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[BL]めぐりくる心の名において  作者: 地底乃人M


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その名において


 成川は、動揺して足取りがふらつく湯村の歩調に合わせ、駅までゆっくり歩いた。しだいに距離ができると、立ちどまって手を差しのべた。


「おれの腕につかまるか?」


「……けっこうです」


 返事をする声も、かすれる始末だ。これから、ずっとさがしていた人物のもとへ行く。湯村の期待と不安はかつてないほど高まり、今にも発作や痙攣が起きそうだった。好きなひとへ逢いに行くことが、こんなにも息苦しい。まるで、水のなかを歩いているような錯覚におちいり、躰じゅうが重たく感じた。


「……もしかして、成川さんは、あの男の子の正体も、知っているンですか? なにもかも……ぜんぶ……始めから……」


 券売機で二枚の切符を購入する成川は、「まあな」と、真相をはぐらかす。改札口へ視線を向け、「あのチビは、春馬との約束を破って、おまえに逢いに行っちまったんだ」という。


「ほんとうに、鷹尾さんの指示で、きょうまで、こんな……」


「詮索なら、あとにしろ。なにも、春馬の云いなりになって動いていたわけじゃない。おれも、あのチビも、おまえに興味があった。おまえみたいな純粋なやつを泣かせるのは、愉しかったぜ」


「……失礼なひと」


「惚れかけたくせに」


「だ、誰が、あなたなんか!」


 成川との会話で、ふだんの調子がもどりつつあった湯村は、ちょっとした悪意が芽生えた。電車を待つあいだ、周囲に人影が少ないのを確認してから、「もしも」と、小声で話しかけた。


「ぼくが告白していたら、どうするつもりだったんですか……」


「おまえが心変わりするようなやつなら、春馬にはあんなガキはやめておけと云って、かわりに、おれが性欲の処理をしてやったさ」


「ぼくを、なんだと思って……」


「男がほしくてたまらない受け身だろ。これは忠告ではなく警告だが、次は選ぶ相手をまちがえるなよ。最初からおれにしておけば、いまごろは服の下の中身を遠慮なく味わっていた。これでも、自制しているんだ。……キスくらいで満たされるほど、おれは善人じゃないからな」


 それでも、悪人とは呼べない。成川は、湯村を鷹尾春馬(好きな男)のもとへみちびく役目を、反故にすることもできたはずだ。到着した電車に乗りこむと、湯村は成川のとなりにすわり、速まる心音に耳をすませた。深呼吸をしておちつかせると、長い足を組んでもたれる成川の横顔を見つめた。「惚れるなよ」といわれても、湯村のなかで、成川の存在は大きくなりすぎている。……初めてキスをされたとき、体質のせいで拒むことができなかったわけではなく、湯村の本能が成川のぬくもりを快感としてとらえたからである。


「ぼくは、とんでもない変態だ」


 無意識につぶやくと、成川は、笑みをこらえるため唇を歪めた。自覚したところで、どうすることもできない。成川の読みどおり、男のぬくもりがほしくてたまらない湯村は、さまざまな対人関係に臆病となり、おのずと友好的な交流さえ避けてきた。成長段階で生殖行為の基本が身にそなわったとき、すでにじぶん以外の人間を畏れるようになっていた。


 成川や水島のような男子青年と、豊かな交流を永続させる自信のない湯村は、彼らの存在に心を乱されながらも、親しみやすさや信頼といった価値を見いだしてゆく。


「……変態(ぼく)のことなんか、ほうっておけばよかったのに」


「あまり卑屈になるなよ。だいたい、常識をふりかざすやつにかぎって、変人だったりする世の中だからな。おまえが変態なのは、べつにめずらしいことじゃない」


 思いがけず、成川のことばになぐさめられた湯村は、じわじわと涙が浮かんできた。小さなころからよく泣いてしまう性格だと自覚していたが、涙の理由はそれぞれ異なり、目が腫れるまでとまらないことのほうが多かった。現在も、わだかまりのない日常とは無縁の生活を送っている。些細な事柄に思いなやんでは、気落ちする。どんなに他者とのかかわりを避けても、両親にさえ相談できない体質が恨めしく、父や母との会話は減るいっぽうだ。


 成川市弥(いちや)は、そんなときに出逢った男のひとりだった。ふつうは面とむかって云わないでおくことも、涼しい顔をして本人に述べるだけでなく、横柄な態度もやっかいな相手だが、不毛なやりとりのなかにもハッとするような意見がかくされており、軽くあしらわれているようで、実は誰よりも湯村の心情に寄り添っている。断じて、奇異なものを遠ざけない。成川のふるまいや言動こそ、常識で判断するのはむずかしいと云えた。


 いっぽう、誰とでも笑顔で話せる水島は、湯村にとって(はじめての)親友と呼べる存在になった。同性でありながら、湯村が受け身であることを承知したうえで(あるいは納得したうえで)、これまでの友好関係を裏切らない。周囲の人間には理解できない悩みだときめつけていた湯村は、当初、そこまで望んでいなかった関係を、ごく短い時間で築きあげることに成功した水島は、数少ない善人だと断言できた。



「あの、成川さん。鷹尾さんって、どんなひとなんですか?」



 その名前を、はじめて口にしたかのような感覚にとらわれる湯村は、のどが渇いてフルーツ牛乳がのみたいと思った。となりにすわる成川は沈黙を保ち、焦らしてからこたえた。



「あいつの感想なんて、恋敵に聞くなよ。今のおれは、その名前を口にするのも不愉快なんだぜ」


「じぶんで名乗ったくせに……」


「誰だって、いちどはべつの人間になりたいと思うときがあるだろう? おれは、湯村のおかげで鷹尾春馬を演じることができた。もう二度と、ほかの誰にも、あいつの名前を語らせない」



 成川にとって鷹尾は、大事な友人である。湯村は、ふたりの関係をそう解釈した。



✦つづく

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