敵の術中に嵌まった怪盗
ファイル1:怪盗ゼータ 罪状:強盗罪
年齢は18~22歳だと言われており、性別は男。身長は175~178センチメートル程度。
特徴は、性別問わず魅了する容姿と、それに相まった言動を行う。
我々警察の最新式の装備ですら通用しない、視界認識を妨げるマントと、認識阻害のあるファントムマスクを着用している。
また、おおよそ人間ではないスペックをしているため────の実験体の可能性がある。それ故生け捕りが好ましい。
それに加え彼が盗んでいるのは盗作疑惑のあるものが殆どであり、厄介なのは、その所業から一般市民達からヒーロー扱いされていることだ。
中には、『ゼータの逮捕を止めろ』というのをスローガンにデモを行っている者達まで存在しているため、物理的にも社会的にも彼を捕まえることは非常に困難である。
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深夜、古びれた館に、カンカンカンと侵入者を報せるアラームが鳴り響く。
そしてその館の廊下を走る、夜に紛れる黒い服装をしている若い青年。脇にはこの重厚な警備網から盗んだと思われるルビーを大事そうに抱え、一目散に走り去っていく。
途中この館の警備システムであるAuto irregular exclusion system、通称Aieシステムが発動し、その青年に向けて発砲しようと銃を構える───が結局、引き金を引くことなく青年を逃してしまった。
いや、引き金を引けないようにされたというべきだろうか。
「へへ、よしよし。今日も上手くいったね」
彼の名は──怪盗ゼータ。
不当な手段で手に入れた物品を再び持ち主の元に届ける、一風変わった怪盗である。勿論彼一人で怪盗業をやっている訳ではなく、頼れる仲間達と共に執行している。
そして今なお警報が鳴り響いているのにも関わらず上手くいったとほくそ笑む怪盗は、恐らく彼くらいだろう。
「くっ、ま、待ちなさいゼータ!今日こそは、今日こそは逃がさないわよ!!」
そして、そんな彼の後ろを追いかける婦警は、風宮 詞葉捜査官だ。こうして、難攻不落の怪盗、ゼータの足取りを掴んでいるくらいには優秀な調査官であり、ゼータの逮捕に生涯を掛けている───らしい。
足には22世紀製のリミットブースターを取り付けており、限界以上に肉体を活性化させるこの装置のお陰で、なんとかゼータの速力に食らいつけている。
「詞葉ちゃんさぁ、止まれって言われて止まる奴なんていないと思うんだけど・・・?」
『おいこら!詞葉さんを挑発するじゃないの!さっさとずらかるよ!』
「おっと、怒られちゃったか・・・」
顔に着けているファントムマスク越しでもニヤニヤしているのが分かるほど、顔を歪ませて煽るゼータだが、首元に装着されたネックレス型のマイクから仲間の叱責の声があがる。
怒られてちょっとへこんだゼータ。
「逃がさないって言ってるじゃないッ!」
このままおいかけっこを続けては埒が明かないと踏んだのか、詞葉はその豊満な胸から警察機関から支給されている特製のレーザー銃を取り出す。
このレーザー銃は、放たれたレーザー光線が体に当たっても体が痺れて動けなくなる程度に改造されており、太陽の光、蛍光灯等の光を吸収しエネルギーを補充する。
つまり、暗闇にいない限りは実質無制限に連射する事が出来るという優れモノだ。
「うわっ!?そんな物騒なモノ取り出さなくても良いじゃないか!?というか胸からって・・・ふーん、やっぱおっきいんだ」
とはいえ、当たれば普通に痛い。それを身に染みて味わっているゼータは、詞葉の持つレーザー銃の軌道が逸れるように重力に逆らって壁を走る。
「もし触りたいっていうんなら幾らでも触らせてあげるから、さっさと捕まりなさい!」
「・・・くっ」
詞葉がゼータに向けて放った言葉は明らかな罠。だがそれにゼータは少しだけ心が揺らいだのを感じた。
具体的には『彼女の胸には、自分が捕まってでも揉む程の価値が詰まっているのではないか・・・?』と。
『やっぱり胸なのかしら・・・ねぇゼータ?分かってるわよね?胸に目が眩んで、まさか自分から捕まろうなんて思ってないわよね?』
「え・・・?あ、あぁうん。も、勿論さ!」
気の抜けた返事を返すゼータだが、そもそもゼータの目的は婦警の胸を触りに来た訳ではない。
依頼主であるお爺さんに、このお宝を返すためだ。
ゼータが腕に抱えている、布を被せられているルビー───名を“願い事の紅玉”という。名前の由来は、心正しき者の願い事を叶えてくれる・・・という逸話があるからだ。
実際このルビーの美しさは、まるで本当に願い事を叶えてくれるかのような輝きを放っている。
価値に直せば数十億円はくだらないだろう、それほどまでの代物。政治家達が欲しがる理由も何となく察することが出来る。
「おっと、出口が見えてきた。どうやら今回も僕の勝ちみたいだねッ!」
そう後ろにいるであろう詞葉にいい放つゼータ。事実、ゼータの目の前には外に繋がる大きな扉があった。
壁を走りながら扉に向けて、ポケットから取り出したグラップリングフックを放つゼータ。この道具は先が吸盤のようになっており、天井に向けて放てば、ゼータの体重(秘密☆)程度なら何時間ぶら下がっても問題ない程の吸着力を誇る。
そしてそのグラップリングフックはちょうど扉に引っ付き、ゼータが手繰り寄せると、扉がゆっくりとだが開きだした。張り付くだけでなく自動で伸縮できるため、物を手繰り寄せられる優れものだ、
そしてゼータが扉の前に辿り着く頃には、既に扉は侵入者を阻む役割をなくし、逆に外へと逃がす逃走経路と化していた。
「よーしよし、このまま───ッ!」
『・・・待って、何か様子が可笑しいわ』
首もとに取り付けたマイクから、疑念の声をあげる仲間の声。だが周りに人は殆どおらず、警戒するような要素は“何一つない”。
しかし確かに、何か異様な雰囲気を感じてならない。
そしてその感は的中する。
「ハハハッ!掛かったなぁコソドロォッ!!!」
「───ッ!?だ、誰だ!」
大きな高笑いをあげながら、深夜の暗闇に紛れ現れる長身の男。
その右手には見たこともないようなレーザー銃が握られており、左腕は近未来コネクタイド型義手腕が取り付けられていた。
コネクタイドというのは、人工で作られた人間の皮膚、筋肉、骨などを機械と融合させ、従来の人間本来の部位よりも更に上のパフォーマンスを発揮させる事が出来る軍事医療であり、物理的に人体と機械を“接続”させる働きを持っている。
ゼータからすれば国のお偉い方の多くが身に付けているものであり、少し見慣れているものではあるが、実際はそうではない。
部位を完全に機械化させるわけではないため、調整にも手術費用も馬鹿にならない。
つまり、これを出来るのは一部の富豪のみだけだ。
ということは必然、目の前のこの男は富豪───しかも腕に警察のシンボルマークがあることから、警察関係者であることがわかる。
警察という組織の中でも、かなりの地位にいる男なのだろう。
では、そんな男が───なぜここに?
ゼータの頭の中を疑問が埋め尽くす。普通警察のお偉いさん方というのは、自分から動かず、部下達を動かして犯人を捕まえるものだ。
しかし、今目に見える範囲にはその男しかいない。
ファントムマスクに取り付けている生体感知は目の前の男にジャミングされてしまい、何人警察が潜んでいるのかわからない。
しかも───掛かった・・・?
『ッ!?ね、ねぇ!もしかして・・・』
「残念だったなコソドロォ?いやぁ、愉快愉快!実に愉快だァ」
「ッ!ど、どういうことだ!」
「簡単さァ・・・君は私たち警察に誘導されていたんだよォ」
「・・・そ、それってまさか!」
「あぁそうさそうさ。ご苦労だったなァ風宮捜査官ゥ?君のお陰で簡単に事が運んだァ」
そう言う男の後ろには、先ほどまで追い駆けっこを行っていた詞葉が佇んでいた。しかもそれだけではなく、やはり潜んでいたのか大勢の警官がゾロゾロと現れる。
・・・いつの間に?
だがそうやって悩んでいる暇はゼータにはなかった。
再びポケットからグラップリングフックを取り出すと、付近のビルに向かって発射───出来なかった。いや、正確には発射は出来たが、透明な壁に阻まれたかのようにガツン!と音をたてながらぶつかり、ビルへと届くことはなかった。
そんな異常な様子から、ゼータはある一つの可能性が頭によぎる。
───なッ!まさかここは!?
しかしそう感ずいたときには既に遅かった、いや、遅すぎた。
「無駄だよ無駄ァ!君の周り・・・正確には扉の外は結界が張り巡らされているんだァ。入るもの拒まないが、出るものは拒む特製の結界がなァ!最後の最期で警戒を怠ったなァ、コソドロォ?」
「・・・チッ」
舌打ち一つ、ゼータ手作りの対結界用レーザー銃を取り出し、目の前の結界に向け最大出力で放つ───が、そこにはやはり何事もなかったかのように聳える半透明な結界があるのみ。
最大出力でコレなのだから、他の手段でこの結界からゼータが逃げおおせることは絶望的だ。
「特製と言っただるォ?きちんと貴様の対結界レーザー銃の対策くらいはしてあるんだよォ・・・いやしかァし、世の怪盗ゼータ様の最期というのは実に呆気ないものだなァ?まぁ、悪党にはそれがお似合いかもしれんが?」
減らず口を叩きながら、ゼータのいる結界へと近付いてきた男。
そしてそのまま右手に握っていた、これも恐らく特製だろうレーザー銃をゼータに向ける。
「───ごめんボク───達のアジトには帰れないかも」
『・・・な、何ふざけた事言ってんのよ!私が今すぐその結界にハッキングするわ!だから───』
「いいんだよ、もう」
『───え?』
現在大ピンチのゼータが恐れているのは自分が捕まる事ではなかった。自分がもし捕まれば、脳の解剖でもされて記憶を読み取られてしまうだろう。
そうなれば、仲間達の情報漏洩は避けられない。
「犠牲になるのはボク一人でいい」
『そ、それって・・・ま、待ちなさい!何か手はある筈だわ!諦めては駄目よ!私も何か・・・』
「・・・ごめん」
『え?ちょっ───』
また仲間達から何か言われる前にマイクを切ったゼータ。ゼータがやろうとしている事は、情報漏洩を防ぐための最終段階。自分という証拠の塊を、証拠を読み解けない程に失くしてしまう方法。
簡単に言えば───自爆だ。
「───あーあ、来世は“何処でもいい”から“警察の手の届かない”場所で“静かに暮らしたい”なぁ・・・」
「む?なんだそれはァ?」
そう一人自虐的に告げ、三度ポケットから何かをとりだすゼータ。
男は様子の可笑しさに気付いたのか、銃を構えている腕を下ろし様子を伺う。
「これが何かって?・・・ふふっ、君には多分一生知りえないと思うなぁ」
ゼータがポケットから取り出し右手に持っているものは、ボタンが一つだけついた小さい防犯ブザーのような機械───そう、自爆装置だ。
「一応怪盗なんてやってるからね。まぁ、死ぬことに忌避はないのさ」
『・・・き、貴様まさかァ!』
「早く撃てばよかったのに・・・悠長に銃を構えていたからねぇ?ボクを捕まえられなくて残念ざんねーんッと」
ゼータはそう言い放つと───自爆装置を起動した。
瞬間、爆ぜる爆炎。チカチカと少し薄暗いビル郡を照らす熱い光は、創作の龍が唸り声をあげたかのように轟き、地を揺らす。
結界の効果で被害はないものの、その威力はまるで此方ごと爆発に巻き込もうとするかの如く、結界全体を紅と白煙に染め上げた。
後に残るのは、爆発の影響なのか粉々に砕けているルビーの宝玉と───ゼータが大切に首に取り付けていたマイクだけだった。
───今宵、一人の怪盗が姿を消した。悲しみにくれる仲間を置いて───。




