クリスとシアン
ロフテン国の秘密警察に囚われの身となったアルバは、その後も様々な取調官に散々尋問を受けた後、夜になると地下にある独房に放り込まれた。
「おとなしくしていることだ。手間を掛けさせるなよ。」
アルバを連行してきた男はそう言い残し、牢に鍵をかけた。
「いてて。無茶するな…。」
アルバは、ようやく一人になるととりあえず全身の傷を確かめる。次から次とやって来た取調官は、すべてが無表情に暴力を振るって来たため、アルバは体が傷だらけだった。ただ、アルバは「意志の力」という魔法のような不思議な力を使える為、骨折などの重傷は追わなくて済む。このオーラはその力で身を守ることも可能なようだ。
「しかし…狭いな…。」
傷の確認が終わると改めて、彼は牢全体を見渡す。人がやっと寝られるほどの大きさで、奥に穴が空いているスペースがあった。(これは中々劣悪な環境だ…)アルバはその穴をそっと覗いてみるが深くて何も見えない。ただその臭いの強烈さからトイレであることが間違えなさそうだ。目の前は鉄格子が固くはめられていて、大きな錠がついている。おそらくアルバの意志の力を使えば、簡単に破壊できそうだがとりあえずは、あたりを伺ってみることにした。なにせ、今回は敵の情報集めが先だ。
「う〜ん、抜けるかな。」アルバは鉄格子と鉄格子の隙間から顔を出してみる。鉄の錆びが首について痛かったが、彼は頭が小さいのでなんとかその隙間から顔を出すことができた。
(意外と広いな…)
アルバはキョロキョロと見渡すが、どうやらここの牢の看守は常駐していないようだ。その場所は、長い通路の周りにいくつもの独房があって、遠慮気味にとりつけたロウソクの明かりだけが灯っている。
アルバは一度、頭を牢の中に戻して、頭の中で数を数え始める。それとともにこの空間の大きさや牢の配置などを頭で覚え始めた。空間を立体的に捉えながらこの場所をトレースしてく。この方法は、ロハン城で紹介されたフィルファ幻影騎士団で、バリバリの諜報部員ジョセという男から教えてもらった事だ。アルバは彼をロンドという国で、仲間のベルトランとともに助けけた事があった。その事で知り合いになって、いろいろ彼から諜報の話を聞いていたのだ。
ガン!!
やがて大きな鍵があく音がする。すると、ダッダッと足音がして、ランプを持った見回りがやってきた。アルバは、慌てて寝転がり狸寝入りを決め込む。アルバは薄目をあけてその様子を見ていたが、どうやら看守は一つ一つの牢屋の中を確認しているようだ。やがて、アルバの牢屋にもその男はやってきた。ご丁寧に鎧を着ていて、腰には剣も差している。だが後々の事を考えると、それは彼にとっては好都合だ。
しばらくして、看守は牢が集まるこの空間を出て行ったがアルバは、その看守の行動でこの牢の中に10人が収容されていることがわかった。先ほどアルバが顔を出して確認した牢の数は全部で18。8つは空だということだ。アルバは看守が戻ってこないことを確認すると試しに、声をあげてみた。勿論、共に侵入した彼がいるかどうかが気になった。
「コプラさん?」
アルバが小声でそう話すと、向かいの牢からゴソゴソ音がしだす。アルバが慌てて鉄格子に顔をつけると、向かい側の牢にコプラの顔が暗闇に浮かんだ。彼も顔に怪我を負っていたが、表情を見る限り元気そうだ。
「ハハ!男前があがったな、コプラさん!」
「ばかやろう!とんでもない目にあったぞ!」
アルバの言葉に、コプラも小声で思い切り文句を言う。アルバは、苦笑いを浮かべながら彼と情報交換をしだした。どうやら彼も散々暴力を振るわれたらしいが、何も知らない只の用心棒で押し通したらしかった。
「おまえよぉ、これじゃ金貨1枚じゃ割にあわないぜ!」
「はは、ウチの金庫番はケチだから勘弁してくれ。」
一通り情報交換が終わるとアルバとコプラはそれとなく冗談をを続けていた。コプラは流石に傭兵らしく、この事態にもへこたれていない。なにせ傭兵は、世界各地の戦地を巡り、野宿や過酷な状況などザラにある。
「新入りさんたち!うるさいよ!」
と、他の牢からいきなり声がした。声がだいぶ不機嫌なところを見るとどうやら他の牢に囚われている男を起こしてしまったようだ。「すいません。」アルバが小声でそう謝ると
「まったく。ここでは寝るときだけが安らぎなのに!うるさいんだよ!冗談じゃない、あーーもーーイライラする!なんで僕がこんな目に!」
そう不満たっぷりに文句を言う男に、アルバは「ん?」となった。どこかで聞き覚えのある声だったからだ。「どうしたんだ?」向かいの牢に入るコプラは、押し黙ったアルバを見て不思議そうに尋ねてきたが、アルバは手を出してそれを制した。
(この声…だれだっけ?)アルバは記憶をめぐらせ思い出そうとしたが中々、頭に浮かんでこない。ただ、なにか印象的に残っている声だということは確かだ。
「女の子もいないし〜。あー、生きてもう一度サーシャさんに会いたい…会いたい…チューしたい…」
「ん?」アルバはその間抜けな呟きを聞き逃さなかった。やがてある男の顔が朧げに浮かんでくる。彼は慌ててすぐに鉄格子に顔をつけると
「クリスさん!?」
と、驚いた声で尋ねた。その言い方と声…アルバはようやく思い出したのだ。それはロハンの支配下である港町「ベニア」で出会い、イスト国まで船で一緒に旅した修道士クリスに間違いがない。
「え?え?もしかして…アルバくん!?」
クリスも思わずそう大声をあげた。
「そうだ!というか、なんでこんな場所に?」
「うわぁーーん!!良かった!助かった!」
クリスはアルバの問いには答えずに、アルバがここに来たことに感激しそのまま大泣きをはじめてしまった。彼にしてみれば、アルバは恋敵ではあったが最強の知り合いでもある。なにせアルバは、恐ろしいエディアの近衛兵数千を数人の仲間とともに、軽々と打ち倒した化け物であることを知っている。こんな軍でも化け物でもない秘密警察など相手になるはずがない。アルバは場所をわきまえず泣き叫ぶクリスを諭すように話し続ける。看守が気付いてしまっては面倒だ。
「クリスさん。ちゃんと助けるから、落ち着いてくれ。」
「うわぁーーん、うわぁーーん」
だが、彼はよほど恐ろしい目にあったのか、心細かったのかアルバの懐かしい声を聞くとそのまま泣き止まない。アルバは困り果てたが、あることを思い出し諭すように優しく話しかけた。
「クリスさん。サーシャも近くに来ている。そんな泣き顔で会うつもりかい?」
そう必殺の一言を言うと、クリスはまるで子供用にピタッと泣きやんだ。あの旅から時間は経っていたが、クリスにとってサーシャは今でも恋い焦がれる女性のようだった。その様子を見ていた傭兵のコプラは、呆れたように「なんだよ…この泣き虫やろーは!情けねーな…。」とつぶやいたがアルバは、まぁまぁと手でジェスチャーして彼の言葉を制した。
「俺たちは同志だ!仲良くやろう!」
アルバはなんとも微妙な顔でそう言い放った。それは勿論、3人ともサーシャにベタ惚れしているという、何とも締まらない同志ということだったが。
その頃、「ソンガーの宴」という店で歌手のバイシャリと話し込んでいたサーシャだったが、やがてバイシャリが歌を披露する時間がくると、そのまま店主の厨房の前にあるカウンターへと移動した。話の流れで、バイシャリは女神サーシャの恋の相談相手として襲名していてしまい、サーシャは結局洗いざらいアルバへの思いを切々と語ってしまっていた。
(話しすぎたかな…)サーシャは少し熱く語ってしまった事を申し訳なく思っていた。親友のサカテなどはもう耳にタコができているのか、最近は新しい出来事がないと話も聞いてくれない。だが知り合ったばかりのバイシャリは、長々と付き合ってくれ、久しぶりに思い切りアルバの事を話せた彼女はすっきりしていたのも事実だった。
「いやぁ、貴女みたいな綺麗な人でも恋に悩むんだねぇ〜」
2人の会話を時折盗み疑義していたのか、店主のパルマは目の前のカウンターに座るサーシャにそう声をかけた。
「まぁ…、パルマさんまでやめてください。」
「綺麗だぁ、可愛いダァは聞き飽きてるか!」
「そういうのを意地悪というのです。」
サーシャは美しい顔を大きく歪めて文句を言った。彼女はアルバと逢ったばかりとは違い、喜怒哀楽が顔にしっかりと出るようになっていた。それがまた親しみが出てしまい、彼女の人気に拍車がかかることになってしまっていた。
「あんたみたいな美人だと彼は大変だな。」
「もう、本当にやめてください。彼は、私の全てなんですから。」
「くぅー!一度でいいから、あんたみたいなベッピンさんに言われてみテェ!」
「果樹酒ご馳走していただけたら、何度でも言ってあげますよ?」
「カカッ!もう嘘でもいいや。言って!言って!」
「まぁ…。パルマさんも意外とチャラいんですね…。」
サーシャは店主の言葉にそう苦笑して話す。この店主は、さすが客商売だけあって話がうまい。サーシャは、アルバがいない間の話し相手としては最適だわっと思わず笑みがこぼれた。と、
「となり、いいか?」
サーシャがパルマとくだらない言い合いを続けていると、ふと後ろから声を掛けられた。サーシャがその子供の様な声に振り返ると、そこには背中に剣をかけた少年が一人、ポツンと立っている。
髪がボサボサで、粗末な皮でできた鎧もどきの格好だったが、大きな目が少しつり上がっていて、勝気な性格を物語っている。歳は…16〜17歳くらいだろうか。
「はい、どうぞ。」サーシャが笑顔で、そう応えるとその少年は、剣を隅に立てかけて、無造作にドカッとサーシャの隣に座った。
「向こうのテーブルは人がいっぱいなんだ。すまねぇ。」
そう話す少年に、サーシャは少し目を丸くした。…雰囲気が10年以上前に別れたアルバの子供の頃の顔によく似ていたからだ。サーシャは、アルバに話したことはないが、実は子供の時のアルバと今のアルバは顔は別人のように違っている。それにはちゃんとした理由があるのだが、その事をサーシャは誰にも話していなかった。
その少年は、この店が初めてなのかキョロキョロ辺りを見渡しながら伺っていたがやがて店主のパルマに
「ビールと…適当なつまみを出してくれ!」
と注文すると、肘をカウンターに乗せて大きくため息をついた。サーシャは、彼の注文に
「ぼうやは、ビールなんて飲むの?」
と声をかけた。教団とほとんどの国は、酒類は18になってからだ。するとその少年は面倒臭そうにサーシャを見返すと
「お姉さん、うるさい。それに俺はぼうやじゃねぇ。シアンっていうちゃんとした名前があるんだ。」
と、とんでもない文句を返してきた。「まぁ…。」サーシャはその言葉に耳を疑う。そのシアンという名前は、アルバが子供の時に名乗っていた名前だったからだ。
「あんたは、どこから来たんだい?」
店主のパルマもビールを注文したその少年を見て、怪訝そうにそう尋ねるが、少年はそれには答えず、
「この店は、生まれを言わないとビールが出てこねぇのか?」
と文句を言った。パルマはその生意気な少年の言葉に驚き、一瞬立ち止まったが、やがて肩を竦めて何も言わず厨房の奥へと消えていった。だが彼の横に座るサーシャはその物言いがまたとてもシアンそっくりで再び目を丸くしてその少年を見つめる。するとそのシアンと名乗った少年はサーシャを見返して
「なんだよ?俺の顔になんかついてんのか?」
と、ぶっきら棒に話しかけてきた。
「そうじゃないわ。う〜ん、私の昔の知り合いに似てるの。」
「あ?なんだそれ?」
「ふふっ。人違いなことは間違いないんだけど…ね。」
サーシャが微笑みながらそう漏らすと、その少年はサーシャに体を向けてきて話し始める。
「ふうん。知り合いなら良かったのにな。おまえ、金持ちそうだし!」
「そんなでもないわ。シアン君は、お仕事はしてるの?」
「おお。俺は何でも屋だ。まぁ、泥棒もするし用心棒もする。」
「泥棒さんなのね…。あんまり関心はしないないけど。」
「泥棒じゃねぇ。何でも屋だって言ったろ?食ってく為にはしょうがねぇんだ。金持ちはこれだから嫌だ!」
シアンはそう話すと、不機嫌そうにビールを持ってきた店主からジョッキを受け取りそう文句を言った。そして、チラッとサーシャを見て一度ビールに口をつけるが、予想より苦かったのか顔を顰める。その様子を見たサーシャは、思わず笑みが漏れた。強がってはいるが恐らくビールを飲んだのは初めてだったのだろう。
「ふふ。そんな大人振らないで、ビールなんか飲まなくていいんじゃない?」
「う、うるさいな!別になんでもねぇよ、こんなもの!」
「ねぇ、これ飲んでみてごらん。甘くて美味しいから。」
サーシャはそう話すと、自分のコップをそっとシアンに差し出した。それは彼女が注文した飲みかけの果樹酒だった。シアンはそのコップを乱暴に自分の方へと引き寄せると、ブツブツ文句をいながらも、おっかなびっくり口をつける。サーシャは、その可愛い様子を顔を屈めながら覗いていたが、シアンはその酒が口にあったのか、残りをぐびぐびと飲み干してしまった。その様子を嬉しそうに見たサーシャは手を叩いて、シアンに話しかける。
「ふふ。いい飲みっぷりです。王子さまは果樹酒がお気に召したようね。ビールは私が貰います。」
「しょうがねぇなぁ。交換してやるよ!親父!これをもう一つくれ!」
シアンはサーシャにそう応えると、ビールをサーシャに差し出して、目の前に不機嫌そうに立つ店主のパルマにそう注文した。やがて、店主が再び奥に消えるとシアンはサーシャを横目で見ながら話しかけてくる。
「お姉ちゃんは、名前何てぇんだ?」
「サーシャよ。」
「ふうん、どっかで聞いたような名前だな。まぁ、いいや…。なぁ、さっき言ってた俺に似たサーシャの知り合いってぇのは誰なんだい?」
「う〜ん。私がずっと前に好きだった人よ。」
サーシャはなんとも言えない表情でそう答えた。今でこそその彼はサーシャのそばにいて恋仲だが、それを上手く説明するのは難しい。シアンはサーシャの言葉に、口に入れたつまみを吐きそうになるほど驚いた。そしてマジマジと彼女を見つめる。サーシャは、カウンターに肘をつきながら顔を擡げていて、先ほどと変わらない女神の微笑みを浮かべていた。
「…ふうん。」シアンは明らかに動揺した素振りを浮かべていたが、素知らぬ顔でただそう呟いた。
「シアン君は、どこのご出身なの?」
サーシャはもう一度この店の店主が問いかけた事と同じことを聞いてみた。すると、シアンは今度は素直に答える。
「あ、うん。エディアだ。つっても、俺も、子供の時の記憶をなくしているんだ。」
「…えっ?」
彼のその言葉に流石のサーシャも、それ以上言葉が続かない。それはアルバと境遇が同じだったからだ。すると、シアンはなんとも微妙な笑顔を向けてサーシャに説明を始めた。
「俺は、元々修道士だったらしいんだ。それで、エディアの聖地で誰か偉い人に仕えててさ。今、思えばそのままそこに居りゃ良かった!」
「まぁ…。」
「記憶に微かに残ってんのもあるけどな。花がやたら植えてあるでっかい芝生の庭とか、やけにでかい女神像とかよ。」
(え?え?)サーシャは一瞬、思考回路が止まった。その場所は、許可がなければ入れないカスティリャ家の占有地だ。花が植えてある大きい芝生というのは、サーシャが子供時代にアルバの為に花を植えていた場所でもある。
「…誰に御仕えしていたの?」サーシャは急に真面目な顔になってそう尋ねる。するとシアンは、天井を見上げて頭をかきながら応えた。
「それがさぁ…覚えてないんだ…。」
サーシャはその言葉を聞くと、思わず胸に手を当てる。そして何かを考え込むように押し黙ってしまった。するとシアンは、不思議そうな顔で、何かに悩むサーシャを見つめた。
「なぁ、サーシャは子どもの頃、どこに住んで居たんだ?」
「…。エディアよ。」
そう答えるサーシャの顔は急に無表情に変わる。
「お!俺と一緒じゃんか!」
「そうね…。」
「案外、そのおまえの昔に好きだったやつ、俺かもな。ほら、俺、記憶ねぇし!」
シアンがそう笑いながら話すと、サーシャはまた無表情に小さく頷いた。その様子を見たシアンは、嬉しそうにサーシャの方をまっすぐ体を向ける。
「なぁ、本当にそうだとしたらこれはもう運命の再会だと思わねぇか?」
サーシャは、それまで無表情を貫いていたが何かを思い立ったように、再び微笑みを湛えた。
「そうね。シアンくんがそうだと嬉しいな。」
「はは。きっとそうだよ!…なぁ、サーシャは今は好きな人はいるのか?」
シアンはそう心配そうに尋ねてきた。先ほどまでの無愛想で、意地っ張りなところはすっかり影を潜めている。するとサーシャは憂いのある顔を浮かべて、はっきりと言い切った。
「はい。おりますよ。」
「そうか…。」
「でも、あなたが本当のシアンだと言い張るなら、考えなければいけませんね。」
サーシャはそう話すと、シアンから視線を外した。そしてしばらく何かを考えていたが、再び口を開く。
「ねぇ、なにか私の事、覚えてないの?…なんでもいいけど。」
「う〜ん。そうだなぁ…でもサーシャみたいな金髪の小さい女の子は微かに記憶にあるかも。」
「まぁ…。」
「そいつさぁ、妙に俺に懐いててさ。シアン、シアンて言いながら、後をついてくるんだよ。たまに夢でも見るなぁ…。」
シアンは、腕組みをしながらそう遠い目をして話した。するとサーシャは顔を下に向けて微かに震え始めてしまった。シアンはそんなサーシャを心配そうに見返すと「おい?大丈夫か?」とサーシャの肩に手を乗せた。サーシャはそのシアンの手にそっと手を添えると、小さく首を振る。
そして、
「ちょっと、ごめんなさいね。」
と一言呟くとゆっくりと席を立ち、店から出て行った。




