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落日の悪役令嬢(ヴィラネス)  作者: 宮城谷七生
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第2話 王都からの使者

第二話です。

久々の投稿をしておりますので誤字脱字など教えて頂いると助かります。

今年もガニメデに初春が訪れた。


鉄のイアールンヴィズも若葉が生い茂り、氷狼フローズヴィトニルの遠吠えも聞こえなくなった。


私はいつものように町にいる患者さんたちの診療を行っていた。


お昼になり修道院に戻っていた時、修道院にフェルテスさんが訪れた。


フェルテスさんは大柄でいつも巨大な槍を背にしているので、その姿は遠くから見てもすぐにわかった。


「どうも」


彼は背中に掲げた槍を壁に置く。


「お帰りなさい、フェルテスさん。今回はどちらに行かれたのですか?」


「ノクティスまでかな」


ノクティスはこの国の王都近くにある都市だ。


フェルテスさん曰く、街道に魔獣が現れたので冒険者ギルドの要請で魔獣退治の依頼を受けたと。


「鳥型の魔獣だったんで倒すのに苦労したよ」


フェルテスさんは私に身振り手振りで討伐の様子を語ってくれる。


その話が面白くていつも笑ってしまう。


フェルテスさんはこうでなければいけないと私は思う。


「無事で良かったです」


「ありがとう。アイリーンさん、無理はしていないよね?」


「はい。ちゃんとご飯を食べて寝ていますから」


そして、フェルテスさんは私の体調をいつも心配してくれる。


魔力は大丈夫なのか、疲れていないかどうかなど聞いてくれるので私も自然と体調管理に心を配ることができた。


「それは良かったよ」


するとフェルテスさんは何かを思い出したようで「あ、そうだ」とリュックから紙袋を取り出した。


「アイリーンさんが欲しがっていた薬」


「治療用のポーションですね!在庫がなくなってきたので良かったです。ありがとうございます!」


「それと・・・あれ、ここにあったはず・・・」


フェルテスさんはリュックを床に置くと次々と中身を出していく。


そして、ようやく目的のものを見つけた。


「あと、これを」


「これって・・・」


「ハーネスリング。アイリーンさんにプレゼント。魔力が回復できるものだって」


フェルテスさんは私の魔力不足を心配してくれていたのだ。


「ありがとうございます!」


私には感謝しかなかった。


今度は私がお礼をしなければいけない。


「フェルテスさん、食事はとりましたか?」


「まだだよ」


「じゃあ、一緒に修道院で食べませんか?」


「それはありがたい。お願いするよ」


これが私たちの日常のような時間だった。


いつものように出会うたびに私たちは一緒にいた。


本当に幸せな日々だった。


でも、そんな私の前に過去を呼び戻す出来事が起こった。


私の元に王都からの訪問者が訪れたのだ。



私の目の前に現れたのが私の過去を知る男だった。


トリスタン・バラメーダ。


彼は20年前にユステリア様と共に私の断罪に関わった人だった。


現在は王となったユステリア様の側近として内務大臣を務めていると聞いていた。


彼も多くの年月を経て人としての老成しており、その姿には為政者いせいしゃとしての風格が漂っていた。


正直、私は彼に会いたくなかった。


彼は自分の犯した罪を再認識させる辛い存在であるからだ。


彼は断罪の場で私の罪をもっとも追及したからだ。


それは私にとってトラウマになった。


彼は聖女に思い入れが強い人物だったのだ。


私が牢に入れられた時には私を殺そうとしたほどだった。


近くに兄の知り合いの衛兵がいなければ私は死んでいた。


それほどまでに彼は私に敵意を抱いていた。


今のトリスタン様からも敵意が感じられた。


彼の視線が冷ややか過ぎるのだ。


私は恐怖を抑えながらトリスタン様に応対する。


「もう20年になりますね。あの断罪の日から」


「はい」


「しかしながら、あなたも変わられましたね。聖女である王妃に対して無礼を働いていた時のような生意気な態度は見られません」


トリスタン様のその言葉に所々に棘があった。


トリスタン様は今も変わっていないと私は知る。


あの断罪の時も彼は私に対して冷ややかな視線を送っていた。


そして、今でも不遜な者として私のことを見下していたのだろう。


だが、20年も経った今になって私に何の用があると言うのか。


「そうですか」


私は頷くしかない。


私の犯した罪は事実なのだから。


「あの悪役令嬢ヴィラネスと呼ばれた方も年月が経てば変わるものなのですね。まさに老いさらばえたと言うべきか」


「お褒め頂きありがとうございます。今後も神に仕える者として精進して参ります」


私は淡々と答えるのみだ。


「それで御用とは一体なんでしょうか?」


「私の元には毎日のように各地域から報告があります。その中にこの地域で治癒の魔法が使える者が現れたと。調べてみるとあなただとわかりました」


「それで私のことを確認するために来られたのですか?」


「そうです」


トリスタン様が紅茶を口にする。


「味がしない。ここではこれしかないのですか?」


「ここは辺境の地ですのでこれが最高級のものです」


「そうですか・・・」


トリスタン様がテーブルにカップを置く。


紅茶の量が減っていないのを見ると口に合わなかったのだと思う。


王都のような場所ではないし、このような修道院で高い紅茶を用意できるはずもなかった。


「でも。驚きましたよ。まさか、あなたが生きているとは思いもしませんでした。もう魔獣にでも食われて死んだかと思っていましたし」


私への嫌味を続けるトリスタン様。


私は我慢を続ける。


悪役令嬢ヴィラネスであるあなたが王妃様と同じ治癒の力をお持ちになるとは信じられなかったのです」


「それで私の力が見たいと言うことなのですね?」


「そう、話が早いです。是非とも見せて頂けると助かります」


「わかりました」


私はトリスタン様にその日の診断を見学させることにした。


いつものように内科のものは医学で、外科のものは治癒の力で対応した。


トリスタン様は私の治癒の力を見た時、舌打ちをした。


「どうして外科だけ治癒の力を使うのですか?」


「外傷のある場所はすぐに手当しなければ化膿や炎症を起こしてしまいます。そうなると最悪、部位の切断をしないといけなくなりますのでなるべくその怪我の箇所に治癒の力を使っています」


少し大袈裟に話してみるとトリスタン様は露骨に嫌な顔をした。


やはり、私が治癒の力を使うのが気に食わないのだろう。


私としてはそんなことはどうでも良かった。


今も私は多くの人を救うことしか考えていない。


その気持ちをトリスタン様が理解できるとは思えないからだ。


「それで一日、何人ほど治療されるのですか?」


「医学の診療では可能な限り治療します。治癒の力は主に大怪我を負った病人に当てます。ただ、私の力では人数に限りがありまして、2人ほどで無理をして3、4人ほどです。私の体調が悪いと治癒の力は使えないのです」


「少ないですね」


「はい。私は独学で医学と治療の力を得ました。そしてこの地に運良くいらした元医師のご老体のおかげで多くの知識を勉強させて頂きました」


「その医師は今は?」


「3年前に亡くなりました」


「そうなのですね。お会いしたかったです」


トリスタン様としてはどうやって治癒の力を学んだのか知りたいのだろう。


でも、老医師はこの世にいない。


治癒の力を学ぶにはカルタゴに行くしかない。


「では、この後に墓地へ案内しますが?」


「結構です。そこまで必要ありませんので」


トリスタン様はため息をつく。


「期待外れでした」


「どういうことでしょうか?」


「もっと大人数の患者を治癒の力で治していると思っていましたので」


「私の魔力には限度があります。聖女様と比べられても困ります」


「当たり前だ!!」


突然、トリスタン様の罵声が飛んだ。


私は思わずその圧力に後退りしてしまった。


「あなたのような悪役令嬢ヴィラネスが聖女、いや王妃様と比べるなど無礼千万!許されることではありません!」


「申し訳ございません」


「まったく、これだから悪役令嬢ヴィラネスは・・・」


そう呟くトリスタン様の聖女様への信仰の強さに私は恐ろしくなった。


後ろにいた衛兵たちもトリスタン様の急変した態度に戸惑いを見せていた。


「どうしたんだい?」


嫌な空気が流れる中、そこに現れたのはフェルテスさんだった。


「この方は?」


「冒険者のフェルテスさんです」


「そうですか」


トリスタン様はフェルテスさんに小馬鹿にした笑みを浮かべる。


選民思想と言うべきか、一介の冒険者など彼にはどうでも良いのだろう。


「惨めな悪役令嬢ヴィラネスとお似合いですね」


「トリスタン様それ以上はおやめ下さい」


私はフェルテスさんを馬鹿にしようとするトリスタン様を止めようとした。


「トリスタン・バラメーダ」


「なっ!?」


不意にフェルテスさんがトリスタン様の名前を告げた。


トリスタン様は驚いてしまったようだ。


私も驚いてしまった。


どうしてフェルテスさんがトリスタン様の名前を知っているのだろう?


私にもわからなかった。


「この国の内務大臣がこんな場所にいていいのかい?」


「・・・何故、私の名前を知っている?私はお前と会うのは初めてのはずだが?」


「俺の知り合いがカルタゴ国の王族なもので色々と話を聞いていてね」


「カルタゴ国の王族とお前が・・・」


トリスタン様にとって今の状況は不快なようだ。


でも、フェルテスさんはそんなことお構いなく話を続ける。


「トリスタン・バラメーダは優秀だと聞いていたが、このガニメデまで来るとは余程のことが王都であったのかな?」


「貴様には関係ない!衛兵、こやつを何とかしろ!!」


トリスタン様に言われるままに衛兵たちがフェルテスさんを拘束しようとした。


だが、フェルテスさんは最初に向かってきた衛兵の右腕を掴んだまま、背中で腕を締め付けて逆に相手の動きを押さえ込んだ。


「乱暴だな。何を焦っているんだ?」


「貴様!!」


「たった3人だと俺を押さえきれないぞ」


「くそ、やれ!!」


残りの衛兵たちがフェルテスさんに襲い掛かる。


するとフェルテスさんは拘束していた衛兵を突き飛ばして、襲い掛かる残りの衛兵たちの動きを遅らせた。


そして、背中にある槍を抜くと柄の方で衛兵たちの腹部を次々と叩いていった。


一瞬にしてフェルテスさんは衛兵たちを再起不能にした。


さらにフェルテスさんはすぐにトリスタン様の喉元に槍の穂を突き出した


私はフェルテスさんの強さに目を見張った。


フェルテスさんがここまで強い人だと知らなかった自分が恥ずかしかった。


「馬鹿な・・・」


「命は取らないでおこう。さっさと帰りな」


「覚えていろ!!」


トリスタン様と衛兵たちは逃げ出した。


その惨めな姿にフェルテスさんが笑い出す。


「フェルテスさん」


私はフェルテスさんに声をかける。


「申し訳ないね。さすがに彼らを許せなかったんでね」


フェルテスさん、あなたは優し過ぎます。


「私は大丈夫です。ですが・・・フェルテスさんが心配です」


「大丈夫、大丈夫。カルタゴ国に頼み込むから」


また、カルタゴの名が出る。


ここまで来るとフェルテスさんとカルタゴ国とかなり関係が深いのだろう。


「・・・フェルテスさん、あなたは何者なんですか?」


「ただの冒険者だよ」


フェルテスさんは槍を鞘に納める。


「でも、あの男は酷いな。何者なんだ?」


「私の昔の知り合いです」


「・・・苦手ですか、あの男が?」


「ええ。私の過去を知っている方ですので」


「それであの男は何をしに来たんです?」


「私の治癒の力を見に来たと」


「このガニメデまでとはご苦労なことだ」


フェルテスさんは呆れた。


「ええ」


「アイリーンさん、彼に他に何を聞かれましたか?」


「私の治癒の力がどれほど使えるか聞いてきました」


「王都に聖女である王妃殿がいるのにですか?」


「私もそのことが気になっていました」


そう、何故か治癒の力にトリスタン様はこだわっていた。


そこには何か大変なことが王妃様に起きているのではないかと不安になる。


フェルテスさんも何か思うことはあるようだ。


「アイリーンさん、これは気を付けた方がいい。そもそも20年も経っているのにあなたに会いにきたことがおかしいよ」


「そうですね」


フェルテスさんが私を心配してくれたのは本当に嬉しかった。


でも、フェルテスさんの予感は当たった。


1か月後、フェルテスさんがいない間に私の元に王家から使者が来たのだ。


「アイリーン、王城への出仕を命じる」


有無を言わさず私は衛兵たちに拘束され、用意された囚人用の馬車で王都へ向かうことになった。


その理由を聞かされないままに。


トリスタン様がユステリア様に何を言ったかはわからない。


でも、私への讒言はあったはずだ。


そして、トリスタン様がフェルテスさんに危害を加えるかもしれないと思うと私は動揺を隠し切れなくなっていた。


そして、王都に到着した私は自分の置かれた立場を知ることになる。


それは、私が聖女たる王妃の魔力を呪いで奪ったと言うありえない疑いをかけられているのだと。

トリスタン・バラメーダ

・・・ユステリアの側近。内務大臣。

20年経った今でもアイリーンを恨んでいる。

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