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 転移と同時にプェルの細い肩を抱きしめる。


()、だよプェル」

「ギ、ギニ!?」


 彼女はいつもと同じようにビクッとして、それから俺だと気がついて力を抜く。


 ・・・寝台に突然現れる男に、全幅の信頼を預けるのは問題だと思うぞ。

 俺のことだけど。


「シブレ・ニュンペー男爵、改めて初めまして、宮廷魔術師筆頭ギニュルックディム・セブティミヌだ」


 部下?か使用人?らしい数人の男を連れたシブレは、俺を見てぽかんとしてから、顔を赤黒く染めた。


「貴様っ、のこのこと我が家に顔を出すとは!

 人の妻に懸想する恥知らずの変態が!!」

「・・・変態はご自身の間違いなのでは?

 少なくとも俺は、女性に縛られて蹴られて(ナジ)られて(ナブ)られて悦ぶ趣味はない」

「ぐ、ぬぅっ」


 ここぞとばかりに、調べて判明したシブレの性癖を晒す。


 人の嗜好にどうこう言うつもりはないが、小児性愛のドMじゃ、救いようがない。

 サディスティックで、見た目は子供の女性なんて括りじゃ、理想の相手を見つけるのは難しそうだ。


 俺はプェルがどんな姿でも好きだ。

 もっと育っても老婆になっても、好きな自信がある。


 プェルは、夫に幻滅してくれたかな?と様子を伺うが、驚いた表情のまま、キョロキョロしている。

 可愛いなぁ。


「国王陛下直筆の書簡を読んだろう。

 これ以上落ちぶれたくないのであれば、荷をまとめ国外へ出られる事をお勧めするが?」

「・・・っ、妻も共に行く。

 ペルティルは我が妻なのだから」


 にたりと笑う顔を見た瞬間、ぐるぐると腹の底で渦巻いていた怒りが、肌の表面にまで登ってきた。

 ぞわりと全身に鳥肌が立つ。


「彼女の名すら正確に言えない変態男に、俺のプェルティリュを渡す気はない」


 怒りに駆られて殺してしまいそうだ、どうしたらいい。

 プェルの目の前で殺しはしたくない。


「ギ、ギニ!ちょっと待って、何が起きているの?

 どうしてわたしが夫と国外に行かないといけないの?

 何があったの?」

「・・・国外になんて行かせない」


 怒りを抑え込めなくて、プェルに助けを求める。

 細い肩を抱いて、柔らかい唇に逃げる。


「ん、むっギ、ニっ」

「絶対に、国外になんて行かせない、この変態と君が共にいるなど、考えるだけで不愉快だ!」


 プェルの唇は甘い。

 心を落ち着かせられそうだ、と思ったその時。


「それは我が妻だ!」

「プェルは()()じゃない、貴様には指一本触れさせるものか」


 キンキン・・と頭の中で音がした。

 薬缶が沸騰して、高い音をたてているような。

 目の前が白くなって・・・。


「〜っ!

 ギニ!落ち着いてっ」

「おごっ」


 顎に、抉るような右フックが打ち込まれた・・・と自覚した時には、魔力の制御を失っていた。


「「「「「・・・ハァ?!

 ひぃ?!、ぎゃああああああっっ」」」」」

「あ、せ、せせ先輩っ!まずいっすよ〜!暴発するっ!!?」

ゴート(ゴーティアルフィカ)、最上級結界!!」


 脳を揺さぶられて、思考が飛んだ。

 怒りと共に暴発した魔力が、周囲で暴れまわっている。


「・・・殴ってごめんね、ギニ」

「あ、相変わらず、いいパンチ、だ、いてぇ。

 プェル、君は普段とてつもなく気が弱いくせに、どうしてこういう時だけ、抉るようないい角度のを打つんだ!?」

「そ、そんなの知らないわっ」


 一度感情を発露させたせいか、怒りはすっきりと消えていた。

 九歳以来の痛む顎を押さえてプェルに問うと、アワアワと真っ赤になる。


 ・・・可愛い。


筆頭(魔王)様〜、イチャコラすんのもいいですけど、暴発して垂れ流しの魔力、抑えてくれません〜?」


 一見脱力しているが、本当はかなり限界ギリギリで焦っているゴートの声に、周囲を見回す。

 ・・・や、やばい。


 部屋が、いや、商人宅の離れ自体が崩壊していた。


「あーあ、こうなるの分かってたから、止めたのに」

筆頭(魔王)様〜、ヘタレて、ちゃんと説明しないから、こんなことになるんすよぉ?」


 二人の正論に反論できない。

 肩書きは俺の方が上司だが、魔術師歴も年齢も二人の方が上だ。

 勉強と仕事しかしてない俺より、人生経験も豊富、なんだろうな。


「悪かった」


 周囲を渦巻く魔力を霧散させながら言うと、二人とシブレ達は、木屑だらけの床に崩れ落ちた。

 俺はプェルがこれを見てどう思うか、が怖くて下を向けない。


「疲れたー、筆頭(魔王)様の魔力量考えて暴発させろってのぉ」

ゴート(ゴーティアルフィカ)、無理言わないの。

 貴女だって「先輩ストップ!ストップゥ!」か」


 怯える俺の姿に気がついたのか、二人が軽い口調で囃し立ててくれる。


 すると、腕の中で震える細い体。

 続くのはくすくすと愛らしい笑い声。


 ・・・情けないが、俺は心の底から脱力して、泣きそうになった。


 プェル、俺のプェルティリュ。


 君は俺のものだ。

 誰にも奪わせはしない。






  ◆




 あの後、シブレはプェルとの契約を破棄し、正式に離婚してニュンペー男爵家と縁を切り、国を追放された。

 と言うか、俺が直々に追い出した。


 国境に張り巡らせた結界に触れると、俺の所に知らせが来る魔術具を、足首にはめてやった。


 非道?当たり前だ。

 しかし無一文で追い出したわけじゃない。



 ものすごく不愉快だったが、供述書が必要なのでシブレから詳しく話を聞くと、初夜にシブレはプェルに華麗なアッパーを〝お願い〟したらしい。

 だが、意識的なものではないので、プェルにはできなかった。


 つまり、シブレはプェルの愛らしい外見と、俺を〝ぶちのめした〟幻のS気質剛腕のギャップに惚れていたらしい。

 悪人ヅラの俺の側に平気でいる(つまり)大人しいふりをしている、と思っていたわけだ。


 しかし本物のプェルは気の弱い、愛らしいごく普通の女性。

 少々、いろんなことに疎く、俺の顔を見ても平気な理由は、怖くて聞いていないが。

 外見は少女のようだが、プェルの中身は年齢相応だ。


 契約上と言うことで、シブレはプェルの純潔を散らしたが、それ以降は彼女を傷つけないように、と家人に厳命していたらしい。

 ところが、彼女が大人しい上に口を出してこないので、侍女達が調子に乗って、プェルを虐げていた。


 仕事一筋でほとんど家にいないシブレは、気がつかない。

 愛人に溺れていると思っていたが、シブレの連れていた〝偽愛人〟は、貴族を効率よくたらしこむための、専属契約した高級娼婦だった。


 俺は愛人の素性まで調べていなかったので、まんまとシブレの策にハマっていた、とも言える。


 まあ、すでに恋敵でないと分かれば、そこまで追い込むこともない。

 シブレ個人の財産は国に徴収されたが、俺自身の私財から金を幾らか、用立てた魔術具を幾つか商売の元手にしろ、と渡した。

 越境で反応する魔術具も、何かあった時に助けてやれるように、だ。


 軽犯罪者として国から追い出す以上、援助はこっそりする必要があったので、俺が直々に追い出したのだ。

 こうして、俺とシブレの確執は解決した。


 二度と貴族になんか関わるな、と助言をして。


 シブレは俺にはめられたと思っていたようだが、警ら隊長等に「貴族に贈賄するな」と言われて、自分の失策に気づいたらしい。

 そもそもシブレが貴族位を得たせいで、問題が大きくなったのだ。


 むしろ隊長が「お前の元嫁に惚れてる筆頭()のお陰で投獄されてないんだ、感謝しろ」とか言ったらしい。


 俺の株を上げる気なのか、俺のダメっぷりを暴露する気なのか、パルスス隊長の意図がよく分からない。


 兎にも角にも、独り身となったプェルは、もともと社交の場に出ていなかったこともあり、貴族社会の噂には上ったものの、すぐに立ち消えた。

 見たこともない女性の悪口をいつまでも会話に上げ続けるほど、貴族社会が平和ではないとも言える。




  ◆




 俺は、今、陛下の側で控えながら、プェル(唯一の癒し)を待っている。


 現在地は、王城内の社交場の大広間。

 つまり周りには正装した男女がうじゃうじゃいる。


 押し付けられた、国王陛下護衛の仕事を放棄して俺が逃亡しないように、魔術師師団長が笑顔で背後に立っている。

 いっそのこと、師団長が護衛任務しろよ、と思っていたら。


「お前のような極悪人顔が、陛下に大人しく従っている!ってのが重要なんだよ!」


 と事前に軽く一時間くらい怒られた。

 師団長には俺の悪人ヅラが外側だけだ、ととっくにバレている。

 それらしく演技とかしてないし。




 捕り物騒動の後、時期を見て先代のニュンペー男爵、プェルの父親に会って、彼女を妻に乞う許しをもらった。


 名乗った時は驚かれ、恐怖で震えられたが。

 俺がいつもプェルと遊んでいた、元町民Aの〝ギニ〟だと知るなり、先代に泣かれた。


「君があと一年早く来てくれていたら・・・」


 俺もそれには同意見だ。

 プェルをたった一晩とはいえ、他の男に触れさせたのは、俺にとって一生ものの傷だ。


 俺は先代に誓った。


「国を滅ぼしてでもお嬢さん(プェル)を守ってみせます」


 ・・・なぜか怯えられた。

 心の底から本気なのにな。



 許可を得たので、その後で城の執政官とも話をしたが、俺が男爵家に婿入りするのは、下策らしい。

 ニュンペー男爵家が、地方の領主であることが問題らしい。


 俺が人間兵器としての力を持つ以上、領地まで与えるのは・・・と反発が考えられる、と。

 金も地位も権力も、令嬢のプェルを手に入れるために必要な道具でしかないので、俺としては宮廷魔術師を辞めてもいいと言ったら、陛下に泣きつかれた。


「お前がいなくなったら、誰が周辺国に睨みを効かせるんだよ!」


 それ、俺でなくてもいいんじゃないか?と思ったが、陛下に逆らうと、辺境に派兵されそうなので、愛想で笑っておいた。

 なんか、青ざめて引かれた。


 プェルに会えなかった数年間。

 毎日が無味乾燥すぎて、無表情か仏頂面しかしてなかったとはいえ、笑ったのに怖がられると困る。


 なんか、俺の持ってる一代騎士爵を、男爵に差し替えるのをやめて、代わりに男爵家に子爵位を授爵して、養子を迎えてもらうことになった。

 なんで俺が男爵になる予定だったのか、とか言われてもよくわからん。

 説明できないので、とりあえず首を縦に振っておいた。


 貴族社会に全く興味がないし、学校では魔術と精霊の力を扱うことしか学ばなかった。

 正直、俺は誰に会っても怯えられるので、駆け引きに向いてない。



 で、俺が陛下の護衛として社交場にいる理由。

 俺にこれだけの衆人環視の中で、子爵令嬢のプェルに求婚させたいらしい。


 (ミナゴロシ)の魔王はこの国に骨を埋めるぞーって広めたいって。


 あ、ちなみに、これ表向きな。


 実は、もうプェルには二人きりの時に求婚して、了承の返事をもらってる。

 幸せ絶頂でなければ、こんな晒し者になる仕事を受けたりしない。


 詳細を語る気はない。

 恥ずかしくて死ぬ。


 理由はもう一つ、プェルの社交場での立場作りだ。

 彼女は(田舎者で没落寸前男爵家の娘だったので)今まで都の社交場に出てない上に、短い間とはいえ、犯罪者の妻という噂がたった。


 それが再燃しないように、俺がきっちりと周囲の火種を消しておく。

 プェルに関わるなら、魔王を敵に回す気で来いよ!って。


 プェルを晒し者にしたくはないが、これからも貴族社会で生きていくことは確定なので、最低限の立場を確保しておく。

 俺はプェルを守るためなら、晒されてもいい。


 さすがに諸外国の要人もいる中で、ぶっつけ本番して断られたら、物理的に死ぬかもしれないが。




  ◆




「ニュンペー子爵様、ご登城でございます」


 社交場を初めて訪れる貴族は、顔を知らしめる意味もあり、名を告げられる。

 一瞬会場内が(ニュンペー?)(ん?誰?)(え?今宵は上級貴族のみだろ?)という雰囲気になったが、すぐに男共の視線がプェルに集まる。


 イラっとした。


 今日のプェルは、ホワイトリリーの髪色を引き立てる、濃いラズベリー色のドレスを着ている。

 肌が白いので、すごく映える。

 何枚も生地を重ねて、肩口が一番色が濃くて、裾に連れて色が薄くなる。


 もちろん肌の露出は最低限だ。

 着丈はもちろん、首元までしっかり覆うデザインになっている。

 俺以外の男に、プェルの肌を見させはしない。


 緑がかったプェルの髪が、ドレスの色で映える。

 暗い中に一つだけ灯る、明るい蝋燭みたいに目立っていた。

 視線が集まっているからなのか、髪より色の濃い瞳が、不安そうに瞬いている。


「陛下」

「・・・行ってこい」


 気のせいではなく苦笑された。


 俺は走り出しそうな気持ちを抑え、ゆったりとした歩みを心がける。

 彼女にふさわしい男としての振る舞いを、忘れてはいけない。


 俺が歩いていくと、人波が割れる。

 もちろん俺の顔が怖いから、だろうな。


 今日の俺はプェルのドレスと色味を合わせ、赤みを抑えたレーズン色の正装を着ている。

 正直に言うと、貴族の正装なんてものを着る日がくると思ってなかった。


 俺の茶髪と茶瞳は、色こそ薄くなったものの、プェルのような綺麗な色ではないので、どんな服を着ようが、見栄えが良くなることはない。

 鍛えてもいないのに、ガタイも無駄にゴツくなったし。

 顔は言うまでもない。


 しかし今夜は特別だ。

 プェルの選んでくれた艶のある生地なので、地味な色だが、社交場の明かりを反射して光っていた。

 その上から、魔術師だと示す飾り紐を何本も垂らしている。


 父親である子爵に寄り添っているプェルの元へ、心も足も迅る。


 プェルは俺が近づくと、瞳をきらきらさせて迎えてくれた。

 これだけで、俺は世界一の幸せ者だと、胸を張って言える。


「良い夜ですね、セブティミヌ筆頭魔術師殿」

「はい、素晴らしい夜です、カオト・ニュンペー子爵。

 御息女をお預かりしてよろしいでしょうか?」


 精一杯の笑顔で腰を低く。

 子爵が俺の義父になる、と言葉にして言わなくても分かるくらい。


 子爵が俺の肩書きを呼んだ事で、ざわりと喧騒が広がる。

 あれが魔王?とか、あんな顔で宮廷付き?だとか聞こえてくるが、ここでは無視だ。


「ええ、よろしくお願いいたします。

 セブティミヌ殿」


 子爵の言葉に、周囲にいた貴族達が、一斉に息を飲む。


 俺は仕事で忙殺されていたこともあり、興味もなかったので、これまで社交の場に顔を出した事がない。

 悪名(鏖の魔王)は国中に轟いていても、意外と顔は知られてないのだ。

 比類なき悪人ヅラなので、一度見たら簡単には忘れられないらしいが。


「プェルティリュ嬢、今宵、お側に控える許しをいただけますでしょうか?」

「はい、喜んで」


 愛らしい笑みを見て、一気に緊張してきた。

 慣れないことばかりで、緊張して震える指を悟られないように、プェルのほっそりとした指に沿える。


 プェルは背が低いので、彼女の歩幅に合わせ、ゆっくりと陛下の元へと戻る。

 まずは挨拶・・・だったよな。


 一夜漬けに近い形で社交場のマナーを覚えたが、失敗するとプェルの地位向上にも暗雲が立ち込めかねないので、絶対に間違えられない。

 頭を下げて、陛下から声をかけられるのを待つ。


 ・・・面倒臭い。


「宮廷魔術師筆頭のセブティミヌか。

 今宵を楽しんでいるようで何よりだ、そちらの麗しい御婦人は、お前の婚約者だったか?」


 陛下の余りにもわざとらしい言い回しにもかかわらす、周囲の貴族達は驚愕の表情になる。

 貴族ってのは、もっと表情を隠してうまく立ち回るもんじゃないのか?


 俺、さっきまで陛下の近くにいましたよ?

 護衛騎士なら、魔術師の飾り紐は着用しないし。


 初めて衆目に姿を晒した魔王が、婚約者をお披露目とか、俺はあざとすぎると思うんだが。


 陛下の許可を得て、俺は下げていた頭をあげる。

 でも、視線は胸元に、だったよな。


「はい、こちらはニュンペー子爵家令嬢のプェルティリュ嬢です」

「お初にお目にかかります。

 プェルティリュ・ニュンペーと申します」


 プェルは俺なんかより、ずっと堂々としていた。

 こういう肝の太いところなんか見ると、本当に惚れ直すんだよなー。


 俺は影で魔王なんて呼ばれてはいるけど、本当はそんな活躍なんてしてない。


 むしろ戦いは怖い。

 と言うか、実際戦場でやってたのは、国境に沿って結界を張って、不法に侵入できないようにして戦況を管理したり。

 侵入者を特定する魔術で、敵兵の存在を味方に知らせる、とか。


 当初はヒラ宮廷魔術師で、魔力量だけは図抜けていても、実戦経験があまりにも足らないせいで、裏方仕事が多かった。


 魔王の二つ名の由来も、緊急!と捻じ込まれた最前線で、恐怖で大規模魔術を暴発させて、居並ぶ敵兵を広範囲でみじん切りにしてしまったせいだ。


 文字通り(ミナゴロシ)だった。

 双方が望んでいない血の雨を、戦場に降らせてしまった。


 敵国側が被害が大きすぎる!と退却してくれたからいいものの。

 運よく味方に被害が出なかっただけで、味方にとってもあれはひどい精神負担になった。

 自国の兵士にまで怯えられた。


 顔は悪人ヅラでも、俺はごく普通の町民Aなんだよ!


 半精霊のせいで精霊の力が強くて、魔術適性が高いだけで、俺自身が危険人物のように扱われるのは納得いかない。

 だからこそ、何があっても柔らかく笑っているプェルを尊敬している。

 俺の顔を怖がらない彼女は、本当に俺の救いだ。


 プェルが無敵じゃないのは知ってる。

 亡くなった母親を思って泣く所、寂しがりな所。

 彼女を傷つけるのは簡単だ。

 だからこそ、俺は彼女を守ってあげたいと思える。


 プェルに関してだけは、俺は強気で動く。


「して、何用だ?」


 うわ、きた。

 仕込みのセリフ。


 俺は緊張で唾を飲み込み、プェルを伺う。

 プェルは大丈夫だよ、と言いたそうな優しい笑みを浮かべていた。

 彼女には敵わない。


「プェルティリュ嬢の名誉回復のため、この場で婚姻を認めて頂きたいと願います」


 ごまかしはしない。


 俺は真っ向から彼女を妻に迎える。


 プェルには後ろ暗いところなどない!と全員に教えるために。


「プェルティリュ・ニュンペー嬢、其方は〝(ミナゴロシ)の魔王〟などと呼ばれている男の妻になる気なのかね?」


 あれ?なんだそれ。

 打ち合わせにそんな会話あったか?


「其方は若く美しい、もっとふさわしい男など、いくらでもいよう?」


 ま、まさかの陛下による婚約破棄?!

 嘘だろ?!


「陛下、失礼ながら申し上げます。

 わたしはギニが隣にいてくれると、とても心安く暮らせるのです。

 どうかお認めいただけますでしょうか」


 ・・・え、それ、本当?

 まずい、涙出てきた。

 嬉しすぎて。


 初めて、プェルが、プェルの口から俺がそばにいていいって、側にいてくれるって。

 うぅ、嬉しいっ。


「ギニ(え、そこを残して縮めるの)・・・か。

 まあいい、そなた達の婚姻を認めよう。

 誰か、この場にて若い二人へ祝福と宣誓を与えよ」

「・・・失礼致します陛下。

 その大任、この老骨にお任せいただけますでしょうか?」


 ちょ、ちょっと待ってくれ、なんか打ち合わせと違いすぎないか!?

 なんで、王室顧問の元枢機卿の爺様が出てきてんだよ!


 一夜漬けのマナーではどう動いて良いか分からず、パニクっている俺を置いて、どんどんと話が進んでいく。


 気がつけば俺達は、ほぼ全ての上級貴族が揃っている場で、枢機卿と陛下による祝福を与えられ、婚姻証明書は後日発行するとか言われつつ宣誓を・・・あれ?

 もしかしてこれ、結婚しちゃったってことか?!


 え?

 国民への披露としての結婚式と、町での披露宴は別で二回やれ?

 何を?


 え?

 ちょ、俺達は見せもんじゃねええええええ!!!


 俺の内心の叫びは、誰にも通じなかった。




 後日、海千山千の貴族共に付け入らせないように、あの場で王族が後ろ盾になっているぞ、と示したかったのだ、と陛下に言われた。

 なんで俺に言わなかったんだよ、と軽くキレたら、周囲に垂れ流した魔力に怯えている陛下が叫んだ。


「お前、そんな顔(極悪人顔)のくせに、嫁関連だけ隠し事が下手くそすぎるんだよ!」


 ・・・そうだったのか。

 俺は悪人ヅラなのに、本物の悪人にはなれそうにない。


 これからも俺は、顔だけ怖い町民Aの心を忘れないで生きていこうと思った。

 プェルティリュと二人で。
























  ◆ その後 ◆




 その国には、凶悪な魔術師がいた。

 全ての人々を、恐怖のどん底へ突き落とした悪の権化、稀代の魔術師。

 彼の者の呼び名は〝(ミナゴロシ)の魔(術)王〟。

 恐ろしい魔王の傍には、生贄として捧げられた〝薄幸の精霊姫〟が常に繋がれ。


 美しい精霊姫の嘆願により、魔王は姫がこの世を去るその日まで、国を守り続けたという。

 姫亡くなりし後、魔王の姿を見たものはいない・・・。



 ・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・だって、すごいよギニ、わたし死んだことになってる」

「俺は魔王じゃないっ、ただの町民Aで、ごく普通の魔術師だぁ!!」


 夫の魂の叫びを聞いた妻は、パタリと新品の本を閉じて肩を震わせた。

 笑いをこらえて。


 妻が持つ本の題名は『(ミナゴロシ)の魔王と薄幸の精霊姫』の十三巻。

 本にかけられた紙帯には「史実に基づいた感動の冒険活劇、恋愛巨編!満を辞して堂々完結!」と煽り文句が書いてある。


 これは今度新しく出る庶民向けの娯楽本で、ものすごい売れているシリーズだ。

 見本品として、先ほど出版先から届けられたばかりだった。


「(相変わらず)捏造ばっかりじゃねえかよっ!!」


 怒りに任せて、本を床に叩き付けようとする夫の手から、妻は無実の本を抜き取る。


「新品なのに、破れちゃうでしょ?」

「・・・っう、うううっ」


 メッ!と言われた、夫はクシャリと顔を歪ませ・・・。


「俺は魔王じゃないいぃぃいいぃいぃいっ」


 小さい子供のように妻の膝にすがって泣く、情けない夫の姿にも、幾つになっても容色が衰えず〝精霊姫〟という呼び名がふさわしい愛らしい女性はころころと笑う。


「だって、ギニだもん、しょうがないよ」

「プェルも俺の顔が魔王で極悪人だって思ってたのかよ!?」

「極悪人?

 ギニは・・・かっこいいよ」

「っ・・・プェルーー!!」


 悲嘆から一転、歓喜の涙と共に、極悪人顔で魔王のはずの夫は、生贄として捧げられたはずの妻に抱きついた。

 ひざまづいた夫が、座っている腰にしがみついているのに、妻はころころと笑う。


 頭一つ以上の身長差があり、体重もかなり違う体格差から、魔王が生贄姫を絞め殺そう(鯖折り?)としているようにしか見えない。


 妻はよしよし、と泣く夫の頭を撫でる。

 気苦労が絶えないせいか、元から色素の薄い夫の髪には白髪が増えて、年々白くなっている。



「・・・かあさま、とうさまを甘やかさないで下さい。

 とうさまは見掛け倒しなんですから」

「フェッテ、とうさまは一流の宮廷付き魔術師だぞ。

 性格はともかく、魔術師等級は特級だから見掛け倒しじゃない」


 夫妻の(普段通りの)過剰なスキンシップを見て、辛辣な意見を述べたのは、今年で十歳になる長女のフェデニクリュッテ。

 母に似て全身の色素が薄く、精霊らしい幼い外見をしているが、中身は誰に似たのか、合理主義者だ。

 名前も精霊似の外見に相応しい、ややこしい精霊っぽいものだ。


 妹を諌めたのは、茶髪と茶瞳を持つ十四歳の長男、キロン。

 父親似の鋭い目元を持っているが、極悪人ヅラではなく、線の細い雰囲気イケメンで〝裏で画策する悪人ヅラ〟だ。


「そうやって二人が甘やかすから、とうさまが外と中で顔を使い分けるんでしょう!?」


 娘の的確かつ真実を突いた意見に、妻に愛でられ妻を愛でていた、宮廷魔術師師団長ギニュルックディム・セブティミヌは、赤くなった目元を隠そうともせずにしょぼくれた。


 別に使い分けてない・・・。

 城内では、貴族の陣取りゲームが怖くて素を出せない(無表情か仏頂面で黙ってる)だけだ・・・と。


「とうさまー、リボン結んで下さい!」


 そこにパタパタと駆け込んできたのは、八歳になる次女のヒュリン。

 茶髪と茶瞳の顔立ちは両親のいいとこ取りをしており、将来は目元の涼しい美人になりそうな少女だ。


「かーさまー、ちーさいボタンがはめれないっ」


 ヒュリンと一緒に駆け込んできたのが、精霊似の次男。

 キャンタックィブィ。

 四歳になったばかりで、好奇心の発露と怪我の数が現在進行形で比例している。


「おーい、薬茶淹れてくれる?」

「私もお願いね」


 更にもう二人。

 ギニュルックディムに似ているのに、ギニ(ギニュルックディム)よりも若い青年と、壮年の女性。


 男性の方は生粋の精霊、ルゥエオウェモリー。

 鋭い目つきは、ギニにそっくりなのに、イケメンだ。


 精霊は人よりも遥かに長命であるため、数十年経っても若い姿というのは有名な話だが。

 彼はギニの実父だ。


 長男のキロンが産まれた年に、ふらりと「仕事明けた〜」とギニの母の元に戻ってきて、それから町に住んでいるが、時折「孫に会いたい!」と二人で都を訪れる。


 外見では母と子供にしか見えないが、二人は正式な夫婦だ。

 精霊にとって、相手が加齢していくことは、喜ばしいことで、(ウト)むことではないらしい。

 むしろ自分の長すぎる生にうんざりしている精霊は、短命な伴侶を得た場合、自分の命よりも大切に扱う。


 そんなわけで、ギニの両親は毎日イチャラブ生活だ。


 子供達は、両親の過剰スキンシップだけでお腹いっぱいだったのに、もう一組増えた。

 可愛がってくれる祖父母を好きではあったが、食傷気味だった。




「ギニ、今日はなんの薬茶?」


 プェルの問いで、ギ二は愛妻家モードに切り替わる。


「胃腸に優しいル=ボスの葉をベースに、金華の花を足したオリジナル」


 これは自信作なんだ!と胸を張る夫を、妻は楽しみだわ、とニコニコ見守っている。

 子供達は、どこか醒めた様子でそれを遠巻きに見守り。

 もう一組のバカップルは、通常営業。


 これが、王城内では「(ミナゴロシ)の逆鱗に触れるな、消し炭にされるぞ」とまことしやかに囁かれている〝魔王〟の日常。

 今日も、国は平和です。



 

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