第八百二十話 とある士官候補生の誤算
「まあ、そうだよなぁ・・・」
翌朝、広島城を訪れた辻谷は人混みにより近づく事も出来ない広島城を見て嘆息した。神使様の学友という立場を利用して入り込めないかという万に一つの可能性を求めて来たものの、これでは城門に辿り着く事すら出来ない。
「どうするよ、これじゃあ皇帝陛下や神使様のお顔を拝む事が出来ないぞ」
「何処に行くにしても二号線に出る筈だ。五十四号線で待とう」
一部の野次馬は城から離れて沿道で一行の車が来るのを待つ戦法に切り替えたようだ。辻谷もそれに倣おうとしたが足を止めた。
「走る車に近寄る事なんて出来ない。ならば車から降りる場所で待つしかないな」
神使様の乗る車は、当然周囲をガードされているだろう。そこに駆け寄ったとしても警護の兵に取り押さえられるのがオチだ。
士官候補生で神使様の知己だと訴えた所で、走る車を止めてもらえるとは思えない。なので視察の為に車から降りる所を狙うしかない。
広島駅に移動した辻谷は報道で神使様や皇帝陛下を乗せた車列が二号線を西に向かった事を知ると山陽本線に飛び乗った。
昨夜予想した通り、彼等は厳島神社に向かうだろう。そう決め打ちして宮島口に向かったのだった。
「おい、あの船は乗れないのか?」
「申し訳ありませんが、本日あのフェリーは貸し切りとなっております」
宮島口に着いた辻谷は、乗車口を閉じたまま待機するカーフェリーと船のチケットを求める人達を目にした。
「あの船を貸し切ったのは陸軍だろう。となると、神使様は車から降りずにそのまま船に乗るか」
車から船に乗り換える際に接触しようという目論見は破綻した。ならば絶対に車から降りる場所、厳島神社に行くしかない。
「すいません、厳島に渡る最も早い船に乗りたいのですが」
「今からですとこの便となります。それ以前の便は満席です」
乗船券売り場の係員が示した便は一時間程後の便だった。それでは厳島神社に先回りする前に神使様の乗る車列が到着してしまう。
「何とかなりませんか?」
「なりませんね。お客様の間で話し合い、融通される分には構いませんが・・・あの状態ですから」
係員が指差した先では、乗船券を持っていると思われる人達に乗船券を譲るよう詰め寄るマスコミが居た。
「無理そうですね。その乗船券を下さい」
「はい、ありがとうございます」
先回りする事を諦めた辻谷を他所に、無事に到着した車列は兵士が警護する中カーフェリーに吸い込まれて行く。そして全ての車両を収容してフェリーは宮島港を出港していった。
「キツネのお姉さん見えなかった」
「そうだな。でも、厳島神社に行けば見られるかもしれないからね」
落胆した幼子を父親が頭を撫でながら慰める。そして厳島から到着した船が乗っていた旅客を降ろし乗船手続きを開始した。
「おい、どけ。俺達が先だ!」
並んで順番を待っていた父娘や辻谷を押しのけ、大きなバッグやカメラを担いだ集団が乗船していった。
「先に乗っても、どうせ全員乗らないと出港しないのにな」
マスコミや一般客を乗せた定期便は、遅れる事なく定時で宮島港を出港したのだった。




