと、奥のステージに何人かの客が歌手のバイシャリと談笑していたがそれ以外は見当たらなかった。と…自分が座る椅子の先に2階にあがる階段が目に入ってしまった。
「あ…。」シアンはそう言葉を漏らすと、いつの間にか立ち上がってしまっていた。
(ト、トイレに行くだけだ)
彼はそう心で思ったが、まるで何かに吸い寄せられるように足は階段へと向く。幸いにも周りに人の気配はない。注意深く厨房も覗いてみたが、店主すら見当たらなかった。
(ちょっとだけ…ちょっとだけ階段から覗いてみよう…)
シアンはそう思い立つと、物音を立てないようにそっと階段に近づく。そして…階段の下につくと、彼はそっと上を見上げた。
(こ、この上に…彼女が一人でいる…)
そう思うと、彼の足は階段に足をかけていた。
(彼女は…きっと待っている…。)
シアンは階段を素早く登り、1階から自分の姿が見えなくなる位置までくると、一度足を止めて小さく深呼吸した。何度も何度も心の葛藤が頭をめぐる。と、
(待ってる…わけがない…)
シアンはふとそう思い立つと、体を反転させて一段階段を降りる。だが、再びそこで足が止まった。
(ベッドの上でぼうやの事、考えるって…。)
またしてもバイシャリの言った言葉が頭に浮かんだ。サーシャが寝間着姿のまま自分を部屋に迎え入れる姿が頭に浮かぶ。すると、シアンはいつの間にか、駆け足で階段を一気に登りつめてしまっていた。
(彼女が…いる場所…。)
廊下は、橙色のランプが一つ付いているだけで薄暗い。
シアンは一歩づつ緊張しながらゆっくりと進む。静かな真夜中の廊下は、自分の心臓の高鳴りが響いているようにも感じられてしまう。彼は、胸に手をあててその音を押さえ込むように試みるが収まる気配はない。
(…静まれ…)
彼がそう願うように呟いたが、いつの間にかサーシャが眠る一番奥の部屋の扉の前に着いてしまった。
(ど、どうすれば…いいんだ?)
シアンはしばらくその場で立ちすくんだ。この扉の向こうに、あの女神はいる。彼は…迷った。このドアノブに手をかけたら…もう戻れない。
だが、その迷いとは裏腹に手が自然とドアノブに向かう。彼の本能がそれを否定できなかったのだ。その時間は永遠のように長く感じられたが、やがてそれは彼の手に包まれた。
(鍵よ…閉まっててくれ…)
シアンはそう心に願ったが…
ガチャ…
その言葉をあざ笑うかのように、ドアノブは回った。そしてドアを軽く押すと、ギギギーというドアが開く音ともに、その微かな隙間からサーシャのいい香りがすぅーっと彼の体を包んでいく。
(か、顔を見るだけだ…)
彼は自分にそう言い聞かせるように、そっと扉を開く。そして素早く、そして静かに部屋に入ると、そのまま音を立てないように扉を閉めた。もはや彼の心臓の高鳴りはいつ倒れてもおかしく無いようにも感じられた。
窓から月明かりが入っている。
シアンはドアの前で立ち止まり、目が暗闇に慣れるのを待つ。
「ん…。」
やがでぼんやりと部屋の様子が、浮かぶ。サーシャが眠るベッドは窓のすぐ横にあるようだ。
「!?」
そのベッドを見つめていると、やがてシアンは自分の目に信じられないものがうっすらと浮かんできた。動機が高まる。血が頭に登ってくる…彼は言葉を発せなかった。
ベッドの上でサーシャが枕を抱きながら、座ってこちらを見ていたのだ。彼女は先ほど下の店で会っていた時と違い、黄金色の美しい髪を下ろしていて、白い絹のワンピースの様なパジャマを着ている。…しばらく無言の時が過ぎる。だがやがて沈黙はサーシャの言葉によって破られた。
「シアンくん…どうしたの?」
彼女は先ほどと同じように優しい声で話しかけてきた。シアンはその場から動けず、ただただサーシャを見つめる。膝が…また震えだした。
「顔が…見たくて…。」
彼はそう必死に声を出した。するとサーシャはゆっくりと顔をもたげると微かに微笑む。
「そう…。でも、夜中に女性の部屋に忍び込むなんて…君は悪い男の子かな?」
サーシャがそう優しく話しかけると、シアンは慌てて弁明を始めた。それはとても聞こえにくい小さな声だったが、最期の言葉だけはサーシャに届いた。
「……ど、どうしても会いたくて。」
シアンは思いの丈をその言葉に込めた。もはや自分に課せられた使命は頭から消えてしまっていた。するとサーシャは肩をすくめて抱きしめていた枕を膝の上に置いた。月明かりに照らされたサーシャの美しく官能的な姿が少年の目に飛び込んでくる。
「私たちは運命の恋人なんでしょ?こんな事する必要あるのかしら?」
サーシャがそう諭すように話すと、シアンは頭下げて自分の両手を強く握りしめた。それは、半分は怒りの感情で半分は物欲しそうな表情にも見て取れる。サーシャは表情を崩さず彼を見ていたが、やがてシアンは声を押し殺すように話し出した。
「あいつが…もうすぐ帰ってくるんだろ?」
シアンは苦しそうにそう漏らした。その男は間違いなく自分よりサーシャの近くに居ることを彼は知っていた。
「それは、アルバの事を言っているのかな?」
サーシャが逆に尋ねると、シアンは激しく首を振った。もちろんその男の名は知っていたが、サーシャの口からその名前を聞きたくなかった。しかも彼女の声が…少し嬉しそうだ。
「そんな名前なんて…聞きたくない。」
「そう…。」
「さ、さっき…サーシャは子供の時に俺が好きだと言った!」
シアンは慌ててしまい大きな声を出してしまった。いくら階が違うといっても、下の店にはまだ人がいる。だが、彼は抑えきれなかった。必死…だった。するとサーシャは、指を唇にそっと添えて、切ない表情を湛えた。
「こんな所…他の人に見つかったら大変よ。」
「ご、ごめんなさい。」
サーシャの窘めの言葉に、彼は素直に謝って再び小さい声に戻る。すると彼女は、先ほどの彼の問いに返事を返した。
「うん…言いましたね。それは本当よ。」
「だったら!」
サーシャの言葉に、シアンが再び叫ぶように言うと彼が一歩足を出した。だが、サーシャはそれを手で制した。彼女の美しく伸びる手に彼はすぐに足を止めた。
「あなたは本当は此処へ何しに来たの?本当の事を言いなさい。私は、嘘をつかれるのは嫌いなんです。」
「…。」
「これは取引よ。あなたが私につくか。紫のお爺さんにつくか…。」
「…!?」
シアンはその事には固く口を噤んだ。それを口にすれば…自分の命がない。彼女がなぜその事を知っているのか…この状況ではそこまでは頭が回らなかった。
「どうしたの?私のことが欲しいんでしょ?」
サーシャはそう話すと、枕を横にそっと置くとベッドのから足を投げ出して自分の頬に手を添えた。ワンピースのような寝間着から彼女の美しく長い足が覗く。
「それとも、坊やはお爺さんと寝たいのかな?」
まるで子供に話しかけるようにサーシャはその言葉を口にした。その言葉は少年の耳にいろいろな意味に聞こえてしまう。だが、子供扱いされていては、それも露と消える。彼はムキになって言い返した。
「俺は…本当のシアンだ!サーシャの運命の恋人だ!」
それはまるで何か根拠のない不毛な叫びにも感じられた。駄々をこねた子供のような言葉だ。
「…それはもう聞いたわ。言いたい事は山ほどあるけど…それはいい。それで?まさか、偶然この店で再会したとは言わせないわよ?」
「…なんで…。」彼は言葉を失う。先ほどの紫の老人の事と言い、サーシャとの再会との事といい、全て自分の企みが暴かれている…そう思わずにはいられなかったからだ。
彼は恐る恐る顔を上げた。
サーシャまでの距離はわずか数メートル。だがその距離が遠のいた気がした。
サーシャはベッドから下ろした足を組み直すと、彼の心を読み取るようにゆっくりと話を続ける。
「私はこれでも教団最高位の司祭よ。あなたのバックにいる人たちは、なんとなく見当がついてる。」
サーシャがそうゆっくりと話すとシアンは、再びオドオドし出した。だが、サーシャは自らの胸元に指をおきながら、彼の目をまっすぐに見つめる。すると、シアンは再び顔を下げゆっくりと口を開いた。
「お、俺は…」
「うん、何?」
「俺は…ずっと、一人で生きてきた。」
それは絞り出すような声だった。サーシャは、静かに次の言葉を待つ。彼はすぐに話し始めた。
「記憶を無くしていたのは…本当だ。自分が何者かさえ、ずっと分からなかった…。」
「まぁ…、それは本当だったのね。わかったわ。私はシアンくんを信じる。」
サーシャはそう話すと、ゆっくりとベッドから立ち上がった。シアンはその様子に体がビクッと反応した。暗闇にすっかり慣れた目は、月明かりも手伝いサーシャの美しいカラダを如実に浮かび上がらせていた。
「それで?」
「…。」
「記憶をなくした貴方が、なぜ自分がシアンだと気付いたの?」
サーシャはそう話すと、ゆっくりとシアンに近づいてくる。彼は、ただただ黙っていたが答えない自分に彼女は再び足を止めた。すると、彼は慌てて彼女の問いに答え始めた。
「ある日…変な老人が訪ねてきたんだ。」
「…それは、白いひげを伸ばした紫の服を着たお爺ちゃんかな?」
サーシャがそう問いかけると、シアンは慌てて目を見開いた。彼の動向が激しく揺れる。サーシャはその目を睨むように再び一歩踏み出した。
「な、なんで…。」
「それはいいから、先を続けなさい。」
サーシャは驚いた顔を見せたシアンを、無視してそのまま話を続けさせた。だが、シアンはそこから口篭る。話したいのに…話せない。するとサーシャが、手が届く位置にまで近づいてきた。
「あ、ああ…。」彼は、両手を何かに取り憑かれたようにサーシャに向ける。だが彼女は、小さく首を擡げ
「私は、さっきシアンくんを信じると言った。もう、私の信頼を裏切るの?」
と真面目な顔で彼に問う。すると、ピタッと彼の手は動きを止めた。だが、何かが頭の中と心の中を蠢いているのを感じる…。次の瞬間サーシャはシアンの手を取った。
「余計なことは考えてはダメ。私を見なさい。どんなに邪な考えでも、欲望でもいいわ。私の事で頭をいっぱいにするの。」
サーシャがそう話すと、シアンの頭が小さく揺れる。だが、必死に何かに耐えた彼は再び口を開いた。
「そしたら、その爺さんは自分の事を神の使いだと言った。神様と心を通じ合っていると。」
「神様…ね。」
サーシャは彼の手を指でなぞりながらそう答えた。シアンは自分の頭の中がサーシャでいっぱいになっていくのを感じる。だがそれを感じるとったサーシャは優しく手を離した。すると一気にシアンの心が落ちていく。だが、彼は必死にサーシャを感じ、再び口を開く。そこからは、言葉が止まらなかった。
「そして、こう言ったんだ。「君は、剣聖の血を引く英雄だと」…そして、記憶を消されたのはお前を気に入らない悪い男がいたからだと…。」
「なるほど。それで?」
「その爺さんは、必死に僕の消された過去を教えてくれた。そして、この立派な剣をくれて…。サーシャという美しい女をおまえの手に取り戻してこい…と。」
「消された…過去…か。それで貴方はそのお爺さんと会ったのは一度きり?」
「いや。爺さんは何度も家に来て俺の過去を繰り返し教えてくれた。」
「他の人はこなかった?そのお爺さん以外の人。」
「時折、見慣れぬ老人や老婆もきた…。赤や黄色の派手な服を着てた。あとは…一度だけ白い法衣を着た剣士みたいな人も…」
「その白い法衣の剣士…。なにか数字が書いてなかったかしら?」
「あ、あった。お、覚えてる…。20…だった…。」
「20…。」
サーシャはその数字を脳裏に刻む。それは、間違いなく教団の守り神でサーシャの傘下であるはずの聖騎士だ。それでこのシアンと名乗る少年の頭に聖地の内部が宿っていることに説明がついた。
シアンはそこまで話すと、もはや気持ちの高ぶりが抑えられるギリギリまで追い詰められていた。目が血走り、サーシャに触れたくて触れたくて足がガクガク震えだす。
だが、それを見たサーシャは「動かないで。」と、言い残すとそのまま彼に背をむけて、ベッドに戻っていく。シアンはその後ろ姿にむけて心の内を全部さらけ出した。
「でも…でも!本当に記憶は蘇ってきたんだ!だから、さっき店でサーシャに話した事は本当なんだ!僕はシアンなんだ!」
シアンは再びそう声を荒げた。そして何も話さないサーシャに向けて尚も叫ぶ。
「俺は、サーシャを見て心臓の高鳴りが抑えられなかった。もう居ても立っても要られなくなった!これって…これって騎士と聖女の証だろ!サーシャ!お前は俺の聖女だ!」
シアンがそう叫び終わると、サーシャはベッドの上に置いてあった巨大なものをいきなり、シアンの前に投げた。
ガキィーーン!!
と、床に重量感のある鋼の音が鳴り響く。シアンが呆気にとられてそれを見ると、それは巨大な黒い剣だった。サーシャはベッドへゆったりと腰を降ろすと、彼を見定めるように話し始めた。
「シアンくん。あなたが私の騎士だと言い張るのなら、その剣を抜いてみなさい。それは正真正銘、500年前を生きた剣聖の黒剣よ。女神の騎士は、世界でただ一人この剣を抜けるの。」
サーシャは、威厳のある言葉でそう言い放った。
「な、なんだ、これ…」
シアンはその初めて見る黒剣の迫力に、後ずさる。とてつもない不気味な何かが漂っていると感じられたからだ。本能のようなものが、その剣に近づくことを拒否している。
だが動けないシアンを見て、サーシャはさらに言葉を続ける。
「どうしたの?これしきの事で怖気付くなんて、私の騎士には向かないわ。」
「ぬ、抜けたら…抜けたら、俺の聖女になるんだな?」
「…いいわよ。」
「いいのか?抜けたら、俺はすぐにサーシャを俺のものにするぞ?約束を守れよ?」
シアンのその何度も確認してくる言葉に、サーシャは小さなため息を漏らした。そして無表情で、彼が欲している言葉を口にする。
「わかったわ。もし本当に抜けたら…好きなだけ私を抱かせてあげる。」
サーシャがはっきりそう明言すると、シアンは慌ててその黒剣に飛びかかった。だが近づくにつれ激しいプレッシャーが彼を襲う。だが、シアンは必死に歯をくしばりなんとか黒剣に手をかけた。
「こ、こんなもの!!」
シアンは必死にその黒剣の柄に手をかけたが、剣を抜くどころか、その巨大な剣を持ち上げることもできない。心が蝕まれていき、存在すらあやふやなモノへと変化していく。
「ぐぐぐっ…」
すべての力を使ってようやく剣は斜めに持ち上がる。「く、くそっ!」シアンは、なんとか右手で剣の柄を握りしめ必死に引き抜こうとした。だが、この剣はビクともせず全く抜ける気配がなかった。
「…あきらめなさい。」
サーシャが冷たくそう言うが、シアンは体勢を必死に変えなんとか抜こうと心みる。だが、やはり抜けなかった。やがて、ついに力つきたシアンは、その剣を叩きながら床に崩れ落ちた。
「うう…っ、なんで…」
シアンは色々な意味で悔しくて、涙をこぼし始めた、彼の涙が床に落ちる音が部屋に小さく響く。
自分は間違えなくシアンのはずだった。記憶はない…だがあの老人の言葉を何度も聞くうちに、自分の過去が頭に浮かびやがてそれは自分の心へストンと落ちた。そして、会うたびに聞かされたサーシャのこと…その全てがこの剣を抜けなかった…ただそれだけの為に、崩れ去った。
サーシャは、そんな気落ちした彼を見つめる。
「…あなたには同情はするわ。」
サーシャが憐れむようにそう話すと、急にシアンがこちらに目を向けた。そして彼の視線がサーシャの美しく長い足に向けられた。
「サーシャは俺のものだ!!」
シアンはいきなりそういきり立つと、サーシャに飛びかかった。頭が真っ白になる。なにも考えられない。黒くドロドロしたものが頭と体が支配されていく。シアンは当然、サーシャの激しい抵抗を予想した。彼女は、神の力を使える。それも…自分は知っている。殺されるかもしれない。
だが、気がつくとシアンはベッドの上で、サーシャの両手を押さえつけ、彼女に馬乗りになって押し倒していた。驚いたことに彼女からの抵抗はなかった。目の前に…待ち望んだサーシャの美しい瞳が暗闇の中でもはっきりと見える。彼女の息遣いまで感じられる距離…。だが、サーシャの顔に…感情が…ない。それは、まるで教会にあるモノ言わぬ女神像のようだ。
「どうしたの?」
やがてサーシャは、なにも言わないその少年に向けて口を開いた。だがシアンは、息遣いだけが荒いだけで動こうとしない。言葉も…出ない。
ただ、ドロドロとした黒い何かが腸を巡っている。
2人の間の緊張は張りつめたままだ。何かが弾け飛べば、いつでもその時はくる…シアンはそう覚悟していた。だが、この状況は如何な子供のシアンでも不可解だった。
「サーシャ…。なんで…?」
彼の言葉は明らかに震えていた。
「なんでって…。シアンくん、あなたがこうしたかったんでしょ?」
サーシャは、表情ひとつ変えずにそう呟く。
「サーシャなら…いつでも俺を殺せたはずだ。」
「…そうね。今でも一瞬であなたの命を奪えるわ。」
シアンは、その言葉に微かに唇が震えた。
「じゃ…なんで…そうしない…?」
「私もあなたを利用した。その報いは受けるわ。」
サーシャは、その言葉をハッキリと言った。だが、シアンの体はやはり動かない。…何かが、体を登ってきている…彼は、今にも吐き出しそうな気分に襲われた。頭が、グァングァンと激しい頭痛に襲われる。
「どうしたの?好きにしていいのよ?」
ついにサーシャは、彼の逃げ道を奪う言葉を告げた。甘い言葉だけでなく、彼女の吐息も彼に届く。白い清廉な寝巻きは乱れ彼女の美しい肌が覗く。そして、彼女を押さえつけていた手をサーシャは指でなぞる。
彼のなにかが、崩れおちた…。
サーシャの瞳しか目に入らない距離まで
顔がおちていく…。
と、その瞬間、
「シアン!頭を下げて!!」
突然サーシャの声が響き渡る。
その声で我にかえったシアンは慌てて、一瞬動きが止まる。すると彼女は、彼の手を振りほどくとそのまま左手で彼の首に手を回しそのまま彼を強く抱きしめ、もう一方の手でベッドの上に隠されていた白と黄金色のレイピアを素早く、手にとる。
「な、なにっ!?」
シアンが彼女の黄金色の髪に顔を埋めながら叫ぶと、サーシャは手に取ったレイピアを彼の頭の上ギリギリに突き刺した。
「きぎゃぁーーーーーー!!」
部屋にまるで、怨霊の嘆きのような声が響き渡る。低音と高音が入り混じったこの世のものとは思えない恐ろしい雄叫びだった。
「シアン!さがってなさい!」
サーシャはそう叫ぶと、自分に抱きついていた彼をベッドの横に転がし、そのまま剣をかかげこの部屋に陣取る「何か」に斬りかかった。その時、彼は信じられないものを見た。
サーシャが、斬りかかっていたもの…
それは白く宙に浮かび、実体のあるのか無いのか、姿が浮かんでは消え、そしてまた浮かぶ、まるでおとぎ話のゴーストのよう物体だっだ。
だが、そのゴーストはサーシャの剣で、割かれもがき苦しんでいる。サーシャはそのゴーストがうまく動けない事を確認すると、必死に何かを呟いている。それは、この世界中で唯一無二の彼女の力、神 だ。やがて、その彼女のつぶやきとともにこの部屋が清廉な白い何かに包まれる。
「う…うう。」
シアンは思わず声を漏らす。彼の体がドロドロしたものが消えていく。そして、なにかぼやけていた視界が清らかに晴れていく…。ふと、サーシャに目を向けると彼女はその得体の知れない不気味な物体に、レイピアという細い剣を突きつけていた。
「やっと、お会いできましたね。お爺さん…。」
サーシャは、ニンマリとその物体を見下ろしながらそう漏らした。
「グゴゴゴー…」
その物体は、姿をグルグル変えようと藻がいていたがやがてそれが無駄だと悟ったのか動かなくなる。そして白い物体が怪しく蠢き、変化していく。やがてその姿は、遠くで見つめるシアンにもわかるほど具現化してきた。
それは赤い法衣を羽織った一人の老人だった。
「赤か…。残念だわ。さしずめ、貴方のお名前は…フィルファさんかしら?」
サーシャは剣を突きつけながら、そう話しかけた。するとその老人はサーシャを見上げながら、人の言葉を口にした。
「ぐくくく…。現代の女神よ。よくぞ気付いたものだ…」
その声はまるで地獄から湧き上がるほど低く、その場に振動で響いているように感じられた。
「人は誰しも欲望を抱えて生きている。でも流石に一人の人間が2つも同じ欲望を抱えるなんてありえないわ。」
「ぐははっ!」
そのフィルファと呼ばれた老人は、彼女の言葉に不気味に笑い声をあげた。サーシャはそれでも微動だにしないでその老人を見据える。
「女神よ。おまえはその坊やをダシに使ったんじゃな…。なかなかやるよる。気に入ったわい。」
「シアンくんの想いはまっすぐ。彼一人なら抑えられたわ。それは普通の欲望だもの。でも、あなたのは違う。私を汚そうとしたのは…彼ではなく貴様だ!フィルファ!」
「ぐははっ!流石に500年も生きとると、愛と情かいうもんは枯れ果てる。綺麗事などなんの意味ももたん。」
「ふふ。欲望だけで生きるあなた方の方が間抜けに見えますわ。子供みたい。」
「それは当たっておる。年をとると、皆子供に戻る。さてさて、儂は戻らねばいかん。おまえの乳を吸えなかった事がだけが心残りじゃがの。ぐははっ!」
「…あんたは、赤ちゃんか!」
「言うたじゃろ?人は年をとると、子供に戻ると…。」
「戻りすぎよ!…この部屋には結界を張った。逃げれないわよ?」
「ぐははっ!おまえの力などそれこそ赤子のようじゃ。ファティの力があれば、こんなもの造作もない。」
フィルファはそう話すとそのまま空中に浮かびあがった。
「ファ、ファティ!?」
サーシャは目を見開いて驚きの声を上げる。それはここに自分を遥かに上回る、強大な力が訪れたことを意味していたからだ。
「ぐははっ!さらばじゃ、美しき女神よ!次こそは楽しもうぞ!ぐははっ!」
その老人、フィルファはそう言い残すとまるで天に昇っていくか如く、スゥーっと姿をくらましていった。
シアンはそのこの世の出来事とは思えないその事態に、ただただ唖然として、ベッドの上で座っていた。サーシャは、その老人が消えていった天井を暫く見据えていたが、気配が無くなった事を感じ取ると、彼女は振り返って彼に目をやった。
「シアンくん…大丈夫?」
「あ、ああ…。でも…今のは…?」
「シアンくんは関わりを持ってはダメです。今日の事は全て忘れるのです。悪い夢を見た…と。わかりましたか?」
サーシャは真剣な顔でそう彼に話すと、シアンは震えながら小さく頷いた。その様子を見た彼女は、にっこりと微笑むとそっとベッドに座る彼の横に腰を下ろす。
「ごめんなさいね。怖い想いをさせてしまいました。」
サーシャは彼の顔を覗き込むように顔を擡げるとそう素直に謝った。
「いや。俺もサーシャに酷い事をした。おあいこです…。」
「いえいえ。私たちが寄ってたかってそう仕向けたんです。本当にごめんなさい。」
サーシャが申し訳なさそうにそう謝ると、シアンは「あっ!」と納得するように、サーシャを見返した。
「じゃ…。歌手の人とか、サーシャが急に色っぽくなったのって…」
「はい…。ウチの作戦隊長は、ハニートラップがお好きなの。一番短期間で一番効果をを発揮するって…。」
「ハニートラップ…か。あはは、なるほど…なんとなく意味はわかるよ。…なんか自分がダメ人間になってしまった気分だけど。」
シアンがそう頭を下げて自嘲ぎみに笑うと、サーシャは慌てて、手を振ってそれを否定した。
「シアンくんは悪くないわ。世界中の殿方が引っかかるんだから。それにね、悪いのは私たち。あのお爺さんが言ってたように私たちは、あいつらを引きずり出すために君を使ったの。」
「うん。なんとなくわかるよ。でも、サーシャがそれをするのはズルいな。誰でも騙されちゃうよ…。」
「本当にごめんなさい。私は男性ではないので分かりませんが…苦しかったでしょう?」
サーシャがバツが悪そうにそう尋ねると、シアンは大きなため息を漏らし、恥ずかしそうに腕組みをして答える。
「えっと…正直言えば、倒れちゃいそうでした。」
「まぁ…。」
サーシャはその切なそうな声に、思わず口に手をあてて微笑む。シアンも大きく笑い、ようやく本当の笑顔をサーシャに見せた。
「でも、もうちょっとだけ夢みたかったなぁ。…爺ちゃん出てくるのがちょっと早かったんだよなぁ…。」
シアンが本気とも冗談ともつかない言葉を言うと、サーシャは彼のすぐ横で小さく笑う。
「ふふ。シアンくんは何を夢みてたんですか?」
サーシャが意地悪そうな顔を浮かべてそう尋ねると、彼は肩を竦めて両手を軽くあげて戯けた。
「キス…かな。なんか出来そうだったし…。」
「あは。そういう事は大好きな女性としてください。」
「う〜ん。サーシャは誤解してるかもしれないけど、俺はずっとサーシャの事を好きだったんだけど?それは本当に。」
「ふふ。今日、初めて会ったのにですか?」
「だって、ずっと爺さんたちに言われ続けてきたかんな。」
シアンはそう言って天井を見上げた。彼はずっと謎の老人たちに、お前こそがサーシャの正当な騎士だと言われ続けていた。彼にしてみれば、それは仕方がなかった事かもしれない。そして彼はそのままの体勢で
「さっきに戻りたい…」と、無意識にそう口ずさんでいた。
「ふふ。ゴメンと謝ったり、欲しがったり。あなたのお心はどこにあるのかしら?」
サーシャは小さい子供の様に駄々を捏ねる目の前に少年に、呆れたように見返した。するとシアンは姿勢を正して、シャッキと顔を引き締めると
「さっきのはいけない事です。好きな人に絶対してはいけない!分かってるんです。分かるんですけど…戻りたいもんは戻りたい!っていうのも本音です!」
と、うんうん何度も頷きながら真面目に言った。だがその物言いが、なぜかサーシャにはとても可笑しく感じられて笑みがこぼれる。そんな彼女を見てシアンは「笑うとこじゃないから!」と顔を顰めると、彼女はそっと彼の腕に手を添えて、
「じゃ、戻りますか?」
と言い、優しい微笑みを湛えながらベッドにそのまま寝転がった。
「へ?」
シアンは口をあんぐりと開けて女神の突然の行動に目を丸くする。するとサーシャは「えっと…こうでしたっけ?」と手を上にあげてベットに添えた。それはまさに先ほど自分が彼女を押し倒していた時と格好と同じだ。だがあの時と違うのは、サーシャの表情だ。先ほどは無表情で能面のようだったが、今は微かに笑みを浮かべている。
「ちょ…。」シアンは顔を真っ赤にして驚きの声を漏らす。手を上にあげて自分の真横に寝転がる女神は、どうにも魅力的だった。
「どうしたの?押さえつけないの?」
「ど、いや、いきなり何?」
シアンが言葉にならない疑問を口にすると、サーシャは申し訳なさそうに
「あなたをいっぱい苦しめてしまいましたので、罪滅ぼしです。私も一応、女なので…想いを遂げれば楽になりますよ、きっと。」
と憂いのある顔で優しく話す。シアンの体にぞわぞわとした感覚が全身を巡るが、先ほどのようなドロドロしたものはない。あれはやはり老人のものだったのだろう。
「えっと…」
「切ないのは、私も同じですよ…」
「せ、切ないって…」
「彼がいない時に、好きだと言って押し倒すなんて…」
「え?え?え?」
「ずるい人…」
「…」
「来てくれないのですか…?」
サーシャはうっとりするような表情でそう言うと、にっこりと微笑む。シアンは思わずサーシャの方へ体を向けたが、なにかを思い返したのかやがて
「もう、騙されません!!」
と、顔を赤くして大声で叫んだ。
「ふふ。あはは…。」
すると、サーシャもベッドの上でケタケタとお腹を抱えて笑いだす。その様子を呆れ返った顔で見ていたシアンは、
「サーシャはいったい何がしたいんだよ!」
と口を尖らせて文句を言った。するとサーシャは体を起こして、目を指で押さえながら必死に笑い涙を抑えた。
「あはは。だってね、バイシャリさんがシアンくんは絶対に手を出してこないって言い張るですもの。ちょっと悔しくて実験してみました。」
「…サーシャも人が悪いな。」
「そうね。それは認めます。でも、私も必死に誘惑したのに…。よく引っかかりませんでしたね。どこが…ダメでした?」
「し、知らないよ…。」
「やっぱり、細いと女性の魅力も半減するのかしら…。」
「それ以上、魅力的になって何するつもりだよ!」
「これでも騎士様を毎晩誘惑しなければいけないので…大変なんです。でも、悔しいです。」
「つーか、悔しいってなんだよ!」
「引っかかってくれなかったら、私に魅力がないって事ですもの。悔しいじゃないですか!」
「だからって、抱きついたら怒るんだろ?」
「はい。今度こそ引っ叩きます!」
サーシャはそう話すと小さく舌を出した。シアンは、その様子にもはや言うことがなくなり、顔をしかめながら首を小さく左右に振る。するとサーシャは、彼の肩に手を置いて
「でもよく我慢なさいました。そんな貴方に細やかですがご褒美です。」
と言うと、彼の顔に黄金色の髪が触れ、やがてとても柔らかく潤ったものが彼の頬を濡らした。
それは、彼に対する女神なりの精一杯なプレゼントだった。
「ねぇ、サーシャ。本当のシアンのこと、教えて欲しいんだけど…」
彼女からプレゼントを貰ったシアンは、上機嫌でふとそうサーシャに尋ねた。彼はとっくに自分が女神の騎士ではないことに納得していたが、彼女の心を染めた本物のシアンの事はとても気になった。
2人はベッドの上で足を投げ出して並んでいたが、サーシャは勿論、シアンも落ち着いている。
「ふふ。聞きたいんですか?」
「ああ。と、いうか今の騎士様の名前はシアンじゃなかったよな?」
「はい。今の騎士様はアルバです。ちょっとややっこしいのですけど…シアンとアルバは同一人物なんです。アルバの子供の頃の名が、シアンって思ってくれればいいですよ。」
サーシャは、なにか照れ臭そうにそう説明した。その事を事細かに説明し出すと、朝までかかってしまう上、自分が泣いてしまう。その為、彼女は簡潔にそう応えた。
「なるほど…それじゃ俺がどんだけシアンだと言い張っても意味がなかった訳か…。」
「そうですね。でも、私、最初あなたがその話をし始めた時、すごく怒っていたんですよ?気づきました?」
「う〜ん。あんまり…。でも、どうして?」
「だって、師匠との思い出は私の宝物ですもの。」
「そうか…つーか、師匠ってなに?」
「あ、私は彼の事をシアンなんてほとんど呼んだことがないの。私はいつも彼を師匠って呼んで、毎日追っかけてたの。」
「そういうことね…」
「最初ね。貴方が私の大切な思い出をダシにして、私を騙そうとしてるって思ってたから…。」
「それで怒ってたのか…。」
「うん。だから、私の過去を知っている親友にわざわざここに来て貰ったの。一緒に懲らしめてもらおうかと思って。ほら、わたし暫くお出かけしてたでしょ?」
サーシャはそう話すと、シアンは「ああ!」と納得する。彼女は自分と軽く話してから、すぐに居なくなり真夜中まで帰って来なかった。
「後で会わせてあげますからね。」
サーシャはそう言ってにっこりと微笑むと本物のシアンの話をし始めた。シアンが突然聖騎士に連れられてやってきたこと、そして最初は父親にサーシャの兄だと嘘つかれたこと、彼といるといつもキャーキャー言っていた事を嬉しそうに話した。そして一通り話すと、シアンが自分に話してくれたくだりを説明する。
「貴方は、自分で飴玉が好きと言ったでしょう?」
「うん。そのお菓子屋さんに沢山通った…って聞かされた。」
シアンがそう話すと、サーシャは苦笑いを浮かべた。
「師匠は、飴玉が嫌いなの。前に喉に詰まらせたことがあってね。でもあの店で、師匠が飴玉をよく買っていたのは本当よ。」
「な、なんで?」
「ふふ。いちじくの飴玉が好きだったのは…私よ。師匠じゃないの。師匠は必死に教会のお手伝いをして貯めたお金で、私に飴玉をプレゼントしてくれたの。私、そのプレゼントが嬉しくて毎週心待ちにしてたのよ。」
サーシャが昔を懐かしむように嬉しそうに話すと、彼はバツが悪そうに肩をすくめた。
「なんだ…。やっぱり俺の記憶は作られたものだったのか…。」
「う〜ん。というか、おそらくあのお爺さんの仲間は、師匠があのお店でいちじくの飴玉を買うのをよく見かけていたんでしょうね。だけどそこだけしか見てないから、「シアンは飴玉が好き」と思い込んで、君に伝えたのかな…。」
サーシャのそう説明するとなんとも切なそうな顔をした。それは、彼女が昔を思い出していただけなのだが、シアンはその理由がわからず、じっとサーシャを心配そうに見つめる。
だが、サーシャは何かに気づいたように顔をあげてシアンに話しかける。
「そういえば…シアンくんは、急に話し方が普通になりましたね。最初は俺様だったのに。」
「あ、ああ。ゴメン、あれは演技。そうやれって爺さんに言われたんだ。」
シアンはもはや隠すことがなくなり素直にそう話した。
「ふふ。そうなんですね…。あなたは、そのお爺さんに私のことはどう聴いてたの?」
「う〜ん。綺麗で優しくて、最高にいい女の子だって言ってたかな。おまえがシアンだと分かれば何でも言うことを聞くからって。」
「あは。最後のは、言い得て妙ですね。」
「本物のシアンだったら、だけど。」
シアンはそう言うと、頬を指で掻いて少し寂しそうな表情を浮かべた。サーシャはそんな彼を見て背中を優しくさすりながら「ごめんね。」と小さく謝るが、シアンはすぐに首を振ってサーシャを見直すとそのまま話を続けた。
「それでさ。サーシャは今、悪い男に騙されているから救い出せって。ただ、そいつは悪魔のように強いからそいつとは極力関わらず、隙を見てサーシャと会えって。おまえがシアンと名乗れば必ず会ってくれるからって。」
「まぁ…お爺さんの作戦って、意外と雑ね…。」
サーシャはその話を聞いて思わず苦笑いを浮かべた。シアンもなにか遠くを見るように小さく頷いた。
「それで最終的にはどうする予定だったの?」
「うん。サーシャを、自分のものしてこい…かな。でも…薄々感ずいてはいたんだけど…恐らくはサーシャとアルバさんの間を壊そうとしてた…のかな。今、考えると。」
「なるほど。それなら少しわかります。私の騎士様はやきもち焼きだから…。その作戦は有効かも。」
「え?アルバって人はヤキモチ焼くんだ。なんか凄い英雄みたいな奴じゃないっけ?」
「ふふ。勿論、私の騎士様はすごいわよ。私にとっては彼の全てが世界一なの。でも、可愛いくらい甘えん坊でヤキモチ焼き。ある意味、シアンくんより子供の時もあるわよ。」
そう話すサーシャの周りには、キラキラしたものが見えてシアンは面食らった。彼女が如何に彼のことが好きか。よく分かる。彼の話をしているサーシャは、声も表情も先ほどとは大違いだ。
「それじゃ…。絶対、今夜の話はできないな…。」
シアンが呆れたようにそう漏らしたが、サーシャの返事は意外だった。
「ふふ。私は今日の事も、しっかり彼に話すわよ。包み隠さず。」
「えっ!?俺、殺されない?」
シアンが驚いて声を上げると、サーシャは首を横に振った。
「あは。騎士様はそんな小さい男じゃありませんよ。それに貴方は殺されるどころか、関心されると思います。あれだけ、寄ってたかって誘惑したのに、耐えたんですから。」
「…そうなんだ。」
「でも、私はきっと怒られます。」
「え?大丈夫なの?」
「はい。一晩中、謝れば許してくれます。次の日にいっぱい甘えさせてあげて、その次の日にいっぱい甘えれば、元どおりです。」
サーシャはその言葉を案外真面目な顔で、シアンに言った。
「え?サーシャも甘えるの?教団最高位の司祭が?」
「はい。世界中の信者から崇められてしまっている私でも、彼の前では我がまで甘えん坊な何処にでもいる女の子なんですよ。」
サーシャはそう言うと、すくっとベッドから立ち上がった。シアンが怪訝そうに彼女を見上げるとサーシャは
「さぁ、みんなの所に行きましょう。私のお友達は妄想好きが多いので、大変なことになっていると思いますが。」
と言って、苦笑いを浮かべた。




