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刺客に恋をした  作者: Aki
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「リオ様。どうですか、王女様のご様子は」


下の階に行けば、使用人であり仕事仲間である男から声をかけられる。私は何も言わずに椅子に座り、テーブルの上にあった茶を飲む。そのお茶は俺のだと、横から弟のライナスの声が聞こえたが無視をした。


「ああもう…いいや、お茶は諦めます。で、リオ兄上。ヴァイオレット王女様はどうなのです?特に…背中の怪我は…」


同じ質問をライナスがする。その場には私以外に五人の仲間とライナスがいたが、誰もがヴィオの事を気にしていた。それはそうか。ヴィオは、私達が崩壊へと導いた国の王女だからね。


「…ああ…少し痛むと言っていたけれど、問題はなさそうだよ」

「そうですか…ならば良かったですけれども。でもびっくりしましたよ。まさか兄上を庇って斬られるなんて」

「……あれは…私も予想外だった。ヴィオは予想できない事ばかりするけれど…まさか敵である私を庇うなんて」


ヴァイオレット・スウィングラー。ウィンチェット国の王の末の子で、唯一の娘。身体が弱く、十五歳になるまで療養で田舎の屋敷で育った、世間知らずのお姫様。愛人の子だった故に、王がその存在を隠していた…という王女。


私達は、ウィンチェット国の隣の、メンディカルト国の出身だ。ウィンチェット国とメンディカルト国は昔から大変仲が悪く、互いの領土を互いに欲していた。


加えて我らがメンディカルト王は聡明だが野心家で、領土を広げて国を豊かにしようと目論んでいたわけで。


幸いにもウィンチェット国の後継者は、身体の弱いセオドア王太子と気弱なアーレント王子だと言うから、これならば多少放っておいてもいずれウィンチェット国は滅びの道を歩むと誰しも感じていて願っていた。


が、そこに突如現れたヴァイオレット王女の存在が無視できないものとなってしまう。


噂によれば、ヴァイオレット王女はカナン王国へ嫁ぐとかで。そうなればウィンチェット国はカナン王国と手を組むことになる。カナン王国は巨大な軍事力を持っており、故に我らが王はなんとしてもこれを防ぎたかった。


そこで王は、私達を使う事にした。


『メンディカルト国のマクナイト侯爵家』


それは私の生家だ。私はマクナイト侯爵家の長男として生まれた貴族だ。名を、リオディール・マクナイト。マクナイト侯爵家の跡取りである。


我らマクナイト侯爵家はただの貴族ではなく、国を「裏」から支える仕事を生業としていた。「暗殺」「毒殺」「間者」「刺客」などなど…。


国内でも疑わしき者達を徹底的に調べ上げ、罪があれば容赦なく斬る。他国へ行けば間者として情報を集め、王の命令があれば秘密裏に標的を始末することもする。汚れた貴族だと認識していたが、別に不満はなかった。マクナイト侯爵家に生まれた者の使命だと思っていたわけである。


『ウィンチェット国はここで沈める。だがこちらから手を出すわけにはいかない。あちらが勝手に滅びるように手を貸してやれ』


何とも曖昧で嫌な命令が来たものだと誰しも思ったのは随分前。こっちに全て丸投げですか…と愚痴を言いたくなっても命令は命令だ。私達はウィンチェット国が滅びるために、あれこれ画策をすることとなった。


私の役目は女装し、ウィンチェット国の貴族に近づいて情報を集める事だった。ついでに言えば、我らの国にとってあまり有り難くない存在を始末することも仕事に含まれている。ウィンチェット国の王と王子達は頼りない人物と聞いているが、それでもそれを支える優秀な人材は存在するのだから、彼らを始末する必要があるというわけだ。


私はマクナイト侯爵家の四人兄弟の中で、最も女顔だった。姉と妹よりも、女みたいに美しいと言われ続けた、我ながら何と反応して良いのか悩む容姿を持っている。故に女装して相手の懐に入り込み、油断させた隙にぐさりと心臓に剣を立てる…そのやり方を通していたわけで。


「リディア・マクナイト」侯爵令嬢。それが変装時の名前だ。


いや、母国にいる時でも「リディア」の姿で社交界に出る事もあったから、変装というのは正しい言い方ではない。「リディア・マクナイト」は確実にいる。ただ、それが私であり、男であるというだけだ。私は「リディア」と「リオディール」の二つの顔を持っていた。


ともあれ、今回も「リディア・マクナイト」がウィンチェット国に行くことになり、気合いを入れて女装をし、ウィンチェット王が開いた夜会に出席をしたのだが…。


まさかそこで、ヴァイオレット王女に気に入られるとは思わなかった。






いずれカナン王国へ嫁ぐ、秘密に育てられた王女。そのせいか、ヴィオは風変わりな王女だった。身体の弱い、深窓の姫君と聞いていたが、それは真実だろうか?ヴィオは実に天真爛漫で自由な、そして明るくて元気な王女だった。


私の裏の顔を何も知らず、笑って話しかけてくる。一番の友達とも言っていた。


私は女装していることも多いから、女の会話に困ることもないし、誰にでも合わせることはできる。できるはずなのに、ヴィオだけはまるで通じない。その言動全てが、私の中の「王女」という像から離れていた。


そんな彼女に惹かれたのはいつからだったか。まさかこの私が、敵国の王女に心を奪われるなんて思いも寄らなかった。手がかかるところが可愛いと思ったし、予想外のことばかりしでかすところも、一緒にいて楽しかった。


けれど己の想いを伝えるなんてことは、端から考えていなかった。当然だろう。私は間者で刺客、ウィンチェット国を滅亡へ導く者達の一味だから。全ての仕事を終えた後、互いの存在をすっぱり忘れて生きていくのだろうと。そう思っていた。




ヴィオは眩しい存在だった。


影で生きる私と違い、太陽のように明るく笑って楽しそうに生きている。いずれ知らない男の元に嫁ぐと言うのに、「でも死ぬわけじゃないし」なんてサラリと言ってしまえるくらい芯が強い。彼女を見ていると、自分がひどく汚れた人間であることが認識されてしまい、時にヴィオの傍にいることが嫌になる事もあった。


そんな迷いが出たのだろうか。仕事で失敗をしてしまったのだ。


それはヴィオと温泉旅行に行った際のことだ。


その地方に住む、ウィンチェットのある貴族を、旅行のついでに始末しようと考えていた。夜遅く、温泉から少し離れた貴族の屋敷に忍び込み、予め待機していた仲間と共に館へ忍び込んだ。


「ここの貴族、優秀だけれどどうやら野心を抱えた人物らしいぞ。王位を狙っている噂もある」

「……ふうん…?何処の国でも、身分不相応な望みを持つ輩がいることだね」


そんな会話をしつつ、屋敷の中へと足を踏み入れた。


相手が誰であろうと、どんな望みを持っていようと知ったことではない。私は私の仕事をするだけだ。早く終わらせて、ヴィオの所へ帰ろう。そんな事を考えながら、足早に屋敷へ侵入していった。


それがいけなかった。どうやらその屋敷の主は予想を超える優秀な人物だった。私と仲間は返り討ちに遭ってしまい、私自身も傷を負ってしまった。結局、その標的は始末できなかった。


そしてどうやって調べたのかは知らないが、旅行からの帰り道で私を襲ってきた。いや、私を襲ったのではないだろう。従者に変装していた仲間を、屋敷に忍び込んできた敵だと判明させたから、そっちを狙ったのだろう。


とは言え、私もそしてヴィオも巻き添えをくらった。


解せないのは、私達を襲ったのはどこからどう見てもならず者だった。ヴィオが王女だということも知らなかったようだし、貴族令嬢の姿をしていた私も襲ってきた。


(成程…。自分の家臣達には襲わせないで、どうでもいい連中を使ったか。これは王女がいなくなってくれた方がいいって言っているようなものか?自国の王女の扱いがそれとは…見下げ果てた奴だな)


始末し損ねた貴族が何を思っていたのかは知らない。だが私にとっての問題はそこではない。許せなかったのは、ヴィオまで始末しようとしたことだ。


私らしくもない。ぐっさりと身体に剣を受けながら、命がけでヴィオを助けた。死ぬつもりなんて毛頭なかったが、ヴィオが助かれば全て良いか…と一瞬だけ思ったのもまた事実。





が、この後まさかの事実を知る。


何と、ヴィオは私の正体を最初から見抜いていた。


男であることも、刺客であることも。分かった上で私を友人とし、傍に置いたのだ。しかも私を女友達としても男としても好きだと言った。更に驚くことに、自国が滅んでも構わないとさえ口にした。私には理解できない、その考え。


「馬鹿じゃないですか…。どれだけ馬鹿で自由人なのだ、ヴィオは…」


私とは全く違った存在のヴィオ。彼女の放った言葉に私はひどく悩み、そして無責任ともとれる発言に苛々もした。王女として最低だと思いつつ、しかし王女であることを彼女自身が望んだわけではないということも分かっている。強制的に国を愛せと言われている身なのだということも。


こんなにも私の心をかき乱す存在を、どれだけ憎く思ったか。


しかし一方で彼女がカナン王国に嫁ぐことが決まった時は、ずしんと重い気分にさえなった。自分の感情を抑えきれず、日々苛々していた。ヴィオに会いに行こうと思っても、門前払いされる。明らかに彼女は私を避けていた。




「リオ兄上。父上から伝言です。ヴァイオレット王女の輿入れを阻止せよと」


弟のライナスが淡々とそう言った時は、イラついて思わず強い口調で反論してしまった。


「阻止せよと…。一国の王女殿下のそれを阻止って…。随分と適当だな」

「正確には王からの命令です。それに俺達の働きで、あの国は滅びる一歩手前ですし。頃合いだと思ったのではないでしょうか」


どうやら王太子はいよいよ病気で命が危ういらしい。弟の王子も部屋から出て来ないとか。兄王子が死んで、自分が王太子になる重責に耐えられないと言っているとライナスは教えてくれた。


「国内有力貴族は始末してきましたし。それと、市民達を煽って暴動が起きるようにもしておきました」

「…私がうかうかしている間にも、沢山働いてくれていたようだな」

「そうですねえ。兄上は色々としくじっていますよね、今回。どうされたのですか。らしくないです」

「………」


原因は分かっている。が、ライナスに教えてやるつもりは今の段階ではなかった。


「ライナス、皆はヴァイオレット王女を始末する考えか?」

「いえ…流石にそれは…。一国の王女ですしね」


ライナスは今回の計画の説明を始めた。


「まず、ウィンチェットの市民達を煽って暴動を起こさせます。下準備もしてきたことですし、すぐに火が点くでしょう。愚図な王と王子達、殺された沢山の貴族達、始まるかもしれない戦争。王女がカナン王国に嫁げば、カナン王国はウィンチェット国を傀儡国家とする…などなど。不安要素を沢山巻いておきましたのでね。あっと言う間だと思います」

「抜かりないな」

「その隙に王女の一行を襲います。盗賊にでも化けて、王女だけを攫うのです」

「向こうだって護衛騎士達がいるだろう。大丈夫なのか?」

「すんなりいかないとは思いますが、内通者もいるので。手子摺っても、最終的には王女だけを攫うことはできるかと。王女には、馬車の中に一人でいてもらいます」


内通者。成程、既に手配済みか。


「王女は我がマクナイト侯爵家で匿います。名目は何だっていいです。ウィンチェット国が滅びるかもしれないから、我が国が保護したとでもいいですし。王女と親しかった‘リディア・マクナイト’が、王女の輿入れ祝いで通りかかったら、襲われているのを見つけて保護した…とでもいいですし」


無茶苦茶な気がしたが、黙って聞き流した。


「我らが王としては、ウィンチェット国が滅びた後に王女を利用したいようですよ。傀儡政権とするために使うか…。それとも別の使い道があるのかは知らないですけれど。まあ、いずれにしても…あの王女殿下はお気の毒ですね」

「………」


政治の道具にされる。それは王家に生まれた者だから仕方のないことだ。国が滅びようとも、その役割は付いて回る。


だが気持ちが晴れない。


ヴィオには幸せになって欲しい。そんな願いを持ってしまっている自分がいる。


このような気持ちは国に対する裏切りだ。分かっている。分かっているが、ここでヴィオを諦めてしまったら、私は一生後悔するような気がした。





***


ウィンチェット国がその名でなくなったのは、それから約一年半後だ。市民達の暴動、有力貴族達の亡命、政権の奪い合い、王太子の死、他国の介入。様々な事が相次ぎ、国は滅びていった。


ヴィオはライナスが言っていた通り、マクナイト侯爵家で保護と言う名で、幽閉されている。


しかしヴィオはそんな事を全く気にしていないようで、いつでも明るく元気だ。


一度だけ悲しそうな顔をしていたことがあった。国が滅びたと伝えた時だ。その時だけは、流石に悲しそうな顔をしていた。


「…すみません」


ついつい謝ってしまった。本当に、私はヴィオの前だと情けない姿ばかり晒す。


ヴィオは私の謝罪に目を丸くした後、ゆっくりと笑って首を横に振った。


「国はどうでもいいのよ。国名が変わろうとも、誰が王になろうとも。ただ……今回のことで亡くなった人達がいるでしょう?そういう人が可哀想だなって思っただけよ」

「………ヴィオはやはり、王女らしくないですね…」


思わずそう口にすれば、ヴィオはまた笑った。


「王女であれと言われたからその役割を遂行したまでよ。王女というのは私にとって、その程度のことでしかないわ」

「………理解できかねますね…」

「ふふ…いいのよ。でも否定はしないで?私は、どんな私であっても否定はしたくないの。リディアが女でも男でも、私にとって大切な人に変わりがないようにね」

「………」


ヴィオは私の前に立つ。


「ところでリディア…。髪、もう伸ばさないの?女装はもうしないの?」


私はあれからドレスを着ていない。「リディア・マクナイト侯爵令嬢は死んだ」と社交界でも発表してしまった。もう二度と、女の姿になることはないだろう。


「私はもうリディアではないですよ。言ったでしょう?私の名前は、リオディールだと」

「ああ…そうね…。そうだったわね。でも私にとって、リディアとの時間が長かったから…」

「…と言われましても、女装するのは止めましたので」

「え?なぜ?似合っていたのに…」


なぜって…。ヴィオに一発で、男でしかも刺客だと見破られたのだ。もう続けられないだろう。「裏」の仕事は今後も求められるだろうから続けて行くが、女装して標的に近づくは無理だと悟った。


私はすうっと深呼吸をすると、ヴィオの手を取った。


「ヴィオ、よく聞いて下さい。あなたの国は滅びました。これから大変な道を歩む事でしょう。そして我らが王が用意するあなたの道も、決してやさしくはない」

「……そうね。それは分かっているわ」

「でもね、ヴィオ」


両手を伸ばし、彼女を己の腕の中へと閉じ込めた。ヴィオが驚いて固まるのが分かる。


「もう少し…もう少しだけ、待っていて下さい。私はあなたを悪い様にはしない。父上と王に話して、許可を貰ったら……」

「…話して許可…?何を話すの?」


それはまだ言えない。ヴィオを道具として使わないで欲しいと。代わりに私の妻にしたいなどということは。まだ彼女には伝えられない。だからもう少し待ってもらおう。


「ヴィオ…。私は、あなたに嘘をついていました。女の姿で、しかも敵で…。あなたとは別の出会いをしたかった。でも、あなたと会えて良かったって思っているのですよ」

「………」

「だからこれからは、嘘をつかずに、正々堂々と挑ませて頂きます。覚悟していて下さい」

「……挑むって…何に…」

「ですから、今はまだ言えません。待っていて下さい」


解放してやれば、複雑そうな顔をしたヴィオがいて、何かを言いたそうだ。何も言わずに待っていれば、ヴィオは静かに口を開いた。


「分かった…待っています。でもね、リディア…じゃなくて、リオ…。いつか私の話も聞いてくれる?あなたは私に嘘をついていたと言ったけれど…私もあなたに言えていない事があるのよ」

「…それは…?」

「うん、いつか。リオが私に話してくれる時に、私も話すわ。それでいい?」

「勿論ですよ。待っています」


あなたを理解したいから。何を抱え込んでいるのか知らないけれど、いつか打ち明けてくれる日が来るだろう。その時、私達はもっと近付ける。そんな予感がしたのだった。




これにて終幕です!ありがとうございました。

(誤字脱字ご報告、いつもありがとうございますっ!!助かります!感謝です)

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