茶道
少し、寝たのか心地よい風が頬にあたる。
(エリカ、そろそろお隣にお邪魔しにいこうよ。)
(う~ん・・・もうお昼?)
(まだだよ。笑。)
時計を見ると10時過ぎか・・・2時間ほど寝たのか。
ふぁ~とあくびをしながら、私たちは、祖母の案内で隣の家にお邪魔した。
(まぁ、いらっしゃい。お祖母ちゃんから聞いてるからね。さ、お上がんなさい。)
(失礼します。)
祖母の家と同じような感じで昔の作りだ。居間に通されて、お菓子とお茶のおもてなしを受けた。
(私が今、お茶を点ててあげるからね。)
そういうと、シャカシャカと音をたててお茶碗の中のお茶らしきものをかき混ぜている・・・
(はい、どうぞ。お菓子と一緒にね。)
(あの、これは何ていうんですか?)
(これは、茶道っていうの。昔からある、日本の作法よ。はじめて?)
(はい、初めて見ました。)
抹茶という粉を茶碗に入れ、お湯を足し、茶筅という竹で出来たものでかき混ぜる。そしてお茶碗を回転させ口にする。 中学や高校の授業で聞いたことはあるが、実際に体験したことはない。これはエリカも同じだった。
(愛? これはなんていうの?この緑の・・・)
(抹茶っていって、茶道という日本に昔からある作法なんだって。)
(ちょっと苦いけど、でも美味しいよ。それにこの柔らかい黒いのも。)
エリカがいう、黒くて柔らかいというのは羊羹のことだ。その羊羹の中に栗も入っている。
(どう? ちょっと窮屈だけど、でもこういうのもいいものでしょ?笑)
(はい。この栗ようかんも美味しいですよ。)
茶道の時間も楽しく過ごして、お祖母ちゃんは、戦争のことを語ってくれた。
(私もお祖母ちゃんも、その頃はまだ小学生だったんだ。もう、学校など行けなくて毎日、家の手伝いだよ。掃除、洗濯、炊事とね。でも、食べるものなど本当にないから、さつまいもを蒸かしただけのものだとか、お米なんか食べられないんだから。 そんな中で、あの空襲だろう? もう何度も死んだようなもんだ。)
(お祖母ちゃんからも聞いたんですけど、この辺りも凄かったんですか?)
(もう、火の海だよ。 焼野原っていうのかね。 だって、そこのキネマ通りなんて真っ赤なんだから。どう逃げたらいいか・・・それだけだったね。 無我夢中で必死に走ったよ。 上を見上げるとB-29が、本当に真上を飛んでるんだ。 いつ爆弾を落とされるか・・・いつ銃撃されるか・・・もう生きた心地がしなかった。)
(でも、どうして助かったんですか?)
(今の体育館があるだろう? あそこの地下に防空壕があったんだ。必死に逃げて着いたところがそこだったんだよ。側にいたお兄さんが私を抱いてくれてね。一緒に防空壕に入ったんだ。それで助かった。)
(お祖母ちゃんの家族とかは・・・・)
(逃げる途中で、逸れてしまって、助かったのか、どうしたのかと防空壕の中でずっと思ってたんだ。空襲も収まり、外に出て、もう驚いたなんてもんじゃない。何もないんだから。 さっきまであった家などがきれいに燃えて灰になってる・・・自分の家も燃えちゃってるな。そう思った。 だけど、もしかしたらと思って戻ったんだ。 そしたら形だけはなんとか残ってたんだ。 でも家族はどこにいるか分からない・・・そしたら、私を呼ぶんだよ。 振り向いたら、助かってるじゃないか。 もう、急に安堵したから、気を失ったよ。笑)
(どこにいたんですか?)
(軒下。それも家の。 防空壕のように穴を掘っていてそこに逃げ隠れたんだ。家に戻ってきてね。)
エリカに同時通訳をしながら伝えていく・・・・
(兄弟とか、ご家族で戦争にいった人はいるんですか?)
(兄が行ったの。それも特攻隊としてね。)
お祖母ちゃんのお兄さんは、召集令状が来たときまだ、14歳という中学生だった。 ゼロ戦で向かう神風特別攻撃隊ではなく、【回天】という潜水艦に乗り、米軍の戦艦に激突し爆発するという自爆行為だ。
(私の兄は中学3年生になるころで、その年代の人はほとんど召集されたんだよ。兄は(回天)って潜水艦を操縦してそのままアメリカ軍の船に激突するんだ・・・・助かりっこないよ。ほんとに。)
(大きな潜水艦なんですか?)
(とんでもない。人一人が入れるくらいの。魚雷って聞いたことあるだろう? それを操縦するんだよ。)
紙にその【回天】を書きながら語る・・・
(え? こんなミサイルのようなものに人間が乗るんですか?)
(そう。だから、人間魚雷・・なんていってたね。)
信じられん。 中学生の子がそんなミサイルに乗って激突するなんて。
(兄が【回天特攻隊】として家を後にするときに、この手紙を家族に渡したんだよ・・・・)
エリカの祖母と同じだ。 その手紙を見ると、アメリカで見たときの想いが過る。 エリカの祖母が見せてくれた手紙と同じ、中学生が書いたとは思えないキレイな毛筆で書かれていた。
(愛、私にも訳して。)
手紙を読み、私は声がつまり涙が溢れ出そうになった。
< お父さん お母さん、小生にも旅立つ日がまいりました。 此の度皇国の為立派に旅立つ機会を得ました。 14年の歳月、小生を立派に育てていただいたこと、誠に感謝いたします。
思えば14年、親孝行らしきこと何一つ出来ずいたこと、お父さん、お母さんに満足なことをなさず御苦労を御掛け致し誠に申し訳なく存じます。ただ後悔の念につきます。
小生の想いを伝えるとするなら、14年の命、とても短く思います。もし、許されるとし命があるならば、小生も勉学に励み、社会に出て立派に育った姿を見せたく思います。もっと許されるなら、それが叶うなら、恋もし家庭も得て子供も授かり孫を見せたいです。
しかし想いとは、はらなく崩れるものです。
小生は、もうお父さん、お母さんの姿は見れません。 残された妹、弟、それに祖母、祖父 よろしくお願いいたします。
お父さん、お母さん、泣かないでください。 小生は笑って旅立ちます。
14年間、ありがとうございました。
さようなら。 >
ふぅ・・・こういう手紙は本当に弱い。なんとか最後まで読んだが・・・
(エリカのお祖母ちゃんにもお兄さんがいてゼロ戦に乗ったんです。この手紙と同じような感じなんです。)
(戦争で死にいくなんて、誰でも本意ではないよ。でも、この時代はそんなこと許される時代ではなかったんだ。だから、もう二度とこういうことを起こしてはいけない。戦争で一番、悲しむのは残された家族なんだから。 )
窓の外に顔を向け涙を隠そうとしているエリカ・・・
(ところで、どこかに行くって聞いてたけど?)
(鹿児島に行くんですよ。エリカのお祖母ちゃんの故郷なんですけど。いろいろ調べたいことがあって。)
(鹿児島? 何を調べにいくんだい?)
(生まれ故郷に、もしかしたらまだ家族が残っているかもしれないんです。それを調べに・・)
(アメリカから来たのかい???)
(はい・・・そうなんですけど・・・)
お祖母ちゃんは唖然とし驚いたが、
(でも、家族も相当なお年だろう?もうすでに他界しているかもしれないし、戦時中の時の場所が今もあるとはちょっと・・・)
(でも、行くしかないんですよ・・・ふぅ。)
(もう、お正月だから、明けて5日くらいに鹿児島に向かったほうが、戦争の関係施設もやってるだろうし、なんとかなるかもしれないね。)
(抹茶、美味しかったです。お話も聞けてありがとうございました。)
(また、いつでもおいで。)
隣の家の人にも聞けて、あとは鹿児島に行くのみだ。 一年の締めくくり、大晦日を迎えようとした日にあることがキッカケで鹿児島行が急に決まった。




