勇者の尻を追う
王都レグラスからサゴラを過ぎ、大きなトラブルなく旅は進む。
……大きな……トラブルは……無かった。
小さなトラブルは、山ほどあった……。
宿屋の飯が不味いと主人に文句を言って追い出されたり、ゴブリンの声が聞こえたと引き返して半日山狩りをしたり、休憩中に声を掛けてきた奴に鉈を振り下ろそうとしたり。
もう駄目だ。
これ以上、このおとぼけエルフに付き合っていたら俺の体と精神が持たない。
「と、思うのだが」
宿の部屋で、向かい合ったイネスが少し困った顔をする。
「こう言う言い方はしたくないが、別に一緒に旅をする理由も無いんだよ」
もともと案内人と言う話なのだから。
小さく頷くイネス。
「それは、つまり……」
そこで暫く考え込むイネス。
「奉仕しろと、そういう事?」
言いながら、俺を睨みつける。
「……は?」
「私は知っている。
人間は、こうやって暗に関係を迫り、そしてそのままなし崩しに都合の良い相手に仕立て上げようとすることを」
……何の知識だろうか。
「いや、そう言う訳では……」
「騙されない」
こういうのが、面倒なんだよ。
小さく溜息を吐く。
すると、イネスが真顔のまま続ける。
「冗談」
こいつ……。
「あまり自覚は無いけれど、迷惑を掛けているなら改める。
だからもう少し付き合わせてほしい。
私は、お前の行先に付いて行く。
駄目?」
そう、僅かに上目遣いで言う。
「……分かった。ただ、極力揉め事を起こさないようにしてくれ」
「でも、この前花売りと揉めたのはお前の方が早かった」
「そ、そうだったかな?」
「あれか?
自分が首を突っ込めばラッキースケベに発展するからノーカンか?
そんな事、起こり得ないからな?」
「だから、何の知識なんだよ。それは」
「悠久の時を生きるエルフの高尚な嗜みの知識」
……高尚か?
「ちなみに私に何かしようとしても無駄」
「しないから」
「漏れ無く鉈の餌食になる」
「しないから」
呪いの所為で、ピクリともしないんだよ……。
『えへへ』
死ね。
「これから、山を越えて、そして隣国へ入る。
隣国はここより治安が良くないみたいだから、余計トラブルに気を付けるように」
「わかった。
そこで何をするのか聞いても良いか?」
「人を探してるんだ。
最後に別れた町まで行ってみようと、そう思っている。
そこに留まっている事は無いと思うけど、何か手掛かりが欲しい」
それと、ヨルチの墓参り、か。
東と言う余計な回り道をしたけれど、これからが本番だ。
◆
ビリネオス山脈と呼ばれる高い山々がレーヴとブリズニツとを隔てて居る。
俺とイネスはリアナという麓の町に居る。
これから山を越える。そのつもりで来た。
「無理だ」
麓の宿でいきなりそう言われる。
無理と言われれば、押し通したくなる。
「腕はそれなりに自信がある」
「上はまだ雪が降る。死ぬぞ?」
「え、そうなの?」
山頂は確かにまだ白い。
「まあ、死ぬ気で行けば……五回に一回は超えられるだろうけど。
付いてく様な案内役はいないぞ」
「そうか……」
どうしよう。
予定が狂った。
腕を組んでイネスの方を見る。
「行ける」
彼女が迷いもなくそう答える。
そうか。
その言葉を信じよう。
「行って見るよ」
「なら、それなりの準備をして行け。
それと、途中で変な魔物が出る事があるから気を付けろ」
「変な魔物?」
「ああ。オーガ見たいな奴だって話だ」
オーガか。
実際にこの目で見た事は無いが大人の男を優に超える背丈に鋼のような肉体を持つ怪力の魔物。
単独で戦える目安はシルバー級の冒険者かららしい。
それでも勝てるかどうかは五分。
そう聞いて居る。
「それとさ、去年の話なんだけど、冒険者風の男の人が山に行かなかった?
フロウって人なんだけど」
「おお、知り合いか。
ここに泊まったぞ。気持ちの良い青年だったな」
「そうか。ここに……」
「……ヒザマル……そっちか!」
なぜかイネスが頬を紅潮させ、キラキラとした眼差しを俺に向る。
……何?
◆
麓の町で道具を揃え、一晩宿を取り、そして出発。
山の入り口から、行く先を見据える。
ここまで半年待った。
何度かの戦いを経て、僅かに自信も付いた。
「よし。行くか」
そう、イネスに声をかける。
自分を鼓舞する様に。
「うん。男の尻を追うぞ!」
……イネスからやけに嬉しそうな返事があった。
なんなの?
その言い方。
◆
まだ少し雪が残る山道は、進むだけで一苦労。
麓でもらった地図を頼りにと、教えられた道を進む。
知らなかったが、山の上はモンタニ公国と言う別の国の領土になって居るらしい。
レーヴとブリズニツの間に位置する小国。
そこまで行けば、ブリズニツまでは案内役が居るだろう。
そう言われ、それを信じ山を登る。
無理せず途中でテントを張り休む。
イネスが精霊を呼び出し見張りを任せてくれる。
おかげでゆっくりと休めた。
一人で行こうなんて無茶だったなと、そう実感した。




