第六百六十七話
二日目。地上に戻れば実習終了という事で生徒達の足取りも軽く・・・とはいかなかった。水を飲みきりダウン寸前といった様相の生徒もチラホラ出てきたのだ。
「中尉殿、あいつ大丈夫ですかね?」
「ダメなようなら練馬の兵が対応するだろう。俺達は手出ししない方が良い」
限界を迎えた生徒への対応も彼らの仕事だ。余計な手出しはしない。
「み・・・水」
「仕方ないな、ほれ」
「あ、ありがとうございます。うわぁ、丸々と太ったドバミミズ!これならウナギも入れ食いですね!・・・って、違うわっ!」
使い古されたネタだが鉄板のお約束である。あのミミズを使って迷い家の川で釣りをすれば、ウナギが入れ食い状態間違いなしだな。
「・・・まだまだ余裕ありそうで何より」
「あの兵士、これだけの為にミミズを持ち歩いていたのですかね?」
ダンジョンの土の中にいるとは思えない。多分釣具店で買ってきて用意しておいたのだろう。
「それ、もう一階層だぞ。地上は近い、頑張って歩け!」
一階層まで戻った事で、生徒達の顔に安堵の色が浮かぶ。水を飲みきり半死半生の生徒も、ゴールが見えた事で最後の気力を振り絞って歩く。
「うっ、しまった!」
しかし、ゴールが近付き安堵したのは生徒だけではなかった。兵士も気が抜けたようで、一瞬の隙を突いて突撃豚が兵士の守りを突破した。
「終わりが見えた事とモンスターが弱い事で油断しましたね」
「も、申し訳ありません中尉殿!」
幸いターゲットとなったのが俺だったので事無きを得た。着せ替え人形で双剣装備に変更し、突撃豚を切り捨て対処は完了した。
「実戦で見ると凄いな」
「流石は中尉殿、そこに痺れる憧れる!」
などと小さなトラブルはありつつも、ダンジョン実習は大きな怪我をする者もなく無事に終了した。モンスターの接近に慌てて転倒、軽傷を負った生徒は出たらしいが、それくらいは無視して構わない損害だろう。
地上に戻り借りていたリュックサックなどを返却する。多くの生徒は返却後に水を貰いガブ飲みしていた。
「ただの水がこんなに美味しいなんて知らなかった!」
「水って、大切なんだなぁ・・・」
帝国では蛇口を捻れば幾らでも水を得る事が出来る。しかし、日常で当たり前に使用されている水は貴重品なのだ。
一休みした後全員でバスに乗り込み市ヶ谷に戻る。今日はこのまま放課となり、明日明後日の週末で体調を回復してもらう。
皆は寮へ帰っていったが、俺は情報部に出頭する。正式な報告書は後程提出するが、取り敢えず口頭にて関中佐に報告を行う。
「お疲れさん、滝本中尉。実習はどうだった?」
「中佐、練馬の兵士の中に変態が混ざっています。早めの対策が必要かと」
一番に報告するべきはこれだよね。今後犠牲者が出ないとは限らないのだから。
「それ、多分対象が滝本中尉だからだよなぁ」
「元から変態なのではなく、中尉に性癖を歪まされたと見るのが妥当なような・・・」
一通りの報告を終わらせた俺は週明けまで仕事もないので帰路につく。週末は父さんと一緒にウナギ釣りでもやろうかな。




