エピローグ
世の中には、二種類の人間がいると思う。妖怪が見える人間と、見えない人間だ。
で、そう言うぼくは、見える人間ってわけ。別に、自慢じゃないよ。だって、見えない方が、いいに決まってるもの。
今日も、ぼくのクラスに転校生が来たんだけど、もう見えちゃってるんだ。他の人には普通の小学生に見えるだろうけど、本当は違う。なんて言ったらいいのかわからないけど、昔話に出て来る童みたいな感じだ。座敷わらしの一種かもしれない。
沼井俵太というその子はぼくの隣の席に座ると、ニッコリ笑って「よろしく」と言った。
「あ、ああ、こちらこそよろしく。ぼくは新川千之助だよ。変な名前だろ?」
「そんなことないさ。そうだ、新川くん。家が同じ方向だから、今日は一緒に帰っていいかい?」
「え?」
今日会ったばかりなのに、何故ぼくの家を知っているんだろう。ゾクッと震えた。
「心配しなくていいよ。新川くんの家は楡小路さん家の近くだろう? おいらは知り合いなんだよ」
「へえ、そうなんだ。あ、でも、ここんところ、楡小路さんの姿をあんまり見てないなあ」
「そりゃそうさ。今入院してるもの」
「そうだったのか」
「おいら、遠くから引っ越して来たけど、頼りにしてた楡小路さんがいなくて、少し心細いんだよ。ねえ、いいだろ、一緒に帰ろうよ」
どうしよう。でも、悪い妖怪には見えないし、気がついていないフリをして、普通の友だちとして付き合えばいいのかな。
「うん、わかった。じゃあ、放課後に声を掛けてね」
「おお、ありがとう。それじゃあ、放課後に」
ぼくは、帰りのことが気になって、一日中授業に集中できなかった。
放課後になり、沼井くんが「じゃあ、帰ろうか」と言ってニッコリ笑った時には、かえってホッとしたくらいだ。
ところが、一緒に歩きながら、沼井くんから「本当は、わかってるんだろう?」と言われて、ドキリとした。
「え、な、何が?」
「おいらのことを、さ。ああ、だけど、心配すんなよ。黙っててくれりゃあ、それでいいんだ」
ぼくが、何と返事をしたら一番安全なのか考えている時、前の方から見たことのある人が歩いて来るのが見えた。
ちょっとヤクザっぽい若い男の人で、髪がメチャメチャ短くて、目つきが鋭くて、真っ黒なシャツの一番上のボタンまで留めている。楡小路さん家の餓鬼を退治してくれた、陰陽師の人だ。確か、玲七郎さんって言ったっけ。良かった、助けてもらおう。
でも、ぼくが何か言う前に、沼井くんが玲七郎さんに「よう、もう大丈夫なのか?」と友だちみたいに話かけたんだ。
玲七郎さんもニヤリと笑って、「まあな。点滴打って、一晩入院させられたがな」と答えた。その後、すぐにぼくに気がついて、「おお、おまえ、千之助じゃねえか」と嬉しそうな顔をした。
「はい。あの、玲七郎さんと沼井くんは、お知り合いなんですか?」
ぼくが尋ねると、玲七郎さんは、プッと吹き出した。
「そうか。沼井って名乗ってんだな。でも、よく学校に入れたな」
沼井くんも笑って「ああ、塙という駐在の親戚ということにしてもらった」と答えた。
「そうか。あの駐在には、随分世話になったな。救急車で後藤を運んだ時も、うまく口裏を合わせてくれた」
「助かったのか?」
「ああ、何とか命は取り留めたよ。日本刀がギリギリ心臓の横だったらしい。但し、ここ数日の記憶は全くないようだ。まあ、その方が、お互いに良かったけどな。そうそう、日本刀を振り回した楡小路の爺さんも、心神喪失だったってことで、お咎めなしだ。まあ、当分、精神科に入院だろうがな」
ぼくにはよくわからない話を仲良く話している二人を見て、少し安心した。
だから、玲七郎さんが急に「なあ、千之助」と呼んだ時には、驚いて飛び上がりそうになった。
「あ、はい!」
玲七郎さんは苦笑いして、「そんなに怖がるなよ」と、ぼくの肩に手を乗せた。
「こいつの正体はもうわかってると思うが、ぬらりという妖怪だ。だが、悪いやつじゃねえよ。元々山の上に住んでたんだが、悪い妖怪を退治するのに協力してくれたんだ。ところが、人間の味方をしたということで、山に居辛くなっちまった。で、当分の間、人間界で暮らすことにしたんだ。おれももう帰らなきゃなんねえし、こいつと友だちになってやってくれねえか?」
ぼくは、今度こそ安心して答えた。
「ぼくらは、もう友だちだよ」
沼井くんは、泣き笑いのような顔で何度も頷いていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
この作品は、半井風太が主人公の傀儡師シリーズのスピンオフです。前回の『セカンドオピニオンは、ルルイエで』では、サブ主人公でありながら、充分暴れさせられなかったので、彼をメインにした作品を書こうと思い立ちました。もっとも、今回は本人に負担がかかり過ぎたかもしれません。
さて、傀儡師シリーズは、一旦お休みさせていただき、少し充電期間を置きたいと思います。いずれ再開しますので、それまでお待ちください。
では、また。