第1話 強化人間カイン
「初めまして。強化人間一号カインです」
大勢の人に囲まれた少年が自己紹介する。
彼の名前はカイン。学生服の似合う快活な少年だ。明後日の方向にはねた髪が自己主張している。中肉中背。体重、身長、座高と三拍子揃って平均的な十七歳だ。
クラーケンに日本を占拠されて一年が過ぎた。
当時、高校一年生だったカインは避難した。
カインをかくまってくれたのは大和丸。
もともと海洋生物を討伐するために作られた大型船だ。
関東全域に住む避難民を乗せた大型船は、それだけで一国に相当する。
日本をいったん諦め、クラーケンを倒すための船上生活が始まった。
カインは一年間必死で努力した。
大和丸の船長が行った政策。強化人間開発政策。その施行。
それによってカインは強化人間となり、クラーケンを倒す力を手に入れた。
今日はそのお披露目会だ。
大和丸の船上には各分野のお偉い先生方が集まっている。
流れる風を受けてカインの髪の毛がなびく。
春。新しい門出を祝うには、海風は寒すぎた。
「今からクラーケンの討伐をお披露目します」
大和丸がクラーケンの巣まで近づき停止する。
いつもなら迂回する海域。しかし、今日は違う。
強化された体を披露するために小型のクラーケンが浮遊している場所に近づく。
「では、行ってまいります」
カインは盛大な拍手を受けて海に飛び込む。
飛び込むや否やカインの頭の中を走馬燈のごとく。過去の訓練が流れていく。
丸々一年。クラーケンを倒すために大和丸の中で厳しい特訓を重ねてきた。
「あれ? そういえば海中で訓練してないや」
そして思い出す。生前、まだ肉体が生身の頃、カインは泳げなかった。
それは現在も引き継いでいる。
大きな音を立てて海に飛び込み、そのまま垂直落下。海底まっしぐらに沈む。
沈む。沈む。沈む。
泳ぎ方なんて知らない。人間は水に浮くようにできていない。
宿敵クラーケンを目の前にして強化人間カインは戦わずにして敗北を喫した。
☆☆
「陸上最強で海中最弱だ」
タニザキ副船長は笑って言う。
「面目ない」
海底に沈んだカインを助けたのはタニザキ副船長だった。
三十路の若きエリート。タニザキ副船長は大和丸の副指令にして防衛主任、学校の先生を兼任している。強化人間の開発。カインの教育係を任せられている。
「本日をもってクラーケン討伐の任務から外れること。泳げないから仕方なしだ」
「ああ、わかりました。今までありがとうございました」
タニザキさんに頭を下げる。この一年間、タニザキさんのおかげで強くなれた。
クラーケン討伐には果てしなく意味のない努力だったけれど。
白衣を直し、若白髪のある髪をかいてタニザキさんは考え事をする。
「働かざるもの食うべからず。カイン君。何かやりたい仕事はあるかい?」
タニザキさんは船内で二番目にえらい。彼に頼めばどんな仕事だって斡旋してくれる。中途半端な強化人間は肉体労働に従事するのもありだろう。
けれど、カインは曲げられない思いがあった。クラーケンを倒す。家族の仇だ。
「強化人間としてはポンコツでした。でも僕はクラーケンが倒したいです。タニザキさんのお力でクラーケンを倒す仕事につかせてもらえませんか?」
もう一度深く頭を下げる。強化人間のお披露目で失敗したのは全部カインの責任。タニザキさんの顔に泥を塗る形で終わったけれども汚名返上の機会を欲した。
カインは頭を下げたまま十秒間たっぷり固まる。
「頭をあげてくれ。カイン君がおぼれて不幸中の幸いだった。君を助けた海底付近に聖遺物の反応があったんだ」
「聖遺物?」
「旧人類が残した最後の希望だよ」
聖遺物とは海底生物を倒すために作られた武器。定住先を大型船に移し、強化人間の開発に成功した現人類の科学力。それを軽く凌駕するほどの性能を秘めた旧人類の遺物だ。
大和丸を始め都道府県別に分かれた船の多くが聖遺物を搭載し、クラーケンに襲われた際はそれで撃退している。
カインは目を輝かせた。大和丸が発見した聖遺物は剣なのか、槍なのか、はたまた飛び道具なのか。質問せずにはいられなかった。
「どんな聖遺物が発見されたんですか?」
タニザキさんは含みを持ち、焦らしながらもニッコニコ顔で教えてくれる。
「アイドルの銛だ」
「あいどるのもり?」
想像したのは三つ又の槍。素潜りの漁師が海中に潜り、魚に狙いをつけて発射するあのモリだ。
「カイン君の想像した通りの物だろう。聖遺物はアイドルの銛。なんでもアイドル力の高さによって攻撃力が上がっていく代物だそうだ」
アイドルの銛はアイドルの歌を聞くことによりレベルが上がる。歌、踊り、歌詞、曲、熱量など様々な分野をアイドル力と評し、トップアイドルになればなるほど強くなる。レベルが上がれば日本を占拠した超大型クラーケンを倒すのも夢ではないほどの強力な武器らしい。
「残念ながら我が大和丸にはアイドルが存在しない。せっかくの聖遺物もアイドルがいなければ宝の持ち腐れだ」
そう言ってから、タニザキは何かを閃いたように握り拳で手のひらを叩く。
「そうだ。アイドルが不足しているんだ。ならば育てればいい。カイン君?」
「はい」
「君の仕事が決まった。アイドルを育成してくれ」
「アイドルですか?」
高校生になる前にクラーケン襲撃で日本を追われ、大和丸では一年間を強化人間の特訓に費やしてきた。忙しい日々。もちろんアイドルには無頓着。でも面白そうだ。
カインは少し考えてから二つ返事でOKした。
「わかりました。銛の力を最大限に引き出せるほどのアイドルを育てます」
こうして戦闘員の強化人間カインはアイドル育成部門のプロデューサーに転身することに決まった。




