山腹の魔物
登り始めて二日目。
先を俺より軽快な足取りで進むイネスが急に立ち止まる。
「どうした?」
声を殺し尋ねる。
魔物だろうか。
イネスは答えず、険しい顔で木立の奥を注視する。
何かあるのか?
「気になる。
何か、隠されて居る」
そう言ってイネスは道を外れ、木立の中へと進んで行く。
追いかけ、彼女に並んで歩く。
「隠されて居る?」
『僅かに空間に歪みが見えるの』
歪み?
『エルフが集落ごと隠す時に使う事があるが、それとは少し違う様じゃな』
奥に細い獣道の様なものがあった。
しばらくゆっくりとその道を進んでいたイネスが立ち止まり、一歩遅れてと俺もその理由に気付く。
何かが来る気配がする。
刀に手を掛ける。
「立ち去れ。さもなくば死ね」
それは、前方の木の陰から聞こえ、そして、そこから巨体が静かに現れる。
今まで隠れていたのだろうか?
その大きな体躯は、俺より頭三つ分くらいは高そうだ。
横幅もふた回りはでかい。
さほど太くない木の陰に隠れていたとは思えない巨体。
その体の上には牛の頭が乗って居る。
手に黒い金棒。
ラメラーアーマーの様な物を身にまとって居る。
ミノタウルス……?
金棒を、肩に担ぎ道を塞ぐ様に立つ魔物。
「イネス。手を出さないでくれ」
そう言いながら荷物を横におろす。
是非とも一人で戦って見たい。
刀を抜きながら、その巨体の前に立つ。
相手から仕掛けて来る気配は無い。
「……刀か。珍しいな」
牛の、その口調は少し嬉しそうに聞こえた。
「ヒザマル・ソラーレだ。
いざ、尋常に勝負」
強者に敬意を。
親父の教え。
「遊んでやろう。来い」
名乗る価値すら無いか。
では聞き出そう。
そして、殺す。
刀を正眼に。
「殺気が駄々漏れだ」
飛び込み振り下ろした刀はやすやすと金棒で受け止められた。
そして、あっさりと跳ね返される。
体勢を立て直す暇を与えられず迫る金棒を身を捻り躱し、刀を横薙ぎに。
迫る巨体を、すれ違い様に一閃。
タイミングは、問題無かった。
巨体の腹を薙いだ、そう思った俺の刀は、あっさりと牛の手で鷲掴みにされた。
「……手火丸か」
掴まれた刀はビクともしない。
そして、何故その名を……?
「どこで手に入れたか知らないが前の持ち主はこんなものでは無かった。
名刀が泣くぞ」
俺を見下ろしながら、牛の頭がそう言った。
……前の持ち主。
まさか、親父を知って居るのか?
「……ここでお前を倒して、そいつを越える」
「無理だ」
あっさりと、金棒を腹に喰らい吹き飛ばされる。
「……もう良い。帰れ」
まるで興味を失った様に言い放ち背を向ける巨体。
「ここは通さん。上に行く道では無い。
戻れ」
そう言って……そいつは消えた。
「待て!」
立ち上がり叫ぶが既に相手は無く。
「三年精進しろ。また遊んでやろう」
山の中にそいつの笑い声が木霊して居た。
「クソ」
俺は思いっきり地面を殴りつけた。
全く歯が立たなかった。
遊ばれた。
「行こう。目的を見失うな」
暫く地を見つめて居た俺にはイネスが静かに声をかける。
◆
「焼けた」
串に刺さった魚をイネスが差し出して来る。
それを受け取り、かぶりつく。
「三年……か」
「たった三年」
その三年が、俺には無いんだ。
焚き火の炎を見つめながら考える。
あいつを倒せば……それは親父を超えたことになるのか。
ならば、俺の残された時間でそれを一つ目的にしよう。
気負いを悟られた。
刀は止められた。
体は飛ばされた。
心技体。
全てが足りて居ない。
「鍛え直しだな」
串と魚の骨を焚き火の中へ投げ込む。
火の粉が明るく飛び散る。
「明日の朝ごはん、忘れずに」
「……はい」
◆
朝起きて、テントから出て刀を振る。
何時もの鍛錬。
今日からはそれに一つ加える。
正眼に剣を構える。
正面に昨日戦った魔物を見据え。
仮想の、その相手に対して刀を振る。
相手が、それを避け金棒を振り下ろす。
それを刀で受け止め……きれずに弾き飛ばされた。
そうやって、影の相手と立合う。
時には、あの魔物。
時には、デュラハン。
時には、親父。
勝てなかった彼らと立ち会い、鍛えてもらう。
そうやって、言われた三年を少しでも短くしよう。




