第2話 アイドル志望オミナ
一からアイドルをスカウトして育てて戦わせる。
字面から察するにすごく大変そう。そもそもアイドル知識なんてない。
大和丸にアイドルはいないとのことで。ひとまずカインは若い女性が集まる場所に向かった。
大和丸のセンター街。東京でいうところの渋谷や新宿に相当する。
個人の居住区が多くを占める船内にて。唯一の大型ショッピングモールや歓楽街が存在する場所。センター街。
四月。平日の真昼間だというのに多くの人が行きかう。
ゲーセンやカラオケ、安価なファッション店が並ぶ通りを歩く。
当然、ターゲットの若い女性グループがちらほら。男女のカップルも混じっているが、それはスルーしよう。
男連れでスカウトに成功するわけがない。
「っていうか、どう説明すればいいんだ?」
いきなり、アイドル戦士になってクラーケンを倒しませんか、と話しかけるとドン引きされる可能性大。事案だ。不審者として警察に通報される。
聖遺物アイドルのモリのことは伏せ、まずは普通のアイドルをスカウトするところから始めよう。そうしよう。
カインは女性単体もしくは女性グループに話しかける。
もちろん顔面偏差値が高い子を狙う。アイドルに疎いカインだけれど、アイドル=可愛いというのは知っている。可愛いは正義だ。
一人目、二人目、三人目。単体の女性は逃げられる。しかし、女性グループの方は数の優位さからか立ち止まり話を聞いてくれる。
副船長タニザキさんがアイドルを募集している。僕と一緒にアイドルを目指さないかい? そんな感じで気楽に話しかける。
タニザキさんの知名度は都道府県でいうところの県知事なみだ。写真を見せれば誰でも知っているくらい。掴みは良い。可愛い可愛いを連呼して女性をヨイショするのもOK。問題は別にあった。
事務所がないのだ。
日本にいるころは芸能事務所がアイドルをスカウトしていた。もしくはお偉いさんがオーディションを開催して全国からアイドルを集めていた。
しかし、カインは一人きり。後ろ盾はタニザキさんしかいない。
今からアイドルサークルを作るから参加しないかと勧誘する大学生のようだ。
これでは誰も真剣に話を聞いてくれない。せいぜいナンパの口上だと思われる。
もっとも大和丸にはテレビ局がない。専用の公式チャンネルはニュース番組のみで娯楽系はすべて素人による動画配信によって満たされている。テレビをつければ公式のニュースか動画配信かのどちらかになっている。
テレビ局がないのだから必然的に芸能事務所も存在しない。
大和丸におけるアイドルとは動画配信者を意味する。
大型の動画配信者になると徒党を組み、組織を作り、会社を経営している。
「そっか。まずはそっち方面からアポイントを取ればいいんだ」
カインはスマホを取り出し、さっそく動画配信者の会社に連絡する。
電話コール三秒。先方が電話に出る。用件を話すこと三分。断られる。
先方は動画配信に尽力しており、歌って踊れるアイドルは目指していないらしい。
そりゃそうだ。クラーケンとの戦時下において純粋なアイドルは絶滅危惧種。
センター街を行き来する人たちは遊んでいるように見えて、みんな生活するために戦っている人ばかりなのだ。
娯楽系アイドルは必要とされていない。
カインが与えられた情報は聖遺物アイドルのモリがアイドル力の高い女性によってレベルアップすること。
そのため日本にいた時のような純粋なアイドルを必要とすること。
どちらかというと高校の部活動に近いかもしれない。
営業を必要としない。歌って踊れるアイドルと作詞作曲を手掛ければいいのだ。
大和丸に住んでいるほとんどの女性はアイドルになりたいと思っていない。
ここは方針を変えてピンポイントでアイドルになりたい子を探すべき。
顔面偏差値が高い子を選んでいては何年たっても見つからない。
ダイヤの原石を探すのではなく、普通子をプロデュースする趣旨に変えた。
顔は置いておく。置いておくことにしてカインはアイドル志望を探すことにした。
まずは動画配信サイト。
センター街のこじんまりとしたカフェに入り、バッグからパソコンを取り出す。
起動。大和丸の無線に接続完了。
テレビ中継される大物ではなくネット配信される新人を中心に探した。
踊ってみた。歌ってみた。など配信している女の子。
それも顔出しで自尊心の強そうな子を片っ端から閲覧する。
これだと思った子にスマホで連絡を入れる。メール送信。アイドルやってみない?
もちろん大和丸の正式なアイドルプロデュースであることを添える。
十人ほどメールを送ってからカインはパソコンを閉じる。
窓際の席から外を見る。センター街を行きかう人々は幸せそうに歩いている。
まるでクラーケンの脅威など忘れたかのように思い思いに移動する。
そんなはずない。日本を奪われたショックは一年やそこらで癒せるような事件ではない。みんな断腸の思いで船での生活を営んでいる。
大和丸での生活が快適だったのが不幸中の幸いだった。
カインはバッグから古びた本を取り出す。
カフェでジャズの音楽を聞きながら、数人の談笑をBGMに読書にふける。
ちょっとした哀愁を感じた。
これまで学校という組織に守られていた。
強化人間になってからもタニザキさんの指導の下、何人かの強化人間たちと一緒に楽しくやってきた。それが今や無職同然。
アイドル探しも育成もクラーケン退治もぜんぶ一人でやらなければならない。
前代未聞の出来事に対して模倣できる大人は一人もいない。
カインは孤独を感じた。
今まで守ってもらっていた組織を抜け出し、新しいことに挑戦する。
それは家族を失ったときの悲しみに似ている。
強化人間の開発を離れた今、仲の良かった学友とは卒業したも同然。
たった一人なのだ。たった一人でクラーケン退治を遂行しなければならない。
泳げない強化人間にチャンスを与えたタニザキさんに甘えるわけにもいかない。
カインは孤独を忘れ去ろうと必死になって物語の世界にのめりこんだ。
☆☆
耽読しているとあっという間に閉店時間になった。
カフェの店員さんに声をかけられて意識が現実に戻る。
すみませんと会計を済ませて店を出てメールをチェックする。
返信があったのは三人。そのどれもがアイドルに興味はあるものの戦時下であるという理由で辞退していた。大和丸では十代中頃の少女も働かなくてはならない。
学業と就労の両立。船員に求められている最低限の義務だ。
仕事をしなくていいのはカインのようにクラーケンを倒すために訓練漬けの毎日を送った強化人間くらいなもので、本当に今まで船の人たちに支えられていたのだなと実感する。
「アイドル戦士も仕事の義務を放棄してもらうか?」
いやいやダメだ。
日本を取り戻そうと必死になっている中、規律を乱して集団に迷惑かけたくない。
仕事とアイドルの両立。十代であれば学業にも専念してほしい。
カインの負担は増えるばかりであった。
突っ立っていても仕方がないので近くのカラオケに入店する。
いっそのことアイドルの曲を聴いて自分でも歌ってみようかという気分になる。
カイン自身、アイドル無頓着からにわかファンに転職しなければ。
アイドルのプロデューサーなんて話にならないだろうと思った。
店員さんからマイクの入ったカゴを受け取り、ドリンクバーでコーラを入れ、個室に移動する。部屋に入ると自室のような居心地の良さを感じる。カラオケ機材の電源を入れて部屋の照明を暗くする。
まずはアイドルの曲を聴きまくる。
作詞、作曲の問題が残っている中、なんとかなるとポジティブ思考で後回し。
パソコンを開いて動画投稿サイトから適当なアイドルの歌ってみたを流す。
そのどれもが日本にいたころのアイドル。
たまに他の戦艦で流行っているアイドルの歌ってみたがあったが、違う戦艦はすでに他国と同義。他国の文化が大和丸までくるのは時間がかかる。
「やっぱり大和丸独自のアイドルを創出する必要があるか」
カインが一人うんうんうなっていると、隣の部屋から歌声が漏れてくる。
大和丸のカラオケは狭い室内を無理に改装した節があり、防音設備が弱い。
なので大声で歌うと隣の個室から音が漏れる。
「あれ、この曲知ってるぞ」
カインは隣から流れてくる歌声のフレーズを記憶し、パソコンで検索する。
曲はアイドルアニメのオープニングだった。
「アイドル……アニメ……?」
今まで思いつかなかった観点。
そう、アイドルは何もリアルのアイドルだけではない。
二次元のアイドルも存在しているのだと知る。
「聖遺物アイドルのモリはアイドル力さえあればレベルが上がる。アニメか……」
動画投稿サイトでアイドルアニメを検索する。すると、文化祭で男子がアイドルアニメの踊りを完コピして踊っている動画を発見した。
九人の高校生が楽しそうに踊っている。観客は好きなように掛け声を送る。
それは日本が無事であったころの輝かしい記憶。
九人の高校生がヲタ芸を披露している。楽しそう。青春だ。
カインは高校生活を満足に送れなかった。自分が失った時間を思い出す。
文化祭で踊って青春している高校生たちをめっちゃうらやましく思った。
「これだ。僕が目指しているのはこれなんだ!」
興奮し、思わず立ち上がる。
大和丸にきて復讐にかられ、忘れてしまったもの。青春。文化祭のノリ。
今の偽りの幸せを享受している大和丸のみんなに必要なのはこのノリだ。
カインは高校の部活動のようなアイドル戦士を目指すことに決める。
文化祭上等。素人がアイドルアニメで最高のステージを用意しよう。意気込んだ。
そうと決まれば行動あるのみ。スカウトを再開する。
個室を出て、隣の様子をうかがう。扉の隙間から覗くと十代の少女が歌っていた。
「――なっ!?」
閃光一閃。雷に打たれる。超弩級の衝撃を受けた。
中学生くらいの女の子がマイクを片手に踊っていた。
空いた手で小指を立てながらアニメソングを熱唱している。
艶々の黒髪。白い肌。前髪で目元が隠れている。一見、地味だが素材は良い。
白いカーディガンにヒラヒラのスカート。
何よりも目を引いたのは上下に揺れる胸。地味巨乳というやつだろうか。
女の子はアイドルアニメの踊りを自分なりにアレンジして踊っていた。
カインはいてもたってもいられなくなり、扉を開けた。
目と目が合う。中学生くらいの女の子は突然の来訪者に驚き、固まる。
歌い手を失ったアニメソングのメロディだけが粛々と流れる。
「誰ですか?」
マイク越しに女の子が訪ねる。おどおどしていて可愛い。
「いきなりごめん。一目惚れした。僕は、あなたが欲しい!」
大きな声で女の子に詰め寄った。見る人が見れば警察沙汰だ。
アイドルアニメの曲を独自にアレンジして踊る理想の女の子。
そんな子を見つけてしまったカインは、常識というものを度外視した。
半ば脅すように、自分のあごほどの身長の女の子に接近する。
「アイドルを目指してみないかい? いや、ぜひ、アイドルになってほしい!」
「ひぃっ、わ、わかりました」
「ありがとう。ささ、今すぐ名前を書いてほしい」
アイドル戦士を承諾する書類に、半強制的に記入させる。
名前はオミナ。歳は十四歳。年齢に見合わず素敵な胸の持ち主だった。
☆☆
「それで無理やりアイドル戦士にさせちゃったのかい?」
後日。一人目のアイドルをゲットしたことをタニザキさんに告げる。
彼は深いため息をつく。
悪徳商法みたいに無理やり参加させたことに後ろめたさがあるようだ。
カインも非常に申し訳なく思う。
「はい。押しに弱い子でして。僕の乱入に怖がりながらもOKしてくれました」
すぐに言い訳を付け足す。
「でもでも、アイドルアニメに興味があるみたいで。曲も踊りも完璧でしたよ」
地味だが素材は良い。アイドルになる素質十分。これから楽しみな逸材だ。
タニザキさんはオミナの書類を見ながら個人情報を確認する。
「ええっと、バイトはカフェ。コミュニケーションを取るのが苦手。アイドルを志望した理由は、自分を変えたかったから。なるほどね」
「何もプロになる必要はありません。高校の部活みたいに練習して文化祭ノリでアイドルをやればいいんです。それでもアイドルのモリには十分通用するはずです」
「親御さんに承諾は?」
「もちろん挨拶してきました。日本を取り戻せるなら、と快く認めてくれました」
オミナはコミュ障で地味だけれど潜在能力はある。オシャレすれば変われるはず。
地味子をプロデュース。冴えないアイドルの育て方。どんとこいっ! だ。
「カイン君の報告はわかった。よろしい、以後アイドル戦士の開発に尽力してくれ」
「はい。ありがとうございます!」
頭を下げる。用無しの強化人間に新しい役割を与えてくれたタニザキさんに感謝。
「ただし……」
タニザキさんの次の言葉にカインは固まった。
「保険としてあと二人のアイドル戦士を見つけること。そして共同生活をすること」
あと二人? 共同生活? ――はいぃぃぃっ!?
「アイドルは個人ではなくグループということだ。最低あと二人は欲しい」
「きょ、共同生活の方は?」
「アイドル力をあげるには生活習慣から改善する必要があるそうだ。加えて、厳しい組織がチームワークを深めるために合宿するように、君とアイドルも深めてほしい」
タニザキさんの言っていることは本気だ。本気でアイドル戦士を育てる気だ。
「わ、わかりました。頑張ります」
大和丸で二番目に偉い人に逆らえるはずもなく。思春期には嬉しい恥ずかしい共同生活が始まる。たぶん地獄を見る。強化人間の訓練を思い出し、カインは震えた。
とにもかくにも。紆余曲折を経て。アイドル志望のオミナが仲間になった。
アイドルのにわかファンであるカイン。
不審者の乱入におびえ、泣く泣くアイドルになった押しの弱いオミナ。
泳げない無能とおどおどコミュ障。
そしてまだ見ぬ二人の仲間。
そんなやつらの共同生活に、カインはただただ不安を募らせるばかりであった。
果たして杞憂ならばよいのだが。
性格の不一致で――ケンカ――修羅場になるのは目に見えていた。




