ずっとそばにいてね。
第十一章です。お待たせいたしました。
かなり制作に時間がかかってしまい、投稿に時間がかかってしまいました。申し訳ございません。
では、物語の世界へ行ってらっしゃいませ。
まぶしい光が、ここぞとばかりに私の目に入ってくる。同時に、シューっと音を立てながら、口元に空気が押し流され、体が必死にそれを受け止めている。
何がおきているのかを一つずつ考え始めると、徐々に頭が、脈打つような痛みを感じ始める。
周りを確認しようとしても、首が動かない。何かで固定されているようだ。
ピッピッピっと一定のリズムで音が鳴っている。機械の音だろうが、それ以外はよくわからない。呆然とそのまま、絶えず目に入ってくる光を細目で受け止めながら、流れ込んでくる空気を受け止め続ける。
すると今度は、少し遠くから別の音が聞こえてきた。最初は少し高い音で、ピロピロと機械音がなった。その次に誰かの足音がコツコツと音を立てているのが聞こえたかと思うと、聞こえていた機械音が消え、足音もまた、別の方向へと遠ざかっていくのを感じた。
視線を右へ左へ動かす。左のほうには、窓が見える。そこから日差しが入ってきている。日差しに照らされているのは、観葉植物だろうか。
少し視線を下のほうに向けたが、私の体にかぶさった布団が、視界を埋めた。右側に視線を向けると、ポタポタと液体が垂れ続ける小さな容器がぶら下がっている。そのすぐ横、私の手元には、何かのリモコンが二つ。上を見てみると、エアコンが付いている。
ピッピッピと、相変わらず一定の間隔で、機械の音が鳴っている。口元から送られてくる空気に、ようやく体が慣れてきた。
そんな時だ、コツコツとまた誰かの足音が聞こえてきた。だんだんと大きくなるその足音が、すぐそこを通過しそうになったその時、突然スッと消えたかと思うと、コンコンコンと三回、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。神崎さん?あ!!神崎さん!!よかった…よかった…お体の調子はいかがですか?私の声、聞こえていますでしょうか?すぐにドクターをお呼びいたしますね。あと、ご家族へのご連絡も。(???女)」
私と目が合うや否や、彼女はそんなことを言いながら、さっそく誰かに連絡を取り始めた。白衣のようなものを着て、マスクをしている。手にはバインダーのようなものを抱えている。そんな彼女は驚きながらも、嬉しそうに見えた。
(誰?…)
連絡が終わったのか、今度は私の右側で、ポタポタと垂れ続ける液体の容器を確認し、ピッピッとなり続ける機会の確認もしていた。
するとまた、扉をノックする音が聞こえ、また知らない人が私のもとへとやってきた。
「神崎さん、本当に良かった。ご家族の方にも、すでにご連絡させていただいております。まずは本当に、目覚めてくださってありがとうございます。あ、急にあれこれ言われても、困りますよね。神崎さんが落ち着いたらで大丈夫です。一つずつお話をさせていただきます。ただし、決して楽しいお話ではありません。どうか、気持ちを落ち着けてから、聞いてください。(???男)」
そう言うと、その男性は、先に入ってきた女性と少し話をした後、またどこかへ行ってしまった。
「呼吸は大丈夫でしょうか?声は出せますでしょうか?無理だけはしないでくださいね。(???女)」
彼女は私に尋ねた。その場の流れに身を任せた。
「はい…(私)」
口から言葉が漏れた。その後も、彼女はいくつか私に語り掛けていたと思う。そのたびに私の口から声が漏れていたのを何となく記憶している。
気が付けば彼女もいなくなっていた。その場は静まり返った。しかしなぜだろうか、ふと私は、この静寂が嵐の前の静けさだと感じたのだ。
そしてどことなく、懐かしさと寂しさを感じた…。
そもそもここはどこで、私はなぜここにいて、ここに来る前にいったい何があったのか。ようやくそんな疑問が、頭に浮かんできた。
自分の名前や生年月日、そんなことから順番に頭の中で整理していく。
(そう…私は大学生で…あれ…?大学生で…それで…それで…)
まるで記憶に蓋をされたかのようだ...。
考えるたび、その蓋がよりきつく閉まっていくように感じる。
(思い出せない…。)
しかし感じるのだ。それは決して忘れてはいけない記憶で…思い出してはいけない記憶…。
考えるのをやめると、なぜか不安になる。
罪悪感を感じる。
大切な人たちを無視しているかのような、そんな気持ちになる。
頭の中が混沌と化すのに対し、体は私の気持ちを無視し続ける。
本当に体があるのかを疑いたくなるほどに、まったく動く気配がなかった。
こんな状態で、いったいどれほどの時間が経過していたのだろうか。
脳内だけが、私の気持ちを全て受け止める。
しかしそのとき、私の耳に聞きなれない音が入ってきた。
その足音は、決して規則正しいものではなかった。
何かが引きずられるような、焦燥に駆られた不規則な音が近づいてくる。
(また誰か来るのかな... ドアがノックさせれて、また名前を呼ばれて、知らない人が入ってきて、よくわからない話をされるのかな...。)
しかし次に耳が拾った音はノックの音ではなかった。
いきなりドアが開かれたのだ。
それだけではない。案の定、私の名前が呼ばれたのだが...
「ナオ......っ!!(???)」
視界の隅に滑り込んで来たその女性は、酷くやつれていた。
顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
私の両手を、まるですぐに割れてしまうガラスのコップのようにやさしく両手で包み、額を押し当てて泣きじゃくる。
「お母さん......?(私)」
「良かった....本当に.....あぁ...神様....本当に....よかった...。(私)」
母の姿を見て、私は自分の置かれている状況を何となく察した。
おそらく、ずっと死んだようにここで眠っていたのだろう。
少し奥のほうでは、父が安心したかのようにため息を吐いている。
しかしどことなく強張った表情で、隣の白衣を着た男性と目線を合わせている。私が目覚めてことで、父が浮かべたその表情が、私の脳裏に焼き付く。
母はようやく静かになったが、さっきよりも強く私の手を握りしめた。
何があったのかを思い出せない罪悪感が私を襲う。
動かない喉を必死に震わせる。
しかし自分の身に何があったのかを聞く勇気がない。
この場にいる誰一人として、喜んで説明してくれる人がいないことぐらい、私でもわかった。
すると、外からまた足音が聞こえた。足音だけではない。話し声も聞こえる。
それと同時に、母がより一層強く私の手を握った。
「......他のお子さんのご家族には、まだ...(???)」
「......警察の捜索が....(???)」
「......神崎さんが目覚めたことは、まだ伏せておいたほうが...(???)」
(なんの話......?)
そのまま足音と共に通過していく....
ノックの音が聞こえるまでは、そう思っていた....。
「失礼します。(???)」
また誰かが来た。
同時にその場の人たちが、少し緊張した表情に変わる。
父が私と母のもとへと近づいてきた。
二人がそばにいるにもかかわらず、その場の異様な雰囲気に、私は母の手を可能な限り強く握り返す。
新たに来たその男性は、何やら手帳のようなものを私に見せた。
「お疲れのところ大変失礼いたします。警察の田中です。神崎奈央さん、初めまして。まだ混乱しているかもしれませんが、私はここに、大事なお話をするために来ました。本当に大事なお話です。そして、決して楽しいお話ではありません。どうか、落ち着いて聞いてください。(田中)」
「はい...」
口から声が漏れた。
「まずは深呼吸をしてください。ゆっくりと。そうです。では、神崎さんの身に何があったのかを、お話いたします。ご家族の方は、どうかそばにいてあげてください。(田中)」
母がさらに強く私の手を握りしめる。
(痛い...)
警察の方が口を開いた。
「あなたは、大学の御友人三人と、レンタカーでキャンプ場に向かわれていました。(田中)」
グッ!!
さっきまでできていた呼吸の仕方が、急にわからくなった。
これまで寝ていた体が急に目を覚まし、両手両足それぞれが、狂ったかのように震えだす。
しかし、まだわからい。いや、思い出したくない。
体だけは、全てを思い出しているようだ。
両親が必死に私に何かを言っているようだが、耳が受け取ろうとしない。
ピッピッピッピッ!!
明らかに異常なペースで機会が音を刻み始める。
「ナオ!!ナオ、しっかりして!!(母)」
母の悲鳴が聞こえる。
視界がチカチカと明滅すると、白衣の影が慌てて飛び込んで来た。
誰かが私の手を握り、規則的な呼吸を促す。
口に流れ込む空気の勢いが、少し落ち着いたように感じた。
冷たい液体が、右腕の管を通して体に流れ込んでくると、狂ったように跳ねていた心臓が、鉛を埋め込まれたかのように重く、静かにおさまっていった。
嵐が去った後のような静寂の中、私はただ天井を見つめていた。
「申し訳ない。ショックを与えてしまったのはわかっていますが、我々も、どうしても話をしなくてはいけなくてですね。神崎さんにもお聞きしたいことがいくつもあります。(田中)」
彼はそういうと、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。真っ黒な塊が移っている。
「君たちが乗っていたであろうレンタカーです。御覧の通り、車体は完全に燃え尽き、原型をとどめておりませんが。調査によると、この車は、あなたたちが通っていたであろう山道よりもはるか下、崖の底で見つかったとのことです。(田中)」
その言葉を聞いた瞬間、窓の外の明るい日差しが、一瞬だけ濃い暗闇に塗りつぶされたような錯覚に陥った...。
私の体を覆っている布団が、一瞬真っ黒な土の斜面に見えた...。
脳の奥で、蓋がみしりと音を立てて軋む。
「山道では、タイヤを滑らせたような跡が発見されています。落下中、何度も木や岩などにぶつかった痕跡もあります。落下の衝撃でシートベルトを外してしまったのか、運転手を残して、同乗者の三人は―(田中)」
ズキンッ!!
脈を打つような激痛が頭を走った。
鼻の奥を、生臭い鉄の臭いが微かに撫でていく。
(違う!!思い出さないで!!)
私は必死にその蓋を押さえつけようとしたが、彼の言葉は楔となって容赦なく蓋の隙間をこじ開けていく。
その隙間から、黒く濁った泥水のような記憶が、ポタポタと脳内に垂れ落ち始めた...。
「そばにいてよ...ナオー(???)」
誰かの声がした...。
そこにはいないはずの、酷く楽しそうな、おぞましい声...。
目の前の空間が歪む...。
すると両親のすぐ横で、三人が私を見つめているような気がした。
「あ....ぁ....(私)」
口から間抜けな声が漏れた。
蓋が完全に外れた...。
濁流のように流れ込んだ記憶が、再び私をあの暗闇の覆われた山に引きずり込んでいく。
「落ち着いて、深呼吸をしてください。ゆっくりで大丈夫です。今から大変申し上げにくい話をしなくてはいけません。(田中)」
必死に深呼吸を繰り返す。まるで全力疾走した後のように、体が酸素を欲している。
「あなたと一緒にレンタカーに乗っていたご友人の確認です。(田中)」
母がギュッと私の両手を握りしめた。
「運転手だったのは新島紗季さん。残りの二人は佐藤望結さんと、御剣麗奈さん。(田中)」
「はい...(私)」
「わかりました。あなたの大切なご友人ですが......三名とも逝去されました。しかし忘れてはいけません。あなたは生きています。奇跡的に、あなたは生きているのです。(田中)」
周りは戸惑っているのだろうか。思った以上に私が取り乱さなかったからだろう。
しかし私はいたって静かだった。
彼の言っていることが、まだ理解できていないからだ。
(奇跡的に生き残ったんじゃない....私は......逃げ延びたんだ....)
「そう.....ですね.....(私)」
私は諦めた。
ここにいる人たちに、私の記憶をありのままに話すことを。
いや、間違いであってほしいと思う自分がいるのかもしれない。私の経験はただの悪夢で、警察の言っていることが正しいのだと。
しかし、私たちは確かにキャンプをしていた...。テントも建てた....。それを"あれ"が破壊した...。
("あれ"はいったい....。)
「今日はもうこの辺にしておきましょう。本当にお疲れさまでした。つらい話ばかりしてしまって申し訳ありません。一日でも早い回復をお祈りいたします。(田中)」
そういうと彼はこの場をあとにした。
母がギュッと私の両手を握っている。
すると父が私のそばに来て、ポケットから何かを取り出した。
「お前がずっと大事にしていたキーホルダーだ。事故の時、こいつがお前を守ってくれたのかもな。(父)」
相棒はひどくボロボロだった。
相変わらずの表情で、じっと私を見つめている.....。
「この子が言ってるよ。『奈央、そばにいてね。』って(母)」
「うん.....(私)」
私は相棒を受け取り、やさしく握った。
「今日はしっかり休んでね(母)」
「でもちゃんと起きるんだぞ(父)」
「うん、ありがとう。(私)」
両親がその場をあとにすると、私は一人になった。
いや、今の私には相棒がいる。
それに、三人のことも絶対に忘れない。私が三人のことを覚えている限り、三人ともいつも私のそばにいてくれる。
徐々に傾いていた日差しは、あっという間に淡いオレンジ色に変わっていた。
窓の外に立ち並ぶビル群の影が、私のいる部屋に侵入し、覆っていく。
もうすぐ夕日が沈み、代わりにビル群が夜を照らすのだろう。
大学に通っていたとき、夜遅くまで勉強で残っていた時のことを思い出す。
美しい夜景は、夜遅くまで頑張る人たちが作っているなんてことを、三人と話していたことがあった。
そんな中、都会の喧騒を忘れて自然に囲まれた場所で四人で過ごしてみたいと話したのが、キャンプのきっかけだった。
夕日はあっという間に沈み、外は相変わらずの"イルミネーション"の時間のようだ。
きらびやかなビル群に思い出を重ねながらも、私は三人と相棒を連れて、楽しくキャンプをしている自分を想像していた。
(みんな、ずっとそばにいてね。)
私はそっと目を閉じた。
気が付くと、さっきまでいやでも目に入ってきたビル群が消えていた。代わりに、見慣れない木々がこれでもかと私の視界を埋め尽くしている。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
本編といたしましては、これにて今作は無事終了いたしました。
しかし、もう一章だけお付き合いください。
最後に、本編では描ききれなかった物語の真実について、解説を投稿いたします。
それをもって、「そばにいてね」は完結となります。
ここまでの物語はいかがでしたでしょうか。
はじめての作品ということもあり、かなり苦戦をしましたが、何とか物語を書ききることができました。
感想やアドバイス、いつでもお待ちしております。
解説も現在制作中ですので、お楽しみに!!




