第八百十九話 とある士官候補生の苦難
「うん、漉し餡も美味しいけどチーズも美味しい」
海軍士官でありながら陸軍士官学校の生徒でもある少年、辻谷候補生は軽く夕食を食べた後買っていたもみじ饅頭を堪能していた。
「何だ?来客の予定は無いし、フロントなら内線使うだろうし・・・」
いきなり激しくドアをノックされ、辻谷は扉の陰に隠れるようにして様子を窺う。ノックが止む気配がないのでドアスコープを覗いて叩いている人間を確認した。
「な、何をやっているのですか。兎に角入って下さい司令!」
扉を叩いていたのは、先日神使様について質問をするため訪問してきた呉基地の司令官だった。接触した事を知られぬよう目立たない行動をしなければならない司令の暴挙に辻谷は呆れ返った。
「あんな目立つ事をするなんて、司令は俺が海軍の関係者だと喧伝するつもりですか!」
「そんな事はどうでも良い!神使様だ、神使様とロマノフ皇家が広島に来ている。これは千載一遇のチャンスだっ!」
辻谷が陸軍に潜入しているのは、神使様である滝本中尉の情報を得て出来れば懇意になり海軍との関係修復を促すのが目的であった。
「我々は即座に神使様と皇帝陛下への謁見を申し出たが、第五師団経由で断られてしまった。しかし貴様ならば・・・いいか、神使様にお会いして何としても我らとの会談を実現するのだっ!」
司令は辻谷に神使様と接触するよう命令した。辻谷は呉基地とは指揮系統が異なる為直接命令を受けるのは筋違いとなる。
しかし尉官が大佐の命令を拒否するというのはかなりの勇気を必要とする。そして彼にはその勇気がほんの少し足りなかった。
「了解しました。本職は滝本神使様への接触を試みます。神使様御一行はどこにお泊りのなるので?」
「広島城らしい。あそこはかつて大正天皇陛下がご滞在なされた。神使様や皇家の方々が滞在なされても問題あるまい」
当の本人達は普通のホテルでも全く気にしないのだが、そんな事は外部の人間には分からない。
「城に行っても会えるかどうか微妙ですね。神使様達は外出する予定は無いのですが?」
「明日は視察に赴くような事を記者会見で言っていたな。だが何処かまでは言及しなかった」
「呉という事は無いでしょうし、本命は厳島神社でしょうか」
神の使いが神社に参るのはごく自然な発想だった。辻谷も例に漏れず視察先を厳島神社と予想した。
「視察先ならば接触する隙もあろう。地方総監も期待なさっている、もし上手く纏めれば出世コース間違いなしだ。必ず成功させるように」
神使様やロシア帝国皇家との関係修復を夢見て浮かれる基地司令は上機嫌で帰っていった。
「陸軍の士官候補生が神使様と海軍の間を取り持つなんて不自然極まるのに・・・どうやって会談させろと?」
詳しい手順を示さず丸投げする基地司令に、辻谷は荒れた気を落ち着ける為にもみじ饅頭をやけ食いするのだった。
作者「辻谷君、コンビニで酒を買おうとしたら未成年だから売れないと断られて代わりにもみじ饅頭を買ってました」




