ロハンにやってきた空挺騎士
ロハン城に、青い神獣が降り立った。
それはまだ明け方にもならない漆黒の夜だ。街は深い眠りについていてその姿を見たものはほとんどいない。だが夜の空から突然舞い降りて、城の最上階にある庭に降り立った神のごとき神獣をドラゴンと認識した者は誰もいなかった。
「久しぶり。ラルさん!ようこそ、ロハンへ。」
「おお、サカテか。無沙汰していた。スナイデルは元気か?」
明け方の冷え込む大気に、2人の息が白く靄をつくる。
ラルと呼ばれたその男は、遥か東の国「イスト」の空挺騎士団長だ。40代前半のその男は立派な口ひげを蓄え、如何にも精悍で鍛えられた体つきをしている。そして空挺騎士団の名に恥じないシルバーとブルーで彩られた立派な鎧を着ていた。ドラゴンを静かに城につける彼を出迎えたのはここ最近、白の槍使いとして名が売れだしたサカテだ。2人はドラゴンという繋がりで固い友情で結ばれている。そもそもは、サカテたちの仲間が「イスト」の危機を救ったところから始まっている。ラルはサカテだけでなく、彼女の仲間であるアルバ、サーシャ、モモの3人もその心根と強さに惚れ込んでいて、サカテと共にアルバにもドラゴンを託していた。
「ああ。彼女は最近、ますますスピードが増した。目が回りそうだ。」
「ワハハ。おまえらも忙しくなった。スナイデルは、おまえらに合わせて飛んでるんだ。」
ラルはそう豪快に笑った。サカテが「彼女」と呼ぶのは、雌のドラゴンでサカテが操るスナイデルのことだ。やがて、ラルがドラゴンから降りてくるとサカテは、少し申し訳なさそうに頬を指で掻いた。
「ラルさん、すまない。アルバが昨晩思いのほか酒を飲んでしまっていて…。サーシャも彼の介抱で先ほど寝たばかりなんだ。出迎えは、僕だけになってしまった。」
「ハハハ。あいつも酒が飲めるようになったか!構わん、構わん!だいたいこんな時間にくる俺が間違ってる。それに今をときめく白の槍使いに出迎えられるなど、俺は幸せものだ。」
ラルはまるでそのことを気にしないが如く、そう言い放った。サカテは、この豪快ではっきりとモノを話すラルをとても気に入っている。イストの女王陛下に帰参を許され、活躍している彼は前よりも自信に溢れていて、より豪快さが増した…サカテはそう思った。
「ははっ、やめてくれ。部屋が用意してある。酒はないけど!」
「それは残念だが、まさか酔っ払いで英雄たちの前に出られん。茶で我慢しよう。」
「ラルさんだって英雄の一人じゃないか。そういえば、イストでは異変はないのか?」
2人で肩を並べて歩きながらサカテはそう尋ねる。彼女が「異変」といたのは、主に魔人とエディアのことだ。大陸にあるロハンは、魔人やら魔術師やら他国の兵やらいろいろと攻め込まれた。すべて綺麗に撃退したが、サカテは戦乱が世界に広がっているのではと心配していたのだ。だが、ラルは小さく首を振ってそれを否定した。
「今の所、ない。魔人の噂もきかんな。イストは辺境の地にある島国だ。敵も後回しだろ!」
「それは、なによりだ。女王陛下はお元気か?」
「ああ。最近はすっかり自信を取りもどされて、命令が的確だ。ロハンにも世話になったと伝えてほしいと言付かっている。」
「良かった!サーシャも喜ぶ!」
サカテは嬉しそうな表情を見せてそう答えた。イストの女王ローラは、教団の女神であるサーシャと古くからの知り合いで、40を超えたローラはサーシャのことを「娘」と呼ぶほど仲がいい。サカテは、歩きながら近況を報告しあっていたが、やがてラルの為に用意された部屋の前までくると足を止めた。
「二人が目を覚ますまで寛いでてくれ。腹が減ってるならすぐに作って貰うが…」
「いや、飯はいい。俺もずっと飛んできたから疲れた。少し休ませてもらっていいかな?」
「もちろんだ。アルバがあんな調子だから、多分少し遅れる。また朝食を持って起こしにくる。」
サカテがそう話すと、ラルは小さく頭を下げて「ありがとう。」と丁寧に礼を言うと、そのまま部屋に入っていった。
「ん?」
ラルはその数時間後、目が覚めた。
何やら部屋の外で話す2人の女の声が聞こえたからだ。最初は、こそこそと話しているようだったが、しばらくするとその声ははっきりと聞こえてくる。何やら…揉めているような話しぶりだった。
コンコン。
と、ラルの部屋のドアが叩かれた。ラルは、鎧を脱いだままの略服で寝ていたので、特に構わず「どうぞ!」と答えた。やがて、静かにドアが開いて可愛い修道士と黒い法衣を着た藍色の髪の女がそそくさと部屋に入ってきた。
「失礼します。朝食をお持ち…ちょっと、こら、あんたも挨拶するの!」
「アカネがしたんだから、私はいいだろ?」
「あのねぇ!あなたの勉強の為に連れてきたのよ!私だけしたら意味ないじゃない!」
「はーい〜」
「はいは、のばさない!」
まるで姉妹のように仲良く言い合いをしながらラルの部屋に入ってきたのは、サーシャ直属の修道士アカネとトレイに食事を乗せた魔術師のラメレスだった。ラメレスは、姉のレイアとともにしばらくここロハンに留まる決断をして、今は城で簡単な仕事の勉強中だ。アカネはラメレスに、城の作法や礼儀を日々教えている。だが、彼女は自分並みにダメな生徒のようだった。そんな2人に呆気に取られていたラルだったが、やがて大きく笑うと彼女たちに声をかけた。
「ハハッ!朝から賑やかだな!」
「あ、ラルさん!お久しぶりでございます。アカネです。」
「うむ。覚えている。あの時は世話になった!」
ラルはそう言って小さく頭を下げた。前回ラルとアカネが会ったのは、アルバがサーシャを救い出した後の凱旋会の時以来だった。アカネはイストの英雄が頭を下げたことに驚き、自分も深く頭をさげる。
「こちらこそです。あ、朝食をお持ちしました。えっと…あっと…ちょっと、ラメレス。会議って何時からだっけ?」
「…2時間後って、サカテさんが言ってたけど?」
「あ、…会議は2時間後だそうです。」
アカネがそうバツが悪そうに話すと、ラルは大きく頷いた。そして、目線をアカネから彼女の横に立つラメレスに移すと笑顔を見せた。
「お役目ご苦労だった。ところで君の綺麗なお友達は誰だい?」
「あ、はい。城の雑用見習いのラメレスです。…ほら、あなたもちゃんと挨拶して!」
「…誰?この厳ついおっさん?」
アカネの催促にもラメレスは涼しい顔でそう言ってすましている。アカネは思わず彼女の頭をペシッとひっ叩いてラメレスを叱った。
「バカ!イストの空挺騎士団のラルさんよ。サカテさんのドラゴンのお師匠さま!この人に失礼な事言ったら…サカテさんにどつき回されるわよ!」
「げっ!?」
アカネの言葉にラメレスはあからさまに驚いて目を丸くする。このラルという男はどうでもいいが、サカテにどつき回されたらたまったものではない。ラメレスは姿勢を正してしっかりと頭を下げた。
「し、失礼しました。あの…城の雑用してますラメレスです。」
「ふむ。ラメレスというのか。…おまえは魔術師ではないのか?」
「…あ、はい。そうです。」
ラルの問いにラメレスは緊張気味に応えた。魔術師にいい印象を持っている者など、現代では皆無だ。だが、ラルは自身のアゴに軽く手を当てて「うむ。」と頷くと彼女を優しい目で見据えた。
「その黒い法衣を着ていたので、そうだと思った。しかし、魔術師がこの城にいるとは驚きだ。」
「…いろいろ、ありまして。」
「この城の主たちは、変わり者でお節介だ。なんとなく想像はつくがな。まぁ、よろしくな。」
ラルは細かいことは気にしない豪傑だ。この城にいて修道士に従っているところを見ると、アルバやサーシャと何かあったことは容易に想像がつく。そして如何にも彼ららしい…そう思うとラルは自然と笑みがこぼれた。そして、朝食を乗せたトレイを持ったまま立ちすくんでいるラメレスを見て、
「ラメレス。それはともかく、俺の朝食をそろそろこちらに持ってきてくれんか?」
と言うと、彼は再び大きく笑った。
そしてこの2時間後、ここまでの情報を全てまとめたモモの極秘発表会が幕をあけた。




