第58話 風の声
「それではシリル王子、お休みなさいませ。……くれぐれも、ご無理はなさらないよう」
「う、うん。おやすみ、さいらす」
夜。就寝時間になると、サイラスさんは燭台を手に部屋を出ていく。
僕が夜な夜な魔力玉を作っては与えていたことは、昨日の洞窟の一件で知られてしまった。
そのことを釘を刺されてしまった。
まあ、無理をしなければいいんだよ、無理をしなければ。
サイラスさんを見届けてから、僕はベッドへ振り返る。
今日も今日とて、みんなをもふもふして、コムギたちには魔力玉を――。
「……って、あれ?」
ふとベッドの上を見ると、ミナモやグレンたちが丸くなっていた。
覗き込むと、いつもパッチリと開かれていた円なお目目が閉じていて、呼吸に合わせて体が上下に動いている。
「ね、ねてる……?」
珍しい。
みんなが眠っているところなんて、早々見ない。
時々僕の膝の上に乗って眠ることはあるけど、それも寝ているというよりは目を瞑っている、に近い。
こんなに無防備に寝ているところを見るのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。
「かわいい……」
なんだろう。
僕に構ってくれているみんなも可愛いけど、こうやって無防備に眠っている姿はそれはそれで可愛い。
ふわふわのほっぺたをついツンツンとしたくなるけど、寝てるのに起こすのは悪いもんね。
そっとしておこう。
代わりに僕は絨毯の敷かれた床にぺたんと座り、毛玉さんたちを撫で回す。
クロヒメたちを撫でるのは、起きてからにしよう。
毛玉さんのもふりタイムが終わると、いよいよ鍛錬の時間。
マリーダさんの鬼の扱きで正直へとへとだけど、ユキたちのためだと思うと不思議と力が湧いてくる。
意識を自分の内から外へ向けて、魔力を生成する。
この鍛錬を始めてからまだ一週間と少ししか経っていないけど、連日コムギたちにあげるために作り続けたからか、生成速度は早くなっている気がする。
それでも、単純に魔術を発動するのに比べたら遅いんだけど……。
「せめて、まほうがつかえたら……」
僕の謎の力の正体が魔法であることを知ってから、サイラスさんに色々と本を集めてもらったけど、今のところ有力な手がかりはない。
そりゃあ、宮廷魔術師だったサイラスさんが知らないことだもの。
そのあたりにある本に書いているはずもないわけで。
「っと、しゅうちゅうしゅうちゅう!」
もう一度気合を入れ直す。
と、その時。
カタカタ、と。
窓が揺れる音がした。
顔を上げて窓の方を見るけど、そこには何もない。
まあここは二階出し、何かあったら怖いけど。
「かぜかな?」
そう思ってまた集中しようと窓から視線を外す。
だけどまた、カタカタカタと、今度はさっきよりも長い間、窓が揺れた。
ふと周りを見ると、緑色の毛玉さんたちがもふもふと、窓に近付いている。
「なにかあるの……?」
押し上げ式の窓を持ち上げて、外を覗き込む。
『――シリル。聞こえるかな?』
「! このこえ、せるわーれ……?」
耳元に、セルワーレの声が流れ込んでくる。
そよそよと外を吹く風が、体に吹き付けるみたいに。
『ああよかった。聞こえたみたいだね』
「どど、どうやってるの?」
『風で声を届けているんだ。儂は風を司る精霊。君のおかげで、随分と力にも余裕が出てきてね。こんなこともできるようになった』
「じゃ、じゃあ、これからいつでもせるわーれとおはなしできるってこと?」
『いつでも、は無理だね。静かな夜の時間、君の周りが落ち着いている時でないと』
「そっかぁ……ざんねん」
僕がぽつりと呟くと、風に乗ったせるわーれの声が吹きつけてくる。
『そうだね』
「せるわーれ?」
夜風越しだからか、その声がどこか沈んでいるように感じて、僕は空を見上げた。
すると一際強い風が吹きつけてくる。
『――それより、本題に移ろうか』
「ほんだい?」
『一週間後にはわかることだけれど、君にはいち早く伝えておいた方がいいだろと思ってね』
一体なんだろう。
『実は、儂の下に妖精族が現れたんだよ』
「……!!」
◆ ◆ ◆
オリーゴ北方に広がる森林に妖精族が現れた。
その知らせを聞いてからの一週間は、今世で一番忙しない日々のはずなのに、すごく長く感じた。
だって、妖精族は僕の力――魔法について何か知っているかもしれない。
魔法が使えるようになれば、僕の力で精霊さんたちの姿を隠すことができるようになるし、何より魔物と戦う力にもなる。
次の休日を今か今かと待ち望みながら、領地のことと、祝宴に向けての勉強をする日々を送り――そしてようやく、日曜日を迎えた。
朝食をとってすぐ、馬車に乗り込んで森へと向かう。
「本当に、妖精族がいらっしゃるのですか?」
「うん。せるわーれがひきとめてくれてるんだって。さいらすはあったことある?」
「いえ。私はずっと王宮におりましたから」
「そっか。ひとざとがにがてなんだよね」
自然を愛し、俗世を嫌う。
滅多に人里に現れず、その長い生涯を自然の中で全うする種族。
精霊と共に生き、精霊と近い存在。
……羨ましい。
もふもふさんたちと一緒に暮らし続けてるってことでしょ?
憧れるなぁ。
いや、別に今の暮らしが嫌ってわけじゃないけど。
コムギたちもいてくれるし。
僕は魔力玉を与えてまたむちむちになったコムギたちを優しく撫でる。
みんな僕のそばで丸くなって眠っていた。
この一週間、明らかに以前よりも眠っているところを目にする。
可愛いなぁとみんなを眺めていると、サイラスさんの強張った声が飛んできた。
「シリル王子。王子が魔法を習得されるために妖精族と会うことには私も賛成でございます。ですが、くれぐれもお気をつけください」
「きをつける?」
「はい。妖精族は、その在り方からして精霊と同等の力を有します。しかし精霊と違うのは、明確な意思と感情を有するということです。彼らの機嫌を損なうと、精霊の力がそのまま向けられることになるでしょう」
精霊さんたちも意思と感情は持ってるけどなぁ……。
まあでもそっか。
みんなは思い思いに力を振るうようなことはしない。
精霊が力を振るう時、基本的に人の意思が介在している。
僕の気持ちを汲んでくれたハヤテもそうだし、セルワーレも、契約を果たすために力を振い続けてるわけだしね。
そう考えると、精霊魔法をたくさん使える妖精族は人によっては脅威なのかも。
納得する僕に、サイラスさんは緊張した面持ちで続ける。
「かつて妖精族の里へ侵攻した国が、一夜にして滅んだ歴史もあります。それゆえ、今ではどの国も妖精族へ干渉しないのです。――くれぐれも、ご注意を」
「わ、わかった」
◆ ◆ ◆
「やぁ、よく来たね」
「こんにちは!」
洞窟について早々。
この一週間で溜めに溜めた魔力を変換するべく、天変地異を巻き起こすコムギたちをよそに、セルワーレが嬉しそうに出迎えてくれる。
今日も見事な毛並みだぁ……。
手をわきわきとさせて歩み寄る僕に、セルワーレは苦笑をこぼす。
「君のその手は魅力的だけど、それより先に済ませておいた方がいいことがあるだろう?」
はっ! そうだった。
一週間ぶりのセルワーレのもふもふについ頭から吹き飛んでいた。
僕はきょろきょろと周囲を見回す。
「えるふのひと、どこにいるの?」
「ああ、彼女ならあちらに――おや?」
セルワーレさんの視線の先を追う。
ここは山の中腹にできた洞窟だから、その出入り口は四方八方にある。
そのうちの一つ。洞穴に、人影が現れ――同時に悲鳴が飛び込んでくる。
「ちょちょちょ、なな、なによこれぇ――!?!?」




