第八百五十四話
「お嬢様!」
「ああ、そうですわね」
出されたお茶に手を伸ばすが、関中佐扮する執事さんに止められる。これは本当にお茶を飲もうとした訳ではなく演技の一環だ。
「これは失礼を致しました。すぐに淹れ直します」
お茶を回収して店長さんが退出する。そして幾つかの湯飲み茶碗と大きめの急須を乗せたお盆を持って帰ってきた。
そして目の前で急須から湯飲み茶碗にお茶を注いでいく。均等にお茶を注がれた湯飲みのうちの一つを関中佐が指さす。
「これを」
「承知しました」
店長さんへ関中佐が示した湯飲みを手に持ち、ゆっくりとお茶を飲んだ。この謎の儀式は毒を警戒しての行動だ。
ダンジョンの宝箱から産出されるマジックアイテムには、毒を無効化するという物も存在する。しかしその量はかなり少ない。
政府高官や財閥の上層部といった人達ならば所持していてもおかしくないが、新興商家の令嬢が所持しているのは不自然な貴重品なのだ。
なので同じ急須から淹れたお茶の中からこちらが指定した物を店長が飲む事により、お茶に毒が入っていないと証明してみせた。それが一連の行動の意味であり、俺が新興商家の令嬢であると補完させる為に行われた茶番であった。
「ではいただきます・・・それで店長さん、今日はどんな出物を見せていただけるのかしら?」
「はい、お嬢様の為に本日ご用意させていただいたのは木像と茶碗になります。まずは木像からです」
店長は一旦席を立つと別の机に置いてあった木箱を抱えてきた。上部の蓋を開け、慎重な手付きで中から如来様の像を取り出す。
「これは現在富裕層の皆様の間で話題となっております仏師の手による薬師如来像です。その仏師は素性を公表していない為制作依頼を出す事が出来ず、市場に流れる作品は希少品となっています」
どこかで聞いた事があるような話だな。それはそれとして関中佐、表情は変わっていないけど笑いを堪えてないか?
「そんな仏師が居るのですね」
「業界では幻の仏師と呼ばれております。噂では今上陛下も幻の仏師の手による仏像をお持ちだとか」
店長さんはこの仏像を入手するのにどれだけ苦労したかを語っているが、俺の耳には少しも入ってこなかった。この店長が黒である事が決定したからだ。その理由は二つある。出されたお茶とこの仏像だ。
店長は俺がお茶を飲んだ時僅かに口角が上がった。恐らく何かしらの薬を仕込んでおいたのだろう。店長も飲んでいるが、予めカウンタードラッグ(薬を打ち消す薬)を飲んでおけば店長は薬の影響を受けないだろう。
そしてこの木像だ。確かに俺は薬師如来像を彫っているが、それは滝本医院に飾られていて引っ越した際迷い家に移設した。
現在も迷い家に飾ってある為、誰かが迷い家から持ち出さない限りあの薬師如来像がここに存在する筈が無いのだ。
よってこの木像は偽物という事になる。店長さん、まさか目の前に座る令嬢(笑)が幻の仏師と呼ばれている本人だとは思わないだろうな。




