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店を間違えた賊


その頃、ロハンではちょっとした珍事件が起きていた。


アルバたちの一行が、2手に分かれロフテン国へと旅立った後この地を守っていたのは、サカテだった。そして、フィルファの宮廷騎士であり、アルバの友であるジャンもロハンの執政であるロイスと通貨の協議のため残っていた。これは、フィルファとロハンが支配するザグレア地区、そして同盟国であるイストとの3カ国で、通貨を統一しようという試みだった。もちろん、経済的にも敵国となったエディアから完全独立する為である。現在、世界中の国の通貨は、エディアが造っていて価値まで決められている。そこからの脱却を図りたかったのだ。




「セドリーヌ様、今日もありがとうございました。」


ジャンの聖女であるパオラは、ロハン教会の「女神の像」の前で祈りを捧げると、ここザグレア地区の教会を取り纏めるセドリーヌ司祭にそう言って頭を下げた。彼女は、長いフワッとした黒髪だが、その美しく整った顔は教団の女神サーシャと似ていると評判の修道士だ。セドリーヌ司祭は、美しく礼儀正しいパオラをとても気に入っていて、彼女の騎士であるジャンがここロハンにいる間は、いつでもロハン教会で自分に会いに来ても良いとお墨付きを与えていた。


「パオラ。もう夜も遅いです。いくら治安のいいロハンといえど、気をつけて帰るのですよ。」


セドリーヌ司祭はその美しい修道士にそう告げるとにっこりと微笑む。彼女は非常に真面目で、何事もきっちりしていないと気が済まない俗に言う堅物だった。ちなみに、セドリーヌはアカネの上司であり天敵でもある。


「はい、ありがとうございます。でも、私には…。」


「フフフッ。騎士様がいらっしゃいますものね。存じております。」


パオラの言葉に、セドリーヌはそう言い添えて苦笑いする。セドリーヌも詳しくは知らないが、聖女と騎士という関係の絆は恋人より熱く、夫婦より深い。共に2人で力を合わせて成し遂げなくてはならない運命を神より与えられているとされている。


「では、失礼いたします。」


パオラは最後にそう言って頭をさげると、ゆっくりと教会を後にした。



ロハンは秋から冬への季節の変わり目だった。パオラはグレーローブの上に、一枚同じグレーのポンチョを羽織ってロハン城を目指す。パオラはロハンにいる間は、ジャンの為にロハンが用意した城内の部屋で共に暮らしていた。だが、最近はロイスとの会議が佳境を迎え、ジャンと共に過ごす時間が削れていた。聖女は、騎士の側を片時も離れたくない、ある意味人種の様なものだ。こればかりは当の本人たちでないと分かるべくも無い。パオラも若干の寂しさを味わっていたが、「今はいつでも会える」と気持ちは晴れやかだった。パオラとジャンは、いろいろあって、お互いを騎士と聖女と分かっていたのに数年離れ離れになっていた期間がある。その時のパオラは、毎日のように訳のわからない涙を流していた。しかも、これでもかこれでもかと不幸がやってくる。

だが、ジャンと共に騎士と聖女の運命を過ごすことが出来るようになると視界が一気に開けた。(自分にある絶対のもの)その存在は、彼女にとても大きいものだったのだ。


背筋をピンと伸ばし、凛とした姿で歩くパオラは見た目にも自信が溢れ、清廉さは日に日に増している。と、そんな時にふと彼女の元に、一人の老人が声をかけてきた。


「あなたはもしや、サーシャさまでは?」


その老人は、杖をついていて腰も曲がっている。だが、服は紫の絹の着流しを着ていて、白く長い髭も立派だった。パッと見は引退した商家のご隠居のような出で立ちだ。パオラは腰の曲がったその老人に目線を合わせるように屈むと


「お爺様。私はサーシャ様ではありません。ですが、修道士ではあります。なにか、ご用ですか?」


と、優しく尋ねた。するとその老人は申し訳なさそうに頭を下げて、話し始めた。


「いやいや、これは失礼なことじゃ。申し訳ない。」


「いえいえ。気になさらずに。」


「しかし、あなた様も神に仕える修道士であったか。」


「はい。パオラと申します。フィルファから参りました。」


恐縮して何度も謝るその老人に、パオラは笑顔でそう自己紹介した。すると、その老人は慌てて顔を上げる。


「おお、ではあのジャン閣下のお嫁さんですな。」


「あ、いえ。婚約はしましたが、結婚はまだです。」


パオラはその問いに顔を赤らめて、恥ずかしそうにそう応えた。だが、フィルファならまだしもここロハンで、自分とジャンとの事を知っている人間がいるのは驚きだった。するとその老人は、パオラの顔を覗き込むようにして、再び尋ねてきた。


「では、貴女がここロハンにいるという事は、ジャン閣下もおられるという事ですかな?」


「え?ええ。そうですね。」


「ホホホッ。仲むつましいのは良いことですな。まるで、領主様とサーシャ様のようじゃ。」


「あのお二人には負けます。お爺様は、サーシャ様をご覧になったことはあるのですか?」


パオラがそう尋ねると、その老人はにっこりと笑って応える。


「もちろんじゃ。黄金色の髪にお美しい顔…まさに女神さまのようなお姿をしておられた。…時に、サーシャ様と領主様はまだお城におられるのか?」


老人がそう尋ねてきた時、パオラは何かを悟ったようにゆっくりと背筋を伸ばし、優しくその老人に微笑むと小さく頭をさげる。


「ふふ。私はただの下っ端の修道士です。そのような事、分かるはずもございません。先を急ぎますので、これで。」


彼女がそう話し立ち去ろうとすると、その老人は意外そうな顔をしたが、やがて小さく手を振って苦々しい顔を覗かせた。


(ふう。)パオラはため息をつきながら、先を急ぐ。パオラは先ほどの老人からただならぬ気配を感じ途中で話を切った。あの男は、偶然を装って自分に話しかけてきた事に気付いたのだ。サーシャを見たことがあるのに、自分と彼女を見間違えるわけがない。顔が似ていると言われることはあるが、サーシャの髪は黄金色で自分は黒だ。なにかを探ろうとしていたは明白だった。


彼女は、足を速め近道をするために建物と建物の隙間を歩いていく。一刻も早く、ジャンかサカテにこの事を伝えなければならない。だが、この事が裏目に出てしまった。大通りから少し離れた城の近くの小道を早足で進んでいると、前に人の気配がした。


「…。」


パオラは足を止めて、手に持っていた教団の槍を構える。相手は細身で紫の着流しを着た長髪の男で、腰には細く長い剣を帯びていた。だが、その男は建物に寄りかかって、下を見ているだけで動こうとしない。パオラは意を決したように声をかけた。


「すいません。そっちへ行きたいの。」


小道を塞ぐように立っているその細身の男にパオラが話すと、その男はゆっくりと顔を彼女に向けた。目が細く釣りあがっている…如何にも剣士という顔だった。


「悪いな。…ここは通行止めだ。」


その男は小さい声でパオラの問いに応える。その氷のような瞳にパオラは思わず喉をならす。とっさに元きた道へ戻ろうと振り返るが、その道にも紫の装束を着た男たちが3人ほど短剣を抜いて、パオラを見据えていた。


「逃げ場はないということだ。聖女さん。」


その細身の剣士はそう言うとゆっくりとパオラに近づく。その言葉で相手は、自分のことを知っているということがわかる。


「私に、なんか御用かしら?」


「もちろん。おまえにはやって貰う事があってな。」


「…お断りしたい気分なんですけど。」


パオラが目を細めてその剣士に言うと、その男は小さく不気味に笑った。そして細い剣先をパオラの首に向ける。


「ククッ。その美しい顔に傷がついたらおまえの騎士もさぞや悲しむだろうな…。」


「…私を騎士様の聖女と知っての蛮行とはね。呆れるわ。」


「今はその騎士もいないがな。どうする、泣き叫んでみるか?」


「後悔するわよ。」


パオラはそう強がったが、これはかなりの不足の事態だ。まさかここロハンで敵に襲われるとは、予想外だった。


(ロハン城はすぐそこだというのに…)


パオラは、双方を見比べながら考える。どちらが…生きる道か…。細身の男は相当腕が立ちそうだ。あの目は人を殺めることを何とも思っていない目だ。だが、反対側には3人いる。相手の落ち着きようから見ても、この手のプロであることは間違えがない。


「素っ裸にひんむいて、騎士が呼べないようにしてやろうか?」


その言葉を聞いてパオラはすぐに心を決め


「神よ…。」


パオラはそう呟く。自分の騎士以外に体を晒すわけにはいかない。(ここは…逃げる!)どちらにも勝ち目がないことを悟った彼女は、なんと目の前にあった店の裏側とおぼしき窓を突き破って逃げることを選んだ。(ジャンに会えれば全て解決する!)彼女はそう心に思った。この男たちがどんなに強かろうが、自分の騎士が現れれば瞬殺なことは明白だ。


ガチャーン!!


と、ガラスが割れる音があたりに響く。「くそが!!」その紫の装束を着た男たちは一斉に叫ぶと、慌てて後を追う。まさか、大人しく上品なパオラがそんな大胆不敵な事を仕出かすとは思わなかったのだ。


「フッ…」切れ長の目を持つ細身の男も、そう笑うとゆっくりと彼女の後を追う。(殺すだけなら、さっき出来たがな…)と。




パオラがその店の裏からガラスを割って少し進むと、お酒がいっぱい置いてある倉庫みたいな場所だった。そして前には小窓がついたドアがあって光が漏れている。だが、自分を襲った賊も当然のようにその中に入ってくる。


「逃がさんぞ!」


パオラを激しく威嚇する声が響く。

(このドアの向こうに、ロハンの民がいたら…迷惑をかけてしまう…)心優しいパオラはそう考えたが、もう敵は目の前に来ようとしている。(アルバ様、サーシャ様!ごめんなさい!)彼女はここロハンを治める2人の英雄にそう謝るとそのまま小窓がついたドアを勢いよく開けた。


ダン!!


パオラが血相をかけて飛び出すと、そこはカウンターしかないバーだった。そして、一人の女が店の後片付けの手を止めて、目を見開き驚きの表情でこちらを伺っている。その瞬間、パオラの顔がパッと明るくなった。


「た、助かったわ!!」


パオラは、その女主人を見て大声で叫んだ。


「ちょっ!あんたねぇ!裏口から突然入ってきて、何言ってんのよ!!」


その女主人は、パオラを見てそう大声で文句を言う。だが、パオラはその言葉を待たずしてその女主人の走り寄ると、そのまま黄金色の髪を持つ彼女に抱きついた。


「あなたのお店でよかった!」


「ちょ!?パオラ、何があったのよ?」


その女主人が、普段のパオラからは想像できない慌て振りに目を丸くして、尋ねる。すると、先ほどパオラを襲おうとしていた紫の装束を着ていた男たちが、バラバラと店の中へと入ってきた。


「おい!女!そこの修道士を渡してもらおうか!?」


「はい?」


その女主人は、命令するように話しかけてきた男たちを、睨むとゆっくりと立ち上がる。そこには、暗殺者とも諜報部員ともつかない怪しい連中が凄んでいた。(そういうことね…)その女主人…ベアトリーチェはそう呟き堂々とその男たちの前に立ちはだかった。やがて…彼女の目が赤く灯る。それは、最高位の魔人が操る精霊の力だ。


「あわわわっ…!?」


すると、その3人の賊の体が急に宙に浮き上がった。そしてそのまま、店の天井に体を打ち付けられる。


「な、なんだこれは!?ひひぃー!!」


まるで磁石のように天井に吸い付けられ、やがてベアトリーチェが放つ赤黒いオーラに包まれた。


「ぎゃぁーーー!!」


するとその男たちは一気に恐怖と絶望に襲われ、叫び声を上げ続ける。体に力が全く入らなくなり、手に持っていた短刀も床に転げ落ちた。訳のわからないとんでもない事態に、宙に打ち上げられた3人は悲鳴のような声を上げつづける。


「ふう…。」パオラは安堵のため息を漏らした。ジャンに連れられてこのベアトリーチェの店には何度か来たことがあり、パオラも彼女の正体は知っている。彼女は「魔」の精霊人のプリンセスで、最高位の魔人だ。アルバとサーシャが二人がかりでも手に負えなかった本物の化け物で、ジャン曰く、現在の世界最強の生命体だ。


「ダーリン以外で私に命令する男なんて、久しぶりに見たわ。あんたたち、度胸あるわね〜。」


ベアトリーチェは、宙に浮きながら叫び続ける3人を呆れながら見上げ、そう揶揄った。宙に吊るされた男たちは何もできずに、ただ恐怖に襲われる。よもやこんな事態に陥るとは思わず、ただただ狂ったように絶叫していた。と、


「本当ですね〜」


店の入り口から聞きなれた呑気な声が聞こえた。「騎士様!」パオラが、破顔して嬉しそうな顔でその声の主に振り向く。そこには、フィルファ宮廷騎士でパオラの騎士であるジャン・クロードが涼しい顔で立っていた。アルバやジャンは「意志の力」という不思議な力を使える。それは、自分の聖女に危機が訪れる時にも大きく反応し、ある程度近くならば聖女の位置まで把握する。


「パオラ、遅くなってすまない。でもここに逃げ込むなんて、さすが僕の聖女です。」


「ふふっ。偶然なんですけどね。助かりました。」


「私にとっては激しく迷惑だわ!」


2人の言葉を聞いて、ベアトリーチェはそう文句を言った。パオラは嬉しそうに自分の騎士であるジャンの元へ駆けていく。


「無事でなによりです〜。」


ジャンは走ってきたパオラを優しく抱き留めると、笑みを浮かべそう漏らした。そして中々離れようとしない2人の様子に、ベアトリーチェは、宙に浮いている3人を指差して口を尖らせてジャンに尋ねる。


「で?このおバカさんたちはどうするのよ?」


「そうだね〜。あ、でも奥にもう一人いるね〜」


ジャンがそう話すと、確かに奥からなにやら物音がする。パオラは思い出したように、「あ、そうでした。なんか強そうな細身の剣士がいました。」と、ジャンに話す。その男は、さきほどパオラの道をふさいでいた不気味な剣士だ。だがベアトリーチェは肩を竦ませて呑気に2人の言葉に応える。


「知ってるわよ。…ちょっとこっち来なさいよ!」


ベアトリーチェがそう倉庫の方を見て言い放つと、いきなり何かの不思議な力に押し出されるように、さきほどの剣士が転がるように地面を這いながら姿を現した。その男は苦悶の表情を浮かべながら、ベアトリーチェを見上げている。


「よくもまぁ、こんな弱っちい連中でダーリンの友達を襲おうと思ったわね。頭悪いんじゃないの?」


ベアトリーチェが呆れた顏で見下すように言うと


「てめぇ!!」


細身の剣士はその言葉に冷静さを失った。素早く腰の剣を抜いて、目の前のベアトリーチェに斬りかかる。だが、それは自殺行為だ。


「ちょっと〜!危ないわね!なにすんのよ!」


ベアトリーチェは近くのあった鍋の蓋をつかんで、斬りかかってきた相手の剣を弾き飛ばすと、そのまま鍋の蓋で細身の剣士の頭を殴った。


カンッ!!


と、いい音がしてやがて「あ、ああ…。」と呻き声をあけその男は再び床に倒れこんでしまった。パオラはその様子を見て目を丸くしながら


「いろんな意味で「格」が違うっていうの…初めて見ました。」


と驚きながらそう漏らした。







パオラを襲った4人組は、ベアトリーチェとジャンに散々脅されたあと、まずベアトリーチェの店の片付けをさせられた。挙句にはパオラが蹴破った窓の修理代まで請求され身ぐるみ剥がされた4人はほとんど肌着で、ロハン兵に連行された。


その様子を見ていたベアトリーチェは、パオラとじゃれ合っているジャンに尋ねた。


「あいつら、どうすんの?殺すの?」


「いえいえ。ロハンの法に則って裁かれます。ですが、彼らは死ぬより辛い事が待ってますよ〜」


「なにそれ?」


「鬼軍師の尋問がまってるんすよ〜」


ジャンがそう惚けると、パオラは苦笑いを浮かべながら


「もう!騎士様ったら。モモさんはとてもお優しい方です。」


と文句を言った。「味方にはね〜」とジャンは笑ったが、やがて真面目な顔になると静かに話し始めた。


「わざわざパオラを狙って襲ったという事は、敵は新たな作戦を始めたってことです。弱いものから潰していこうってとこですかね。」


「まぁ…。でも確かに敵さんは、アルバ様やサーシャ様に毎回のように酷い目に合わされていますからね。あの化け物みたいな人たちに戦いを挑むことを不毛と思っても不思議ではないですね。」


「そういう事です。パオラ…怖くないですか?」


「ふふ。全くです。騎士様がいらっしゃるし、ジャンが近くにいない時は、またこの店に逃げ込みます。」


パオラがベアトリーチェに目を向けてそう言うと、「ほんと、勘弁!!」と彼女は顔を顰めた。


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